第五十五話 真、狂気の研究者!
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ヒルダの
侵入するに当たり、エゼルバルドはブロードソードをしっかりと握りしめ、十分注意するようにとヒルダに促していた。
それなりの位にある領主が住むにはみすぼらしいが、何かの実験施設や兵士の常駐小屋と考えればそれなりに立派で規模もある。大きさからすれば小屋と呼ぶには似つかわしくなく、屋敷と呼んでも不思議はないだろう。
だが、何となく、小屋と呼んだ方が不思議はないと小屋と呼ぶのだ。
片開きの木製のドアを押し開け中を照らすと玄関ホールとなっていた。飾りも無く殺風景であったが、傍らにはそれなりの品質のソファーとローテーブルのセットが置かれて、領主が来客をもてなす場であると一目でわかる。
一般の街中にある貴族の館でも玄関ホールにソファーを置くなど、早々見ないだろう。それだけ、この小屋が規格から外れているのだ。
玄関ホールからは右手に客間がありベッドが四つほど並んでいた。そこは来客の寝室として使っていたと思われる。地下だけにベッドのシーツはは常に屋外で洗濯をしていたのだろう。もしかしたら”最果ての村”はこの地下迷宮を快適に使うために必要な場所だったのかもしれないとエゼルバルドは考えた。
玄関ホールに戻り正面に続くのは廊下で正面が領主の部屋、左が屋敷のトイレスペース。そして右手には短い廊下が続いていた。
領主の部屋はベッドとテーブル、そして床に絨毯が敷かれているだけで特に見る所は無い。トイレに続くドアがあった位だ。
他に”本棚や執務机があれば引っ掻き回すのに”とヒルダは残念がっていた。この場で仕事をするはずも無く、最低限の家具だけであった。
右手の短い廊下に入れば、直ぐ左手にドアがあり、開けた場所が調理場、そして調理場の右手に沢山の二段ベッドが置かれており、おそらく兵士達が泊まる部屋になっているのだろう。”パッ”と見た所で何もないと諦め、廊下の正面のドアを押し開け、そこを潜る。
潜った先はこの小屋で一番の広さがあり、そこから奥に十五メートル弱、右に八メートル、高さ二・五メートルの空間となっていた。これだけ広ければ何かある!とヒルダは魔法の光を掲げれば、空になった本棚、書類やノートが散乱した机、何かを白い布で掛けて隠してた実験台、骨の並んだテーブル等が見え、Dr.ブルーノが使っていた実験室の様な趣であった。さらに、奥には白く光る魔法の光も見えていた。
その光景を見て、ヒルダはDr.ブルーノの悪趣味なコレクションを思い出し、胃の内容物を吐き出しそうになっていた。
「ここは実験室か?」
ゆっくりと足を進める二人は、あまりにもひどい惨状の部屋を驚きの表情で見て行く。そして、部屋の一番奥に汚れた白衣を着た一人の男が、無作法に入ってきたエゼルバルドとヒルダを睨み付けていた。
「何だ貴様らは。ここは私の城である。即刻出て行きたまえ」
左手をポケットに仕舞い、右手で邪魔者を払う仕草をして二人を怒鳴りつける。
光に照らされた白衣には赤い斑点模様が一面に付着しており、清潔感は皆無であると言わざるを得ないだろう。
「”何だ”じゃない。ここは何だ?何の部屋だ」
突然怒鳴られ、領主の関係者であろう男に名乗るのも馬鹿らしいと、同様に怒鳴り返した。側で見てるヒルダから言わせれば、”同レベルでの争いは決着が付かないのよ”と言いたかったそうだが、ここは何も言わないと心に決めていた、面白そうであったから……。
「愚かなお前達にはこの場所が何かわかるまい。ここは私の実験室。人が人ならざる者を生み出す神聖な場所である。そこにお前たちは私の許可を取らずにここに入る、いや、この空間に存在する権利は有りえないのだ」
”ビシッ”とエゼルバルドに指を指し、再び怒鳴りつけた。
「ちょっと待て!!その空間に存在する権利が無いとは失礼じゃないか?」
「そうよ、それは酷いわよ」
エゼルバルドに向かっての罵詈雑言に、さすがに酷いとヒルダも声を上げて反論する。権利が無いとはあまりにも酷い話し、だと。
「権利が無いと言ったら無い。それは私がこの空間の支配者だからである。それ以上でもそれ以下でもない」
腕組みをして自信満々で声を上げる男に、エゼルバルドは怒りを覚えた。そして、怒りを滲ませながら男に”ツカツカ”と歩み寄り胸倉を掴み上げ、同じ身長の男の鼻先で罵声を浴びせる。
「支配者だからっと神にでもなったつもりか?」
「そうだ。ここでは私が神である」
「神だか知らんが、あれに殺された者達もいるんだ。出る所に出て謝るがいいさ」
「謝るだと?私にはそのような事をする義務は無いのだよ」
エゼルバルドが男の胸倉を掴んだ左手に力を入れ、釣り上げようかとした時である。男が指をパチンと弾かれた。
「私を守るのだ!!」
それが何を意味するか分からずにいるエゼルバルドは、そのまま男を壁に押し付けようと足に力を込め体を前へと足を一歩踏み出した。
「きゃあぁぁぁ!!エゼル!」
「えっ?」
離れた場所にいたヒルダの叫び声に何が起こったのかと男から気を逸らした。その瞬間、エゼルバルドの体が”ふわっ”と浮き上がり、男を押さえていた左手を放すと共に、物凄い勢いで宙を舞って行った。
”ガシャーーン”
投げ飛ばされる直前に、彼の背中に人の気配が急に現れた。それはヒルダが上げた悲鳴と同時であった。
その後、自らの身にどの様な力が加わったかはっきりしないままに飛ばされ、壁に埋め込まれた
普段は背中の両手剣が防具の役割を果たすのだが、今回はその両手剣の上に体が乗ってしまい逆にエゼルバルド自信を痛めつける結果となった。
「が!が!がはっ……」
体を横に向けて背中を丸め、痛みを押さえながら何とか呼吸が出来るまでに回復させようと苦しむ。呼吸はいまだに戻らず、空気を十分に体に取り込めず頭の回転が落ち、視界も歪みだす程であった。
投げ飛ばされたエゼルバルドをその目で見たヒルダは、夢でも見ているのかと自分の目を疑った。
エゼルバルドが男に詰め寄った瞬間であった。男が”パチン”と指を弾くと、男の前にあった大きな布の掛かった実験台から何者かが起き上がり、男に詰め寄っていたエゼルバルドの頭を片手で掴み上げると、強引に壁へと投げ飛ばしたのだ。
あまりの馬鹿力で投げ飛ばされ夢でないかと疑うが、嵌め殺しの窓から部屋の外へ吹っ飛ぶエゼルバルドに現実に引き戻された。
そして、布をかぶったまま寝ていた台を降りた怪力の持ち主に目をやると、邪魔な布を剥ぎ取りその巨体が露わになった。
「何よ。まだ残ってたの?」
咄嗟に戦闘態勢を取るヒルダだが、エゼルバルドを投げ飛ばした巨体はヒルダに目をやる事もせず、パチンと音を出した男を見下ろしている。次の命令を待っている様であるが、すぐにでも動き出したいと思っているのか、体が”ゆらゆら”と揺れ動いていた。
「これこそが私の最新の研究成果なのだよ。あんなリザードテスターと同じと思って貰っては困るのだよ。この完成された肉体を見て驚くがいい!!私の最高傑作、【不死の兵士】だよ」
”不死の兵士”と呼ばれたその巨体は、ヒルダが見上げる程の天井すれすれの身長を持ち、黒っぽく硬い熊の様な体毛に全身が覆われていた。人と同じ姿勢で背筋を伸ばして立っているが、その風貌はどことなくベルグホルム連合公告の地下迷宮で倒したオーガーを思い出させた。
そして、エゼルバルドを投げ飛ばした馬鹿力とそこへ持って行く速度を加味すれば、鎧を着た化け物よりも手強い相手だとヒルダの脳裏では警鐘を鳴らしていた。
「こんな隠し玉が残っていたなんて!!」
「隠し玉か……。こいつは出来たてほやほやさ。一昨日、完成したばかりなのだよ、ハハハハハ!!」
不気味に高笑いする男に嫌悪感を抱かずにいられぬヒルダであるが、天井すれすれまでに身長がある”不死の兵士”に目をやらずにはいられずにいる。そして、
簡単にエゼルバルドを投げ飛ばした相手に勝てるのかとヒルダは自問自答する。いまだに復帰しないエゼルバルドを思えば、相手からのダメージを抑えて仲間と対峙するかに掛かっている。
とは言え、それも難しい可能性もあり背中に冷たい汗が流れる。
「やれ!」
男が”不死の兵士”に指示を出すと、身近にある椅子や大きな物体を掴み上げ、ヒルダに向かって投げ始めた。怪力から真っ直ぐに投げられた木製の椅子をすんでの所で屈んで躱す。椅子はヒルダの後ろの壁に激突し、大きな音と共に砕け散った。
物を運ぶ台車も”ひょい”と片手で簡単に持ち上げヒルダに投げつけると、同じように壁に激突し砕け散る。
丈夫な椅子を簡単に投げ飛ばす怪力に”ゾッ”として、背中を冷たい汗がさらに流れる。このままでは勝ち目は無く、攻撃に転じようと頭を切り替えるが、この狭い場所で、さらに机などの障害物に行く手を阻まれ自由に動けずにいるこの場所からの移動を決断する。
となれば、エゼルバルドが投げ出された窓から飛び出て仕舞えばよいと早速行動に移る。
体を低くし机を盾に駆け抜けようと、真っ直ぐ開いた窓に向かって床を蹴り走り出す。
「えっ、うそっ!!」
ヒルダの予想もつかぬ想定外の出来事に彼女は驚きの声を上げる。男に命令されるでもなく”不死の兵士”は自らの意思で足元に鎮座している机を足の裏で蹴り、ヒルダの進む先へと床を滑らせ向かわせてきた。机はちょっとやそっとでは動かぬ様にと、床に固定されていたが、”不死の兵士”の馬鹿力により固定された金具が砕け散っていた。
そして、予想もつかぬ攻撃にヒルダは躱す事も出来ずに机を左半身で受けてしまい、壁へと右半身を叩きつけられてしまった。後一メートルばかりヒルダが進めさえすれば、壁ではなくエゼルバルドが飛ばされた窓から放り出され部屋に留まることは無かっただろう。
「…う、うう……」
当り何処の悪かったヒルダは、動く事も出来ずに唸り声を上げ床へ倒れ込んでいた。そこへ”不死の兵士”がゆっくりと近づき、腰を落として屈み、唸り声を上げているヒルダの頭を掴み上げる。
「がぁ!があぁぁっ!!」
頭を掴まれた痛みと机を当てられた左半身の痛みでヒルダは唸り声を上げる。訓練で何度も殴られ痛みを味わってきたが、それ以上の痛みが全身を走り抜ける。痛みに震える体に鞭打ち、掴んでいる手をなんとか剥がそうとヒルダは殴りつけるがそれは無駄な努力であった。
”不死の兵士”は一度、部屋の中を見渡すと無造作にヒルダを放り投げる。”不死の兵士”の頭の高さは部屋の天井ギリギリであった為にヒルダを上投げで飛ばせずに、下投げで投げ飛ばされた。それでも部屋の中央付近までヒルダは飛ばされ、ミーティングなどに利用する安物のテーブルの上に落ち背中を打ち付ける。安物のテーブルはヒルダが落下した衝撃に耐えきれず天板が真っ二つに割れてその用を無くした。
さらに追い打ちをするべく”不死の兵士”はヒルダへと近づくと、先程と同じように顔面を掴み上げる。二度、強烈な衝撃を体の奥底に受けて、ヒルダはすでに意識を手放し、手足が力なく垂れ下がったままであった。その様子を気にする事も無く、再び無造作に壁へと力任せに投げ飛ばした。
”ガシャーーン”
エゼルバルドが投げられた同じ壁際へと投げつけられたが、いくつかある嵌め殺しの窓へ狙い定めたように飛ばされ、それを突き破ってヒルダは部屋の外へと投げ出されてしまう。
石畳へと打ち付けられたヒルダは”ゴロゴロ”と転がりうつ伏せになって止まった。意識を失ってるためか、口元からは胃の内容物が漏れ出し、下半身からも暖かな液体が漏れ出してしまっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
わずか数十秒の間で二度も小屋から破壊音と共に黒い塊が投げ出されれば、異変が起こったと思わざるを得ないだろう。ヴルフ達が尋問していた場所からは光は届かずにうっすらと見える程度であったが、小屋を探索すると、この場より離れたエゼルバルドとヒルダが関係しているとだけは感じ取った。
「尋問は後でするとして、気になるから見て来る」
「逃げないと思うが一応ここにワシとアイリーンで見ておくとするさ。気を付けろよ」
「ああ、すまない」
文字を書き記そうとしたノートとインクが少し残った羽ペン、そして墨壺を急いで鞄に仕舞い込み、スイールはその場へと急ぐのであった。
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