第五十三話 屈服

 ”ガキイィィン!”


 エゼルバルドのブロードソードと化け物の長剣ロングソードが交差するごとに暗闇に赤い火花を散らす。化け物は一歩足を踏み出すごとにエゼルバルドに長剣を振るいエゼルバルドに反撃の手を許さずにいる。

 そして、一合、また一合と化け物の長剣が降られるたびに、エゼルバルドもまた剣を振るい剣筋を逸らせる。


 エゼルバルドも負けていなかった。長剣が降られるたびに一歩、また一歩と足を後退させるが、化け物の力を逸らせるには都合が良かった。そして、化け物へ反撃の機会を探しながら長剣を捌いていく。


 幾度も長剣を受けては捌き、化け物の攻撃のタイミングを見計らい、大振りで振られた長剣を後背に飛び退きながら躱し、十歩ほどの距離を取る。


 直前までの行動と全く異なる躱し方に戸惑いを見せた化け物であったが、すぐさま長剣を構え直してあっという間に十歩の距離を詰めて剣を振り下ろす。

 エゼルバルドが”サッ”と半歩ほど移動すると、化け物の長剣が”ガキィン”との高音を発して石畳へと打ち付けられた。


 エゼルバルドはその隙を見逃さず、頭と胸の中間にある鎧の隙間へブロードソードを突き立てようと鋭い突きを繰り出すが、化け物は盾を目の高さへ持ち上げると切っ先をずらして防御してしまった。


「チッ、やるな!」


 その一突きで決着を決めるつもりでいたエゼルバルドは、攻撃が失敗したタイミングで左へと飛び退き、化け物との距離を改めて取る。化け物はその一撃に面食らったのか、攻撃を一時止め、盾を構えて防御の姿勢に移った。


 エゼルバルドの攻撃目標は盾がカバーできぬ右半身だ。とは言え、右手には長剣ロングソードを持ち得ている為に攻撃が通り難い。それでも、エゼルバルドはステップを使い、化け物の右へと出ては鎧の隙間である肘や膝関節を狙い剣を振るう。

 攻守が入れ替わり化け物も守り一辺倒へと切り替わるが、そのせいか守りが固く、嫌がる位置へと狙い定め突き付けるが化け物の守りを崩すまでにはいかなかった。


 その後驚いた事に、化け物が後方へと飛び退きエゼルバルドから距離を取る行動に出たのだ。今までの化け物の行動では前へと出てくる事はあっても、引く事は無かった。恐らくだが、エゼルバルドが嫌がる位置への攻撃をする為に反撃の機会が得られず、苛立ちを覚えたのだろう。


 化け物は長剣ロングソード逆三角形の盾カイトシールドを真正面に構え、次の一撃を狙いタイミングを計っていた。


「手強くなったな」


 エゼルバルドが言葉を漏らす。何処からか照らされてるオレンジ色の光に顔の表情が映し出されるが、漏らした言葉とは違い、笑みがこぼれていた。互いに決定打を与えるまでの攻撃は繰り出されていないが、あと数合打ち合えばどちらかが命を落とすだろうと考える。

 だが、エゼルバルドの脳裏には負けるイメージがまったく見えなかった。あるのは化け物が石畳へ横たわる未来が見えるだけ。


「さて、次で決めさせて貰おうか!」


 ”ふぅ!”と一旦息を大きく吐き出し、続けざまに深呼吸で胸いっぱいに空気を吸い込む。”カッ”と開いた目を化け物へと向けるとブロードソードを両手で握り下段へ構える。

 深く腰を落とし、右足を引き溜めを作った。

 化け物までの距離は約七メートル、一足飛びに飛びつけば一瞬で決着がつく距離だ。


 エゼルバルドの狙いは化け物の兜と胸当ての間の首元だ。その他の部位を狙っても鎧に弾き返されるか、効果が薄いはずだ。一撃で決めなければ、と思えば手が震えてくる。

 エゼルバルドの後方で何かが爆発した音が聞こえた瞬間、対峙する二つの影は同時に石畳を蹴り出し飛び掛かって行く。


 まず攻撃を仕掛けたのは、刃渡りが敵よりも二十センチ長い長剣を振るう化け物であった。盾に身を隠しながら右腕を一旦引き、向かい来るエゼルバルドの頭に狙いを定め、切っ先を突き出す。化け物は思っただろう、その速度で向かい来る敵の脳髄から体を通り脊髄までを突き抜け勝利を我が手に握ったと。

 だが、エゼルバルドもそれを予想していて化け物の思ったようにはならず、体を長剣ロングソードに沿わせる様に回転させると一撃を躱す。そして、体の回転を利用して遠心力によって速度と威力の上がったブロードソードを力の限り振り上げると、両手に確実な手応えが伝わると同時に、”バギン!”と金属の破断した音が耳に届いた。


 勢いの付いたエゼルバルドは化け物の後方へ抜けると、背中から叩きつけられるように石畳を”ゴロゴロ”と転がった。

 勢いが収まり、体勢を整えると化け物へと向き直る。正面に構えたブロードソードには僅かばかりの汚れが見えるが、黒い汚れは何の汚れか見た目ではわからない。だが、何かを切った感触からそれが何か、内心では理解していた。

 そして、エゼルバルドがブロードソードを構え終えたその時、彼の右耳に金属の甲高い音がして、何かが石畳へと落ちたのだとわかった。


 化け物を見ればエゼルバルドに背中を向けて膝を付き、ピクリとも動かずうずくまったままだった。暗いために良く見えないが、石畳に赤黒い染みが広がり始めていた。

 先程、甲高い音がした方へと顔を向ければ、長剣ロングソードと共に肘の上から切断された右腕が五メートルも右へ転がっており、切断された断面からも鮮血がしたたり落ちていた。


 肩で息をしながら立ち上がると、剣を構えて化け物へとゆっくりと近付く。片腕を切り落とされた化け物は戦う気力を無くしたのか、後ろに敵が歩み寄るにも関わらず動きを見せず、その場にいるだけの存在する成り果てた。

 そして、エゼルバルドはブロードソードを逆手に持ち変えると、敵の後背に立ち、鎧の隙間から脊髄へと鈍く光る刃を突き立て、命を奪うのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「な、何という事だ。我が何年にもわたって研究し、創り上げたリザードテスターが一対一で負けるなんて……」

「これが現実だ。お前が頼りにしていた兵隊はこれで全て片づけたはずだな。もう味方は何処にもいないだろう、諦めてワシ等に捕まるんだな」


 がっくりとうなだれるアドネ領主にさらに絶望を与えようと言葉を掛けるヴルフ。アドネ領主の横で松明を持つ兵士も、ヴルフが兵士二人をあっという間に手玉に取り、さらにリザードテスターと一対一で圧倒する戦いをまざまざと見せつけられれば、すでに戦う気力を無くしており抵抗など皆無であった。


 だが、アドネ領主だけはこの状況に落ちいようとも最後の最後まで諦める気は無く、最後の抵抗を試みようと考えていた。無謀な賭けであるが、強敵を倒し、気を緩めている今こそが絶好の機会であると気を取り直して最後の賭けに出た。


 ”カッキイィィーーーーン”


 アドネ領主が腰に差してあったブロードソードを抜きながらヴルフへと迫り、横へ一閃し胴体を両断しようと振り抜こうとした。

 だが、ヴルフにとってはアドネ領主が放つ渾身の一撃もたいしたことが無く、棒状戦斧ポールアックスの石突で剣を絡み取り、あっと言う間にアドネ領主の手から弾き飛ばした。そして、彼の握っていた剣は真っ暗な闇に向かって飛んで行き、領主の数メートル後ろへと甲高い音を響かせて落下した。


「まったく、お前ほどの腕でワシが如何かなるとでも思ったか?」


 棒状戦斧ポールアックスの石突を首元へと突き付けられ、”たじたじ”と後ずさりするアドネ領主。


「そうです。ヴルフ=カーティスに勝てる者はこの場には存在しないでしょう。明らかに喧嘩を売る相手を間違えていますよ」


 魔法の光を掛けられ白く光る小物を手に持ち、ヴルフの下へと歩み寄るスイール。胸元に赤い鮮血が見られるが、外套にも鮮血が見える事から、それは相手をした魔術師の血であるとすぐにわかる。


「おお、スイールも無事か」

「心配してくれてありがとう」

「ん?心配などしておらんが」な


 嫌味を口にするヴルフに”少しくらいは心配してください”、とスイールは苦笑いをした。


「どいつもこいつも……我の邪魔ばかりしおってからに!!」

「邪魔って言うけどね、こんな得体の知れない、人とも思えない化け物をこれ以上作られない様に邪魔したっていいじゃない」


 まだまだ言い足りないとばかりに怒りを孕んだ表情をしながら歩み寄るアイリーン。

 打撃を吸収するし、矢が通らないしで、こんな鎧を着た敵を二度と相手にしたくないとばかりにだ。

 この化け物の正体を知っているからこその文句でもある。


「何が化け物だ。我の命令を素直に聞く兵士だぞ。戦場ではこれほど頼もしく思える兵士もいる訳がないだろう」

「だからと言って、人の命をむやみやたらと奪って良い訳がないのよ。この一体を作り出すに何人の命を奪ったか考えているの?」


 教会でシスターの手伝いを長いことしているヒルダは、人の命をむやみやたらと奪い、狂気の兵士を作り出す行為に憤慨していた。捕まえるとの命令を受けていなければ、この場で殴り殺し、神の下で懺悔をさせたいとさえ思っていた。


「我の崇高な使命を愚弄するのか?もう少しで国を切り取り、支配を確立できたというのに」

「お前は何か間違っていないか?戦争で数百、数千の命をお前の命令で奪っているのだぞ。確かに数千も人の命を奪っても英雄と言われるかもしれないが、それはその後の行動如何によるんだ。税をむやみやたらと取り、実験に税を使ったお前は英雄どころか、国を奪おうとした、ただの奸臣じゃないか!」


 ヴルフが跳ね飛ばしたブロードソードを左手に握りしめ、エゼルバルドが暗闇から姿を現した。


「さらに、このブロードソードはオークションに出すためのヒュドラの素材を使っている。明らかに盗まれた剣で何をしたかったのか、問いただしてもいいよね」


 そのブロードソードを一瞥すると、エゼルバルドはアドネ領主へと詰め寄ろうと足を進める。ついでに切れ味を確かめてやろうかとも睨み付け、左手のブロードソードをアドネ領主の目の前で”ギラリ”と光らせる。


「お前は幾つ罪を犯しているんだ?」

「知るか!その剣は部下が持って来たんだ。我のせいではない」

「なら、あの宴会パーティー会場に姿を現したのは何故だ?」

「呼ばれたからに決まっておろうが」


 ヴルフは、”はぁ~”と肺の空気が無くなるほどの溜息を吐くとさらに言葉をつづけた。この男はどれだけ嘘を吐けば気が済むのだと。


「あの司教が大司教と偽って、式典に出ていた事は判明している。お前が指示を出さなければ誰が指示をしたのだと言うのか?それとも部下が勝手に暴走したとでもその口で証言するのか?」

「その通りじゃ、我がそんな指示を出すはずがない!」

「「領主!!」」


 一呼吸置き、あまりにも酷い領主だと言い返そうとしたが、その前に領主の側で大人しくしていた兵士達が一斉に怒りの目を向けながら声を出した。


「我々に散々命令を出しておいてあまりにも酷いです」

「素直に認めたらどうですか!」

「そうです。去年まで帝国とやり取りしていたとか、いい加減に認めてください」


 言い寄る兵士達に恐怖を感じた領主は、彼等の気迫を感じ後退りを始める。だが、領主の後ろにはいつの間にか、回り込んでいたスイールが領主の後ろから肩を押さえ、その場へ留める。


「ここにいる彼らや死んだ兵士、それに司教にまで責任を押し付け自分は知らんぷりか?それに帝国との伝手があったとは聞き捨てならんな、この場で全て話してもらおうか」


 棒状戦斧ポールアックスを巧みに扱い、領主をひざまずかせ首の後ろから柄で押さ付け、屈辱的な体勢を取らせる。まさに罪人が命乞いをするかのように、だ。


「正直に答えるのなら命だけは取らないでおいてやる」

「ふん、信じられるか!そんな事言って何処かで我を抹殺する気であろう」


 何処までひねくれているのやらと、呆れるヴルフであった。だが、領主の言葉にエゼルバルドは取り返したブロードソードを目の前にちらつかせる。


「そんなに死にたければこの場で首を刎ねてやろうか?難しい事じゃない」

「エゼル!止めんか、馬鹿者が!」


 首を刎ねてしまえば、戦争を起こした動機や兵士から漏れた帝国との関わりなどが表に出る事なく埋もれてしまう。如何にか領主から言葉を引き出したいと考えたエゼルバルドのある種の脅しであったが、ヴルフには本気に見えてしまったらしい。

 そして、仕方ないとばかりに数歩退き、剣を引くのであった。


 エゼルバルドの脅しが効いたのか、領主は惨めな姿のまま声を震わせる。


「わ、我がこんな惨めな姿にされ、い、命乞いをするなど……」

「勝てなかった己を呪うのだな。ここまでされて”黒の霧殺士”が出てこないとなれば、逃げたか契約切れだな。お前を救いに来る者達はおるまい。諦めて全て話すがいい」


 兵士達にも、知っている事を話し領主の罪を明らかにする必要があると告げると、それに従いアドネ領主に関して知りうる出来事を口にするのであった。

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