第五十二話 化け物を討て!アイリーンとヒルダの戦い
「ちょっと、何でウチに向かって来るワケ?そこにヴルフもいるじゃない」
アイリーンよりも近くにいるヴルフを見向きもせず襲い来る化け物に目を向け、”信じられない”と表情に出しながらも現実を受け止め対峙すると腹を決める。
仕方ないとばかりに右腰に帯びているショートソードを逆手で引き抜く。だが、それがなんの役に立つのかと、背が高くそれでいて腕の長い化け物を睨み付ける。
避けられた化け物はアイリーンのいた場所で急停止し、その場でくるりとアイリーンへと向き直る。盾を正面から少し外側に構えると同時に、銀色に反射する
「まったく、やりにくい相手ね」
弓矢を使用した中遠距離の攻撃を得意とするアイリーンにとって、
それに、特徴のある長い腕から繰り出される剣戟や盾による守りも侮れない。
さらに言えば、鎧を唯一貫けるだろう金属の矢も戦争で失った後補充が出来ておらず、最後の一本を残すのみであった。
アイリーンに勝ち目があるとすれば、金属の矢を顔面に打ち込み頭部を貫く事だけであろう。
「絶体絶命って感じかしら」
”ぺろり”と舌を唇に這わせ、誰か手伝いに来れ無いかと”チラリ”と視線を動かしても、エゼルバルドもヒルダも同じように化け物と対峙し直ぐには決着がつきそうにない。ではヴルフはと視線を向ければ、アドネ領主と残りの兵士を相手に睨みを利かせ、一歩も動く事が出来ずにいるのだ。
「取り合えず、泣き言は後で言わせてもらうわ」
こめかみ辺りから冷たい汗が流れ出るのを感じつつ、もう一度後ろへ飛び退きながら、矢筒から矢を一本取り出し、弓に番え化け物の頭、つまりは兜の面に向かって放つ。刹那に全ての動作を終わらせたアイリーンであったが、放たれた矢は化け物の面に突き刺さる事無く盾に防がれ、盾と鏃の擦れる甲高い音を響かせる。
「ガアアアァァァーーー!!」
矢を射かけられ怒ったのか、化け物がくぐもった声で吠え、アイリーンに牽制を掛ける。そして、長剣を振り被りつつ、彼女との距離を詰めて長剣を振り下ろす。
一振り、二振り、三振りと剣を玩具の様に振り回すが十分な広さのあるこの空間ではアイリーンの動きを縛り付ける物が一切無く、すべて躱されていた。
アイリーンも剣を向けられっぱなしでは癪にさわると、反撃の機会を窺ってはいるが、なかなかに隙を見出せず、防戦一方で苦戦を強いる。敵の右腕には鋭く光を反射する長剣が血を求め、左腕には足元までをカバーする
反撃するには敵の死角を突かなければ、決定的な一撃を与えられないと感じとる。
「はぁ、貧乏くじでも引いたのかしら……」
大きく溜息を吐くと同時に矢を二本取り出し、一本番えて化け物の顔面に向かって放つ。当然ながら守りの固い化け物は盾でもって矢を受け流す。そして、盾を下げアイリーンへと視線を移すがそこにはもうアイリーンの姿は無かった。
そして、何処からともなく飛来した矢が化け物の左側面、--正確には盾を持つ腕の肘関節--へと突き刺さる。鎧の隙間とも言える肘関節を横から射抜くなど誰にでも出来る芸当ではないが、アイリーンは刹那の時間でそれをやってのけてしまった。
「これで盾は使えないでしょ」
だが、それは甘かった。肘に矢を受けても平気で盾を振り回している姿をアイリーンはその目で見てしまった。
盾のバンドを一度腕に通し、その先にある取っ手を握るために力さえあれば落とすことは無い。そしてもう一つ、これは誰もがアイリーン達が知りえない事であるが、痛みを感知する神経を繋いでいなかったのだ。
痛みを感じず、そのまま握り続けることが出来る化け物は矢が刺さっていても、お構いなしに動き続けるのであった。
「ちょっと、矢が肘に刺さったまま振り回すの?わわっ!」
驚く暇も無く、化け物は剣を振り回しアイリーンに迫り来る。すんでの所で除けるも頭の上を通った剣筋により、赤い髪の毛の先が切られ宙に漂った。そしてアイリーンは、化け物の右手方向へ--剣をいつでも振り払える方向へ--と避けざるを得なくなる。
「あれっ?」
そこでアイリーンは僅かながらだが、化け物から違和感を感じ取った。いつもは盾のある化け物の左側に回り込んですぐに反撃を受けていたが、右側に回り込んだその時、一瞬反撃が遅かったのである。
もしかしてと思いながらも、剣を振り続ける化け物の攻撃を後方へと飛び退きながら、隙を見て矢筒から二本の矢を抜きとる。そして、化け物の剣が一度大振りになった瞬間を見逃さず化け物の右側へと身をひるがえし矢を番えて瞬時に放つ。
たった一本だが、右の肘に深々と矢が突き刺さった。そして、次の瞬間、化け物は決定的な隙を作り出したのだ。
矢が肘に突き刺さるとさすがの化け物も自由に剣を振る事は出来なくなり、腕を伸ばしたまま剣を振るう事になる。すると今までの細かく、素早い振りは鳴りを潜め、攻撃にも、防御にも、隙が生まれ出した。
アイリーンは手元に残った一本を無造作に化け物へと射ると、本命の金属矢を矢筒から取り出し、弓を金属矢用にスイッチを入れ変える。
適当に振られる化け物の剣先を躱しつつ、矢を番え一気に弓の力を解放した。金属の矢は正確に化け物の顔面へ、たがわず打ち出される。さすがの化け物も放たれた矢に対応する事は出来ず、顔面に深々と突き刺さったのであった。
顔面から脳へと金属の矢が突き刺されば、化け物と言えども生きている限り、活動を停止せざるを得ない。”ぐらり”と体を揺らしたかと思えば、”ガチャン”と鎧の音と共に仰向けに倒れた。
動かなくなったと見て、最後の止めとばかりに兜と胸当ての隙間へショートソードの先端を当てると、体重を掛けてショートソードを刺し入れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
迫り来る化け物に牽制をと思い、目くらまし程度なら出来るだろうと
「タアァーー!!」
そして、
ヒルダが振るう
化け物が
長剣の間合いにさえ入れれば頭部に”一撃をお見舞いするのに”とヒルダは考えるが、巧みに振るわれる長剣がヒルダの接近を拒んでいる。
軽棍に掛けられた魔法の光を消し、別の光源を作れば良いと考えると思うが、ヒルダには一つだけ魔法の光を使った攻撃を考えており今は消せないでいるのだ。
化け物の攻撃もなかなか巧みで、緩急つけた攻撃を続け、ヒルダの
「少しは前に出てきなさいよ!!」
遠目からの攻撃に苛立つヒルダが思わず叫んでしまう。その苛立ちを感じ取ったのか化け物は長剣での攻撃を一旦収め、体を低くし
「グワアァァァーーー!」
化け物が唸り声を上げる。
何かの決意なのか、それともただの気合いなのか、それはどうでも良い、とヒルダは化け物が奇妙な攻撃体勢を取ったと感じ、最大限の警戒で化け物を睨み返す。
(来たっ!!)
化け物の体重と
では、ヒルダはどうするか、と刹那の時間で思考した。
左右へよければどうなるか。恐らく、長剣での追撃がヒルダに迫り大怪我を負う事になりかねないだろう。
それならばヒルダも同様に盾で突進してはと思うが、これは一番の下策で吹き飛ばされ逆転の機会を失うだろう。
上にはどうか?エゼルバルドやアイリーンでは可能かもしれないが、練習も無しに本番一回ではリスクが多すぎる。
となれば、最後の一つしかないと考えを纏める。
突進する化け物に合わせて体を低くし、重心を踏み出した足に集める。そして、いつもの訓練通りに左手の
当然だが、ヒルダの数倍もある重量の化け物をヒルダの体重で受け止める事は不可能で、ヒルダはそのまま後方へと数メートル吹っ飛ばされ、硬質な音を立てて背中から石畳へと落とされる。
ヒルダの吹っ飛ばされた近くに
いつもなら地下迷宮ではバックパックを背負っており、背中への衝撃を吸収するのだが、この時はアドネ領最果ての村より目的の場所が近くであった為に大きな荷物を持ち合わせていなかった。その為に背中の衝撃をヒルダは直に受けてしまった、ようだった。
吹っ飛んだヒルダを見て化け物は勝ちを確信したのか、暗い闇を見上げながら両手を上げ”グウォーー”と、喜びの雄叫びを上げた。
経験を積んだとアドネ領主は自慢をしていたが、この程度で雄叫びを上げる様では何の経験を積んでいたか疑わしい。思うに、武器を扱う経験を積ませただけであろうと予想出来る。
その雄叫びこそが化け物に大きな隙を自らが作り出した事になったのだ。
化け物の視界に突然白い光が入り込んできたかと思えば、”ガキン”と耳に届く音がしたかと思えば思い切り頭を揺さぶられた。
どんなに体が丈夫に作られても、改造をされようとも、人と同じ造りで、尚且つ、人と同じ脳を持つ化け物でもそれは例外ではなかった。脳を揺さぶられれば頭にある感覚器官が正常に動作しないだろう。
そう、正常な思考を奪われ、平衡感覚が麻痺し立つことさえ難しくなり、体を休ませねばならなくなる。だが、今は戦闘中であると化け物は体を横たえる事を防ぎ、何とか片膝を付くだけに留めた。
「丁度良い位置に頭が来たわね。覚悟して貰うわよ」
先ほど吹っ飛ばされたヒルダが立ち上がり、片膝をつく化け物の前へとショートソードを抜きながらゆっくりと歩み寄って来た。先程の衝撃でなぜヒルダが無事であったかと言えば、化け物の突進に合わせ、踏み出した足に移した重心を後方へ飛び退くための跳躍力へと変換したのだ。
その力と化け物との力を合わせて後方へと飛び退き、右手から
それからはワザと動けない振りをして化け物の隙を作りだし、計算通り、彼女の近くに落ちた
ゆっくりと歩み来る敵へ剣を向けようと腕を動かそうと頑張る化け物だが、脳が体の危険を察知して、全身への命令よりも脳の保護を優先し体の動きを制限する。痛みを感知する神経を化け物は繋いでおらず、何が体に起こったか意識に感ずることが出来ずにいた。
唯一出来る事は、虚ろな視線を歩み寄る敵に向けるだけだった。兜の細い隙間から見える瞳には、何処か寂しげな哀愁が漂っているとも感じさせる。
とは言え、こんな体にされた人が幸せになれるかと言えば恐らくできないであろうと思い、この化け物も等しく神の下へと旅立たせる、とヒルダは決めたのだ。
そして、化け物の後背へと回り込み、両手でショートソードを握ると、鎧の隙間から首筋へと銀色の刃を突き刺し、命を奪うのであった。
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