第五十一話 対魔術師、決着!
「スイールは大丈夫かな?」
「大丈夫じゃろう。ちょっとやそっとで
などとヴルフ達が言葉を交わしていると予想している暇も無く、スイールは目前の魔術師と対峙を続けていた。
瞬時に強力な魔法を放つ魔術師に、同じ土俵で戦っていたのでは時間がかかり、敵の思う壺だと、魔法だけに頼らぬ戦い方をしようとすでに決め、何時実行に移そうかと考えていたのである。
「よくもまぁ、魔法を魔法で相殺するなんて真似が、たいした事無いと良く言えるな。俺よりもよっぽど頭が
「私はまともですよ。それより、領主に忠誠を誓っているのではないのですか?」
「ふん、あんなのに忠誠を誓う馬鹿が何処にいるって言う?傭兵上がりのミルカでさえこの場にいないんだ、あの領主にそこまでの魅力は無いさ。ただ、能力を買ってもらっていただけさ。ほっ、と!」
スイールに煽られ、たいした事がないと毒を吐かれ、頭に血が上り始めた男であったが、何かを思い出したのか冷静になり、己の立ち位置をスイールに話していた。そして、僅かばかりの魔力をもって
煽ってくれたお返しだとばかりに打ち出された氷で出来た鋭いツララ状の針が、スイールの足元を正確に狙って襲い来る。だが、そんな小さな魔法など相殺するべくもないと、自らは後方へと飛び退きそれを避ける。少し前までスイールの立っていた場所で氷の針が”パリン”と砕け散ると、細かく砕かれた氷の粒子が”キラキラ”と生活魔法の白い光に照らされながら消え去って行く。
氷が砕け散る様子を眺めながら、先ほど思い描いていた戦い方を修正し、一つの魔法を練り上げて行く。そして十分な、いや、過剰な魔力を注ぎ込んだ魔法を放つとスイールの足元から敵の男にまで一直線におびただしいまでの水が空中に現れ、自重で石畳へと降り注いだ。
「何だ?
一見、魔力を注ぎ込んだ巨大な水の塊を打ち出したかに見えたが、実の所は全く違う魔法であった。巧妙に隠された魔法を見破るには、スイールの意図を正確に読み取るしかなかったが、魔法以外に戦いを組み立てられずにいた相対する魔術師は、魔法が失敗しただけと捉えたのである。
スイールはさらに魔力を練り始め、同時に二つの魔法を発動させようと頭を切り替える。
この世界で魔法の同時発動は、殆どの魔術師が出来る事では無い。思い出して欲しいが、スイールが今まで幾つの魔法を同時に発動出来たか、を。そう、ここでスイールは切り札となる魔法を使い、決着をつけてしまおうと考えたのである。
「はんっ!!ご苦労なこった。あれだけ魔力を注ぎ込んで発動に失敗するとは、これだから魔術師は甘く見られるんだ!」
「そうでしょうかね?私は今まで甘く見られたなどありませんよ。貴方だけではありませんか?」
アドネ領主のお抱え魔術師であるこの男には、何やら暗い過去があるのだろうとこの時点で勘繰ることが出来る。であるが、同情など向けるものでは無いと淡々と返すのみであった。
「失敗しておいて、俺に説教か?」
「いえ、失敗などしていませんよ」
「ほざいてるがいいさ、
男は会話の最中に次の魔力を練りあげ、
スイールは今までの男の戦い方から、次は一段上の魔法を使って来るのではないかと予想していた。その魔法から身を守るように敵と同時に魔法を発動させた。
「
迫り来る炎の渦がスイールの発動させた魔力で出来た透明な盾に阻まれ、その場で渦を巻きつつ魔法の盾の耐久度を削り取って行く。僅か五秒余りだが四十五度上を向いて発動した魔法の盾は、石畳へ熱が伝わるのを遮り耐久力が切れると同時に”パリン”とを音を立てて砕け散った。
「
魔法の盾が砕け散ると同時に、先ほどの
「ちょ、てめぇ!きたねぇ真似をしくさって!!」
炎の渦が消えると同時に自らに向かい来る炎の弾を、魔法を使って相殺しようと考えたが、わずか十メートルの距離で打ち合い、さらに魔力を練り始めたばかりの男には相殺など高等技術で返すには難し過ぎた。あと一秒でも有ればそれも可能であったのだが。
それが出来ないとわかれば、即座に後方へと飛び退き炎の球から逃れる事しか出来なかった。
敵の魔術師の動作を見たスイールはわずかに口元が緩み、うっすらと笑みがこぼれたであろう。そう、スイールの狙いが叶った瞬間であった。
炎の球が男の立っていた場所へと着弾すると、失敗したと考えていた床に撒かれた大量の水が、強烈な火の球に急激に熱せられ、水蒸気となって”もうもう”と空中へと舞い上がり男の視界を真っ白な水蒸気で覆った。大量の水は当然ながらスイールの足元まで続いているが、これも計算通りである。
「ふっ、またしても失敗だった、か?………ガ、ガハッ!!」
敵の魔術師は、自身に何が起こったのか、一瞬、理解が出来なかった。魔法の光に照らされ、”キラキラ”と光り視界を奪った水蒸気のその先から、重量物が自らに投げつけられたのだと感じただけであった。
だが、水蒸気がすぐに晴れると、自らの胸に銀色の細い刃が突き刺さり、十メートル先にいたはずの魔術師が目の前に姿を
「何故……お前が、お、俺の前に…、いる?」
「魔法だけに頼った戦いではこの様な組み立てはしないでしょうね。今は領主を捕縛する事が最優先事項で、貴方との戦いを楽しむ余裕はありませんので。それに、貴方の思考は少し危ないと感じた結果がこれでもあります」
スイールは深々と刺さった
胸元から背中まで
「だが、近づく音さえ、聞こえないのは何故だ?」
僅かばかり口角の上がる口元から鮮血を垂れ流しながら
「簡単な事です。炎の球が着弾した爆発音を至近距離で受けた貴方の耳には、私の抜刀や足音が聞こえ辛くなっていたのです。水蒸気を舞い上がらせ、視界を奪い一目散に貴方に向かって刃を突き立たのです」
「そうか。魔法しか考えていなかった俺の負けだな」
”ゴホッゴホッ”と咳き込む度に口元から赤い鮮血が拭きだし、男の顔を赤く汚して行く。胸元や背中からも、とめどなく鮮血が流れ出て血だまりを作り行けば、男の命は後僅かとなるが、表情は何故か愉悦の表情を浮かべていた。
「短い人生だったが、最後にアンタの様な魔術師と勝負出来て楽しかったよ。神の下へと行ったら、魔法だけじゃなく剣の腕も磨く事にするさ」
そう言うと、男は満足したのか静かに瞼を綴じ、息を引き取ったのである。笑顔を最期に残して。
「魔法だけでもいい勝負は出来たでしょうが、残念ながら時間がありませんでしたからね。いつか、魔法だけで戦いましょう」
スイールは男の側にひざまずくと、彼の両手を体の上で合わせて、”静かに眠れ”と心で語り掛けたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイールと別れて駆け足でオレンジ色に光るランタンの下へと急ぐ。
エゼルバルドは腰に下げたブロードソードをその間に抜き放ち、しっかりと握りしめていつでも戦いができる体制を整えていた。ヴルフはいつもの
アイリーンも同じように弓を握っていたが、ランタンが邪魔だと投げ捨てたい気持ちになっていた。
ヴルフ達は、オレンジ色の光を放つランタンの下へ、あと少しとなった所で足を止めざるを得なかった。複数の男に行く手を阻まれたのである。
「我の魔術師が戻って来ない思ったら、余計な虫が入って来ていたか……」
中央の男が口を開いた。そして、他の男が松明に火を灯すと、赤い色の光で辺り一面が照らし出され、立ち塞がる男達の顔が鮮明に映し出された。
「お前の顔は一度見た事があるな。お前がアドネの領主か」
見覚えのある顔にヴルフが声を上げる。そう、自由商業都市ノルエガでの祭典でのパーティー会場でヒュドラ装備を作り上げた鍛冶師のダニエルと一度声を交わしていたのだ。片田舎の領主と語っていたが、まさか、アドネの領主をしていたとは夢にも思わなかった。
「ほう、我の顔を知っているとは見上げたものよ」
「大人しく捕まる気は無いか?抵抗の意思はないと上申する事も出来るがどうじゃ」
無駄な戦いをせずに大人しく捕まればこれ幸いと思うが、さすがに大人しく捕まるなどアドネの領主が言うはずが無いとヴルフもわかっていた。大人しく捕まるのであれば、ここまで逃げる必要も無いのだから。
「それには拒否をさせて貰うよ」
「そりゃ、当然か」
落胆する様子も無く、淡々とアドネ領主向かって言葉を投げかける。ヴルフの言葉に怒った様子も見せぬアドネ領主であったが、取り巻きの兵士達は違っていた。ここまで逃げて来たとは言え、仕える主を馬鹿にする発言を聞いてしまったのだ、怒りを内包するには十分であった。
「貴様!我が主に向かって、汚い言葉を掛けるな!汚らわしいその口を閉じろ!!」
血気に
こんな状況になるだろうと、最低限の警戒だけはしていたヴルフであった。
二人同時に襲い掛かれば口汚く罵る男など倒せると思っていたのか、余りにも短絡過ぎる攻撃にヴルフは体を左へと一歩移動すると同時に、
そして、勢いを殺した左の兵士へ右足を軸にして鳩尾に蹴りを叩き込むと、その兵士は”ふわっ”と浮き上がり、数メートル飛ばされて石畳に背中から叩きつけられた。
「こんなもんか?」
魔法の白い光が輝く
「再度問うが、おとなしく捕まる気は無いか?」
「くどいな!貴様等などに捕まる気は無い。まぁ、お前達に明日の朝日は拝めないのは変わらんがな」
アドネ領主が”パンパンパン”と手を打ち音を響かせると、小さいながらも金属の擦れ合う耳障りな音が聞こえだし、その音が徐々に近付いて来る。そして、アドネ領主の後背にある暗闇から、三体の化け物が姿を現した。
「ふふふ、リザードテスターがあれで終わったと思ったか?」
領主が手を上げると、紺色の鎧を身に着けた三体の化け物は”のそり”と領主を守護するように立ちふさがる。そして、身長との対比でショートソードと見紛うばかりの
「これってオレ達が夜襲された残りか?」
「かもしれないわね」
アドネの街での戦闘で百体も存在した化け物はすべて倒し尽くし、呪われた哀れな魂を神の下へと送り届けたはずだった。それとは別に存在するのであれば、ノルエガへの護衛の途中で遭遇した化け物の残りと考えるのが当然だろう。
「なるほど、ミルカから撃退されたと報告にあった手練れとはお前達だったか。だが、あれから経験を積み、こいつらは強くなっておる。今までのリザードテスターとは違うぞ」
”ペラペラ”と口に油でも塗っているのではないかと勘繰ってしまうほど良く喋るアドネ領主だと、皆は感心する。別に聞きたくも無い話をご丁寧に喋るのは、言葉を扱う職業にでも就けば天職なのにと感じる程だ。
その中でもヴルフとアイリーンは共に懸念する事があった。
「こいつらがいるって事は”黒の霧殺士”が何処かにいるはずだ、気を付けろ」
暗闇の中から襲い掛かられては対処が遅れると警戒するように注意をうながす。シャムシールを持つ”黒の霧殺士”の他に二人ほど付添いがこの場にいるかもしれないとなれば警戒するのは当然である。
ヴルフ達の中で最も警戒を強めていたアイリーンはランタンを石畳に無造作に置き、何時戦闘に突入しても構わないと右手で矢筒をまさぐり、一本の矢に手を沿わせた。そして、人の気配を感じようと周囲全てに気を回すのであった。
「ふふふ。確かにあいつは良くやってくれた。今は何処へ潜んでいるか、我でもわからんからな。まぁいい、話をするにも飽きてきた。そろそろお前達には死んでもらおうか」
実は、アドネ領主と”黒の霧殺士”の契約は先日終了しており、この場には存在すらしなかった。だが、ヴルフの言葉を逆手に取り、有利に戦いを進めようと何処かへ潜んでいると暗に示した形になった。
アドネ領主の手が掲げられ、”殺れ!”と言葉が発せられると、化け物共は一斉に動き出し、一人
「来るぞ!気を付けろ」
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