第四十五話 祝勝会
ヴルフ達が領主の館へとたどり着いたその時間に少しだけ戻る。
アドネ領主アンテロ=フオールマン侯爵は領主の館から延々と延びる秘密の地下道を通り、土にまみれた格好のままで街の北西門近くにある屋敷で逃げる算段をしていた。
門番の兵士数人で跳ね橋を下げさせ門も開け放っており、いつでも侯爵が逃げ出せる準備が着々となされていると、数人の兵士が報告してきた。
「公爵、門を開きましてございます」
「ご苦労!」
フロールマン侯爵と領主の館から付いて来た五人の兵士は、その屋敷に隠されていた馬に”ひらり”と飛び乗ると屋敷から出て行こうとする。
だが、門番の兵士が領主の行く手を遮り、言葉を掛けるのであった。
「領主はどちらへ向かわれるのですか?」
アドネの街の北西門は戦闘が行われていない門の一つである。そして、直線で五十キロも北へ走れば隣国、ベルグホルム連合公国の国境だ。その為、街を脱出する際には北西門を使うとアンテロ侯爵ら首脳陣では決められていた。
屋敷を確保し、逃げるための馬も用意してあった。
「一時、身を隠す。それから再起を図るのだ」
一言告げて馬を進ませようとした所で門番の兵士が嘆願するのであった。
「領主がいなくなれば、我々は如何すれば良いのですか?みすみす解放軍に捕まれば良いと思っているのですか?」
面倒な事になったなとアンテロ侯爵は思うと、付き添いの兵士達に目配せをしてから馬を進ませる。
そんな領主の後ろ姿に手を伸ばして捕まえようとする門番の兵士達だった。だが、彼らの忠誠の対象とされた領主の姿は二度と拝むことはできなかった。
彼らの胸に赤く汚れた銀色に光る刃が突然生え、口から血を流して横たわったのである。
「宜しいのですか?」
「かまわん、連れて行く訳にもいかんだろう。それにこれ以上の人数がいても食料が持たん」
逃げる手伝いをした門番の兵士達は、味方であるフオールマン侯爵の付き添いの兵士に後ろから”ブスリ”と刺され、慕う領主に付いて行けず神の下へと旅立ったのだ。
後を行く兵士達も
五人の兵士は皆一様に思うのである、”自分たちは碌な死に方をしないだろう”、と。
それから、アンテロ侯爵と五人の兵士は解放軍の来る前にと北西の門を出て、とある隠れ家へと向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
様々な情報が飛び交う中、アドネ領主が逃げたと確定情報がアドネ領軍の中で共有されると、南東門を守っていた兵士たちは白旗を上げて降伏し、門を開いて国軍、解放軍の合同部隊を受け入れた。
それに加え、南西門で攻撃していた解放軍も陣を引き払い、すべてがアドネの街へ入り込むと、ここにアドネの街”奪還”を宣言し、アドネの街は国軍に占拠され、すべての門が開け放たれた。
交戦開始からわずか二日、正確には一日半ほどでアドネの街が解放され、各地へ伝令が飛ばされた。聖都アルマダへもそうであるが、騎士団が駐在するノーランドやアルビヌム、そしてエトルリア廃砦へ高速連絡鳥や早馬が送られたのである。
それと同時に、国軍、アルビヌム領軍の合同部隊が戦闘中のカタナの街へ、アドネ領主が逃げし街が解放されたと伝わると、カタナの街で守っていた貴族たちもすべてが門を開け降伏し、ここにアドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵の野望に端を発した内乱は幕を降ろすのであるが、それには数日を有するのであった。
戦いの終わったその夜、領主の館には国軍を指揮してたブラスコ将軍を始め、解放軍の旗頭であるルーファス=マクバーニ伯爵、その他戦闘に携わった貴族や指揮官などが謁見室へと集められていた。
その中には、アドネの街へ一番乗りを果たしたヴルフやヒポトリュロスの姿も見られた。だが、グローリアだけはまだ包帯が取れていないので、この場へ来ることを断念していた。
「皆の者、ご苦労であった。こんなに早くアドネの街を奪還する事が出来たのも皆の協力のおかげと、街に残った住民の協力があっての事だ。まずは礼を言うぞ」
壇上でブラスコ将軍がここに集まった者達の前で頭を下げた。そして、何処からかトレイに乗せられた透明な液体の入ったグラスが運ばれ、ブラスコ将軍始め全ての者に行き渡ると、さらに言葉を続ける。
「全ての戦いが終わった訳では無いが、一応の目的は達成できた。皆に感謝と無事と、これからの発展に向けて
「「「
皆がグラスを掲げて喜びながらそれを飲み干して行く。それからしばらくは歓談が続き、ヴルフも当然ながらその中で楽しんでいたのである。だが、ヒポトリュロスは解放軍に入ってから今の地位を得たのが気に入らなく、この様な場所は自分の居場所ではないと萎縮していた。
戦いも終結に向かっている事から、ある程度の料理も運ばれると、立食形式の
それからしばらく経ち、
「戦いはこれで終わりであろうが、領主であったアンテロ=フオールマン侯爵が何処かへ姿をくらました。街を調査した結果、北西の門が開いており、そこから逃げたと推測される。北西に向かえば五十キロ程で隣国のベルグホルム連合公国に逃げ込めるだろう。逃げた時間からすれば、国境を越えたと思っても良いかもしれん」
ブラスコ将軍が顎に手をやり、”困った”と表情を見せる。正午頃にアドネの街をアンテロ侯爵が出発したとしてもすでに半日近くが経った計算になる。その時間があれば国境を越えており、軍を動員しての捜索には困難が伴う。うっかりと国境を越えてしまえば、隣国との戦争になりかねないだろう。
都市国家自体が最小単位であったとしても、国全体から兵士が集まれば、神聖教国と同等の兵力で出してくる可能性もあり、戦いになる事は避けたいと考える。
しかも、北部だけとは言え内戦による国内の疲弊を考えれば、兵士を復興の手伝いに回したいと考えるのだ。
そこで一人、異論を唱える者が現れた。ヴルフが話を遮るように挙手し、発言の機会を求めたのだ。
「ん、そなたは別動隊の者だったな」
「そうだ。ワシはこの街に一番乗りをしてこの領主の館に入った。そこに、この街の司教がいて、”今頃は隠れ家にでも向かっているのではないか?”と、はっきりと聞いた。だから何処か、知らない場所へ潜伏したのではないかと考えている」
「あの口を割らない司教がその様に語ったか……。それであればまだ国内にいる可能性もあるか。だが、軍は出せんな、国境を越えてしまう可能性がある」
相手が将軍と言えども、他国からの用兵として参加しているヴルフは、お酒も入っているのかざっくばらんな口調でブラスコ将軍へと話をする。
その将軍も特に気にした様子もなく淡々と話は続き、時間を掛けねばなるまいかと思案するブラスコ将軍であった。
この
そして、ヴルフがさらに口を開き言葉を続ける。
「ワシと仲間で侯爵を追いかけても良い。内戦が終わればワシ等はお払い箱で国へ帰るだけだからの」
「追いかけてくれるのか?」
「ある程度の期間内であれば……で良ければ、だ。元々、そちらの騎士団から、この地の偵察を依頼されていたし、その延長で依頼料を上乗せして貰えるのであればかまわない。それに、侯爵がワシらの追いかけている物を携えている可能性もある。農地を整備したり、防壁を直したりと、余っている者などおるまい」
一か月、二か月伸びても予定がある訳でもないし、エルザとの合流も年が明けて、さらに春の予定だ。それまでは細々と何かの依頼を受けて過ごすつもりであった。それに、今、この場にいない四人も、ヒュドラの剣を追うと知れば反対はしないだろうとヴルフは確信していた。
”それなら任せよう”とブラスコ将軍が頼もうとしたところへ、ルーファス=マクバーニ伯爵が話を遮り発言を求める。
「ルーファス伯爵どうした?何かあるか」
「いえ、そうではありません」
ブラスコ将軍が口にした”何か”とは不都合な事との意味合いであったが、それを否定し、さらに口を動かす。
「北西に進めばベルグホルム連合公国ですが、そこから北東や南西方向には百キロ以上あり闇雲に探すには広すぎます。街の中では行く先を知りえる事は出来ませんが、郊外の村々では情報が手に入る可能性があります。北西に二十キロ程離れた場所に集落があるので、そこで聞いてみてはいかがでしょうか?」
「ふふふふ。なるほどな、この街に居を構えるだけの事はあるな」
ブラスコ将軍に褒められ、笑顔を見せるルーファス伯爵である。それがよほど嬉しかったのか、その後も顔を緩めたままで、寝るまで笑顔であったそうだ。
「では、アンテロ侯爵の捜索はそなたらに任せよう。明朝にまたここへ来てもらいたいが良いか?」
「承知しました」
ヴルフは深々と頭を下げ、捜索の任に当たる事を了承した。
「では、明日からも皆頼んだぞ」
ブラスコ将軍が最後の一声を叫び、
「なんだ、ここでも
いつもは抑えた飲み方をしているスイールが顔を赤くしていたり、呂律が回らなくなるまで飲んでいるアイリーン、そして、楽しそうに手酌で飲むエゼルバルドに、彼の膝を枕に寝転んでいるヒルダと千差万別の楽しみ方をしていた。
「ああ、お帰り。まだまだ残ってるよ」
ワインの瓶をヴルフに差し出すが、既に空の瓶を差し出された。相当に酔っており、いつもと逆の立場だと笑いが込み上げて来た。
「スイールよ。空だぞ、この瓶は」
「そうか?失礼した」
「暗いよ~、戦争は終わったんだから、もっと明るい顔しなくちゃ~」
アイリーンは”なに、渋い顔をしているの?”とヴルフに絡んで来るが、陽気で笑顔を振りまいているはずとだと反論を試みようとする。だが、”この酔っ払いが”、と半分あきらめ受け入れる事にした。どうせ明日になったら全て忘れているだろうと思いながら。
「そっちはどうだったの?」
指揮官クラスの
「こちらも少し早い戦勝祝いの
部屋の隅に飾ってあるヒュドラの盾を見ながらヴルフが話を付けて来たと皆に告げる。
「え~、休み無いの~?」
「無い。明日の朝から将軍の下で仕事の詳細を聞く事になってる」
テーブルを”バンバン”と叩き、駄々をこねるアイリーンをヴルフが冷たくあしらう。内戦が終わり、訓練と戦いの日々からやっと抜け出せると思っていただけに、アイリーンの気持ちは深く沈んで行った。
「その分、報酬は上乗せして貰うさ。それが終われば十分休みを取れば良いさ」
「でも、いつ終わるかわからないんでしょ」
エゼルバルドの膝を枕にしていたヒルダが目を覚ましたのか尋ねる。
「いや、それほどかからんかもしれん」
「え、そうなの?」
「聞いた所によると、北部には村々が点在していてアンテロ侯爵の行く手を知っているかもしれん……らしい」
「点在する村で聞き込みをして行方を掴むのか」
”なるほど”とエゼルバルドが呟くとグラスを口に運び、グイッと煽り喉の奥へと流し込む。そして、一気に流し込んだアルコールが喉を焼き、”クーーー”っと歓喜の声が漏れる。その声と同時にワインが漏れ、唇から顎を伝い、そして膝を枕にするヒルダの顔にと流れ落ちる。
「ちょ、ちょっとぉ!!」
「おいおい、ワインは一気に飲むもんじゃないぞ、エゼル」
ヒルダが飛び起き顔に掛かりそうなワインをすんでの所で避ける。それに加えてスイールが飲み方を注意した。”しまった!”と口を開けてびっくりするが、ヒルダに怒られるも笑顔を見せた。
「まぁ、そう言う事だから、そっちで駄々をこねてるアイリーンも今夜は早く寝るんだぞ」
「はぁ~い。わかってますよ~」
閉まらぬ声で返事をすると、机に突っ伏し”スースー”と寝息を立て始めた。
「明日は起きなかったら叩き起こすからそのつもりでな。荷物もまとめてないんじゃ、明日は忙しいぞ」
アイリーンを除く三人はヴルフに返事を返し、テーブルの料理を片付け、ベッドへと潜り込む。アイリーンだけはそのまま……と言う訳にもいかず、エゼルバルドとヒルダが”重いなぁ”と愚痴をこぼしながらベッドへと運んで行った。
※乾杯をSalute!としましたが、イタリア語になります。
神聖教国なので、宗教的な言葉を使う国としてバチカン市国をイメージしました。英語もドイツ語もイメージが違うので……。
これで、第八章、第二部は終了となります。
すみませんが、1~2週間ほどお休みいたします。ちょっと更新している暇が無さそうなので申し訳ありません。
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