第四十四話 アドネの街への侵入とヒュドラの盾

「ぼ、暴動だと?」


 反旗を翻した兵士達が行動に移る、少し前に時間はさかのぼる。アドネ領主アンテロ=フオールマン侯爵が待つ謁見室へ不確定だが重要な情報がもたらされた。


「いえ、暴動になるかはまだ不明ですが、住民たちが街の南側に集まりつつあるとの報告だけです。ただ、武器を用意しているので、暴動にでもなったら抑えきれないと思える程集まっているので……」


 報告してる兵士も不安で仕方ないのだろう。言葉を発するごとに弱々しい言葉使いになり、最後には蚊の鳴く様な声になりアンテロ侯爵は聞き取れないでいた。

 侯爵は歯噛みして椅子から立ち上がり、床を蹴飛ばす。何もかもが自らの手の平からこぼれ落ち、誰もが言う事を聞かない。

 もしもの事を考え、いかに鎮圧するかを考えるのだが、良い案が全く浮かばずにいる。最後の手段は、敵主力側の兵士を削ってでも暴動を抑えるしかないと結論を出したのである。


「この大事な時にミルカも戻って来ない。兵士は少ない、虎の子の部隊は全滅する、何故、我だけ運が向かないのか!?」


 ボソッと愚痴を呟くが、誰も答えを返す事はしなかった。実質、この場に残っているのはイエスマンのみで、反論や意見を口にしない者達ばかりであり、自らが何かを考える事を放棄している者たちばかりである。


「まぁ、良い。百ほど南東門にいる兵士を裂いて向かわせろ。それで事足りるだろう」


 ”畏まりました”と頭を下げて兵士がその場から退出すると、アンテロ侯爵は”ふぅっ”と溜息を吐いて椅子に深く腰を下ろした。とりあえず、一息つけると思えばこの時間も悪くないと思うのだった。


 だが、アンテロ侯爵の受難はこれが終わりでは無かった。




「報告します。南西の門が住民に占拠され、開かれました」


 謁見室で椅子に深く座り、ウトウトと疲れた体を休めようとしたときの報告が、あまりにも酷い出来事であったために跳ねる様に起きた。先ほどの報告では住民が集まり暴動に発展する可能性があると告げられ、対処のための兵士を向かわせる指示を出したはずである。それよりも早く住民が動いたと驚きを隠せなかった。


「報告します。南西の門を守る兵士達が反旗を翻しました」


 さらに兵士が謁見室に飛んで入り、更なる報告を告げる。南西の門が開かれ、門を守る兵士が反旗を翻せば、防壁の上部に設置してある跳ね橋を下げる仕掛けを操作され、無防備な門が口を開けてしまう。そうなれば、南西から敵兵が侵入し、南東門をも開かれてしまうだろう。そうなったらアドネの街が陥落するだけでなく、侯爵の夢もはかなついえる。


「まだだ、まだ終わらせん。直ちに南東門の兵士を三百、いや、五百を向かわせろ。何としても取り戻すのだ」

「「はっ、畏まりました」」


 報告した兵士に八つ当たりをしても、この場で地団太を踏んでも、何も変わらないだろう。今は予備兵力も無い状態であれば、手持ちの兵士に頼むしかないと天を仰ぎ、神にすがるしかないと手を合わせるのであった。


「どうした、そろそろ歴史の舞台から退場するか?」


 不意にアンテロ侯爵の後ろから声が聞こえた。振り向けば何処から入ったのか、ジャンピエロ司教の姿が見えた。


「何か用か?」

「な~に、領主の最後の姿を拝んでおこうと思ってな」


 怪しげな表情を見せながら公爵へ近づく司教。言葉に裏がある訳でもなく、そのままの言葉だと告げている様であった。


「何が最後の姿が。我はまだ諦めていないぞ」

「わかった、わかった。それでも状況は悪いのだろう、手伝えることは無いかと思ったのだよ」

「いまさらだな。お前一人の力で戦局が好転するとも思えん。麻薬も殆ど在庫が無いのだろう」


 敵主力へ使い、混乱を引き起こした麻薬の束を使おうにも、豊富に残っている訳でもなく、目くらましに使えるかもしれない、その程度であった。


「数袋は残っているから目くらましには使えるはずだぞ」

「それなら我がそれを貰おうか」

「そう言うと思って、すでに用意してある」


 ジャンピエロ司教が”パチン”と指を鳴らすと、謁見室の入り口から信徒が麻袋を背負子に積み現れた。一人が三袋を背負い、それが三人で九袋であった。


「これだけあれば、まぁ、目くらましになるだろう」

「役立ててくれよ」


 アンテロ侯爵へ麻薬の袋が引き渡された所に、別の兵士が飛び込み新たな状況を報告した。新たな兵士を向かわせる指示を出してからそれほど時間は経っておらず、嫌な報告であろうと予測するのである。


「申し上げます。南西の解放軍、少数でありますが街へ侵入しつつあります」


 解放軍の侵入する門から領主の館まで、馬を使っても数分は掛かる。その間にも解放軍が侵入する手を緩めなければ、すでに街の中に先頭が入っていてもおかしくない。これは完全に後手を踏んだとアンテロ侯爵は思うのであった。

 街中に入られては兵士を如何にかする事は出来ず、負けが決まったようなものである。さらに、南西の解放軍にはミルカが倒しきれなかった敵将も控えている。


「今、屋敷にいる兵士を直ぐに呼んで来い」

「は?この屋敷にいる兵士をですか」

「そうだ、今すぐだ」

「畏まりました」


 告げられた兵士は屋敷にいる兵士を呼びに走り去った。侯爵は謁見室に飾ってある、剣と盾を持ち、壁に掛けてある外套を羽織ると、隅の床をいじり隠し扉を開け、地下への階段を露にする。


「その盾は置いて行け、つかえるぞ」

「ちっ、仕方ない。剣だけにしておくか」


 盾は座っていた謁見室の中央に鎮座する椅子に立てかけ、兵士が戻るのを待つのであった。


「俺はここに残る。お前の足手纏いになりたくは無いからな」

「そうか、一緒に行ってくれると助かるのだがな」

「逃げるに馬を使うだろ。俺は馬に乗れないからな、しょうがないさ」


 ”そうか”と一言だけ呟くと手を伸ばして握手を求める。


「今まですまなかったな。悪い役割をさせてしまって」

「気にするな。自分がしたいようにした結果さ」

「また会おう」

「ああ」


 固い握手と最後の言葉を交わし終えた時、五人の兵士がその場へと現れた。


「お前達、一袋ずつその袋を持って移動するぞ。付いて来い。槍は持てないからそこら辺に捨て置いていいぞ」

「はいっ!」


 侯爵は剣の先に生活魔法の灯火ライトを掛けると五人の兵士を連れ狭い隠し階段を下って行った。

 その姿を見届けたジャンピエロ司教は侯爵の後を追えない様に隠し扉を閉め、側にあった机で塞ぎ、後はどうとでもなれと侯爵がいつも座っている椅子に腰を下ろすのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「死にたくなければ道を開けろ!」


 アドネの街に侵入したヴルフ達解放軍は、街の住人に刃を向けるアドネ領軍の兵士に刃を向ける。馬上から棒状戦斧ポールアックスを叩き付ければあっという間に兵士の一人が脳漿を撒き散らし神の下へと旅立って行った。

 兵士の質で言えばアドネ領軍が勝っているが、防壁内に解放軍が侵入したとの事実を突き付けられれば戦う意思は衰えて行き、数で勝る解放軍が蹴散らしてゆく。


「領主の館は何処だ?」

「街の中央です。この道を真っ直ぐに進めばたどり着きます」

「道案内を頼む!」


 早足よりも少し早い程度の速度で道案内が進み、それに続けとヴルフ達は追従する。アドネ領軍は解放軍が侵入したのを見て、すでに戦う意思を無くし、兵士達は武器を捨て始めている。抵抗した兵士はヴルフの一振りや数人がかりの攻撃で命を落としている。


 道を行く解放軍の前にアドネ領軍は一兵も姿を現さず、無人の野を行くが如く、領主の館へとたどり着く。街の中央部で高さ二メートル程の白い塀に囲まれ、この場所だけが別空間だと錯覚させられる。館へ入る門は既に開いているが、門番も見えず、ここが領主野館なのかと疑ってしまう。


「ここが領主の館なのか?」

「ええ、いつもは門番がいて、中を見ようとしただけでも五月蠅く追い払われるのですが……」


 自信なさげに言葉をつづる案内人。場所は間違っていないと領主の館を捜索する事にする。だが、大勢で乗り込んでも仕方がないとヴルフはエゼルバルドと兵士を十人連れて行く事にした。


「エゼルは一緒に来い。アイリーンはここで待機、部隊を指揮して外から来る敵に注意してくれ。あと、十人程一緒だ。案内人も何かあるといけないからここで待機だ」

「「「了解!!」」」


 領主の館を囲い、周りからの攻撃に備えさせる配置にすると、ヴルフ達と領主の館捜索組は待ち伏せに注意しながら領主の館へと入って行く。


 領主の館であるが、アドネの住民から重税を取っていた割には質素で価値のありそうな美術品の類は殆ど飾ってなかった。それよりも、剣類や槍等の武器は至る所に見えて武芸全般に興味のある領主だとわかる。

 広さもそれほどではなく、棒状武器ポールウェポン長槍ロングスピアを振るう広さは無く、捜索組はブロードソードやショートソードなどの短めの武器を手に進んでいる。


 重厚な扉を開け入り口を潜ると玄関ホールが、あり汚れ落としや外套掛け等が両脇に見えるが守る兵士は見えず、素通りして次へと進む。

 赤い絨毯が敷かれた廊下が続いており、両脇の窓から光が射しこめ明るく照らし出す。十五メートル程の廊下に幾つかのドアが見え、注意して開け放つがどれもが訪ねて来た客の控室になっていた。一番先には重厚な黒塗りの扉が見え、そこが謁見室であると予測をした。


 ヴルフ達は黒塗りの扉を慎重に開け放ち中へ入ると、一人の男、--司教の服装をしている--、が座っているだけで他には誰もいなかった。

 奇妙なのは男が松明を片手に持ち、足の側に麻袋が幾つか置かれている光景であった。


 司教の服を着ているその男は、笑みを浮かべながらヴルフ達を見ている。達観したような顔に不気味さを覚えるヴルフであった。

 だが、その顔に妙な雰囲気を感じるのであった。


「お前は何者だ?領主は何処へ行った」


 司教までは五メートル程、一足飛びで仕掛ければ二秒ほどで蹴りが付く距離である。とは言え、この場で待ち構えていた司教も重要参考人として捕まえる必要があると、むやみやたらと剣を振る訳にもいかぬと舌打ちをする。


「領主ならすでに逃げたよ。今頃は隠れ家にでも向かっているのではないか?」

「逃げただと?隠れ家とは何処だ」


 今にも飛びつきたい衝動を抑えながらヴルフは司教に言葉を返す。だが、その問いにも司教は微笑みを返すだけであった。

 そして、ヴルフの頭の中で、司教の顔と声が一つになった時、脳裏に一つの事象が思い出された。


「お前、ノルエガの式典にいたな。大司教と名乗り、式典も無事に済ませて、その後のパーティー会場で護衛と共に見たぞ。神に仕える司教の風上にも置けないな!」


 聖都アルマダから派遣されると聞いていた大司教が、聖都に戻らずこんな地方の一都市にいる事が不思議であった。

 単純に考えれば、偽物の大司教としてノルエガへ出向いた本人が目の前の司教であるとすれば辻褄が合う。エゼルバルドも大司教の顔を思い出し、ヴルフと同じように捕まえる対象として司教を睨んだ。


「そうか、お前達もあの場にいたのか」


 司教は左手で椅子に立てかけてあった盾を持ち上げると自らの前に構える。椅子に座る司教の床から胸元まで覆いかぶさる大きさであった。


「ヒュドラの盾!やはりお前達が盗んでいたのか!」

「これを知っているのか?そうか、鍛冶師の護衛はお前達だったか。それなら知っていても不思議じゃないか」


 司教が構える盾を一目見て、ダニエルが作成しオークションに出品した盾であると驚きの目を向ける。盾と対になったヒュドラの素材を使用した剣があったはずだ。だが、司教の手には盾しか見えぬのであれば、剣は逃げた領主が持ち去ったと見て良いだろう。

 それであれば、必ず司教を捕まえ無ければならぬと、ブロードソードを握る手に力を込めるのである。


「おっと、動くなよ。足元のこれを燃やされたく無ければな」


 司教が右手で握る松明を麻袋へ近づけ、ヴルフ達を牽制する。ヴルフは、麻袋に何が入っているか知る由も無いが、いきなり領主の館が炎に包まれる事は無いだろうと司教を捕縛すると決めた。


「捕まえるさ!!」


 ヴルフが床を蹴り、全力で体を前に進め五メートルを刹那の時間で詰めると、司教に向かってブロードソードを一閃する。司教は思った通りと盾を構え、ヴルフの一撃を跳ね返そうとするのだが百戦錬磨のヴルフと素人の司教ではあまりにも力や技術の差が大きすぎ、盾の役目を果たせる訳が無かった。

 ヴルフの一撃は司教が持つ盾に真正面から衝撃を与え、衝撃を逃がす技術の無い司教は座っていた椅子ごと吹っ飛ぶのであった。数メートル後方に吹っ飛んだ司教は、背中を床に打ち付け肺の空気を強制的に吐き出され、息を吸えぬと悶え苦しむ。

 同時に吹っ飛んだ椅子も床をゴロゴロと転がり、床にぶつかり足や背もたれを破損するほどであった。


 ここで一つ事件が起こる。司教が握っていた松明が手を離れて宙を飛ぶと、床に転がっていた麻袋の上に落ちてしまったのだ。松明を取り除こうとエゼルバルドが急いで駆け付け手を伸ばすが、それよりも早く麻袋に炎が燃え移り、袋の中から白い煙を吐き出し始める。


「消化だ!」


 ヴルフの叫びにエゼルバルドや付き添いの兵士が、生活魔法の生活用水ウォーターを使い、何とか燃焼だけは押さえる事が出来た。だが、くすぶっているのか、白い煙を少しだけ吐き出し続けている。


「ワシ等はこいつを連れて外へ出る。お前達は領主館の捜索を引き続き頼む」

「はっ!!」


 悶え苦しむ司教をロープで後ろ手に縛り、首根っこを掴んで引きずりながら領主の館をヴルフは後にする。その手には鍛冶師のダニエルが作り、オークションに出品したヒュドラの盾が握られていた事も付け加えておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます