第四十二話 解放軍の陣地からの逃走劇
捕虜用に設けられた専用の天幕の中で、ファニーが苦しそうな声を出し始めた。
「ウ~~ン、ウ~~~~ン!」
お腹を押さえながら悶え苦しむファニーを見てミルカはどうしたものかと思案する、真似をする。そして、思い出したように天幕の入り口に立つ、二人の兵士を呼ぼうと天幕から顔だけ出して声を掛ける。
「捕虜が食事を食べたら苦しそうに腹を押さえてるんだ。手伝ってくれないか?」
面倒くさいと嫌な表情をしながら、二人の兵士は天幕の中へと入って行く。
「で、何を手伝えばいいんだって?」
二人の兵士は苦しそうに悶え苦しむファニーの様子を確認しようと、片膝を付いて腰を下ろす。彼等の後ろからミルカが声を掛けるのだが……。
「どうですか?彼女の演技は」
ミルカが呟く様な声を発すと、二人の兵士が”えっ?”と、声を上げるが、直ぐに力を失くして両膝を付き、顔面から地面へと倒れ込もうとする。
「おっと、危ない」
倒れ込もうとする兵士にミルカとファニーの二人は手を添えると、ゆっくりと地面へと寝かせる。なるべく音を立てない為であった。
そして、上手く行ったとミルカとファニーはお互いの顔を見て頷くのであった。
「まず二人…か。後、四人だな。骨が折れそうだな」
”ふぅ”とミルカが息を吐いて、額を腕で拭う。
先程の二人の兵士は、ファニーを見ようと屈んだ所をミルカが後ろから一人を、ファニーが前から手を顔に手を掛けもう一人を一瞬で首をあらぬ方向へと折り、声を漏らさぬ内に屠ったのである。
ミルカ一人では決して出来ぬ作戦であり、ファニーがその場にいたからこそ実行できたのだ。
残り四人の見張りを排除し安全にここから逃げ出すと決めていたが、残りをどの様に排除するか決めかねていた。
だが、この天幕のある位置を思い出し、他の兵士の目に触れない場所で見張りに立つ二人は最後に排除すると決め、先に別の場所から見える見張りの二人を排除する事にした。
「ファニーはもう少し痛がるように、そして少し暴れてくれ」
ミルカの指示を”こくん”と頷いて了承すると、手や足で地面を叩きながら先ほどよりも痛がる声を上げる。その演技を見て満足したミルカは、そこを出て天幕に招き入れる兵士を呼びに行く。
「すまないが、二人では抑えきれなかった。手伝ってくれないか?」
ミルカはファニーの演技に触発されたのか、対処しきれずおどおどとした雰囲気で兵士に話し掛ける。そんな、ミルカの態度を見れば見張って立っているだけでは暇を持て余し気味だと考え、”しょうがないな~”と、口に出しながら天幕の中へと入って行く。
二人の兵士が天幕に入り、その目で見たのは悶え苦しむ捕虜の両脇に兵士二人が仰向けに横たわっている姿であった。
(ファニーが兵士を移動させたのか?)
先ほどまでうつ伏せで顔があらぬ方向を向いていたハズだが、ミルカが戻って来るほんの少しの時間で気絶したような姿勢に兵士の姿を直していた。
不自然であれば、兵士達が騒ぐ可能性があった。入ったその時に後ろから首を一突きにして、声を上げる前に屠る予定であったが、ファニーの咄嗟の転機に拍手を送りたい気持であった。
「おい、しっかりしろ!」
兵士の一人はファニーへ声を掛け、もう一人は倒れている兵士を見ようと片膝を付くが、先程の兵士達と同じように、ミルカとファニーは二人の兵士の首を一瞬で折り、その二人の排除を完了した。
戦闘中であるならば難しいが、人を助けようとしている相手を屠るのは、二人にとっては簡単な事であった。
残りの二人を排除しようとミルカは天幕から出て行こうとしたが、殺した兵士が短めのナイフを腰に差していたので、ショートソードより使いやすそうだとそれを回収した。
それは身を守る武器よりも、獣の肉を切り取ったり、果物を切り分けるなどに使う為に持ち合わせていたと考えられた。鞘から抜いてみれば、刃渡り十五センチ程で鈍ら刃で切断能力は皆無だったが、急所を一突きするには十分であると見られた。
「それじゃ、後の二人を排除する。お前は兵士の鎧を剥ぎ取っておけ」
ファニーが頷きで返すのを確認し、ミルカは再び天幕から出て行く。ミルカが天幕から出る時には、ファニーの演技が再開され、先程と同じ状況を作り出していく。
(さて、やるか)
ミルカは周辺を一瞥し、他に兵士がいないと見るや、残った兵士に気配を殺して音も立てずに近づく。先ほど回収したナイフを右の逆手に構えると、兵士の口を塞ぎ首の急所にナイフを突き立てる。
小さく、”クッ”と声を漏らすが、それ以上何もせず兵士は息絶え、力なくミルカにもたれかかる。ゆっくりと兵士を寝かせると、殺した兵士が身に着けていた
最後の二人を排除したミルカは周りを見渡すと、誰にも見られていないと”ホッ”と胸を撫で下ろした。その後は屠った兵士を捕虜用の天幕へと運び入れ、その場から痕跡を消し去った。
「こちらは終わったぞ」
敵から鎧は剥ぎ取れたかとファニーを見れば、そんな短時間で剥ぎ取れる訳が無いとの顔を向けてきた。籠手と脚甲は回収が終わりっていて、後は胴鎧のみであったのを見れば、別段遅いとも思えなかった。
そして、ファニーをミルカが手伝い、その作業が終わった所でミルカは自身の胴鎧を外しファニーへ身に着ける様に促す。
この天幕を見張っていた兵士と、ミルカが身に着けていた胴鎧では少しランクが違った。実力があり、捕虜の天幕を見張る兵士は、少しだけ美麗な鎧を身に着けていたのだ。
そう、天幕を見張る兵士には良い鎧が支給されており、逃げ出すには姿勢がしっかりしないファニーが身に着け二人で行動するにはちぐはぐな印象を与えてしまう可能性があった。
そして、二人はあっという間に装備を身に着け、解放軍の兵士に成り変わってしまった。
「お前の髪は目立つから、短くしてくれ」
背中まで覆う黄色の髪を何時も自慢するファニーに髪を切れと頼むのは心苦しいミルカであったが、髪の毛と生きてここから出る事のどちらが大切かと問い詰められれば当然答えは決まってくる。
ミルカのショートソードを借り、頭の後ろで髪を掴むと躊躇する事なくバッサリと髪を切るのであった。
「これでいい?」
「……すまん…な」
申し訳なさそうにファニーに声を掛けるミルカ。
そして、二人は立ち上がり、お互いの格好を見ると、足を伸ばせないファニーの格好は少しだけ不格好であった。前傾姿勢にしかなれぬファニーを見ればお互いが苦笑する。
解放軍の兵士が持っていた
天幕の外に敵の姿が無いと確認できると二人はそこからそっと外へと出る。
解放軍の陣地へ入る時も注意を受けたが、この天幕に近づくなとの命令が出されている事で、他の兵士に見られる事なくミルカの救出は順調に進んだのだ。
後は陣地から出てしまえば終わりだと気が焦るが、そうなって事を仕損じれば全てが水泡に帰すと、気持ちを落ち着ける。
天幕から出た二人は多少大回りとなるが、敵の兵士の視線を遮るように天幕の間を縫って抜け陣門を目指す。時折、解放軍の兵士と擦れ違いをするが、同じような格好をするミルカとファニーに疑いの目を向けられる事無く陣地内を歩いて行った。
「すみません、どちらまで?」
「こいつが気晴らしにって誘うんだよ」
陣門から外へ出ようと近づいたミルカへと門番の兵士が声を掛けて来る。ミルカの顔を一度見ているはずであったが、身に着けている少し美麗な鎧を見て上役と思い込んだらしく、丁寧な言葉遣いをしてきた。
その門番に後ろから付いてくるファニーを親指を向けると、わざとらしく嫌らしい手付きをして見せた。
「ああ、羨ましいです。でも、出陣中です、お早めにお戻りください」
「わかっているよ」
疑われる事も無く、すんなりと陣門を出た二人は木柵沿いを進み、兵士の目の届かない場所からヴェラの待つ川岸の土手へ向かう。
たった一人で敵陣に潜入し、捕虜を奪還するなど考えるはずもないと、解放軍をあざ笑うかのように脱出を完遂した。
「遅いので心配しました」
「ご苦労。ファニーを無事に助けて来た。さて、急いで逃げるぞ」
「「はい」」
ヴェラとファニーが返事を返し、その場に置いてあったバックパックと
来る時にかき分け作った道を逆に進み、船まで無事にたどり着き三人は安堵の表情を浮かべる。
船に掛けてある偽装を取り外し順番に船に乗ると、ロープを外して河の流れに任せて船を進める。ファニーは”船が下流へ向かっているのは逆ではないか?”とミルカに告げるが、ミルカはこれで良いと答えを返した。
「あの街は陥落寸前だ。雇われ兵士をしていたが、これ以上あの街に残り命を失う事は避けたい。それにあの領主はもう駄目だ、精神に異常をきたし始めた。麻薬のせいか、他に原因があるかわからんがな」
ファニーの言葉を”義理をかける程でない”と一蹴した。そして、三人はこの内戦から逃げる様に姿を消したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミルカ達が船に乗って悠々と河を下り始めた頃、解放軍の陣地では捕虜が逃げたと上を下への大騒ぎとなっていた。特に、捕虜用に建てられた天幕の内部で見張りの六人が即死状態で見つかった事が大きかった。
「ああ、相当な手練れですね。四人は首を折られ、二人は首を後ろから一突きですか……」
天幕の中に並べられている六つの骸を見ながら、見事にしてやられたとスイールが天を仰いで呟く。見張りの兵士が油断していただろう事は、衣服が乱れておらず、さらにその場が荒れていない事で誰の目から見ても明らかだった。
ここまでの手練れが侵入されれば、農民上がりの解放軍では発見する事は難しいだろう。アイリーンを数人配置してやっとわかる位だろうと思えば、仕方がない。
「後は任せましたよ」
調査している兵士に一言掛けると、グローリアの待つ天幕へと戻って行く。グローリアはがっかりするだろうが、捕虜の行方は分からず見張りの兵士が神の下へ旅立ったと報告をしなければならぬのだ。
「気が重いですね」
流石のスイールも、ガッカリさせる様な報告をしなければならず気が重いのである。
「ただいま戻りました」
上体を起こし、ヒルダの
「どうだった。持って来た報告通りだったか?」
捕虜がいなくなったとの報告を受けて、気が気で無かったグローリアから明後日の方向を向きながら報告はまだかと催促をされる。怪我をしてまで捕まえた敵将をみすみす逃がしてしまい残念に思うだろうが報告しなければならぬとスイールは口を開く。
「報告の通りでした。兵士は六人が神の下へ旅立ち、捕虜は何処にも見えませんでした。黄色い髪が残されていたので逃げたのは確実かと……」
「そうか、黄色い髪の兵士が出て行ったかを聞けばわかるか」
「それは他の兵士が聞きに行ってる。そろそろ戻ってくるはずだが……」
捕虜用の天幕に残された黄色い髪を見て、門番に黄色い髪の兵士が通ったかと聞きに行かせたのだ。黄色い髪を持つ兵士、特に女性は数が少なく目立つのだ。
そんな事を思っていると、先ほど門番に聞きに行かせた兵士がグローリア達の下へと入ってきた。
「報告します。黄色い髪の兵士を通したかと門番の兵士に聞いて回った所、南側の門を通る二人組を見たと目撃情報がありました」
その報告に”ピクン”とグローリアが反応する。今にも追いかけて行きたいはずだが、指揮官が安易に動く訳にもいかず、さらに目も塞がれている現状ではそれも出来ずと悔しがるしか出来なかった。
「それはいつ頃だ?どんな格好をしていた」
「一時間は経っているかと。格好は一人は一般の兵士の鎧だったと報告を受けています」
一時間前であれば、歩いて逃げる敵を追いかける事は可能であろう。だが南側から、即ちアドネの街の逆から出ているとなれば、アドネの街から離れて逃げている可能性もある。
そしてもう一つ、二人組が陣門から出て行ったと報告にあったが、計算が合わない事があった。
「グローリア、二人組となれば、一般兵士用の鎧を何処から見つけて来たのだろう?川の向こう岸に陣取る解放軍から奪って来たのだろうか?」
スイールが言うにはもう一人分の解放軍の鎧は何処から見つけて来たのかとなる。昨日の戦闘でアドネ領軍が手に入れた可能性もあるが、この陣地で殺された兵士がいる可能性も捨てきれない。そうなれば、陣地外を一度見回る必要がある。
「そうね、見回りは必要ね。スイール、貴方が指示を出して良いわ。あんまり沢山は出せないけど、五十人は投入しないとね。編成は任せるわ、急いで」
グローリアを補助する兵士が命令書を作成し、グローリアが持つ印鑑が押されると、スイールはその命令書を持ち陣地の周りを探索すべく、天幕を飛び出していくのであった。
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