第四十一話 アドネの街、攻撃の裏では

 アドネの街の南東門への攻撃は巨大投石器カタパルトから唸り声を上げて巨大な岩を軽々と空へと飛び立たせていた。防壁へ着弾する轟音と振動が地を伝わり、遥か遠くまで響き渡っていた。

 五機の巨大投石器が絶え間なく岩を投げ続け、いつ防壁が崩れるか時間の問題と思われるのであった。

 そして、南西に位置する解放軍の陣地からも多数の兵士が出陣し、陽動部隊としてアドネの街への牽制を開始していた。


 遠くからの聞こえる着弾の轟音を耳にしながら、ミルカとヴェラは解放軍の陣地への侵入のタイミングを計りつつ、武器の準備を整えていた。

 使い慣れた長剣ロングソードは隠密行動をするには長過ぎ、今はショートソードを腰にぶら下げているのみであった。そして、離れた位置からの攻撃手段として二人はバックパックに忍ばせていたクロスボウに矢を番え解放軍の陣地へ潜入するタイミングを計っていた。


 陣地と言うが、木組みの柵でぐるりと囲われ多数の天幕が多数設置してあるだけの簡素な作りである。陣地の中央付近には一際大きな天幕が配置され、解放軍の指揮官の寝所だったり、指揮所だったりと一目でわかるだろう。その他には食糧の保管庫や、負傷者の救護所、そして、一般兵士の寝所等の役割の天幕が乱立している。

 木組みの柵は出入り口以外はしっかりと組まれているが、一本の木を切るなり退けるなりして侵入できないかとミルカは検討していた。


 敵陣へ侵入するには夜間の時間帯を考えるのだが、ミルカはそれを嫌った。一つは夜間の侵入を読まれている可能性を考えたのだ。たった二人で侵入し、発見されれば千人近い敵を相手に大立ち回りをしなけばならず、最悪の敵を相手にしなければならぬ可能性を捨てきれなかった。

 もう一つは、解放軍の兵士の数と練度である。国軍であれば常駐兵が配備され個々の兵士の能力もかなり高いはずであるが、解放軍であれば農民上がりの兵士が大部分であり、個々の能力は劣るであろうと考えたのである。反旗を翻してまだ二カ月ほどであれば、個人の能力を向上させる訓練をされていても能力は熟練兵士に程遠く、容易に対処できるだろうと。


 そして、武器を扱う腕前もそうだが、周りを見張る索敵能力に関しても劣るであろうと考え、あえて昼間を選んだのである。

 そのミルカの考えは正解であったとすぐに判明する。

 陣地後背の出口より兵士が見回りで陣地を木柵沿いに歩き出したのである。人手が足りないのか、訓練が行き届いていないのか、それも一人で、である。不用心で歩く姿は見張りよりも息抜きをする目的で外へ出た、そんな雰囲気である。


 絶好の機会をミルカが逃すはずも無く、クロスボウを撃てる位置まで移動をすると土手の陰から一人で歩く兵士に向かって無心で矢を放つのであった。


 解放軍の入り口からは少し遠く見張りの兵士の視界の外で、さらに陣地内からは小さな天幕の陰に隠れ兵士達の目の届かない場所、しかも弩が放たれた矢の音は風音にかき消され誰の目にも触れず、放たれた矢がやる気の無さそうに歩く一人の兵士の頭部へ吸い込まれるように命中し、言葉を発する事なく物言わぬ骸へと変わったのである。


「出てくる。お前はここで待て」


 ミルカはバックパックを置き、手早く革の鎧を外すと、解放軍の死角を狙い身を滑らせながら倒れた兵士の下へと近づく。その兵士から慣れた手つきで鎧を剥ぎ取ると、ミルカはそれを躊躇なく身に付けるのであった。

 倒れた敵の兵士を見つからぬ様に木柵へに沿わせ土をかけ、一目ではわからぬ様に偽装を施す。その他には、その場から入る手段を見つけようとするのだが、がっしりと組まれた木柵に阻まれ、短時間の侵入を諦めるのであった。


(これで侵入しても怪しまれないか)


 低品質の革の鎧を身に着けたミルカは、先程の兵士が手にしていた長槍ロングスピアを拾い、ヴェラへ一度視線を向けると解放軍の入り口へとゆっくりと歩いて行った。




「おう、お疲れさん」

「……ああ、お疲れ様」


 解放軍の陣地へ入ろうとしたところでミルカは門番の兵士から声を掛けられたが、先程殺した兵士が気怠そうに歩いていた事を思い出し、それに動きを似せ、尚且つかすれた声を出してみた。


「どうした?風邪か」


 気怠そうな声は風邪を引いたと思われたらしく、門番の兵士が心配そうに顔を覗き込んできた。ゴホゴホと咳をして門番から顔を背けて誤魔化そうとした所、風邪と信じた様でそれ以上の詮索は無かった。


「……ああ、少し喉が痛くてな」

「そうか。なら、救護所へ行ってみるがいい。そこの大きな天幕を右へ曲がった奥だ。左には行くなよ」

「すまないな……ゴホッ」


 気怠そうに体を猫背にしながら解放軍の陣地内へとミルカは潜入に成功したが、こんなに易々と陣地内へと潜入できた事で、何かの罠ではないかと疑うのである。

 だが、潜入に成功した解放軍の陣地内はミルカの事を気にするそぶりも見せず、黙々と割り当てられて仕事をこなしているだけだった。


(何だここは?)


 ミルカが驚くいたのは無理もなく、見張りをしている兵士はともかくその他の作業に当たっている兵士達は皆笑顔で暗い表情を見せずに一様に笑顔であった。まるで、街の郊外にある村々での祭りの始まる前日、そんな雰囲気であった。

 それもそのはずで、ミルカが見たほとんどの兵士は補給部隊に所属する兵士で、過酷な訓練を受けた訳でもない。どちらかと言えば陣内での食事を用意したり、荷車で物資を運ぶ役割で、村の生活を延長した仕事だった。


 村での生活の延長だとわかったミルカは気持ちを切り替え、ファニーが捕らえられている天幕を探そうと視線のみを左右に動かし、解放軍の陣地を歩いて行く。先ほど、門番の横を通り抜けた時に交わした会話を思い出し、ゆっくりと右折をしながら、左の方角へと目を向ける。

 ミルカの目に飛び込んできた光景は、一瞬であったが天幕の入口で兵士が二人立っている姿があり、重要人物か捕虜、もしく資金の保管等が考えられた。ファニーが捕まっている場所では無いかと体が動きそうになったが、他にも同じような天幕があるかもしれないと動きを自重したのである。

 そして、入口に二人のみの兵士しか見えないのでそれほど重要な天幕ではないと考え、ファニーの居場所から除外したのである。


 その後、他の場所も歩き幾つか複数の兵士で守られている天幕を見つけたミルカであったが、木柵で囲い補強と同時に檻のような働きをする天幕を発見した。兵士の数は入り口に二人、脇に一人ずつ、後ろにも二人と計六人が守りについていた。それぞれの兵士が外を向き近づく一般の兵士を威嚇などしてその場から遠ざけている。さらに言えば兵士達が身に着けている鎧がミルカの奪った鎧よりも一段上等な装備品であり、解放軍の中でも腕の立つ兵士と見られた。


(腕が立つと言ってもそこそこだろうがな)


 とは言え、六人を一瞬で倒す事は不可能であり、一人一人倒していかねばならず、どうするかと思案をするのであった。

 ナイフや剣を使えば辺りに鮮血が飛び散り、一目見ただけで気付かれるだろう。そうなれば首を折って殺すか、鳩尾や首筋に一撃を与え気を失わせるかの二つに一つを選択しなければならない。

 幸いなことに正面に二人が並んでいる他は等間隔で死角も多く一人でどうにかできる気がした。騒がれずに成功する確率はそれでも低く、躊躇するしかなかった。


 如何したものかと歩いていると、通りかかった仕切りの向こう側から何やら騒がしい声が聞こえて来た。


『ほら、早く持って行ってよ』

『嫌よ。昨日お尻触られそうになったのよ』

『それでもあなたが担当なのだから。それに捕虜にも食事を食べさせなければいけないでしょ』

『え~、だって~』


 天井部の無い、横の覆いで仕切っただけのそこからは、温かい空気となんともいえぬ匂いが漂い、調理場となっているとわかった。先程の会話から察するに、捕虜のいる天幕を守備する兵士へ食事を届け無ければならず、如何わしい事をされて拒否しているのだろう。ついでに捕虜、恐らくファニーへ食事を届けると思われた。

 時間は少し遅いが、人手が足らず捕虜の食事は後回しにされたと推測した。


 これは使えると、ぐるりと回り調理場の入り口へミルカは進むと、口論している女性の兵士を見つけ声を掛ける。


「もしもし……」

「「何よ!」」


 気が立っている様で、声を掛けても好戦的な態度でミルカに荒げた声を浴びせる。それほど怖くは無いが、迫力ある女性二人から睨まれればミルカであっても声を掛けて失敗したかなと思うのである。


「いや、その仕事、引き受けようかと思って……」


 恐る恐る伝えてみたのだが、当番だった女性は好意の目をミルカに向け体全体で喜びを表す。それとは逆に命令していた女性はミルカを疑いの目で見る。


「やった~、これでしないで済む!!」

「なによ。こいつ、下心丸出しじゃない。しっかりと見なさいよ」


 二人ともヴェラやファニーと比べても見劣りしない容姿であったが、敵の補給部隊に所属しているとわかるとミルカの興味は薄れて行った。それよりも、ファニーを救出しなければとの思いが強くなる。


「それで、これを運べばいいのか?」


 車の付いた小さな台車に七人分の食事、--一つは捕虜用で少し見劣りする--、が乗せられていた。パンとスープの食事と、食器としてフォークとスプーン、後は水の入ったピッチャーが用意されている。フォークは使う事は無いだろうから、これから向かう場所でミルカは自らが使う事にした。


「そう、それを運んでちょうだい」

「わかった」


 ミルカはその場に長槍を置くと、食事を乗せた台車を押して先程の警戒が厳重な天幕へ向かうのであった。ミルカが台車を押して消えた後、”ああいう紳士が素敵なのよね”とか”あれは女ったらしよ、引っかかっちゃだめよ”と言われていたらしいが、ミルカのあずかり知らぬ事であった。




 目的の天幕へ向かう前にフォークを回収した。尖ったフォークは武器になり、上手く行けば一撃で人を殺す凶器として使う事が出来るのだ。そして、台車を押したミルカが天幕へと近づくと兵士の一人から声を掛けられた。


「そこの、そこで止まれ!」


 台車を押すミルカに長槍ロングスピアを向け、止まるように威嚇をする。長槍を向ける兵士の実力はそれだけでミルカは把握し自らの敵にはなりえないと確信を得る。とりあえずは相手の油断を誘うために、指示に従う事にした。


「食事を運んできたのですが、どうすれば宜しいでしょうか?」

「食事だ?昨日の女はどうした」

「体調がすぐれないとかで寝込んでいます」


 ”体を触られて食事を運びたくない”と伝えるよりはマシかと適当に答えた。この兵士達もあと数分の命なのだからとミルカは冷たい目で見つめる。


「わかった。付いて来い」


 ミルカがその兵士に付いて台車を押してゆくと、”お~い、飯だ”と他の兵士を呼び寄せる。周りから五人の兵士がその場へきて、それぞれの手にパンとスープが乗ったトレイを手に取り、また自らが守備する場所へと戻って行った。


「お前は捕虜に飯をあげて来い。終わったらトレイを回収して戻るんだぞ」


 偉そうな口で見下すように話す兵士を一瞥し、台車ごと天幕の中へと入って行く。そこには木の杭にロープで繋がれ、疲れたように下を向き杭にもたれかかるファニーがいた。


「おい、食事だ」


 天幕の外の兵士へ聴こえる様に、大きな声でファニーに声を掛ける。ああ、”食事か”とゆっくり顔を上げるファニーであるが、眼前にいる男の顔を見ると思わず声が漏れてしまった。だが、口を開けた所をミルカの手が蓋をして、声を上げる事は何とか防がれた。


「声を出すな。助けに来たが体は無事か?」


 ファニーの耳元でささやくように話す。それと同時にパンとスープの乗ったトレイを渡し、食事を取るように勧める。受け取った食事をファニーは流し込むように腹に詰め込み、ミルカへと答えるのであった。


「痛みは無いが、膝裏に傷を貰い、伸ばせない」


 伸ばそうとするが真っ直ぐに伸びない足を見せる。膝裏に傷跡が残り、中途半端な治療で終わらせていた。捕虜であり、逃げられでもしたら対処が難しいとの判断をしたのだとミルカは考えた。この位であれば回復魔法ヒーリングのできる者へ任せれば何とか治せる範囲だと感じる。

 命を取られずに済んだと、ミルカはホッと溜息を吐くのである。


「ロープを切るから食べている振りをして置け」


 こくりと頷くと、スプーンを使い少し残っているスープ皿に口を付け始め食事をしている音を出す。そのうちにミルカのショートソードがファニーを縛っていたロープを切り、彼女は自由になった。


「逃げ出すが、立てるか?」


 ファニーは何とか立ち上がって見せるが、足を伸ばせず前傾姿勢の様な体勢で危なっかしい。それでも体の痛みは無さそうだと、十分戦えるとミルカにアピールする。


「それじゃ、逃げ出すとしよう」


 ファニーの耳元でミルカは一言、二言囁き、逃げる作戦を実行するのであった。



※街が陥落させようと思っていたが、捕虜奪還が先に来た。

あれ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます