第四十三話 アドネの街、内部崩壊へ

 ミルカがファニーを無事救出し、解放軍の陣地から脱出してから数時間後、曇天模様でかすかに太陽が真上に来ているとわかる時間、アドネの街のとある場所で二十人程の正規兵が車座になり一人の男、--その男達の隊長であるが--、を取り囲んでいた。

 それぞれが剣を持っていたり、弓を持っていたりと装備はバラバラであったが、共通するのは左の二の腕に黄色い布が同じように巻かれていた事であろう。


「我々は、アドネ領主に反旗を翻し、解放軍を迎え入れる作戦を敢行する。南東の門に取り付く敵軍から、我々の仲間が多数配置され守っている。それよりもだ、味方の数が少ない南西の門を奪取し、一気に門を開け放つ。俺も含めて神の下へと旅立つ事もあるだろう、気を引き締めろ!」


 ”おうっ!!”と、全員の声が揃い気持ちが一つになると、隊長を先頭にその場から出て行くのであった。




 その隊長が反旗を翻すと決めたのは、十日前に端を発する。大軍への奇襲が失敗したと領主が報告を受けて感情が爆発し、部屋に飾ってある装飾品へ八つ当たりをしたり、暴言を巻き散らかしたときであった。

 冷静に物事を受け入れなければならぬ時に、怒りを表に出し他人の所為せいにするなど上に立つ資格はないと感じ取ったのだ。

 その時から自らに従う部下を一人一人説得し、ようやく二十人の部下が従ってくれることになったのだ。


 それと同時に、街の住人たちにも協力を仰いだ。初め、反旗を翻しても失敗するだろうと言われた。だが、この街に駐留する兵士の数は二千程しか残っておらず、このままでは陥落を待つ無為な日々を過ごす事になる。

 それよりはアドネの街の開放に積極的な参加をすれば戦いも早く終わり、普段通りの生活にそれだけ早く戻れのだと、力説したのだ。

 その結果、街の住人も数百人規模で参加する事になり、十分な戦力として活動できるまでに至った。


 そして、今日。解放軍を街に入れるために朝から準備を行い、実行の時を待っていたのである。




 アドネの領主へ反旗を翻すタイミングをこの日にしたのは、初日の戦闘で、虎の子の部隊、--改造された人の部隊、リザードテスター隊--、が全滅した事が引き金となった。

 虎の子の部隊があったとは言え、アドネの街に駐留する兵士の数と比べれば、国軍と解放軍を合わせれば数倍の兵力差になるが、陥落までは数日を要すると見ていた。

 だが、初日の戦闘で、虎の子の部隊が全滅と知れば、この馬鹿気た戦いも直ぐに終わらたいと思ってしまったのだ。誰の為でも無く、ここに住む市民のため、そして、今は解放軍へと身を寄せている農民達の為にである。


 今ここで戦争を終わらせれば、進撃により踏み荒らした土地を農地へ整備し直し、来年の収穫に間に合うだろう。それだけでも餓死者が減り、国内が裕福……までは行かなくても、皆が喜ぶ未来が待っていると思えたのだ。


 その事だけでも早く終わらせるために骨を折っても良いと感じたのである。


 最後に付け加えるのであれば、反旗を翻すこの男も、この街で生まれ、そして、育ち、戦場になってるが、アドネの街を愛していたのだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おう、酒場の。そっちは用意はいいか?」


 アドネの街の南西門へ向かう途中で、間に合わせの武器を担ぐ住人達と合流をはたした。数百人、もしかしたら千人を超える集団は、何時行動を開始するのかとうずうずしていた。それを纏めていたのが、アドネの街中に有る酒場の店主であった。


「大丈夫だ。みんな、こんな戦争を止めさせるって張り切ってるよ。そんなんじゃ死ぬぞって言ってる奴もいたがな」


 ”ハハハ”と笑いながら、参加する住人達の士気の高さを語っていた。


「だが、死ぬかもしれないからみんなに気を付けろと注意しておいてくれ」

「わかった」


 短く会話をが終わらせると、それまでの笑顔が急に厳しい顔に変わって行く。そして、”時間だ”と一言呟くと、目配せをして目標となる場所へと駆け出して行くのであった。




 左腕に黄色い布を巻いた二十人の兵士達は、南西門を守る防壁の上を目指した。門を守る百数十の兵士が詰めているはずだが、外からの攻撃を見張っているだけで、内部からの攻撃を想定しているとは当然、考えていなかった。


 その味方が攻撃行動に出てくれば戦わざるを得ないが、同じアドネを守る兵士であり、反旗を翻したといっても味方に弓引くには躊躇し及び腰となった。そこへ降伏する様に声を掛けられれば、心が揺れ動くのも仕方が無いだろう。


「我々は解放軍を受け入れるためにこの場に来た。よく考えても見ろ、あれは同じアドネの住民や農民だったんだぞ。アドネを守るお前たちはそれに弓を引けるのか?」


 防壁の上からは解放軍の動きが良く見え、それを指しながら語るだけで兵士達は動揺し何が正解で不正解なのか判断がつかなくなり、武器を握る手が徐々に降ろされて行った。戦う理由が無くなってしまえば、争いに向ける意思は役に立たなくなる。

 それでもその場を指揮する指揮官は領主からの覚えが良く、かなりの給料を貰っていると見られ、耳を貸さずに剣を向けて来る。


「黙れ!今まで誰から禄を貰ってると思っているのか?アドネ領主のアンテロ侯爵様からだろうが。今更、領主様に弓引くなど言語道断!!」


 襲い掛かって来そうな勢いで反論をするが、それこそ何を言っているのだと論破を試みる。


「馬鹿か?その禄を生み出しているのは誰だ?領主ではないだろう、納める税を生み出す住人や農民からであろう。その税を大人しく収めていた住民に弓引く事こそ、間違っているであろうが」


 ”ヌヌヌ”と口惜しい気持ちになるようだが、剣を下げず今だに攻撃態勢を取っている。これは倒すしかないと思った時である。


「ぐはぁ、お、俺を誰だと思っているのだぁ……」


 指揮官の後ろから、兵士の一人が剣で背中を突き刺したのだ。その剣は指揮官の胸を貫き、赤く染まった銀色の刀身が、怪しげな光を放っていた。そして、恨めしそうな顔で刺した兵士に振り返りながら、指揮官は力なく崩れ落ち命を散らした。

 指揮官が倒れれば、この場で抵抗して味方であろうとも、一人でも多く道連れにするぞと剣を握っていた少数の兵士達も戦う気力を無くし、剣を手放してその場へ”ペタリ”と座り込むのであった。


「この場は制圧したぞ。解放軍を迎え入れる準備だ!」


 南西門の防壁から、解放軍へ敵対する兵士はいなくなり、跳ね橋を下ろす装置を手中に収めたのであった。




 一方、南西門に向かった市民達は、数を頼りに直ぐにでも門を開けろと息巻いていた。

 防壁の上部を守る兵士は多いが、解放軍が攻撃を仕掛けてこない為に、その門を守備する兵士はあまりにも少なかった。

 たった数人でその場を守り、閂やつっかえ棒が抜け落ちないか見ているだけであり、多くの住民が押し寄せるさまに命の危機を感じるのであった。


「死にたくなかったらそこを退きな!」


 先頭にいる酒場の店主は武器を構え、降伏を勧める。

 その言葉に、たった数人でその数を何とかできるはずもないと武器を手放し、あっさりとその場を明け渡した。


「八百屋と肉屋の二人は上に行って門を占拠したと伝えて来い。その他はここを守るんだ」

「「「おう!!」」」


 八百屋と肉屋の店主は防壁の上部を奪いに行った兵士達に、門を占拠したと伝えるべくその場を離れて行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 アドネの街の防壁の異変に気付いたのはヒポトリュロスが先であった。


「ヴルフ殿、あの上を見て貰えますか」


 視線を向けた先は、ヴルフ達へと攻撃を仕掛けるでもなく、兵士が言い争っている場面だった。まだ二百メートル程は防壁まで距離があり、はっきりとは見えないが確かに言い争っていた。


「仲間割れ…か?」

「……かもしれませんね」


 現在のアドネ領軍と解放軍では兵員の数は大きな差がある。とは言え、ヴルフ達がここに投入している兵士は七百人程でアドネに残る兵力全てと比べれば三分の一程であった。

 こちらに全兵力を向けてくれば全滅は必至かもしれないが、防壁の上で言い争う光景を見ればこのタイミングで野戦を仕掛けて来るはずもないと考えられる。


 その光景を眺めていれば、兵士の一人が後ろから刺され命を失い、仲間割れを起こしたと感じ取ることが出来た。だが、それ自体が城内に誘い込み包囲殲滅をしてくる事もあると、身を削っての計略の可能性も捨てきれなかった。


「仲間割れに見立てて城門を開いて、敵を誘い込むって策もあるからな」


 十分注意しなければとヴルフは考える。

 とは言え、見え見えの策をこの場でするのかと言われれば疑問が残る。今も南東の門は国軍と解放軍の合同部隊が攻撃を仕掛け、巨大な岩が防壁に激突する轟音が鳴り響いている。その中でたった七百の部隊を殲滅させる為だけに、部隊を編成するにも無理があると思う。


「考えれば考えるだけ、本格的な仲間割れと思うな」

「そうなんでしょうかねぇ……」


 ヒポトリュロスが疑問の目を向けているが、兵法などの勉強をしたことが無いのでわからないのであろうと思うようにした。


 二人でアドネの防壁上で繰り広げられた異変について意見を言い合っていたが、いつの間にか跳ね橋が降ろされ始め、街へ続く門が開かれ始めた。

 思っていた通りの展開にヴルフもヒポトリュロスも疑心暗鬼になりつつあったが、門から一人の男がヴルフ達へ走り来る姿を見て、罠はありえないと確信した。

 その男の姿は酒場のバーテンダーの姿をしており、もう少しで老齢に片足を入れる程の顔つき、そして兵士としては貧弱な体付きをしていた。

 その様な男を使う策も考えられるが、むやみやたらと戦場に住民を出すとは考えられなかった。もしかしたらアドネの領主ならやりかねないとも考えたのだが……。


「ああ、やっとたどり着いた……」


 バーテンダーは肩で息をしながら、ヴルフ達の手前五メートル程で止まり一言、呟いた。バーテンダーの仕事では駆けるなど、する事も無いはずで、二百メートル程と言えどもきつそうな顔をしていた。

 乱れた呼吸を直し、ヴルフ達に背を伸ばしてから口を開いた。初めに自己紹介、街の現状、恐れ、怒り、それから……。


「我々、アドネの住民一同は、解放軍の入場をお待ちしております。そして早々に街の開放を願います」


 酒場の店主と名乗った男が語った事に、ヴルフもヒポトリュロスも困惑の色を隠せない。

 それは無理もないだろう。”ポン”と出てきて、”はい、そうですか”と信用する事など出来るはずもない。まして今は内戦とは言え戦争の真っただ中である。ヴルフにしてもヒポトリュロスにしても、進んで兵士を死地に送り込む真似は出来るはずも無かった。

 当然ながら、ヴルフの返す返事もそれに沿うのだ。


「それは何処まで信じてよいのか?」

「と、言われてもねぇ。信じてくれとしか言いようがない。その材料が無いのはわかってた事だがね」


 さも当然とばかりに男は答える。

 ”さて、どうしたものかと”ヴルフは顎に手を当て摩りながら考える。むやみやたらと飛び込めないと難しい顔をするのだ。


 一、二分ヴルフが堂々巡りの考えを脳裏で回していると、アドネの門から騒がしい声と音が聞こえ、さらに防壁の丈夫にいた兵士が内側へと移動する様が見て取れた。明らかに何か、事が起こっているのだが、情報が無く何もできないでいる。

 そこへアドネの街からヴルフ達に向け、駆けて来る三人の男の姿が見えた。先ほどのバーテンダーとは違うが、鎧を身に着けずバラバラの格好をしているが、それらはアドネの住民であると感じられた。

 そして、息を切らせながら三人は酒場の主人に向かい声を上げるのだった。


「領主の奴、俺達に兵士を向けやがった。そんなに人数はいないけど、俺達は戦った事ないから押され始めて……」


 城門から見えるアドネの街中で争う姿をヴルフもヒポトリュロスもその目に捉える。確かに鎧を身に着けた兵士が一方的に蹂躙を始めようとしていた。だが、防壁の上から街中へ向けて、弓の攻撃が始まり一方的な蹂躙には一歩及んでいなかった。


 これは好機であるとヴルフは考え、街へと雪崩れ込む事を決意した。


「ヒポトリュロスは二百の兵士とここで待機しつつ、川向うの主力本体に街へ突撃する合図を送ってくれ。そうすれば街へ総攻撃を仕掛けるだろう。ワシは残りの五百でアドネの街へ侵入し、街の内部から攻撃を仕掛ける。上手く行けばアドネ領主を捕らえる事が出来るはずだ」

「了解しました。私は合図と陣地への連絡を受けます。ヴルフ殿も無事に帰ってきてください」

「わかっておる」


 ”フンッ”と鼻息を鳴らし、ワシを誰と思っているのかと顔をしてヒポトリュロスからアドネから来た男達へ顔を向ける。


「それと、酒場の店主だったな。これからワシ等が街へ侵入する、案内と防壁の上から攻撃を控える様に伝えてくれ」

「それでは先に向かっています」


 男達がアドネの街へ駆け出す姿を見てから兵士へと向き直り声を上げる。


「ワシ等もアドネの街へ殴り込みに行くぞ。街の人達に刃を向けたり、乱暴はするな。お前達の街を取り戻すのだからな」


 ヴルフの掛け声に兵士たちは一斉に”オーーーー!!”と声を上げ、いつでも準備万端との姿勢を示す。


「それでは行くぞ!!」


 ヴルフが棒状戦斧ポールアックスを高々と掲げ、号令を掛けると兵士達は自分達の街を取り戻すのだと一斉に足を動かすのであった。

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