第三十二話 最後の奇策を用いる

※体調不良で寝込んで、PCの起動が億劫になってました。

 体調管理は大切ですね……。



 カタナの街の眼前ではジェラルド=ナイト侯爵率いる部隊が幾度となく国軍の持つ巨大投石機カタパルトへ攻撃を仕掛け、それ以外は攻撃目標もなく、街への反撃も少なく、戦いは膠着の状態となりつつあった。

 しかも、その攻撃が日に二度ほど行われ、もう何日も過ぎようかとしていた。


 ジェラルド侯爵の軍は巨大投石機を破壊しようと遠目からの攻撃を仕掛け、敵が崩れた時を狙い突撃を仕掛けるのだが、その度に跳ね返され戦果を上げれないまま数日が過ぎようとしていた。




 当然その日も、ジェラルド侯爵率いる部隊はいつもの通り、巨大投石機を破壊するために攻撃を仕掛けようと撃って出ていた。そんなカタナの街での戦況をよそに、アドネの街でも状況に変化が訪れたのだ。


 太陽が真上に上がり兵士達がお昼の配給を食べようとした頃である。アドネの街の南東門の向こうに武装した数多くの兵士が姿を現したのである。旗印はアーラス神聖教国で聖都アルマダからの援軍と、エトルリア廃砦か等同時に出発した解放軍の合計八千の合同部隊であった。


 カタナの街へ現れた二万の軍勢に比べれば八千の部隊は数が少ないように感じるが、カタナの街へ兵力が集中している今、八千を迎え撃つ僅か二千の部隊にとっては大部隊であった。しかも、攻城兵器として持ち運んだ十機の巨大投石機は、カタナの街への攻撃に使用する四機の倍以上だ。それだけアドネの街への攻撃が本気である証拠なのだ。


 そして、巨大投石機の組み立てがそろそろ完了する時間になった時である。アドネの街の南西方向、つまりは国軍、解放軍の合同部隊の主力がある河向こうでなく、河のこちら側に解放軍約千の部隊が現れた。


 二つの敵部隊の合計、九千がアドネの街を半包囲する形で陣を敷いた事にさすがのアドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵も度肝を抜かれ意気消沈し、激怒するのであった。

 現在のアドネの街には二千程の守備部隊が控えているだけで、主力の部隊はカタナの街へ全て移動済みであった。そのカタナの街も聖都アルマダからの援軍を含む二万の軍勢が河の南岸で反包囲されて何時陥落しても可笑しくない状況である。


 ここで討ち死にするのか?、とアンテロ侯爵は諦め掛けたのだが、まだ虎の子の部隊を一兵も失っていない事に気が付く。一人で十人を屠れる兵士を作ると豪語して研究、開発、そして大金をかけて、やっと実用化にこぎつけたのだ。

 その兵士達がまだ健在である事にアンテロ侯爵は勇気を貰ったかのように戦いに勝つと頭をひねるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから一時間の後、アンテロ侯爵の下へ重臣であるミルカとその副官であるヴェラとファニー、その他にまだ契約の終わっていない”黒の霧殺士”の”エス”、アーラス教の異端司教のジャンピエロ司教、そして、アドネの街に残った側近数名が集まった。


「よく来てくれた、感謝をする」


 憔悴しきった顔を見せるアンテロ侯爵ではあるが、口元はきりりと締まり、口調ははっきりとして顔色程の疲れは見せなかった。アドネの外には国軍と解放軍の軍勢九千が取り囲んでいるとなれば推奨しきった顔を見せるのは当然である。

 そうなってもなお運命に抗おうとするアンテロ侯爵の気持ちは何処から湧いて出てくるのかと不思議に思わざるを得ないだろう。


「良いか、我々はまだ負けてはいない、勝つ為には幾つか手を下す必要がある。そこでだ、ジャンピエロ司教、はまだ残っているか。できれば精製していない元のままが良いが」


 ”あれ”とは二人だけの符号であり、他人には知る由もない事柄であった。


「あれか。最近は捌く事も出来ずにいるから、教会の地下にまだ在庫は置いてあるぞ。そうだな、小さめの麻袋であれば百個は下らん量だな」


 百個となれば百人の兵士に一個ずつ配布しても大丈夫な量があるな、と満足げに頷くアンテロ侯爵である。それを何に使うか、ここでは侯爵の胸の内にだけあり、作戦を成功に導くために必要な処置であった。


「マスクはこちらで用意するとして、麻袋でも何でもよいから百個、大至急用意してくれ。人が足りないのであれば兵士を使っても良い」

「承知しました、十人程兵士をお借りいたします。それでは用意がありますのでこれにて失礼します」


 アンテロ侯爵の”頼んだぞ”との言葉を最後に、その場からジャンピエロ司教は退出する。その後、侯爵命令として兵士を十人程借りうけ、教会の地下で麻袋にあれを詰め込み、用意をするのであった。


「そして、ミルカ。虎の子の部隊を使うぞ」

「虎の子部隊を使うのですか?あれにどれだけ金をつぎ込んだとお思いなのか、ご存知ですよね」


 虎の子の部隊はアンテロ侯爵が音頭を取り、実験のためのテストを散々行って来た。そして、昨年ようやく実用化にこぎつけ、百体を生み出したに過ぎなかった。それを戦いに投入すると言うのだ、ミルカが反対するのは当然である。


「だが、ミルカよ。ここで我らが負け命を落としたら、この後いつ使うとお前は考えるのだ?」

「……それは」


 ”答えられる訳がない”、とミルカを一瞥してさらに続ける。


「研究結果を持っていればまた生み出すことは容易いだろう。だが、ここで我らが命を落とせば研究の成果も意味を無くす。ましてや、あれが神聖教皇やどこぞの皇帝の手に渡ったと考えて見よ。あいつらは必ず、世界の制服を目指すに違いない。大元に流れる思考は我と同一なのだからな」


 だが我は今よりも少し広いくらいの領土で満足だったがな、と付け加える。


「では、すぐにでも出陣を致しますか?」

「そうだな、用意が出来そうであったら今すぐにでも出したいが、問題は天候だな」


 その虎の子の部隊は、夜目が効きにくく、松明の光が欠かせない。それに動き続けると体がすぐに熱が籠り悲鳴を上げる欠点を持っていた。とは言え、今はもう十一月、北西から吹き抜ける季節の風が彼らを十分に冷やし、活動時間は長く保てる。

 アドネやカタナの街には北西からの乾いた風が吹き、十月くらいから年が明けてしばらくは雨が降りにくい気候である。夏は雨を期待するのだが、その心配が無くて良いのだ。


「天候は問題ありませんが、活動時間が限られますので少し不利になりそうです」

「それならば明朝にしよう」

「心得ましてございます」


 深々と頭を下げ、”虎の子の部隊をお任せ下さい”と告げるのであるが、”お前には他の任務がある”、とミルカの言葉を否定するのである。構想として敵主力に攻撃するには自らの指揮能力では十分ではないと感じているのだ。兵を指揮する能力はミルカが一枚上手であると。


「虎の子の部隊はヴェラとファニー、二人に任せる。目標は南西の少数の部隊だ。存分に暴れてまいれ」

「「畏まりました」」


 二人はうやうやしく頭を下げ、同時に返答を口にし命令を受ける。一体で敵兵の十を相手に出来ると言われれば、やってやれない事は無いと思うのである。


「ミルカは明日は我と共に出陣するぞ」

「は!ご随意に」


 ミルカの仕事は領主、アンテロ侯爵について作戦の指揮をする事である。その為に侯爵の側で兵士への指揮を任せたいのだ。実際は、ジャンピエロ司教に指示して用意させる麻袋の使いどころを間違える訳にはいかず、タイミングをミルカに測って貰うつもりでいた。


「最期に”エス”よ。お前はここを守れ。あと数日契約が残っているだろう。それまでは我を守る事を優先せよ。その後は契約の延長はしない」

「それでは、あと数日ですが、契約に従いこちらの守備を承ります」


 全ての指示を出し終え準備は出来る。明日の攻撃は、少数の兵士しかいない我が軍でも、一太刀浴びせ敵の度肝を抜く事が出来るだろうとほくそ笑むのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 開けて翌日。アドネの街で最初に動いたのは聖都アルマダからの援軍、五千である。その中でも城塞攻撃に特化した部隊五百が”ズズズ”と重い巨大投石機カタパルトを街の防壁前へ引き出し、ブラスコ将軍の号令を受けて攻撃を開始する。


 号令一下、巻き上げたバネが唸りを上げ力を開放すると、人の子供ほどもある重量の岩数個が”ビュゥン”と音を立てて空を飛び始めたのだ。アドネの南東門に照準を合わせた巨大投石機であるが、飛距離や角度の調整不足、飛ばす岩の形や重量の誤差もあり、防壁にはぶつかるが、狙った場所からは少しずれて着弾している。


 巨大な岩が”ドカン!ドカン!”と防壁にぶつかるたびに大きな音を立て地面を揺らす。そして、戦いに参加しない一般市民は大地の震える振動をその身で感じ、家の中で身を寄せ合って震えているのであった。


 巨大投石機が強引に飛ばされた岩が素直に防壁にぶつかるのか見ていても、一割くらいは飛びすぎたり早めに落下したりとしている。飛び過ぎた岩がアドネの防壁を飛び越え壁内に落下すると多少ではあるが家屋に被害が出てくるのだ。尤も、門前にある家屋や商店、宿屋などにはあらかじめ避難命令が出されているので人的被害は皆無である事は、アドネ領主の仕事として誇ってよいかもしれない。


 太陽が辺りを照らし始めてだいぶたった九時頃、気温も少し上昇し動きやすくなった時を見計らってアドネ領主の部隊が動きだした。残っている兵士の半分以上、千五百をもってしての攻撃であった。巨大投石器が唸り声を上げる中、南東の門が音を立てて開かれると降り注ぐ巨大な岩を躱しながら次から次へと出発して行く。


 まず姿を現したのは三百程の騎馬兵である。この舞台はエトルリア廃砦から出発する国軍と解放軍に夜襲を掛けるために派遣されていたが、アルビヌムから出発する部隊への夜襲が失敗したとの報告を受け呼び戻していたのだ。力なく引き上げて来ていただけに、今作戦にかける意気込みはすさまじく、一騎当千の働きをしようと張り切っていた。

 この部隊の先頭に立つのは【スワラ】と言い、騎馬隊を元々指揮していた男である。彼は別段、何か手柄を上げている訳でなく、順当に上がってきた苦労人であった。それと、面倒見が良く誰からも不満が出なかったことが大きい。


 スワラの指揮する騎馬兵は一直線に向かうのではなく、蛇のように一列に横に広がりつつあった。敵の巨大投石器が唸り声を上げているからと言って、急にその目標を変える事は出来ず、彼等の頭上を巨大な質量をもった岩が”ビュンビュン”と越えていく。


 騎馬兵の次に現れたのはミルカの率いる千の軽歩兵部隊である。その中でも百の軽歩兵は麻袋を担ぎ数人に一本、なぜか松明を持っているのである。その百の軽歩兵が特殊なだけで、後の九百は長槍ロングスピアと剣を装備する白兵戦部隊であった。


 最後には領主、アンテロ=フオールマン侯爵が率いる、弓兵二百である。弓は人の身長ほどもある長さの長弓ロングボウで、戦場で必要な速射性と遠距離攻撃力を有している。遠距離からの攻撃に特化するのであればクロスボウでも良いが、速射性に期待が出来なければ長弓を選ぶしかない。




 騎馬兵、軽歩兵、そして弓兵の三段構えでわずか千五百の部隊が、八千もいる国軍、解放軍合同部隊に襲い掛かるのである。


 合同部隊も当然ながら、アドネから出撃した部隊を見つけており巨大投石器を守るための部隊を前線に投入する。とは言え、アドネの街までたった三百メートルしかないこの狭い場所ではあっという間に敵味方入り混じって戦いが始まるであろう。


 先に展開が終わったのはアドネ領軍であった。蛇のように長く、薄い陣形の横一列になった騎馬兵が突撃を仕掛ける為に馬を掛けさせる。しかしよく見ると、突撃を仕掛けるに一般的な長槍ロングスピア長剣ロングソードの様な近接武器を持たず、人の上半身程の長さしかない短弓ショートボウを手に持っているのである。


 横一列の騎馬兵が合同部隊に突撃を掛ける。その騎馬兵の行く手を阻むように合同部隊の前面に長槍を握った歩兵が現れ、切っ先を敵に向け襲い掛かるのを今か今かと待ち受けるのである。


 このままでは歩兵の持つ長槍に貫かれて命を落とす騎馬兵が戦場に横たわる未来しか見えないのだが、敵まで三十メートル程まで接近した騎馬兵に突如として号令が叫ばれ、騎馬兵の進路が突然変わったのだ。


「転進!転進!」


 スワラの掛け声と共に決めてあった進路、つまりは中央から二手に別れ、九十度左右に曲がったのだ。つまりは三百の騎馬兵が、二つの百五十の騎馬兵に別れたのだ。待ち受けていた合同部隊の歩兵は急な進路変更にとっさの判断を誤ってしまったのだ。


「今だ!打て打て!」


 騎馬隊から狙いも付けずに打ち出される短弓からの矢が合同部隊へと降り注ぐ。幾つかの矢は前面で待ち受けていた歩兵に降り注ぎ、別の矢はその後方にいた歩兵や巨大投石器を操っていた兵士に降り注いだ。


 さすがに合同部隊も矢の攻撃に被害を受け歩兵部隊を少し下げ、後方に下げていた弓兵に前進を命じ歩兵の援護をさせる。とは言え、大部隊の弊害で弓兵の前進は重く歩兵の後方で攻撃態勢を整えた時には騎馬兵はアドネの街方面へ馬首を向けていた。


 合同部隊が騎馬兵を目で追ったその次に見たのは松明を持って麻袋を眼前に持ち、歩いて来る奇妙な姿の軽歩兵の姿であった。

 軽歩兵の体を守る装備はそのままに、白兵戦で有利な長槍等の武器を持たず松明を掲げ麻袋を持ち、頭部には頭を保護する兜ではなく口元を覆う白いマスクを巻き付け、戦う姿ではない、異様な姿に見えた。


 異様な姿の敵を見て、何か良からぬ奇策を用いるのではないかと不安に駆られるのであった。

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