第二十七話 視察と聖都への援軍要請

「ほぉ、これは凄いものだな」

「まったくだ」


 エトルリア廃砦にいる全ての兵士が参加しているわけでは無いが、千人程の兵士が合図により”ビシッ”と揃った動作をしている光景は壮観であった。一月ほど前まで農民であったとは思えなぬ動きに、ルーファス伯爵もレジナルド将軍もご満悦だった。


 特に二つに分けた左側の兵士達の動きが素晴らしく、レジナルド将軍の目にもアルビヌムの兵士と同じくらいの動きをしていると見て取れるのだった。


「これは凄いな。これだけ揃って動ければ野戦では負け無しではないか?」


 レジナルド将軍は驚いた様相で声を上げた。その側で聞いていた指導側の兵士が、それに気付き側まで歩み寄ると畏まって口を開くのであった。


「御視察、お疲れ様でございます。ご評価ありがとうございます、私どもの隊長によりますと、”集団としての動きはまずまずであるが、個人としては二歩も三歩も及ばない”との事でございます。ですので、敵一人に対して、”二人か三人で相手にせよ”、とも言われております」


 実戦経験豊富な隊長が指揮をしているのであればその位の動きは可能であろうと感心しながら二人が見ていると、全体行動の訓練が終わったのか、二人一組になり、武器を振るう訓練に移って行った。

 武器を振るう姿を見て、先ほどの兵士が伝えに来た通り訓練が足りておらず、最低でも半年は訓練を欠かさずしなければ一人前の兵士には程遠いと見られた。だが、その中でも経験がある兵士達の動きは最低限の基礎は出来ているな、と感じるのである。


「ちょっとまて、あれは何だ?」


 レジナルド将軍の顔が向いている方向には、一般の兵士と違い、場違いな速度で撃ち合う何人かが混じっていたのだ。一瞬だけ動きが止まった時に見た武器は、訓練用の刃を潰した武器ではなく、実際に使っているであろう鈍い輝きが見て取れる。レジナルド将軍でさえその速度で打ち合いなどしたいとも思わなかったのだ。


 レジナルド将軍もそうであったが、ルーファス伯爵も一般の兵士に交じって、訓練している数人には度肝を抜かされ、口をあんぐりと開けたまま、喋る事も忘れてしまっていた。


「あれは私共の隊長と、旅の仲間だそうです」


 兵士がまた口を開きレジナルド将軍へ説明する。あれだけの手練れが旅をしているなど信じられないと呟く。だが、それは事実であり、そこにいる一人を除いてすべてが何処にも属していないのだ。

 属している一人も、アーラス神聖教国の教国騎士団の一員であり、今は個別の任務中だと言うのだ。ここで解放軍に加わっている時点で任務中ではないだろうと思うのだが。


 その隣であんぐりと口を開けていたルーファス伯爵が思い出したように口を開いた。


「おお、思い出した。あ奴らが撤退する殿を守ってくれたからこそ、全軍が無事にこのエトルリア廃砦にたどり着けたのじゃ。そうそう、そうだった」


 感謝してもしきれない者達なのだ、と鼻高々に告げるのであった。




 その後、兵士達の訓練状況等の視察が終わり、レジナルド将軍が帰ろうとする時間となった。滞在時間はおおよそ十五時間程。一日も滞在せずにアルビヌムへ帰還するために馬車へと乗り込む。

 見送りにはアルベルト子爵やアントン男爵と共に、ルーファス伯爵の姿も見られ、両陣営ともに協力してアドネ領軍を打ち負かそうと二人が握手をする姿が最後に見られた。


「それでは、また会う日を楽しみにしています」

「それはこちらこそ。次は戦場かもしれませんな」

「はっはっは、そうに違いない。それまで壮健で」

「うむ」


 二人が握手をして挨拶が済むと、レジナルド将軍は馬車に乗り込み、馬車はリズミカルな音を立てながらエトルリア廃砦を出発する。馬車の車窓から手を出し、名残惜しそうに手を振るレジナルド将軍の姿が見られた。




 エトルリア廃砦を出発して十数分進んだ所で、馬車は街道の真ん中で停まった。中からレジナルド将軍が鳥籠を持って外に出ると、中の鳥を空向かって放した。

 その鳥は豆粒ほどの大きさになるまで空へ上ると、二度三度と円を描くように旋回した後、東へ向かって飛び去って行った。


「解放軍とは協力するだけの価値がある。主へは我が帰る前にたどり着いてくれよ」


 レジナルド将軍は空に向かって呟くと、馬車へ戻り、再び刻み始めるリズミカルな音を聞きながら瞼を閉じるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 一方、エトルリア廃砦を出発して聖都へ向かう騎馬群は、海に流れ出る大河に沿って馬を走らせる事すでに三日目となっていた。順調に進めば後、四日か五日で聖都アルマダへと到着すると見られていた。


「休憩はまだ大丈夫か?」

「もう少し大丈夫です。河に沿って走っていますから水には事欠きませんからね」


 使者として聖都へ向かう馬上で、クレタスの話に護衛の兵士が答える。空は曇っているが辛うじて太陽が見える位の薄い雲であり、おおよその時間がわかるのがうれしい。太陽の位置はもうすぐ真上に位置する頃で、休憩まであと少しであった。


「あれは何だ?」


 天を見ていたクレタスの耳に、護衛の誰かが叫ぶ声が入ってきた。それに”ハッ”としたクレタスが行く手を見ると河を遡上する十隻以上の船団が見えたのである。川幅が広くそれなりの大型船も通行できる、この大河を十隻以上の船団が遡上する様子など誰も見たことが無いのだ。

 もちろん、アドネ周辺で生を受け生活していたクレタス等にとっても同じで、アドネの街まで大型船が船団を組んで遡上するなど有りえなかった。尤も、アドネの側を流れる河は下流に異なる国、--ルカンヌ共和国--、がある為にアーラス神聖教国の船は簡単には遡上できないのであった。


 そんな事を思いながらも船団を観察していると、帆柱マストの先端にアーラス神聖教国の国旗が風に翻るのが見えたのである。

 旗は翻っていても、白地に青一色で描かれた騎士が剣と盾を持ち、民衆を守る構図は遠くからでも良く見極められる。

 しかもその国旗は、連なる船すべてに掲げられていたのだ。


「おーい、おーい!!」


 船団は聖都アルマダを出航しアルビヌムの街へ向かっているかもしれないと、淡い期待を抱きつつ、船を追い掛けながら腕を振るのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 今は十月、まだ上旬であるのだが、河を遡る船で受ける風は少し肌寒い。空から降り注ぐ太陽が雲に遮られ地上まで届いていないのでしょうがない。それでもいつもの年に比べれば過ごしやすく温かい気温に助けられている。


 そう自分は今、河を遡上する大型の船の帆柱マストの見張り台で周囲を見ているのだ。景色を眺めているのではなくちゃんとした見張りだ。自分を含め十人で交代交代で二十四時間休む事無く続けているのだ。


 大変そうだなって言われても、それが仕事だから休む訳にもいかない。ただ、この仕事、最前線で剣を振るよりも生き残る確率は高いし、給料もそれなりで気に入ってるのだ。特に、夜間の見張りの日はいつもの給料に加えて特別手当が加えられるから辞めるなんて考えられないね。でも、この目で遠くまで見えなくなったら、引退時だって皆に言われてる。


 別に自分の事はいいんだよ。今は河を遡上する船の上で見張りをしているって事だ。船は出航からすでに八日目、船上に襲い来る敵もいないし、空から襲う鳥共もいない、快適な船旅だ……と、さっきまで思っていたんだけどなぁ。


「せんちょーー!左舷に馬に乗って叫んでいるのが見えまーーす!!」


 帆柱マストの上から大声で下に向かって叫んだ。甲板から何メートルあるかわからないけど、落ちて打ち所が悪ければあっという間に神様の下へ連れてかれちまう、そんな場所から首だけを出して叫ぶんだ、聞こえ無い訳が無い。


「左舷ってちゃんと方向を言えーー!!だいたいの目安でいいからしっかり伝えろ、馬鹿者がぁ!!」


 帆柱マストの下、何も無いときは舵の側に船長が控えているとわかっているから叫んだんだが、左舷とだけ伝えたら怒られてしまった。確かに左舷ってほぼ真正面から真後ろまで半分程あるからわからないな。これは失敗だ。


「だいたい、十時方向でーーす!!」


 今度こそちゃんと伝える事が出来たはずだ。その証拠に、船長は望遠鏡を持ち出して十時方向と伝えた方を見ている。そうしたら途端に、船の上が慌ただしくなり左の岸へ船を接舷させて止めてしまった。


 他の船はと言えば、手旗信号でその場で止まれを伝えられ、十数隻が錨を下ろしその場に停泊したのだ。もしかしたら、あの大声を上げていた人って重要人物だったりする?そして見つけた自分には臨時の手当が出るかもしれない。これは楽しみだ。


 自分は見張りの兵士。いつも帆柱マストの上から周りを眺めている、それだけが役目の男だ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 馬に乗った一群が、船から延ばされたタラップを通って甲板へと降り立つ。乗ってくるのは人だけだと船員は思っていたが、一群は馬を連れて足早に乗ってきてしまった。この者達の胆力はどうなっているのかと皆は口々にするのだ。


「お前たちはいったい何者だ。その鎧は我が国で採用されている鎧と似ているとしか言いようが無いが」


 この船に乗る者の中で、ある程度の階級を持つ男が一群に向かって声を掛ける。当然だが、一群が良からぬ動作をすれば、船から叩き落せるようにその周りをぐるっとショートソードや短槍ショートスピアを向けた兵士が取り囲んでいる。


「私はアドネ解放軍から聖都へ向かっていたクレタスと申す。一軍を乗せていると見て、話を聞いて貰おうとしたまでの事。この軍を指揮する者と話をしたい」


 その男の問いかけに自らの名と所属を明らかにする。尤も、解放軍という反旗を翻したアドネ領民の集まりであれば所属を提示する証拠も何もなく、それを相手に信用して貰うだけしか出来ない。

 また、クレタスが身に着けている軽鎧だが、ルーファス伯爵がアドネ領から出る時に身に着けていた軽鎧であり、聖都との連絡係などの役職に配られている。その事を知っているからこそと口にしたのだろう。


 そして、その男はクレタスが語ったアドネ解放軍とは何かと考えるのだが、この船団が出航した目的がアドネ領主をその地位から退け、聖都の支配を回復させる事であると思い出せば、目の前の者達こそがアドネで武装蜂起をしたとすぐに理解する。そうであれば重要な情報を持ち合わせている可能性があると考えるのであった。


「わかりました、ご案内いたしましょう。ご使者お一人だけで腰の武器はここでお預かりいたします。それで宜しいですか?」

「無論、それで承知している」


 クレタスが腰の剣を鞘ごと外し、側の兵士へと預けると、案内を買って出た先程の兵士に案内され、船内へと連れていかれる。木造の甲板を歩くたびに、硬質な靴底と板がぶつかり合い、”コツコツ”とリズミカルな音をクレタスの耳に届ける。そして、一つ階を降りたところで案内の兵士がドアをノックすると、中から”入れ”とだけ声が聞こえた。

 その声は静寂を好むかのように聞こえた。階級はかなりの上位で物静かな男と感じた。


「失礼します。アドネの解放軍と呼ばれる所からの使者をお連れしました」


 ドアを開け、一歩中に入った所で案内の兵士は室内の男に向かって畏まりながら狭い部屋にだけに聞こえる大きさで、その様に告げるのであった。


「使者とな。お前は少し下がっていていいぞ」

「宜しいのですか?」

「ん、かまわんぞ。その男が儂を殺せるとは思えんからな」


 目の前の男は自信満々で話を終える。クレタスは自分と比べて、首や腕に就いた筋肉や僅かな動きからしても敵う訳が無いとすぐに気が付く。尤も、この男に戦いを挑むためにここへ来たのではなく、交渉するためにこの場に来たのであって、目の前の男が力を振ろうとそれは関係無い。何もしていなのに殺されるのは御免こうむりたいとは思うのだが。


「自己紹介と行こうか。儂はこの船団に乗る兵士たちを率いる【クライヴ】だ。階級は将軍で船団の中に有っては大将となっている。言うなれば責任者だな」


 執務机から立ち上がる事なく、クレタスに自己紹介をするのである。一般的な貴族相手であれば”無礼にもほどがある”と立腹し、腰の剣を抜く様な状況であるが、今は解放軍と名乗りどの組織にも属さなぬ、しかも反旗を翻してお尋ね者となっても可笑しくない場所にいるのだ。そんな事で目くじらを立てていても始まらないと思うのだ。

 実際、クレタスには階級とか無礼な事とかにあまり詳しくなく、それが普通と思っていたのは僥倖であるのだが。


「私はアドネ解放軍より聖都への使者として命を受けているクレタスと申します。将軍にお会いできて光栄でございます」


 あまり時間がないと思い、簡単にではあるがクライヴ将軍へ口頭での挨拶と共に、頭を下げるのである。クライヴ将軍も時間が惜しい事は重々承知している様で、無礼かどうかについては何も口にせず、本題に入るのであった。


「さて、ご使者として聖都へ赴くつもりの貴殿が、ここで道草をしている訳だが理由を聞いても良いか?」


 聖都まで行かずに、ここで折り返す事が出来れば時間の短縮にもつながり、アドネの街を攻撃する日にちを前倒しできる、その様に考え、舌戦をするべきではないと、初手から使者としてどの様な使命を帯びているかを正直に話す事にした。


「はい、それは将軍にアドネ領への攻撃する援軍をお願いしたいからであります」

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