第二十六話 共同戦線構築

※この話に主人公達は一人も出てこないのですが、比較的重要な話ですので、一応、結果だけでも目を通してください。




「開門!開門!」


 城門の上から叫び声が聞こえてくる。


 エトルリア廃砦の東の城門に一昨日出発したばかりのアルベルト=マキネン子爵を乗せた馬車列が姿を現した。

 夕方の事であり、辺りが暗くなりかけている事から、途中で馬車を奪われ砦内部に奇襲を仕掛けるアドネ領軍の作戦なのかと、兵士達はざわついていた。

 それとは別に、子爵の馬車列の後ろに見慣れぬ家紋を天井に描かれた二台の馬車と、揃いの鎧に身を包んだ五名の騎馬が連なっていた。


 この薄暮の時間に帰り着く事は可能であるが、罠の可能性もあると百名近い長槍ロングスピアを持った兵士を門の入り口に集め、不測の事態に備えるのであった。


 轟音と共に城門が開けられると、馬車の列がゆっくりと城内に入り込み、その場で一度行く手を阻まれ止められる。


「申し訳ありませんが、一度ここで降り、御身分の確認を致します」


 その場を受け持つ隊長が馬車の中にいる人達を確認して行く。もっとも、御者や馬に跨る者達は良く知るだけに安全だとすぐにわかり、当然馬車の中にいる人物も一昨日この城門から出発したアルベルト子爵だとすぐにわかった。

 この時点で旗頭のルーファス伯爵へと連絡員が走るのである。


 その後ろに連なる馬車列には、アーラス神聖教国で採用されている揃いの鎧を着た数人の騎馬兵が護衛をしていると見れば、重要人物が乗車しているとみられる。アルベルト子爵が先頭を行くの見れば、敵ではないと思われるのだが、念には念を入れてアルベルト子爵に紹介してもらい、ようやくその人物が誰かがわかるのである。


「こちらの馬車に乗っているのアルビヌムから同行しているレジナルド将軍である。我々に協力してくれるかは将軍の一存で決まるから粗相のないようにな」


 アルベルト子爵に後ろに連なる馬車列まで足を運んでもらい、隊長は深々と頭を下げるのであった。

 足を運んだ事で特に返される事は無く、逆に任務を忠実に守っている事を評価され、隊長を始めとした兵士達は感謝の意をレジナルド将軍に示すのであった。


 馬車列の確認を終えた所で、ルーファス伯爵の下へ行った連絡員が戻ってきた。


「隊長、問題なければアルベルト子爵を伯爵の下へと連れて来るようにとの指示です」

「わかった。それでは、アルベルト子爵もご使者の将軍も御同行願います」


 連絡員の兵士に一言、”ご苦労”と一声掛け、隊長自ら、馬車列の先頭に立ち、城内をゆっくりと進むのであった。その隊長も、この戦いは解放軍だけでは勝利に結びつくのは難しく、他の領地や聖都からの援軍の協力を得る必要があるとわかっていた。

 その一つの鍵となりうる使者を案内しているのだとわかると胸が熱くなり、長槍を握る手に力が入るのであった。




 ルーファス伯爵のいる建物の前へと馬車が滑り込むと、その中からアルベルト子爵とアルビヌム領からの使者の将軍と護衛一名が馬車から降りる。その三名の前に一人の男が立ち、深々と頭を下げ口を開くのであった。


わたくしはアントン=バルマー男爵と申します。男爵もご使者もお疲れと思いますが、早速、ルーファス伯爵の下へとご案内いたします」

「私はレジナルドと申す。アルビヌムではジョエル侯爵より将軍職を受け賜わっておる。ご案内、よろしくお願いいたす」


 アントン男爵とレジナルド将軍の挨拶が簡単に済まされると、建物の中へと案内される。

 建物の中と言っても、指揮所に使える様な大きな建物はこのエトルリア廃砦には無く、せいぜい二階建てで、部屋数も四つほどしかない。その中でも一番大きく、廃砦の中央に近い建物を指揮所として使っているのである。

 そして、ルーファス伯爵がいるのは、その建物を入ってその奥、たった一つの部屋しか置いてないのであった。ドアを開けるとアントン男爵が側に立ち、二人を中へと案内しドアを閉めてその場から立ち去って行った。


 そして、その部屋の中央には応接セットが置かれており、右の壁際に一人の男がドアを向いて立っていた。その男こそ、解放軍の旗頭たるルーファス=マクバーニ伯爵であった。


「ルーファス伯爵、無事、使者の役目を果たしただいま戻りました。こちらはアルビヌムムより同行いたしましたレジナルド将軍でございます」


 まず最初に、アルベルト子爵が使者として戻った事を報告し、同行して来たレジナルド将軍を紹介した。アルベルト子爵はただ紹介しただけであるが、ルーファス伯爵からしてみれば、今回の援軍の協力を得られるか、得られないかを見極められる側に立つとすぐにわかり、この時より見えない綱引きが始まったと理解するのであった。

 レジナルド将軍の目には、何物も逃すまいとする猛禽類の光が宿っていると見れたからである。


「ご使者殿、よく参られた。我がここを纏めておるルーファス=マクバーニ伯爵である。よろしく頼む。馬車の旅はお疲れであろうがもうしばらくお付き合い願いたい」


 ルーファス伯爵がレジナルド将軍に近づきながら右手をスッと出す。よろしく頼むと言葉だけではなく、こちらは無手であり武器を持たないとの意思表示も兼ねて握手を求めたのだ。レジナルド将軍も戦いに来たわけでもなく、解放軍を見て回る事を言われて来ているので、好意的に受け止め握手をするのであった。


「ルーファス伯爵、こちらこそよろしくとお願いしたい。アドネの領主を何とか封じ込めたいのですが、頭の痛い問題だと我が主も申しておりました」


 軽く挨拶を交わすと、ルーファス伯爵が椅子に座るように勧める。そして、部屋にいる三人は放置されてクッション性の乏しいソファーへと腰を下ろすのであった。


「さて、何から話せば良いかな?」


 ルーファス伯爵はテーブルの上に置いて畳んであったアーラス神聖教国北部の地図を開き、石で作った丸い駒をその上に並べだ出した。

 地図には今いるエトルリア廃砦に駒を五個、他にアルビヌムへ五個、アドネに三個、そしてカタナに三個を配置した。

 各地で持っている戦力を地図上に配置したのだが、確実なのはエトルリア廃砦の戦力だけであり、後の戦力は不明なためとりあえず配置しただけである。


「レジナルド将軍には味方にならなくても敵はならぬと思うのでここで話しておくが、我々の兵力はおおよそ五千程だ。ほとんどが農民上がりであるために練度はあまり良くないのが実情だ。そして、わかっているのは我々が戦ったアドネ領軍は三千程だった事だけだ」


 エトルリア廃砦に五個、アドネに三個の駒が乗っているのはルーファス伯爵が把握している数だからであった。他の不明な戦力については適当に置いただけなのである。


「とすれば、アルビヌムは七個の駒を置かせてもらおうか。そして、カタナ領主の話ではそこには八個が必要となるであろう」


 レジナルド将軍は地図上に追加で駒を置いて、アルビヌムには二個を、カタナには五個を追加した。


「そうしますと、アドネの兵士は合計で一万一千程を保有している可能性がある訳ですな。対する我等は一万二千程で戦力は拮抗していると見てよいのでしょうか?」


 合計の兵力と考えればアルベルト子爵が駒を数えたその通りである。だが、その考えには一つ忘れている事があるのだ。


「子爵よ、彼我の数を比較するのも良いが、我々はまだ援軍の要請の回答を貰っていないのだぞ。それに、アドネの軍勢は確実な数ではない。予想ではあるがおおよその数に近いと思う」


 ルーファス伯爵が、まだ援軍の要請を受けて貰っていないと告げると、アルベルト子爵の顔は途端に暗くなるのだ。一万一千の敵に対し、練度が劣る五千の兵士で挑まなければならないと思えばこそであろう。

 とは言え、このエトルリア廃砦の守備も考えると最低でも千は残しておかなければならぬので、実質は四千程の兵力しか動かせないだろう。


「ルーファス伯爵も虐めるのはそこまでにしておいたほうが良いぞ。協力云々はともかく、我々は共通の敵を持っている事になる。我等の下にはカタナ領主がいて領地を奪還したい大義がある。そちらには悪政を敷くアドネ領主を退けるこちらも大義名分がある」


 目の前にいるレジナルド将軍の話す通りであろう。義を求めるのであれば、大義に反抗するアドネ領主を退ける事が最大の目標となろう。それにアルビヌムにカタナ領主が身を寄せているのであればカタナを奪還する事は大義に沿っている。

 そして、悪政に苦しんだアドネ領民がその領主を追い出すのであれば、これも大義が成り立つ。なるほど上手い事を言うのだなと感心するルーファス伯爵である。


「それでどうするのだ?レジナルド将軍がこのまま協力体勢を取らずに単独でカタナを攻めるのであれば、こちらもそれに便乗するだけの事であるが」


 ここは強く出るべきだと考え、ルーファス伯爵は口に出したのである。連携を取らずに単独でカタナを奪い返すのであれば、こちらもそれに乗じるだけだと。

 眉間にしわを寄せ、怖い顔をするルーファス伯爵を見て、目を細めて難しい顔をするレジナルド将軍だったが、すぐにその顔が崩れると声を出して笑いだした。


「あははははは、これは失礼。あれは言葉の綾で申したまで、失礼いたした」


 レジナルド将軍の言葉に先程と変わらぬ怖い顔のままのルーファス伯爵はそれに反論しようとしたのだが、それよりも早くレジナルド将軍は言葉を続けた。


「試すようなことを申して申し訳ない。ここで地図が出て駒を配置されたときに協力体制を築くべきと思ったほどだ。解放軍が領民の数を頼りに計画も何もなく、ただ我武者羅に攻撃するのであれば断るつもりであった。だが、旗頭たるルーファス伯爵にはちゃんとした戦術眼をお持ちの様で安心した」


 そこでやっと顔の表情が崩れ、いつもの顔に戻るルーファス伯爵。そして、ホッとしたように溜息を吐き、前のめりだった体をソファーの背もたれにゆだねるのであった。

 いつも通りの顔だが少しだけ晴れやかな表情は、この戦いの行く末も何とか見えてきたと安堵した表情だった。


「とは言えまだ兵士の数は足らないと思うが、他に何か案は無いものですか?」

「それは心配しなくても良いだろう。我にも二つの都市だけで対抗しようとは考えるだけでない」


 レジナルド将軍の問いかけに、駒を七個置いてあるアルビヌムから河に沿ってゆっくりと指を動かし、ずっとずっと南さらに地図をはみ出して、さらに南に動かすとある場所でパチンと指でその場所を弾くのであった。

 その場所が何処かわかったレジナルド将軍は”あっ!”と声を上げ驚くのだ。


「聖都アルマダ!もしかして、援軍を要請したのか?」

「ふふふ、その通りだ。聖都へは援軍要請の使者を送っている。とは言え送ったのはアルビヌムへアルベルト子爵を送った日と同日なのでまだまだ掛かるがな」


 驚くレジナルド将軍にお返しだとばかりにルーファス伯爵の笑い声が部屋中に響き渡る。むしろ、その笑い声は部屋から出て別の建物へと響くかと思われるほどであった。


 レジナルド将軍は先程のルーファス伯爵がソファーの背もたれへもたれ掛かった時に見せた表情に納得がいった。自らの指揮する兵士はあくまでも徴兵をすることの無い領民達、しかも農民が主力だ。その兵士の数をもって上手く戦えばアドネを落とす事は可能であろう。だが、あくまでも上手く戦えばとの条件が付く。作戦如何によっては全滅する恐れもあるだろう。

 そこを五分五分にするためにアルビヌムへ援軍を頼むと同時に、河を船でさかのぼれば大軍を送る事が出来る聖都アルマダへも援軍を要請したのだ。アドネの領主が変な野心を持ち、この様な暴挙に出なければ、目の前にいる伯爵は間違いなく重く用いられただろう。それが出来ない所が小者であると言わざるを得ない。

 だが今は、目の前にいる初老の領域に片足を入れ始めている伯爵を敵に回さずにホッとしているのが実情であった。


「まさか、領民主体と思われていた解放軍にこれ程の知恵者が存在しているとは思いませんでした。今更ながら味方である事が頼もしいです」

「そうか、そう言っていただけるとありがたいな」


 しわを刻み始める手を二人は同時に出すと、固い握手を交わして共同でアドネ領軍に対抗する事を約束すのであった。

 ここに二つの勢力、合計一万二千の兵力を要する、アルビヌム=解放軍の共同戦線が誕生したのである。


 上機嫌な二人は、前線で食せる食事の中でも豪華な種類の食事と、共に戦勝を祝ってワインを開けるとその日は夜遅くまで様々な事を語り合うのであった。




 そして翌日。少しだけ二日酔い気味のルーファス伯爵とレジナルド将軍は、数人の護衛を伴って、エトルリア廃砦の訓練を視察していた。

 二人の視線の先には、しっかりとした動作で訓練に励む、熟練の兵士と思える農民たちの姿が映っていたのである。

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