第八章 第二部 解放軍の反攻

第二十五話 悪足掻きの始まり

「それでは皆、よろしく頼むぞ」

「「畏まりました」」


 解放軍の旗頭たるルーファス=マクバーニ伯爵自らが、二人の貴族を前に頭を下げる。本来であればただ指示を出せば良いのだが、二人が担う任務は重要で解放軍、いや、アドネ領やアーラス神聖教国の行く末がかかっていると言っても過言ではないのだ。


 その使者に選ばれた一人はアルベルト=マキネン子爵である。彼はヴルフ達が初めて解放軍の拠点に入った場所の責任者をしていて、アドネ領から出奔したとして元子爵だと譲らなかった。だが、今はルーファス子爵の説得の下で元子爵から元を取り、子爵へと自ら名乗っている。

 そして、拠点の責任者をしていただけあり、統率力などは他の貴族から見ても少しだけ良いものがあり、さらには交渉力も多少持っていたのである。それが評価され、今回のアルビヌムへの使者となったのである。


 そして、もう一人。これは聖都アルマダへの長旅をしなくてはならず、体力的にも精神的にも丈夫で、ある程度人の上に立ちうる人物を当てている。

 彼の名は【クレタス】と言い、本人は貴族では無いがその下で働いていたり、同行したりと貴族や王族等にも卑屈になることが少ない、本人はその自覚が無いのだが。その事もあって聖都アルマダへの使者として白羽の矢が立ったのである。


「それでは出発いたします」


 二人の使者を見送るために東の城門へ三人が姿を現す。そして、用意してあった馬車に乗り込むアルベルト=マキネン子爵と、ひらりと馬に跨るクレタス。二人に手を振り使者としての役目が上手く行くように願うと、馬車の列と騎馬の集団は城門を出てそれぞれ向かう先へと出発して行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エトルリアから援軍の要請をする使者が出たのと同日の夕刻当たり、アドネ領主の前に一つの報告がもたらされた。


「ミルカよ、お前の追っていた解放軍の行方が分かったぞ」


 アドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵が今、目を通していた報告書を側で畏まっているミルカに手渡す。その報告書に目を落とし一読すると、ミルカの顔が途端に曇るのであった。


「あの、昔滅んだ遺跡が解放軍の手の内にあったとは……」


 滅んだ遺跡とはアドネの街から南東に百キロほどしか離れていない場所にあるエトルリア廃砦の事である。距離は余り離れていない、いや、近いのだが、あまりにも巨大すぎる城壁に解放軍では守りにくい場所と思われていた。それもあり、予測から真っ先に外してしまっていたのだ。


 そこへミルカが追った解放軍のすべてが入り込んだのである。


「お前が追跡に向かわせた部隊が持ってきた報告だ、疑う余地もあるまい」


 疑う余地がないのは当然であるが、その他に書かれていた兵士の数も脅威であった。


「追った部隊は兵士の数が三千で、遺跡を守っていた兵士の数と合わせると四千以上だと?」


 その数に驚きを隠せなかった。撤退を指揮した指揮官に四千の兵士を持たせてしまったら、アドネ領軍はそれ以上の兵士の数をそろえなければ勝利は難しいと予測したのだ。戦上手とアドネ領主から褒められてはいるが、敵が全力をもって抵抗すればその戦上手もどこまで持たせられるかは疑問であった。それほど敵の指揮官は知恵者であると踏んでいたのだ。

 かと言って兵士の数を今から揃えられるかと言われれば難しく、徴兵でもすれば足元から崩される危険性も孕んでいるのだ。


「さて、どうするか……」


 アンテロ侯爵は悩ましいと顔を歪めながら”ボソッ”と呟く。

 アドネ領の全軍は一万程の兵士数である。そこから被害が少し出て今は九千五百程の兵士数となっている。

 そして、アドネの街にいる兵士数は三千八百程、そしてカタナの街は五千七百程だ。これにカタナの街を守備していた兵士が二千程いるがアドネ領のために働くかと言われればそれはありえないと言わざるを得ない。


「兵力の集中をするか?」


 ミルカへ託した三千の兵力をもってしても解放軍と呼称する農民共を蹴散らし息の根を止めることが出来なかった。それであれば全軍を持って敵を打倒すしかないのかと考えるのだが、それは解放軍のみを相手にする場合に限定される。

 少なくなったとはいえ、一万の兵士がいる今であればどうにか出来るのではと思うが、解放軍の情報に乏しく迂闊に行動を起こせないでいるのである。


「敵の規模がわかればどうにか出来るのだが……」


 アンテロ侯爵が再び”ぼそり”と呟くが、それを横で聞いていたミルカが自らの考えを述べるのである。


「我が主よ、解放軍は野戦に持ち込めばどうとでもなりますが、カタナを攻めて我等の手中に収めているのです。そちらをお忘れにならない様、お願いします」


 アンテロ侯爵はハッとして考えを改める。

 アーラス神聖教国の北部を手中に収めようと画策し、カタナを手に入れるまでは良かった。その後はその南にあるアルビヌムも手に入れ、三つの領地を持って一つの独立自治を成立させる計画であった。だが、アルビヌムは手に入れるまで時間が足らず、アドネとカタナに兵力が分散されている状況となってしまった。


 このままアルビヌムを攻め落とすかと考えても、アドネからの部隊を側面から解放軍に攻撃され、アルビヌムを落とすなど夢のまた夢となりかねない。また、カタナに全軍を集結させ、その後にアルビヌムへ兵を送り出す事も考えてはいるが、空になったアドネを解放軍が見逃すはずはないだろう。


「となれば、今は我慢の時であるか……。彼我の兵力差がどの程度かわからない今は動かない方が良いだろう。ここは情報を得る事とカタナとの連絡網を構築するに限るな」


 立地条件から街の南側に水堀の代わりの河が流れているアドネは、解放軍からの攻撃が予想される南側の守備は強力になる。それとは逆に、河の南側に位置するカタナは南からは当然として、東側が平地となり二方向からの攻撃にさらされ、守備をするには多くの兵力を要する。

 今はカタナに多くの兵力を置いているので、そのままで良いと考え、街の周りの索敵の強化を命じるのである。


 そしてもう一つ、アンテロ侯爵が呟いたアドネとカタナの間に連絡網を構築させるべく、高速連絡鳥と早馬の設置を命じた。アドネとカタナは直線距離にして百四十キロ程であるが、高速連絡鳥を使えば四時間以内で到着できる。実際に飛ぶ時間はもっと少ないのだが、直線を飛ばずに多少ジグザグに飛んだり、休憩などの寄り道をする事があるのでこの時間であるのだ。

 それでも川沿いを早馬を使ったとしても十時間では到着出来ない事を考えれば相当な短時間となる。


「今はこれしか出来まい……」


 アドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵は深く溜息を吐くように呟くと、椅子に深く腰掛け目を瞑るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その翌日、エトルリア廃砦から東へと馬車を進めていたアルベルト=マキネン子爵一行の前に頑丈な城壁を持ったアルビヌムの街が見えて来た。野営を一度して次の日のお昼頃である。


 アルビヌムの街の西側にアドネ領の貴族が現れた事に守備の兵士達が騒ぎ出し、それが領主の下へと報告があげられると、上を下への大騒ぎとなったのである。

 アドネの領民が反旗を翻したとは聞いていたが、貴族もそれに加担しているとは思っておらず、対応を如何するかと考えあぐねるのである。


 アルビヌムの領主はカタナへの援軍を送り出す直前に、カタナ領主が落ち延びカタナの街が陥落したと知っている。その原因はアドネ領軍が突如として攻め寄せた事であった。

 そのアドネ領の貴族が来た事に何か裏があるのではないかと考えるのは自然な事であろう。しかも北からでは無く、西からの使者であった事にだ。


「さて、どうしたものか?」


 アルビヌム領主、ジョエル=ルイーゾ侯爵はどうしたものかと自室の執務机で頭を抱えている。相手は子爵と名乗っているが、アルベルト=マキネン子爵など聞いたことが無かった。彼が知らないのであれ、重要なポストについていた事は無いと見ていいだろうと思うのだが、側にいるカタナ元領主、ヴィクトル=ブリオン侯爵はそれとは違った見解を持っていた。


「使者の名前は聞いた事がある。確かに重要ポストに就いていた訳では無いが領民からは慕われていた様だ」


 その様に答えたのはカタナの街から這う這うの体で逃げて来たヴィクトル侯爵だった。彼の話では数年前、アドネ領に農業の視察へ向かった際に、畑を耕す農民からアルベルト子爵は貴族であるにもかかわらず”我等の言葉をよく聞いて下さった”と言っていたなと思い出したのである。その時に四十代半ばであった事から今は五十歳に近い老人であろうとも付け加えた。


「それだけお主が申すのであれば会ってみるか」


 ジョエル侯爵が告げると二人はその場から出て行き、アルベルト子爵の待つ応接室へと足早に向かうのであった。




「すまんな、打ち合わせをしておったので遅くなった」


 応接室に通されてすでに三十分程経過しており、アルベルト子爵は出されていた湯気の立つ紅茶に口を付けていた所であった。ノックもせずに入ってきた二人に驚き、少しこぼしてしまったアルベルト子爵であるが、すぐにカップを置き、立ち上がると二人に向いて挨拶をする。


「突然の申し出にも関わらず、お会いいただき恐縮でございます。元アドネ領子爵、アルベルト=マキネンでございます」


 アルベルト子爵は軽く頭を下げながら名乗るのであった。入ってきたのは二人であったが、格好を見る限り最初の人物がアルビヌムの領主であると予想したのである。


「子爵が使者とはアドネ領主も思い切った事をするのだな。我等に降伏を迫りに来たか?我がアルビヌム領主、ジョエル=ルイーゾ侯爵である。そして、こちらがカタナ元領主、ヴィクトル=ブリオン侯爵であるぞ」


 先に入ってきた方がこのアルビヌム領主である事は予想が付いたが、次に入ってきた者がすでに落とされていたカタナ領主とは予想していなかった。

 だが、それは好都合とアルベルト子爵は一通の書状を取り出し、彼らの目の前へ置いたのである。


「こちらが書状となります」


 誰からと告げずに出されたその封筒には蝋で封印がされ、アドネ領主とは違う印が押されていたのが不思議に感じた。


「これは、アドネ領主から……では無いようだ、が?」


 アルビヌム領主、ジョエル侯爵はそれを手に取って、蝋に押された印を眺めていた。蝋で封印がされている事から相手は貴族だとわかるのだが、誰からの封書かはわからなかった。


「それはルーファス=マクバーニ伯爵からの書状が入っております。ルーファス伯爵は、解放軍の旗頭を今はしております」


 解放軍の旗頭と聞くと、二人の侯爵は顔を見合わせその封書から中身を急いで取り出し、その書状に目を通すのであった。


「どうなっているのか、これは本当なのか?」


 二人の公爵が自らの目を疑うのは当然であろう。敵対していると思われるアドネ領の貴族からの援軍の協力要請など信じられるはずもない。

 とはいえ、書状にはアドネ領軍に反旗を翻した部隊がアルビヌムよりも西にあるエトルリア廃砦に立て籠もっており、反撃の機会を窺っているとある。だが、解放軍は兵力が足らないし、練度もまだまだ不足しているので、協力してアドネ領軍に当たりたい、との申し出である。


 アルビヌムに集まっている兵士は全て合わせても七千程である。守備に二千、そして、カタナへの援軍として、常備兵と緊急の予備兵を合わせて五千の構成である。今はその全てがいつでも出陣できるように体勢を整えており、一万の軍勢が押し寄せても、このアルビヌムの城壁がある限り守りを突破する事は難しいだろう。


「だが、今のままで信用することは出来ん。が、お主が単身この場にいる事である程度は信用しよう」

「それでは……」


 アルベルト子爵が単身この場に現れ交渉に臨んた事を評価しての言葉である。子爵はそれに喜び、言葉を返そうとしたが、途中で言葉を止められてしまう。


「まぁ、待て。ある程度は信用すると言った。あくまでも、ある程度であるぞ」

「は、はぁ」


 喜び勇んで飛び上がりそうになった自分を落ち着かせるように溜息を漏らす。そして、ジョエル侯爵の言葉を待つのである。


「私の腹心をそちらに派遣して、今の状況を確認させてもらう。来た早々引き返すのは、その歳では疲れが残るかと思うが我慢してほしい」


 何の成果も無く引き返すのであれば疲れも溜まるが、交渉の余地を残してあれば疲れなど何処吹く風とそれを即座に了承するのであった。この場で援軍要請を確約できないのは惜しいが、使者としての最低限の仕事をできたと考えれば及第点を付けても良いと感じていた。


「それでお願いします。それでは早速馬車に戻り出発の準備をいたします。館の表でお待ちしております」


 アルベルト子爵は深く頭を下げると、サッとその部屋から出て行き先程まで席を温めていた馬車へと戻るのであった。

 そのアルベルト子爵を見送るとジョエル侯爵は大声で叫ぶ。隣の部屋で待機していたのか、ジョエルの部下がどかどかと数人入ってくる。そのうちの一人に向かい、指示を出すのであった。


「【レジナルド】将軍!直ちにアルベルト子爵に付いて解放軍の拠点へ迎え。可能であれば兵力を見て協力できるかその目で判断して来い」

「はい、畏まりました。この目で判断し良い報告をもたらすとお約束いたします」


 ジョエル侯爵とアルベルト子爵の話を隣の部屋で聞いていたらしく、頭を下げると急いで部屋から出て行くのである。彼を見送ると、この話がアドネ領主からの罠でない事を祈るばかりであった。

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