第二十八話 聖都からの大軍と弱々しい迎撃作戦

※前回の終わり。

 解放軍の使者クレタスが話した。

「はい、それは将軍にアドネ領への攻撃する援軍をお願いしたいからであります」




「それは、我々がどんな指示を受けてこの船団が組織されたか、理解した上で言っているのか?」


 鬼気迫るクレタスが語った事に多少驚くが、顔に現さないよう注意し返事を返すクライヴ将軍。もともとがアドネ領への攻撃を最終目的として指示を受けている手前、断る理由も無いと考えている。

 それでも、船団が受けている命令を尋ねる前に援護を要請するなど、本来ではあり得ないはずだ。相手の目的を聞き目的が同じであれば、”そこに便乗して”と、なるはずだ。それを踏まえて、逆に質問で返したのだ。


「我々がアドネ領主に反旗を翻してから一か月。それだけの時間があれば国内で武力闘争が起こっていると、南方に位置する聖都アルマダに伝わるには十分の時間があると考えます。

 そして、聖都アルマダを出港し遡上する船団の帆柱マストに国旗が翻るとあれば、上流の街へ軍を派遣するなどしかあり得ず、アドネ領主を討つかカタナ領を奪還するかの二通りになりましょう。この位は誰であっても想像できるはずで、情報さえあれば簡単にわかりましょう」


 その言葉に”確かにその通りだった。一本取られたな”と思い、顔をニヤケさせてしまったのだ。


「いやはや、見事な推察であるな。まさにその通りである」


 クレタスの言葉を肯定し、部屋の外に控えている先ほどクレタスを案内した兵士を大声で呼び寄せる。


「この者と込み入った話をする。しばらく時間がかかると思うが、止めている船団を出発させろ。今のところは予定の変更は無しだ」

「はっ、その様に伝えます」


 兵士は急ぎ部屋を出て、”コツコツ”と早足で離れる足音を残すのであった。

 部屋の中に残ったクライヴ将軍とクレタスの二人は、それからしばらく現状の戦力、アドネ領の知りえる情報、そして、派遣される軍の規模をすり合わせながら援軍をアドネ解放軍へも向かわせることを決めた。


 その会話の中でクレタスから得られた解放軍の情報だが、解放軍の兵士の数が五千程と知るだけしかなかった。

 それだけであるが、実際には船団の出港前に得られていた、カタナを攻めたアドネ領の兵数が八千と知っていた事が大きかった。聖都アルマダから出された兵力は二万、城壁のある街に籠った八千の敵兵を相手にするにはこれでも少ないくらいである。俗に城攻めには敵兵力の三倍は必要と言われるためである。


 カタナの街に残っていた兵士や募集で得た兵士をアドネ領軍に編入される事も考えればアドネ領軍は一万から二万程の兵力と考えるべきかもしれないが、カタナの街の人が協力するかと言えばわからずにいた。

 そして、カタナに兵力を集めて攻めるのであれば、アドネからの援軍も頭に入れなければならない。


 そこへ解放軍の兵士数を携えたクレタスが目の前に現れ、兵力が五千も増えただけでなく、攻撃の拠点がもう一つ増え、計略の幅が広がったのだ。その事を知った時のクライヴ将軍は笑いを堪えている様相を見せていた。彼の脳裏には、”我の理はこれで成った”とほくそ笑んだと言う。




 その後、クレタスと護衛の使者は、客人としてクライヴ将軍の乗船する船で数日を過ごす事になった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 クレタス達がクライヴ将軍の船団を見つけてから七日後、聖都アルマダから派遣された兵士の一部、五千と攻城兵器の七割、--と言っても十基程であるが--、そしてエトルリア廃砦からの使者となったクレタス達が上陸し、エトルリア廃砦へと向け出発した。クライヴ将軍が考え抜いた作戦の要となる部隊で二万の援軍の中でも精強な者達を集めた、最精鋭の部隊である。

 その五千を指揮するのは、副将としてクライヴ将軍の元、猛将と名高い【ブラスコ】将軍である。


 船に残った兵士達、一万五千はそのまま河を遡上しアルビヌムへ向かうのであるが、こちらの部隊の方が一日早く、十月二十日にアルビヌムへ到着する事になったのは行軍速度の関係であった。




 聖都アルマダからの大軍が、アルビヌムとエトルリア廃砦へと入った事はすぐさまアドネ領主の耳へ報告が入った。

 その直後の怒り様はすさまじく、まずは部屋の中にあった椅子を蹴りつけ、ゴロゴロと転がると勢い良く壁にぶち当たり”ぽっかり”と穴が開き、壊れた椅子の破片で飾ってあった壺などが散々に壊され、局所的に竜巻が起こったのではないかと間違えるほどであった。とは言え、現実から目を逸らしても何も解決する事は無く、今は全ての事に後悔する事しか出来なかった。


「如何すればよいのだろうか?」


 部屋の中をウロウロと歩きながら、頭を抱えるアンテロ=フオールマン侯爵。いかに信頼しているミルカであっても大軍を前に半数の兵で崩せるとは思えなかった。起死回生の策を練るのであれば奇襲しか考えられないが、寡兵の中からさらに兵を割くとなれば失敗する確率も高い。それよりもその奇襲をしたくても出来ない理由があった。


「援軍が五千と一万五千か。我等の倍を相手にするにはどうするか?」


 いま、アドネ領主が運用できる兵力はカタナが六千、そして、アドネが四千の合計一万である。すべてを二万の敵軍へぶつけることが出来れば勝機もあるのだが、少数の五千になった敵をまず片づけるべきかと考えるが、その五千が向かった先が厄介な場所である事も動けない理由であった。


 五千と一万五千の援軍がこの地に来たのだが、それだけを相手に出来る訳も無くさらにアルビヌムの軍やエトルリア廃砦に残る解放軍とも事を構えなければならない。

 そうなれば、おそらくであるが、一万程の兵力が追加され三万の軍勢、要するに三倍の敵を相手に立ち回らなければならない。


 敵が数を頼りに攻め入るのであれば何の憂いも無く全軍を繰り出し、野戦で勝利を収める事が可能であるが、ミルカの裏をかいた解放軍の知恵者が存在しうるとわかっていれば早々手出しは出来ない。かと言って、守り一辺倒では兵糧攻めで領民共々飢え死にする可能性もあるし、最悪は領民の反乱が起きる可能性も捨てきれない。


 二進も三進もにっちもさっちもいかない状態で、残された手を考えれば、アドネ領主自らが出て行って降伏する事であるが、国軍が鎮圧に乗り出してしまった後では良くて一生涯を牢で過ごす、悪くてその場で斬首に処されるだろう。

 降伏するのでも、国軍にある程度の被害を出してから好条件を引き出してからであればよいが……。


 コツコツと床を踏みゆく靴の音がいつまでも消える事無く出続けているアンテロ侯爵の執務室のドアをノックする音が響く。


「誰だ」

「ミルカです」


 侯爵が足を止め、入れとドアに向かって告げると、そこからミルカを初めとした数人の者達が執務室へと雪崩れ込むのであった。


「雁首揃えてどうした?お前達も逃げ出す算段でもしていたのか」


 この最悪な状況で、これだけの悪態をつけるアンテロ侯爵を見てまだ希望はあるとその場にいた者達は思ったであろう。状況は最悪で悲観すべきなのであるが、まだ冗談を口に出来る程の余裕があればまだ何とかなろうと。


「我が主にそのような事を申されては、立つ瀬がありません。まだまだお役にたってみせますので諦めぬように嘆願に参りました」


 こやつらもうれしい事を言うと侯爵は思ったであろう。悲観する中にもまだ光は残されていると思えば、まだまだやり様はあると。だが、針の穴を通す程の緻密な作戦が我々に出来るかと言えば怪しいと言えるだろう。


「して、ミルカよ。お前だけでなく、後ろの者にも聞くが、我々は如何すれば良い?どうすれば三倍にも匹敵する敵に勝てるか申してみよ」


 アンテロ侯爵の考えでは一つしか思い浮かばない策も、ミルカや他の面々から見れば違う様に見えるかもしれぬと淡い期待を抱きつつもその者達に目を向けるのである。


「兵力の進む先を見れば、敵はアドネかカタナの侵攻を考えていると推測します。であれば進行する敵にあわせその指揮者を奇襲し、打倒すしか方法はありません。行く手に巨大な落とし穴を掘る事も考えましたが、野戦が出来ぬ兵力差であると踏まえればそれも無理かと」


 やはり奇襲か、とアンテロ侯爵の考え通りの答えを出して来たミルカを見る目は何処か冷たかった。侯爵自らも考えた策も同じであり、どのタイミングで奇襲を仕掛けても成功するイメージが湧かないのである。


「それは我も考えたが何処で、どれだけの兵力で奇襲を仕掛けても成功する確率は低いぞ。まさか、全軍をもって奇襲するとかではあるまいな」


 全軍をもって奇襲し、そのまま野戦に持ち込む。兵力を隠せる場所があれば上手に運べる策ではあるが、敵がいつ動き出すかわからず、さらに言えば一万、いや、即座に動かせる五千の兵力を隠せる場所が見つからないのだ。百や二百であればどうとでもなる場所は無数になるのだが。


「いえ、そんな事をしても悪戯に兵士を死なせに行く様なものです。私が考えたのは奇襲を一回ではなく、二回三回と連続して行うのです。それも連続で何日も」


 作戦としてはこうだ。夜遅く、寝静まった敵の指揮官の部隊に少数で奇襲を行う。奇襲されると踏んでいる敵は難なくこれを追い返す事であろう。ここまでは誰しもがわかっている事で予想すらできる事だ。

 そして、敵の騒ぎが収まり時間を置いてから二度目の奇襲を敢行する。最後に明け方に三度目の奇襲を行う。そうすれば眠ることも出来ずに疲れ果て、攻撃どころでは無くなるのだ。

 この奇襲を毎日、カタナやアドネに到着するまで実行すれば、たとえ敵が多くても寝不足の敵を難なく打倒すことが出来るだろう、と。


 実際には上手く行くはずもない作戦だが、座して待つよりも幾らかましだと、その策を実行すると決めたのである。


「このまま手をこまねいている訳にも行くまい。その策を実施してみるとして、如何ほどの数が必要となる。とは言え、出せる数、そして敵の動く前に到着せねばならぬとなれば騎馬兵を向けるしかないと思うが?」

「戦果を期待するのであれば千以上をお願いしたいのですが……」


 実行するとしても兵力は出さなくてはならないが、無限に湧いて出る打ち出の小槌などある訳も無くなけなしの兵力を割かざるを得ない。ミルカは千人の兵士が必要だとしたがアドネ、カタナ領軍から千ずつ、合計二千も割く事は出来ない。

 敵を寝不足にさせる事が本来の目的とあれば、少数でも構わないのではと思うのだ。


「ちと無理だな。一日三回であれば、一回で百の兵士として、三百ではどうだ。お前は忘れているかもしれないが兵士が跨る馬は千頭もいないぞ。アドネは五百が精いっぱいだ」


 兵士もそうだが、軍務に耐える訓練された馬は兵士の数よりも、もっと少ない。これが馬車に使う馬や、農作業で使われる馬であれば数は多く、すぐにでも数を揃えられるのだが。

 尤もな原因はその用途であろう。どれだけ人の役に立つかを考えれば、訓練はするが無駄飯を食っているのと変わりは無い。むしろ兵士と同じで使われない方が良い種類なのである。

 さらに言えば、アドネの兵数は四千でそのうちの騎馬兵は一割の四百程しかいない。これはカタナでも同じで六千の兵数の内騎馬兵は六百程なのだ。本来ならもっと騎馬を増やしたいが、現状ではこれが精いっぱいの数なのである。


「そうですか。なら、三百で良いかと」


 ミルカの言葉ですぐにアンテロ侯爵は動いた。日はまだ高くカタナへの連絡は問題なくできる。カタナへ送る指示書を詳細に記載し、空高く舞い上がる高速連絡鳥の足に括り付けると無事に作戦が上手く行くようにと託して、飛び立たせた。


 アドネの街を出発した高速連絡鳥はカタナの街へ無事に到着し、指示書を見た指揮者達は大騒ぎで準備を指示するのであるが、準備が終わりを告げたのは空が暗くなり、さらに時間が過ぎて日にちが変わってからであった。




 翌朝、準備の整ったそれぞれの街の三百を数える騎馬兵達は命令一下、馬に鞭を入れると一斉に城門を飛び出して行った。まだ国軍が動いたとの情報は入っていないが、敵の行動に先んじて有利に事を進めようと、少ないながらも兵を動かしたのだ。

 その向かう先は敵の進路ではあるが隠密行動を求められるため一本も二本も裏の道を選び進みゆくのである。


 そして、時は数日進み、アルビヌムから出発した敵と接敵し、アドネ、カタナの領地を有するアンテロ=フオールマン侯爵と聖都アルマダを出発した国軍とアルビヌム、そしてエトルリア廃砦を有する解放軍との戦いの火蓋が落とされようとしていたのである。

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