第四話 打ち捨てられた村の跡へ向かって

 太陽が傾きかけて、九月でも時間帯によっては肌寒く感じる頃になって、セルゲイの仲間が全員目を覚ました。それからは早いが夕食にするべく魔力焜炉マジカルストーブと薪のかまどを使って、ヴルフ達六人とセルゲイ達八人分の食事を作っていた。


 食材は、先程倒した狼から食べられる部位を何とか切り出し、臭みを取るために野草に漬け込んで、夕食の足しにしていた。

 その間にセルゲイ達が”ポツリポツリ”と今の状況を話し出すと、アドネ領の状態が徐々に明らかになってきた。


 まず、アドネ領の税率が住民たちの限界を超える七割に引き上げられ、翌年に使う作付けの種さえも残らない程であった。

 商売人達の税も儲けからではなく、売り上げからの税収へと変わり、商売人がアドネ領から逃げ出していった。


 街に残ったのは行く当てのない人々か、うまい汁を吸っている役人とその配下の兵士達だけでとなった。食料は何とか今年分は確保しているが、収獲する農民が逃げ出し、その作業でさえままならなく来年には誰もいなくなるのではないかと思われるほどであるという。

 逃げた農民が盗賊へと変わり、アドネ領を巡回する兵士達を次々に襲い、持っていた食料や武器を奪い、治安が悪化し手が付けられなくなっていた。


 アドネ領へ続く道には検問が引かれ、そこには百人単位の兵士が常駐し、アドネ領から出る人々を領内へ追い返していた。

 検問を通らずに脱出する人は後を絶たず、セルゲイ達の様に道なき道を通って逃げる人々もかなりの数が存在した。

 そして、アドネ領内は徐々に人が少なくなり、今では最盛期の半分ほどの人口となっているそうだ。


 このままでは何時アドネ領は立ち行かなくなると思われれるのだが、領主の行動は暗愚で、税率を見直そうともしなかった。それよりも、不在になった家屋から、金目の物を回収し、金に換えている始末である。


 領主が税を上げ始めた時は、数年後に税金を免除になるとの触れ込みから始まったが、それから毎年毎年少しずつ上がり、今年の上げ幅は最高でいきなり五割から七割となった。


 これには住民達も黙っておらず、近隣の領主や聖都へと手紙を送ったが、その返事は皆無だったと言う。

 それならばと、直接、人を送って見たが、それでも返事、いや、送り出した人が帰ってこなかった。


「と、まぁ、こんな所だな。その逃げている農民って言うのは我々だったり、すでに逃げていたりする」


 セルゲイは今のアドネ領の酷さをヴルフ達に話すが、溜息しか出てこないのか表情は暗く気持ちも沈み込んでいた。


「これからはどうするんじゃ?ルカンヌ共和国まで行くつもりか」


 逃げてきて疲れているはずのセルゲイに向かいヴルフが尋ねる。ここから先は検問も無く、ノーランドまで少し歩けばたどり着けるだろうと話すが、セルゲイは首を横に振り、隣国へ行く事を否定した。


「住むのであればルカンヌ共和国が良いでしょう。ですが、こんなになってしまった住み慣れた土地を、我々の手で取り戻したいと考えています。今年の頭から皆で準備をして来たんです。早々諦めるのは無理です」


 先程まで沈んでいたセルゲイだったが、急に力強く語り出し、瞳からは気迫を感じたのだ。自らの手で安寧を取り戻すのだと。

 そして、皆で準備をして来た場所へと向かっているのだと語り出すした。


「実は我々が逃げ出して、こんな所にいたのは、同志達と合流する予定だった。少し進路から外れましたが、ここから一日程の場所に集まる事になっています」


 セルゲイが北西の方角を差し示す。

 彼等が言うには、国境沿いの場所に忘れ去られた村の跡地がありそこへ行くのだと。食料や武器も揃えられていれ、いつでも反旗を翻す準備が完了している。セルゲイは、そこで戦う一人となるのだ、と力強く言葉を吐いたのだ。


「ここにいる皆が同じなのか……。グローリアはどうする?このままアドネの街に行って情報を得るか?それともセルゲイ達と一緒に行ってみるか?」


 黙って聞いていたグローリアに、ヴルフが声を掛けた。突然、話を振られたグローリアは”え?私なの”と、鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとしていた。


「お前はこのアーラス神聖教国の騎士なんだから、聞くのは当然であろうに。ワシ等はこのままアドネの街に行って情報を集めても良いが、お前が許さんと思って聞いたんじゃがな」


 ヴルフの予想した通り、グローリアとしては不正や悪政を敷く、支配階級の貴族などを許す事は出来ないと思っていた。このまま一人でアドネの街へ乗り込んだとしても、返り討ちにあい、任務すら終える事が出来なければ、無能の烙印を押され、家族からも後ろ指を指されてしまうだろうと思った。


「協力はともかく、現状を知る必要があります。なので、セルゲイさんに付いて行きます」


 この様に、はっきりと答えるグローリア。そして、任務をしっかりと覚えていて安心したとヴルフは内心で呟くのであった。


 ヴルフにはこれから行く場所が戦場になる可能性が高いと考えていたが、グローリアが何処までわかっているのかが、少し不安に思っていた。それはエゼルバルドやヒルダ、そしてスイールにアイリーンにも当てはまり、連れて行って良いものかと思案のしどころだと考えるのであった。


「エゼルにヒルダ、そしてスイールにアイリーン、聞いてくれるか。一応、グローリアも聞いといてくれ」


 セルゲイ達から向き直り、エゼルバルド達に向かって声を掛ける。何時になく真剣な表情で投げかけると、四人と一人は黙って頷いて返事を返した。


「ワシはグローリアに付き添い、セルゲイ達に付いて行く事にする。エゼル達はどうする、ここから先は戦場で戦う可能性が高い。グローリアはともかく、ワシ等はこの国の住民ではなく、付き合う事も無いだろう。そして、ここから帰る事も出来る」


 横で耳を立てていたグローリアが一番に”そうなの?”と驚いていたが、他の四人は少し考えて、ただ、頷きを返すだけであった。ヴルフだけを行かせる訳にはいかない、と。


「そうか、すまんな」


 四人から顔を逸らすと傍らに置いてあったコップに溢れんばかりに注がれた煎じ茶を一気に喉に流し込み、わざとむせて涙ぐむのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ヴルフ達がセルゲイ達に付いて行くと決めてから数時間後、すでに太陽は沈み、辺りを暗闇が支配していた。その中をかろうじて出ている月明りを頼りに草原を進んでいた。


 暗闇の支配する夜間に移動するなど狂気の沙汰であると思われるが、これには事情があった。セルゲイ達の話では反旗を翻すときがすぐそこまで迫っているのだと。それにアドネからの偵察や追手が迫る可能性も捨てきれないらしい。

 そこで先ほどの開けた場所で数時間仮眠を取った後に、強引に移動をしていたのだ。


「このペースで進めば明け方には到着出来るはずです」


 少し早めに歩きながらセルゲイが皆に伝える。実際、ヴルフ達が歩く速度よりも少し早いペースであったので、とても速い行進となっていた。歩きなれたヴルフ達には支障の無い速度であっても、農業を生業としていたセルゲイの仲間達にはかなりキツイみたいで、皆が苦痛の表情をしていた。

 だが、誰も弱音を吐かず、歯を食いしばって何とか歩いていた。


「すさまじい執念じゃな。見てみろエゼル、これが追い詰められた者達の力じゃよ」


 ヴルフの後を黙々と歩くエゼルバルドに声を掛けると、彼は後ろを振り返り、その姿を見て驚いた。皆が皆、苦痛の表情を浮かべ、滝の様に汗をかいている。歩き方もバランスが悪く、片足を引きずる様な素振りを見せたりもしていた。


 セルゲイはともかく、一番年齢が低い女性はエゼルバルドよりも下に見えるが、彼女も弱音を吐く事も無く黙々と歩いていた。


「これが世界じゃ。お前はあの”変り者スイール”に拾われて大事に育ててもらったが、世界には力を欲する人達がいるんじゃ。ここからは生半可な気持ちじゃすぐに死ぬぞ、ワシ等が剣を振るえるとしてもな」


 黙々と歩く彼らをただ見つめる事しか出来ないエゼルバルドはヴルフの言葉を胸に刻みつけ、ただ頷くだけであった。




 それから何度か休憩を挟んで、一人の脱落者も出ずにセルゲイが語った合流場所とした村が見えてきた。脱落者はいなかったが無理な強行軍がたたり誰もが倒れ込みそうなほど疲労感を抱えていた。途中から精神力が肉体を凌駕し、それだけで歩いていたような程であった。


「もうすぐ着くぞ、そうしたら休憩できる。あと少しだ頑張れ!」


 セルゲイが皆を叱咤し、あと少しあと少しと、足を進めるうちに、村の入り口をやっとの事で潜り抜けた。入り口の門を抜けた所で気が緩んだのか、皆はもう歩けないとばかりに地面に”ぺたり”と座り込んだ。


「もう歩けない……」

「限界だ」

「でもこれで一安心だ……」


 皆が皆、一様に口々から言葉を出しながら、安堵の表情を見せる。生ぬるくなった水筒の水を一気に口に流し込み、さらには頭からも被って水がしたたり落ちていた。一緒にいた女性も、男性が水を被った様子を見て、それに倣い頭から水をかぶる。頭から体に水がしたたり落ち、全身の熱を奪い水蒸気になるが、着ている服にも水が行き渡ると体のラインを浮かび上がらせ、妖艶な雰囲気を作り出していた。


 とは言え、彼等にはその雰囲気を楽しむ余裕すらなく、体の熱が逃げていくその事だけに快感を覚えるのであった。


「おお、やっと来たか。待ちくたびれたぞ、セルゲイ」


 村の奥から少し立派な服を着て、二人の従者を従えた男がセルゲイの下へと歩み寄り、声をかけてきた。言葉通りにやっと会えたと、嬉しそうに微笑んでいた。


「ああ、アルベルト様。遅くなりました」


 疲れた体に鞭打ち、よろよろと立ちあがりながら男に頭を下げた。


「よい、疲れているだろうから座っていろ。少ししたら休める場所に案内する。だが、聞いていたよりも少ないがどうした。それと後ろの人達は何者だ?」


 セルゲイに座るように指示を出しながら気になる事を口に出す。セルゲイの目の前の男、--アルベルトと呼ばれた男--は、少なくなったセルゲイ達を気にしながらも、後ろにいる見慣れない外套を羽織った一団を懐疑的な目で観察していた。


「失礼させていただきます。ここへ来る途中に狼や小鬼ゴブリン共に襲われて数人がその刃に倒れました。我等も全滅するところでしたが、彼等が運よく通りかかって助けてくれました。アドネの街から来ていない事は確実です」


 腰を下ろしたセルゲイの側を通り、懐疑的な表情から一転して笑顔を見せながらヴルフ達の元へと近づき感謝の言葉述べた。


「そうでしたか。セルゲイ達を助けていただき感謝いたします。私はこの村にいる者達を纏めています【アルベルト=マキネン】と申します。子爵をしていたのですが、ここにいるですからすでに貴族でもないのでアルベルトとでも気楽に呼んでください」


 胸に手を当て軽く頭を下げた。元貴族とは言え、そこまでされたのであればしっかりと礼をしなければと思い、ヴルフ達は同じように頭を下げるとヴルフが代表して返答の言葉を伝える。


「子爵殿から言葉を頂きありがたく存じます。ワシはヴルフ=カーティスと申す、お見知り置きを。彼等を助けたのは本当に偶然でアドネの街に向かう途中での事でした」

「いやいや、偶然でも彼等を助けて頂いた事には変わりありません。お礼を……と言いたい所ですが何せこんな場所です、お礼になる物など……」


 アルベルト元子爵は首を横に振りながら残念そうにしていた。だが、ヴルフ達には物質的な礼など必要ではなかった。


「いえ、お気遣いなく。ワシ等は調査目的でこの地に入った。有益な情報が聞ければそれで十分なのだが……」


 いつもの口調から少し丁寧に言葉を選んで口にするヴルフは何処か話しにくそうであった。


「ふむ、情報か……。お前達、何か気になる事はあるか?」


 アルベルト元子爵が後ろで控えている従者に声を掛ける。従者--と言っても武器を携えている所から護衛を兼任しているのだろう--が、顎に手を当てて少し考えた後、口を開いた。


「”彼”はどうでしょうか?」

「そうだ、”彼”がいたか!」


 従者が告げた”彼”と聞いた途端に従者に指示を出した。

 彼と耳に届いたが、ブルフ達には何の事かわからず首を傾げて不思議な顔をする。


「よし、この者達を”彼”の元へ案内して差し上げろ」

「はっ!承知しました」


 従者の一人が前に出てヴルフ達を案内しようとしたが、その行動を制止しヴルフが”彼”の事を聞いたのだ。


「その”彼”とはどういった方ですか?ワシ等が会って大丈夫なのか?」


 ヴルフは目の前の男、アルベルト元子爵が何を考えているかわからなかった。罠にはめようとしている事も考慮したのである。

 しかし、アルベルト元子爵を見ると首を横に振って、ヴルフの考えを否定する様に答えだした。


「これは失礼した。先日、この側を流れる小川に男が酷い傷で流れ着いてな、一応保護しているのだ。もう虫の息なのだが、重要な情報を得ている様なのだが口を開かないのだ。貴方達なら何か手段を持っているのではないかと思ったのでな」

「そういう事ですか。わかりました」


 その言葉を全て信じてはいないが、ヴルフは嘘は言っていないだろうと従う事にして、従者に早速案内を頼んだ。


 直ぐに移動を始めると、村の入り口から百メートル程奥にある建物に案内され中に入ると、幾つかのベッドが目に飛び込んできた。建物は病院の様に、血の付いた包帯を巻いた人達が寝かせられて痛々しい姿を見せていた。

 そう、そこは治療所としての建物だったのだ。


 その中の一つのベッドに案内されるとそこには両腕を無くし、苦しそうに”ゼーゼー”と息をする男が寝かされていた。


「フィオレンツ!!」


 ヴルフの後ろから声が聞こえたかと思えば、ベッド寝ている男に駆け寄るグローリアがそこにいたのだ。

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