第五話 グローリアの涙と決意

 ベッドで寝ている男に駆け寄り、グローリアは耳元で叫んだ。


「【フィオレンツ】!!どうしてお前がここにいる!」


 その部屋全体に伝わるほどの声で寝ている男、--フィオレンツ--に声を掛ける。それにまず反応したのはその男ではなく、部屋に常駐する看護師の女性であった。


「病室で大声をあげないでください。皆の迷惑です!!」


 その注意に小さくなりながら謝るグローリア。咄嗟に出てしまったとは言え、ここが何処かを忘れ、大声をあげてしまったと恥ずかしく思うがすぐにフィオレンツへと向き直る。


 フィオレンツを見れば生きているのが不思議と思えた。両腕は肘の辺りから無くなり、体も包帯でぐるぐるに巻かれ赤い鮮血に染まっている。幸いなことに腰から下の半身は怪我も無く無事であった事だろう。

 騎士の証であるペンダントは何処かで失くしたのか身に着けていなかった。


 グローリアと看護師の大声で気が付いたのか、フィオレンツが目を覚まし、朦朧としながら傍らに寄り添う女性を見やった。


「……う、ぐ、グローリアか。最後に…会えるとは思わなかった……」

「喋るな、体力を消耗するぞ」


 うめき声を上げながら、目の前にいるグローリアに話しかける。


「……自分の、体だ。もう先が無い事は……わかるさ。痛みも…感じなくなった」

「だが……」

「隊長も逝った、隊の仲間も……俺を逃がすために…」

「……」


 フィオレンツの重い重い言葉に、それを聞いている全てが暗く沈みゆく。


「……アドネの領主は真っ黒だ。何か、良からぬ計画……が進んでいた。紺色の鎧に、気を付けろ。……奴らは化け物……だ」

「何を言っている、気を確かに持て!」

「気は……確かだ。奴らの狙い…は独立、そして国……だ」


 グローリアにはフィオレンツが何か良からぬ夢を見ていると思わざるを得ない言葉を聞いた。その後もフィオレンツは、気が確かだと告げながら、言葉を続けた。

 そして、このまま話させる訳にはいかないと、ヒルダに言葉を投げつける。


「なあヒルダ、フィオを助けられないのか?回復魔法ヒーリングで治せないのか」

「無理よ、ここまでになると治せない……」


 首を横に振り、悲しそうな顔をするヒルダ。それにグローリアはヒルダの胸元を掴み、鬼のような形相で罵声を浴びせる。


回復魔法ヒーリングは得意なんだろ、このくらい治せよ」

「無理よ。本人の生命力を使って治すのが回復魔法なのよ!魔法で命を長らえたり、生き返るなんて出来ないのよ」


 目の前にグローリアの顔があるが、ヒルダは悲しい顔を背ける事しか出来なかった。ヒルダにも助けられる命は助けたいとの思いはある。だが、燃え尽きる寸前の命にはヒルダでさえも無力だった。


「……グローリア、悲しまないで…くれ」

「フィオ……」


 再び、フィオレンツの近くへ今にも溢れそうな涙を我慢し、顔を寄せるグローリア。フィオレンツは彼女を笑顔で迎え入れる。


「…アドネ領主の野望…を団長に伝え…てくれ。……心残りは俺をこんな…体にした黄色い髪…の女に一太刀も当て…る事が出来なかった…事だな」


 グローリアに心配を掛けないようにと笑顔を見せるフィオレンツ。彼の気持ちを組むと自然にグローリアの瞳から、二筋の涙が流れ出ていた。


「少し…疲れた。寝させ…てくれないか……」


 フィオレンツはそう告げると、瞼を閉じ”スースー”と寝息を立てて眠りに就いた。




 建物から出たグローリアは肩の力を落とし、トボトボと村の外れに歩いて行った。後ろから見ていると本当に悲しそうで、なんて声を掛けて良いかわからなかった。


「グローリア、ごめん……」


 彼女の後をただ一人付いてきたヒルダが”ボソッ”と呟いた。


 自らの力が及ばない事、そしてグローリアの気持ちに答えられない事に。そして、あの、人の役に立ちたいとシスターに師事すると決めた子供時代を思い出す。

 だが、目の前にいるただ一人も救えずに何が”役に立ちたい”だ、と自らを責める。


「ヒルダか…。悪かったな、大声をあげて」

「そ、そんな事……」

「いや、わかってたんだよ。魔法は万能じゃない、あの傷ではもう助からない、って」

「……」


 助けられないと思っていた女性に、言葉を掛ける事も出来ず、ただ口を閉ざすだけのヒルダ。だが、その女性は自らの中ですでに立ち直っていた。それを感じて、彼女は”強い人だ”、と感じるのだった。

 そして、ヒルダは人の命を助ける事だけが”人の役に立つ”、ではなく人の心を受け止める事も、人を助ける事であると感じた。


「フィオは同期で騎士団に入った、数少ない友人だったんだ。もう五年にもなるのか、騎士団に入って。初めの一年はただ雑用をやらされて、同期で騎士団の悪口を言ったもんだよ。それが一人辞め、二人辞め、残ったのが私とフィオレンツだった。それから後輩も出来、剣の腕も上がって、さぁ、これからだって時にあの傷だ。生きていたとしても騎士はやっていけない」


 ゆっくりと歩き出しながら、ぼそぼそと言葉が漏れだす。一言も発せずヒルダはグローリアの後ろを歩き、ただ、彼女の言葉を一言一句漏らすまいと聞くだけであった。そして、村の境の柵まで来た彼女はさらに続けて言葉を吐いた。


「私は憎い、フィオをあんな姿にした敵が。私情を捨てなければいけないとわかっていても、この押さえきれない感情を捨てきる事は出来ない。滑稽だろ、騎士だ何だと言っても一人の人間なんだよ、私は!」


 笑いながら涙を流し、握りしめた拳で木の柵を何回も何回も殴りつける。その拳からは血が滲み始め、その傷はだんだんと広がり、グローリアの赤い血が飛び散り、鮮血で染めて行く。


「もう止めてよ!」


 その拳をヒルダが体で掴み取り、回復魔法ヒーリングを掛けると、グローリアの拳を優しい光が包んでいく。叩き付け、グローリア自身が傷つけた拳が徐々に治り、飛び散った血液だけがその拳に残った。

 そして、二人は悲しい思いを抱きつつ、そしてその場に泣き崩れた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 フィオレンツ等の怪我人がいる病棟から出てヒルダを見送り、ヴルフ達はその側で深刻な顔をして話をしていた。グローリアがフィオレンツと叫んだ彼から出た言葉についてである。


「紺色の鎧、そして化け物。見事に懸念していた言葉が出て来ましたね。私達が遭遇したあの鎧の集団と見て間違いないでしょう」


 スイールが”あの鎧の集団”と指したのは、ノルエガまでの道すがら、紺色の全身鎧フルプレートを着てエルワンの馬車を襲ってきた、あの集団だ。上半身が異常に大きく、そして腕が長く作り直された人ならざる襲撃者。


「だとすれば奴等、”黒の霧殺士”もいると考えるべきか。ワシ等の行く先々に奴らがいるんだな」


 嫌な名前を思い出し、顔を歪めるヴルフ。何回、”黒の霧殺士”と当たったかと思い出したくない名前であった。数人は仕留めたが、雨後の筍の様に見た事の無い”黒の霧殺士”が現れるのでげんなりとしている。


「確かに”黒の霧殺士”が出て来るんじゃ、その気持ちもわかるな。でも、”黒の霧殺士”って特殊な訓練を積んでいるんでしょ。ヴルフの見た大司教に付き添っていた、特殊な身のこなしをした男にもそんな事を言ってたよね。これって偶然だと思う?」


 げんなりしているヴルフに同情するエゼルバルド。そして、思い出したようにノルエガでの事件で大司教に付き従っていた男について話す。その男をエゼルバルドは見てはおらず、ヴルフの証言のみであったが、ここで”黒の霧殺士”と出てくるのは不自然ではないかと思ったのだ。

 東に逃げた大司教とそれに付き添っていた、特殊な身のこなしをする男。紺色の鎧の集団に付き従う様に現れた”黒の霧殺士”。偶然で片付けるにはあまりにも出来過ぎていた。


「”黒の霧殺士”には出会いたくは無いが、奴等とつながりがあるんじゃそうも言ってられないか。と、なればワシ等の敵じゃな。やっぱり白金貨では吊り合わん依頼じゃったか……」


 ここにいる四人が、ヴルフの言葉に溜息を吐いていると、先程までいた病棟から看護師の女性が外に現れた。きょろきょろと辺りを見渡しヴルフ達を見つけると、小走りに向かって来た。


「ああ、すみません。こちらでしたか」

「どうしましたか?」


 スイールは恐らくと予想を立てながらも看護師に耳を向けた。看護師の表情は暗くそれだけで簡単にわかってしまうのが辛いのだが。


「先程の怪我の方、つい先ほど息を引き取りました。彼女に伝えたかったのですが見えない様で……」

「わかりました。彼女には私達で伝えます。ありがとうございます」


 一礼をすると、看護師の女性はそそくさと建物へと戻って行った。気丈に振舞っているが、何人もの怪我人を見送っていたのだろうと思えば、辛い仕事であると頭を垂れ、後ろ姿を見送る。

 スイール達も痛々しい姿で横たわっていた彼を思い出すと、無念であろうとの思いがこみ上げてくる。ただ、最後に同僚であるグローリアに会えたことで、彼女なら自分の思いを託せると思えたのであろう。




 それからしばらくして、グローリアとヒルダが赤く充血した目を見せながら戻ってきた。酷なようだが、グローリアには告げなければならない事があるが、それに耐えられるかはわからない。話さなくても、いずれは知る事であるが、騎士であるグローリアにはこの場で告げなければならぬだろう。


「グローリア、驚かないで聞いて欲しい」

「ん?フィオが亡くなったの?」

「わかってたのか……」

「何となくね…。もう先が無いってヒルダも言ってたし」


 フィオレンツの死をどの様に告げるかと考えていたが、グローリアはその覚悟が出来ていた、スイールが何かを言う前に。涙も枯れ果てたと気丈に振舞いながらもヴルフ達に向かって宣言をした。


「私、フィオの分まで戦うわ。そしてフィオをあんな殺し方をした奴に一発、かましてやるんだから」


 ここにいるセルゲイ達と共に戦うとの宣言であった。任務はどうなるとグローリアに質問をすると、ここにいる子爵に頼むのよと、この場から離れないとばかりに答えた。


「それとも、貴方達は今から帰る?報告してくれるなら、それでも良いわよ」


 グローリアは梃子てこでもここから動きそうになく、それ故に覚悟を決めた表情で告げた。一番下の騎士とは言え、彼女が戦闘に参加するのであれば、アドネ領主率いる軍隊との差を少しでも埋める事が出来るであろう。

 それと、彼女一人をここに置いておく訳にもいかないし、ここへ来る途中の農民たちの揺るがない意思を見てしまった手前もあった。


「お前さんが残るのであればワシも残るぞ」

「セルゲイ達の顔を見たら帰れないよ。オレも残る」

「そうね。当然、わたしも残るわよ。少しでも救いたいし」


 騎士のグローリアが残るのであれば、騎士経験者のヴルフは残ると言い出した。トルニア王国の騎士であったが、民衆を守りたいとの意思は昔から変わっていない。そして、グローリアの決断を聞き真っ先に思った事を口に出していた。

 エゼルバルドとヒルダはセルゲイ達の顔が忘れられなかった。苦痛で顔を歪めながらも歩みを止めないあの決意を胸に刻んでいたのだ。


「私で何処まで役に立てるかわかりませんが、お手伝いいたしますよ」

「みんな、ありがとう」


 グローリアは四人の決断に涙を流しながら答える。これほどの心強い仲間はいない、と。


「みんな、わかってるの?これから戦争するんだよ?頭おかしいんじゃないの」


 アイリーンだけは皆と違う反応をしていた。すぐにでも戦争が始まりそうな状況である。アドネ領に住む貴族や市民が集まり、領主率いる軍に真っ向から戦いを挑むのである。しかも他国から来たのであればここで帰ると言い出す方が自然であろう。


「で、アイリーンはどうするんじゃ?今から帰るか」

「ウチ、一人で帰れって言うの?酷いんじゃないの!当然一緒よ。頭おかしいのはお互い様よ」


 だが、アイリーンはそれを言ってもなお、ヴルフ達と同行すると言うのだ。気が振れた訳では無く、ただ、この領主が気に入らないだけなのだ。もっともらしい理由を付けていたが、気に入らないだけで戦争に参加する事は胸の内に仕舞っておこうと思った。


「それでは、先ほどの子爵様に参加する旨を伝えるのと、伝令の人を出してもらう様に頼んでみましょう。善は急げですよ」


 目元を拭くグローリアを先頭に、村の中をウロウロと子爵を探し歩き回る。狭い村である、すぐに見つかると考えていたが、建物に案内板などが付いておらず何処にあるか歩き回ってしまった。

 ヴルフ達は冷たい目で見られながらも、村の中で休憩している人を見つけて、ようやく子爵のいる場所がわかり、そこへたどり着くことが出来た。


 そこは、こぢんまりとしたログハウス風の建物で、周りの建物と比べるとかなり新しい感じがした。他は古くなった建物を新しく直した風の出来で、言い方を変えると”ぼろっちい”と言える。

 ドアを軽くノックすると中で響いたのか、すぐにドアが開けられグローリア達は中へと案内された。


 ドアから入るとすぐに子爵達、十人程が詰める部屋になっていた。右奥には子爵が座る執務机があったが、部屋の真ん中には幅二メートル、奥行き三メートル程のテーブルが置かれ、その上にこの地域の地図が部屋の主であるかの如く広げられていた。この部屋は執務室兼作戦起案所の役目を持っている様である。


「おや、まだいらっしゃったようですね?何か用でも」


 ドアから一番遠い場所でテーブルを覗き込んでいた子爵が顔を上げ、不思議そうな顔で声を掛けて来た。

 子爵は、セルゲイ達の護衛をして貰い、すでに別の場所へと向かったものだと思っていたようだ。そこに突然の来訪である、不思議な顔をしたのもわかるのだが、子爵たちがこれから聞く事は思いがけない出来事であっただろう。

 グローリアは子爵に向かって告げたのであった。


「私達を戦いに参加させてください」

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