第三話 盗賊に襲われた(?)農民

 ノーランドを出発し大河沿いに東へと足を向けるヴルフ達。

 すでに二回、野営をしていた。二回目の野営時、川向こうに寂れて風化しかけた砦が河原に生える背の高い草の間から見えていた。使われなくなってからすでに数十年は経過していると見られ、拠点としての機能は失われつつあると考えた方がいいだろう。


 そんな事を思いながら二回目の野営を終えた後、半日ほど街道沿いを歩いていた。そろそろ昼食の時間だと、体が正直に告げてきたころ、微かに人の叫び声がヴルフ達の耳に入って来た。まだ、微かに聞こえる程度で、方角も距離も見当が付くはずも無かった。


「人の悲鳴が聞こえた様じゃが、誰かわかるか?」


 側を流れる河の音、草が揺れて擦れる音、それに自らが発する地面を踏みしめる音など雑音は多岐にわたる。その中から微かな人の叫びだけを正確に聞き分ける事はアイリーンであっても難しかった。


「わからないわね。その森の中かしら?」


 アイリーンが向いた方角には、飛び地の様な森が視界を遮っていた。それほど広い森ではないが、自然が豊かなのはわかる。だが、わざわざ人が入り込む場所でもないだろう。もしかしたら森の向こうから否応なく入らざるを得ない状況になったのかとも考えた。

 微かな人の声だけでは迂闊に動く事も出来ずに、ヴルフ達は街道に沿って足を進めるだけであった。


 しばらく足を進めるとアイリーンの予想通り、左手の森の方角から、はっきりと耳に届く程の叫び声が聞こえた。


「人が襲われている、決まりじゃな。だが何に襲われているのじゃ?」


 戦闘になるだろうと、ヴルフとグローリアはそれぞれの武器の穂先に付けているカバーを取り去る。他の皆も、すぐに武器を抜ける用意を整える。


 とは言え、声は聞こえても視界に入らぬのであれば、情報不足で動く事も出来ない。だが、すぐに転機は訪れた。


「厄介な相手に襲われおって!」


 目の前に現れたを見てヴルフが毒づく。

 何処から来たか不明だが、巨大な農具を持った複数のの男女が、狼や小鬼ゴブリンに襲われていた。小鬼は狼を操り、逃げている人々の前に回り込むように威嚇を掛けているようだ。

 明らかに襲っている小鬼や狼の方が数が多いだろう。正確な数は分からないが、二十を越えていると見られた。


 それだけの集団となれば、小鬼に纏め役がいるからに他ならないだろうと注意を促す。。


「で、どうするの?」


 数本の矢を手に取り、アイリーンはヴルフに尋ねる。今すぐにでも飛び出したいヴルフであったが、一度振り返って皆の顔を見やる。皆の顔はヴルフと同じで何時でも準備できているとの顔であった。特にグローリアは国民を守るのだと誰よりも力を込めていた。


「あれだけなら作戦はいらんだろう。暴れまくるとしようか」


 まだ距離は二百メートルはあるが、それぞれが武器を握り、一方的にいたぶろうとする小鬼共へ攻撃を仕掛けるために駆け出すのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「何だこいつらは。しつこい!」


 彼はいつも収穫時に使用する巨大鎌ギガンティックサイスを振り回しながら、迫りくる狼を追い払おうとしている。毎日、力仕事をしているだけあり、彼の体力は戦士並みであった。こ

 こに来るまでに巨大鎌ギガンティックサイスが屠った狼は何匹になるか正確にわからないが、それと同数の味方が狼達の餌食になってた。


 木々の間から顔を見せる狼に向かい巨大鎌ギガンティックサイスを縦に振りまわしたり、突き出したりと、彼等は奮闘していた。そして木々を抜けて広々とした草原へと足を踏みいれた。


「何とか連携して倒すんだ!」


 生き残った数人が草原で、怪我をしている仲間を中央に入れ円陣を組む。武器を握る彼等に、倍以上の数が見える狼達に、成す術も無く囲まれてしまった。

 狼は彼等を値踏みする様にゆっくりと回り始める、いつでもお前殺して食料にしてやるぞと、力を誇示するように。


 その狼たちの下へ小鬼ゴブリン共がやっとの事で追いつき、聞いた事の無い声で狼達に指示を出すと、狼達と共に円陣を組む彼等に遅いかかかった。

 小鬼達は、棍棒や錆びたショートソード、または、ただの棒切れなど、拾った武器を振り上げて向かい来る。

 だが、考える力が足りないのか連携が取れず、小鬼同士で肩がぶつかったり、狼に乗られたりと、かなりいい加減な動きであった。だが、狼だけで倍の数がいて、さらに小鬼共が合流し、円陣も狭まりもう駄目だと思い始めた時であった。

 風を切る様な音と共に彼らを助け様とする声が、彼らの耳に届いたのだ。


「加勢するぞ!!」


 数人の旅人が彼達の下へと駆け寄ってくるのが見える。だが、少し離れた場所にいる一人だけは弓を番え、すぐに二射、三射と的確に敵となる狼や小鬼を射抜いていた。


「助かったのか?」


 すでに赤く血まみれになっている収獲道具の巨大鎌ギガンティックサイスを振り回し、矢が刺さって虫の息だった狼の首を刎ねながら呟く。

 そして、仲間を見れば狼に腕を噛まれていたり、小鬼と鍔迫り合いをしたりとまだまだ劣勢だった。それも、声を掛けて来た旅人が加勢に加わると、あっと言う間に形勢が逆転したのである。


 何より長い柄の武器を持った男と長槍を持った女が一振りするごとに狼や小鬼が傷を負っていく。そんな長い武器を使っていては、懐に入られてしまうのではと心配するが、そんな事は無く安定した戦いを見せていた。

 まず、懐に入られないし、柄の使い方が何よりうまい。


 それに続く二人の男女も見事であった。一般的な剣と、少し短めの剣を使い、確実に獣や小鬼の首を切り裂いていく。まるで無人の草原を進んでいくかの如くであるが、彼等の通った後には狼や小鬼が死屍累々と続いていたのだ。


 最後の小鬼が、矢の一撃を受けて息絶えると、辺りを静寂が包んだ。その瞬間こそが彼等が生き残った瞬間であった。

 辺りを見渡せば、逃げながら武器を振るい続けた仲間が疲れ果て、地面へ倒れこんでいる姿と、返り討ちにされた狼や小鬼の骸が散らばっていた。


 自分たち以外に動いている敵がいないとわかると安心したのか、彼はその場で仰向けに倒れ込んだのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おい、大丈夫か。なんだ、うわごとだったか……」


 ヴルフ達が助けた人達は、疲労の為か全員が気を失い倒れている。そのままにしておくのも寝覚めが悪いと考え、シートを敷いて、その上に並べて寝かせた。


 男が五人と女が三人と人数は揃っていたが、持っている武器は農民が使っている鎌や斧、四本のピッチフォークなどで、彼等全員が農民であると知ったのだ。

 だが、こんな人数の農民が、収穫期を迎えるこの時期に自らの土地を離れるなどあり得ないと考える。何か事件に巻き込まれたのかと、事情を聴きたいと思ったのだ。


 ヴルフ達は、倒れた人達が目を覚ますまでは、この場に留まろうと、すでにテントを張り野営の準備を進めていた。

 ちなみに倒れた人達はグローリアとヴルフが見ているが、その他の四人は骸になった狼や小鬼をひとまとめにして焼却処分の準備をしている。


「彼らは何処へ行こうとしたのでしょうか?」


 一人に一つの武器、--と言えるかは微妙だが--、を所持していた。だが、事情を探ろうと見たバックパックの中は、荷物が雑然と詰められており、夜逃げ同然の様であった。

 それに加えて彼らが襲われた場所も気になっていた。


「それになぜあの場所から出て来たのでしょうか?私達が通ってきた街道を使えばもう少し安全に移動できたはずだ」


 グローリアは寝ている彼らを見ながら自問自答しながらヴルフに意見を求める。


「目が覚めるまでは無駄じゃな。これでも飲んで落ち着いたらどうじゃ」


 溜息ばかりを吐くグローリアに、ヴルフが飲み物のコップを渡すと、喉が渇いていたのか確認もせずにグイッと一気に喉に流し込んだ。


「ケホッケホッ、ってこれお酒じゃないですか?ケホッ!」


 グローリアは喉を焼く酒にむせながら、ヴルフにコップを返す。

 彼女のむせ方も騎士の鍛えられた力強さ無く、どこか少女の面影を見せていた。


「はっはっはっ!肩の力が入りすぎじゃ。彼らは生きているんじゃ、少しくらいは気を抜いても良いんじゃないか?」


 グローリアの肩をを”バンバン”と叩きながら、ヴルフなりに声を掛けるが、その彼女は”痛い痛い”と声を出しヴルフを見やるのである。だが、グローリアの顔からは険しさが消え、少しばかりの笑顔漏れ出すのであった。


 国民を助けなければと力が入り過ぎていたグローリアを、ヴルフの雑な励ましにより、力が抜け緊張もほぐれていたのだ。


 ヴルフに感謝しなければと思った矢先である。気を失っていた男が一人、目を覚ましたのだ。


「う、うぅ、こ、ここは何処だ。まだ、生きているのか」

「気が付かれましたが?疲れているようでしたらまだ寝ててください。天蓋の無い空の下ですが」


 男の下へと歩み寄り、にっこりと笑顔を見せるグローリア。その笑顔に励まされたのか、男は上体を起こし、礼を言った。


「ああ、すまない。助けてくれたのか。私は【セルゲイ】。二十人ほどで盗賊から逃げて来たのだが、道に迷っていたらこのざまだ」


 セルゲイと名乗った男は礼を言いながら、襲われた原因を語った。


「それは大変でしたね、私はグローリアと言います。今、飲み物を用意しますね」

「ありがとう」


 ”シュンシュン”と湯気を勢いよく出しているヤカンから、熱々のお湯を柑橘系の煎じ茶の果肉が入ったコップに注ぎ、おやつに食べようとしたとっておきのドライフルーツを少し入れた袋の二つをセルゲイに渡した。

 側には、ヴルフも話を聞こうと男の側に座り、”自分の名はヴルフだ”と、自己紹介をしていた。


「それにしてもアンタらは強いな。私達が死ぬ覚悟だったあいつらが全滅とはね」


 ヴルフだけでなく、少し離れた場所で死骸を集めている他の四人もしっかりと見つけていた。熱々の煎じ茶を、”フーフー”と冷ましながら少しずつ口へ運び、喉を潤し始める。やっと人心地ついたのか、ぽつりぽつりと話し始めた。


「逃げて来たと先ほど言いましたが、これからどこへ向かうつもりだったのですか」

「出来れば国境を越えて逃げたいと思っていたんだ。まだ、国境には遠いのだろう」

「ええ。一日半歩けば国境ですが、それからまだ一日ほど歩かなければ隣の街にはたどり着けませんよ」

「そうか。やっと、ここまで来れたのか……」


 セルゲイは残念そうに呟くと、コッブの煎じ茶を”アチチ”と火傷に気を付けながら口へ運んでいた。

 安心したのか”トロン”と、瞼が閉じそうになっていたが、グローリアの質問を聞いた途端に眠気が吹き飛んだのか、目をカッと開いてグローリアを睨みつけた。


「ところで、何から逃げて来たのですか?盗賊と言ってましたが、実は違うのではないですか?申し訳ないですが、名前を知れないかとバックパックを見させて貰いましたが、その類の物は無く、夜逃げ同然の荷物だけでしたね」

「本当に盗賊から逃げて来たんだよ、信じてくれないのか?」


 セルゲイの証言は矛盾があるとグローリアは疑っていた。

 騎士団の任務で、盗賊討伐を何度か経験していたが、逃げて来た人々の荷物を見ればほとんどは着の身着のままで、荷物を持っていなかった。それに、ノーランドで仕入れた噂と合致しない。

 セルゲイ達、全てがバックパックを背負い、何らかの武器を所持していたのだ。


「ええ、盗賊からとは信じられませんね」


 ”キッパリ”疑っていると、グローリアが言い放つ。まだ二十代そこそこの女性が自信を持って、四十代と見える屈強な男に言い放った。その自信満々なグローリアに何と言えば、言い訳が出来るのかと頭を回したが、それにも限界があった。


「リーダー。正直に話しましょうよ」


 別の男が目を覚まして話を聞いていたらしく、セルゲイに向かって言葉を投げていた。


「お前、いつの間に起きたんだ?」

「随分前です。リーダーがそこの女性と話を始めた頃からです」


 セルゲイがコップを渡され、煎じ茶を飲み始めていた頃から聞いていた。その男も先程の戦闘には参加しており、ヴルフやグローリア達があっという間に自分達が敵わなかった狼や小鬼を駆逐したのを見ていたのだ。その彼らが生かしてくれた命を無駄にしたくなかったのだ。


「だが……」

「死ぬよりは生きる事を望んでください。口答えして死ぬよりはずっと良いです」


 男の話を聞き、セルゲイは少し考えた後、話を再開した。


「すまない、我々は税が重くて、アドネ領から逃げて来た農民なんだ」

「やっぱりね、そう思ったわ。ルカンヌ共和国で噂になる程だもの」

「なんだ、気づいていたのか」

「自国の役に立ちたいと思ったから騎士になったのですもの。その位はね」


 との言葉を聞き、セルゲイはキョトンと唖然とした表情を見せた。騎士と言えば美麗な鎧を身に着け、颯爽と馬を駆るイメージを持っていた彼の目の前にいる、自分の娘と同じ程の年の女性からは、それが微塵も感じられなかったのだ。


「まぁ当然よね。ここ何日かで、彼らに染まったから。それとコレ」


 グローリアはノルエガを出発した頃は、挙動が明らかに騎士然としていたが、数日、歩きながらその考えを変えて行き、今に至るのだ。そして、騎士の身分を示す、ペンダントを胸元から取り出し、セルゲイに見せた。


「そ、それはこの国の紋章をかたどったペンダント!騎士様にご無礼を致して申し訳ございません。私の首で……」

「ちょっと、今の私は身分を偽っているから、私に頭を下げないでよ。それに一番下っ端なのよ、私は」


 騎士とわかった途端に低姿勢になり、首を差し出そうとしたセルゲイを制止する。さすがに首を刎ねるなど出来ないと焦るグローリアに、ヴルフもセルゲイ達も笑いを堪える事が出来ずに思わず吹き出してしまった。

 ”一番下っ端”との言葉も笑いを取る理由の一つでもあった。


「兎に角、私達は貴方達の味方よ。アドネ領に帰れとか命令するつもりは無いから安心してちょうだい!」


 笑い声を漏らしているヴルフとセルゲイに怒りを覚えながら、”ズズズ”と煎じ茶を喉に流し込むグローリアであった。

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