第二十九話 危急来訪の騎士団、調査開始
「ロモロよ。何故、私が来たかわかっているか?」
自由商業都市ノルエガに建つ大聖堂を預かる司祭ロモロは、目の前に座る甲冑を着た男が何を言っているのか、理解できなかった。
事件からまだ三日。陸路で早馬を走らせ報告を聖都へ送っているが、それにしては騎士団が到着するのが早すぎたのだ。どう考えても馬の速さでは最低でも六日は掛かると思っていた、それなのにだ。目の前には海路をおよそ二日で進んできた教国騎士団団長のルイスが座っているのだ。
「申し訳ございません。しかし、どの様な罰則も甘んじてお受けしますので何卒、他の信徒には罰を与えない様お願いします」
ロモロは跪き、頭を垂れてルイス団長の前で懺悔の姿勢を取った。だが、ルイス団長は予想もしなかった言葉を発したのだ。
「処分はあるが、それはほとんど無いのと同じだ。まずはそう畏まるな、こっちが話し辛い」
ルイス団長はロモロの手を取り立たせると、自らは来客用のソファーに腰を下ろし、話の続きを口にするのであった。処分はあるが”ほとんど無い”とはあまりにも信じられず、ただルイス団長に促されるように目の前に座るのであった。
「貴様は数日前、オークションの出品物に祈祷をして貰ったな」
「はい、教皇からの手紙を頂きまして、その通りに実施いたしました。その後は残念な結果になりましたが?」
「残念?残念な結果とはどうした」
ロモロは何やら話が噛み合わないなと首を傾げる。剣と盾がどうなったか知っていての事ではないかと思っていたが、どうやらそれとは違うのだと改めて起こった事を説明した。
「祈祷していただいたその夜に、それが何処かへ消え去りさらに衛兵の一人も亡くなっています」
「なんだそれは。まあ良い、それは後だ。その祈祷をするようにとの手紙はまだあるか?」
「はい、執務室の机にしっかりと仕舞ってあります。取ってまいりますので少しお待ちください」
ロモロはソファーから立ち上がり、自室を出ると、いつもの執務室へと向かった。執務室は司教一人だけの部屋でなく、副司教やその他数人の事務員もいる、言うなれば事務所的な場所なのだ。その部屋は少し離れた場所にあるが、深夜以外は常に一人、常駐する事になっていれて、この日も事務員が一人、部屋で仕事をしていた。
そして、向かった時間と同じ時間をかけて、ロモロが自室へとその手紙を手に戻ってきた。
「これがそうです」
ルイス団長に持ってきた手紙と包んでいた封筒を手渡す。ルイス団長は肩にかけた鞄から一枚の紙と封筒を取り出し、ロモロから渡された封筒と手紙をルーペを使って見比べ始めた。
「あの、何があったのでしょうか?」
ルイスの行動に不安を感じながら、何があったのかを恐る恐る尋ねてみる。だが、まだ調べている途中だと手を振られてしまい、ロモロは黙るしかなかった。
その数分後、ルイス団長は顔をあげると、重い口を開き、驚愕の事実を語り始めた。
「この手紙、偽物だな」
「に、偽物!!」
「ああ、偽物だ。それに教皇は、この命令を出していない」
ルイス団長の言葉にロモロは驚きを隠せないでいる。聖都から直々に届いたこの手紙が偽物だと思う訳が無い、と。
「でも、この手紙には教皇の透かし見られ、押印も押されています。封筒は封印もされています。これが偽物であれば、私は何を信じればよろしいのでしょうか?」
「そう言うのもわかるがな。まず、紙が違う。似せているが微妙に違うな、恐らくベルグホルム連合公国の木から作られているのだろう。透かしも甘いし、印も少しだけ違う。さらに言えば封印の蝋が違うのと、そこに押される印も違う。見比べてみればよくわかるが、実際受け取っただけでは騙されるのも仕方ないだろう」
ルイスが机に並べた品々を見比べて、やっと確認できる程の違いなのである。肉眼でちょっと見ただけでは、わからない程の精巧さで、一目で見破るのは困難なのであった。
「ここまで話してわかると思うが、本来の処分は偽の式典を行ってしまった事の処分であったのだが、先ほどの話と合わせると少し変わってくるな。式典が何を意図していたのかを探らなくてはならない。我々がもう少し情報を早く手に入れていたらこんな事にならなかったのにな」
悔しそうに手を打ち鳴らすルイス。かなりの力を込めていたらしく、金属の鎧が”キシキシ”と音を立てている事を察すれば、相当に悔やんでいるとわかる。
五十名も教国騎士団の部下を連れてきている事を見れば、偽の式典の調査が教皇の威信がかかっているのだと理解が出来るであろう。ロモロの処分だけであれば、使いの者を一人と数人の護衛だけを陸路で送れば済むはずなのだ。
「それで私達は……、これからどうすれば宜しいのでしょうか?」
「うむ、これからの予定を話すのでよく聞けよ」
「はい」
ロモロの部屋で二人は小さな声で細かな打ち合わせを行いながら、これからの予定を決めて行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大聖堂の食堂で昼食が終わった後、教国騎士団団長のルイスは部下達に命じ、事件に関わったとされる人々の事情聴取を命じた。この時点では、パーティーに出席した他国からの貴族が帰国しまった後だったので、事情聴取は中途半端となっていたが、もともと貴族が関わっていない事件とされていたので重要視されていなかった。それよりも式典を命じた大司教の行方や行動の把握に力を入れていた。
事情聴取は当然ながら夏休み中のダニエルの元へも来るのだが、剣の出品者だった事も重要視されていたのか、ルイス団長直々に二名の部下と共に彼の元へと来たのだ。調査中とのこともあり、ルイス団長も部下二名も教国騎士団の鎧を揃って着ていた。
調査主体で本国から送り出されたこともあり、磨かれた揃いの鎧ではあるが、装備を簡素にされていた。
ダニエルの下、--クルトの店なのだが--へ、ルイス団長と部下が訪れたのは気持ちがだれる、暑い時間を少し過ぎた夕方近くであった。ダニエル達に護衛をもう少ししてくれと言われていたので、クルトの店にはヴルフ達が全員、集合していた。
「こんにちは、ダニエル氏はいますか?私はアーラス教の教国騎士団のルイスと申します」
「ダニエルは儂だ。なんか用か?」
「大聖堂で起こった盗難事件についてお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「構わんよ、客間を貸してもらうから少し待っててくれ」
ルイスよりだいぶ小さなドワーフのダニエルは、尋ねて来た男達を下から上へとなめる様に見上げると、”良い鎧だな”と感心して言葉を漏らした。そして、客間の使用許可を取り、客間へとルイス達を案内した。
ルイス達と相対するのはダニエルと護衛だったヴルフとエゼルバルドの合計三人である。ルイスは剣と盾が盗まれた事を残念でしたと伝えるとすぐに本題に入った。
「早速ですが、剣が盗まれた日の事を詳しく教えて貰えますか?」
「儂はいろいろな人から話し掛けられただけだから、それ以上の事はわからんぞ。質問が漠然としていて、何を話していいかもわからんが」
それは自分の質問が悪かったなと、ルイスは頭をかいた。調査内容は明かせないとは言え聞く方向性を決めなければと思い、改めて質問をする。
「それでは、大司教の事で気が付いた事をお聞かせ願いますか」
「儂は気になった事はないが。それよりも後ろにいる護衛の方が詳しい事を知っとるが話しても良いか?」
「ええ、知っている事であれば、誰でも、何でも歓迎しますよ」
ルイスはいつもの口調と変えているので、多少話しにくいと感じながらも、ダニエルの申し出を歓迎した。今は少しでも情報が欲しかったのである。
「ワシはヴルフと申す。こっちはエゼルバルドじゃ、当日、ダニエル氏の護衛を担当していた」
ヴルフとエゼルバルドが名乗り、軽く一礼をした。頭を上げると目の前のルイスは口をポカンと開け、驚いた顔をしていた。何事が起こったのかとルイスを見ていたが、彼の口から恐る恐る声を掛けてきた。
「えっと、あのヴルフ殿ですか?」
「”あの”とは、何だ?」
「いえ、過去の戦争でスフミ王国と帝国との戦いで、負け戦にもかかわらず戦線の崩壊から救ったと言われている、ヴルフ=カーティス殿かと」
「確かにワシの名前はそれであっているぞ」
念のためと身分証とギルドカードの二枚をルイスの前に提示した。
「まさか、有名人にこんな所で会うとは神の思し召しか。お会いできて光栄に思います」
先ほどまでの澄ました顔は何だったのかと言うくらいに、ルイスの顔は笑顔で溢れていた。このままだと握手を求められたりしないかとひやひやしていたが、ルイスの後ろに控えている部下が耳元で呟いたらしく、我を取り戻して己の職務に戻った。
「失礼しました。ヴルフ殿は大司教の事で何か気が付かれましたか?」
「大司教は分からん。じゃが、その傍にいた信徒の男は気になったな。
ヴルフはあの男の動きを今でも鮮明に覚えていた。大司教に遠目から近づいたその瞬間に、明らかな死角でありながら、あの男がふっと音も無く現れて、ヴルフと大司教の間に体を入れたのだ。ただの護衛であれば、彼の動きは難しいはずで、近づく気配を感知していなければ無理な動きであった。
「ヴルフ殿は、その男が気になるのですね。それで、特殊な訓練とは何を意味しているのでしょうか?もしよかったらご教授願いませんか」
「予想でも良いか?」
ルイスは特殊な訓練との発言に、何を指すのかとても気になった。そして、”予想でも構わぬ”とヴルフの答えを待った。戦闘訓練の一種だと思われたが、自分達が行っていない戦闘訓練であれば、それを取り入れてもいいかなと瞬間的に思ったが、ヴルフの答えはルイスの考えの予想を超えていた。
「殺人と…、潜入の訓練だ……な」
人の気配を感じ取る事と、音も無く動き出す事の二つが出来たからこそ、あの動きが出来たのだとヴルフは感じていた。それに近い、もしくはそのものは、過去に何度も眼前に現れた邪魔者の動きを思い出させた。
そう、”黒の霧殺士”の動きに。それを騎士団団長のルイスに話をしてよいか迷ったが、結局はその名前をヴルフの口から語る事は無かった。
「そうですか、殺人と潜入……。一番、容疑者に近いのが我等アーラス教の信徒……なのか?」
潜入の訓練を積んだ信徒となれば聖都に部隊があるが、それ等が動いたとは聞いていない。教皇が極秘に動かす事はあっても、式典を極秘にさせる事は無いだろうし、そもそも、この式典は偽の情報に踊らされた結果である。だとすれば、聖都の部隊は関係なく、対立する国か、別の組織では無いかとルイスは考えた。
「いや、大変参考になりました。ヴルフさんにお会いできて楽しい時間が過ごせました。時間さえあれば模擬戦を申し込みたいところですが」
「甲斐被り過ぎだ。もしかしたら、ワシよりこっちのエゼルの方が強いかもしれんからな」
謙遜をするのだなと思いながらも、再会出来る事を祈り、クルスの店を後にして大聖堂へと戻って行くのであった。
「さて、これで決まりだな」
大聖堂に戻ったルイス団長は、手に入れた数少ない情報を元に容疑者を朧気ながらにであるが特定した。
まず、第一に
それに搬入ルートが一つしかなく、常時、腕利きの護衛が何処かで見張っているのだ。そこへ侵入し目的の物を持ち出す事は難しいだろう。
その為に偽の式典を行う振りをして出品物をそこから持ち出させたのだろう。
次に殺された信徒だが、首筋を一突きで仕留められ、抵抗すらできない状況だったはずだ。知らぬ間に急所に一撃など、暗がりの中では並みの人には出来ない。相当の腕を持つ暗殺者が駆り出されているはずだ。
それに使われた凶器だ。果物ナイフだそうだが、式典が終わった後のパーティーで使われたナイフと同一だとすぐに判明した。
最後に剣と盾が無くなった時の状況だが、その場に戻ってきた衛兵の言葉を信じるのであれば、ランタンの光がすべて消え、真っ暗な中で持ち出された事がわかる。そんな事が出来るのは、ほんの少しの暗闇で動けるほどの鋭敏な感覚を持った暗殺者か、訓練された侵入者のどちらかであろう。
と、三つの事から二人以上の組織ぐるみである可能性が思い付く。手紙を作って送付する担当、会場に侵入し持ち出す担当と、下準備には最低でも二人は必要だった。殺人は、予定に無かったのかもしれないので、これは持ち出す担当が殺った可能性が高い。
そうすれば、アーラス教信徒と殺人と、二つが合わさった人物像となり、自動的に大司教とその従者が犯人と断定される。
だた、この二人の乗った馬車に剣と盾が隠されていない事を考えると、持ち出したのは別の人物かまだノルエガの何処かに隠されているかの二つに一つだ。
「さて、これから忙しくなるぞ。大司教とその従者を追うぞ。まずは何処に向かったかを調べるんだ」
教国騎士団の部下達に檄が飛び、各担当に別れてその場から一斉に外へと走り出したのであった。
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