第二十八話 事件の経過と本国からの突然の訪問

 結局のところ、”神聖剣強奪事件”として処理が終わったのは、日が昇り少し経ってからであった。その処理の中で、大聖堂を預かる司教と副司教、そして呼ばれてきたオークション事務局局長の顔は気の毒なほど血色を失っており、誰に対しても、に対しても頭を下げていた。

 作成者のダニエルも初めは怒っていたが、彼等の姿を見た後では、心労で倒れるのではないかと心配していた。


 そのダニエルは、消えてしまった剣と盾ついて、自分の作品が無くなってしまったと怒っていたが、”貴重なヒュドラの素材を使用した武具”とは一言も言わなかった。

 実際、保守用のヒュドラの素材は余っているし、渾身の力を込めて作り上げた武器と防具は、すでに使用者の手に渡っている。よくよく考えたら、余った素材で適当に作り上げた物を、オークションに出してみようと進めたのは自分だったと思い起こせば、怒るのは筋違いであると考えたのだろう。

 そのヒュドラの素材をもたらしたのは、ダニエルを護衛している後ろの二人のパーティーだったので、その二人が怒っていないのに自分が怒るのもまた違うのではと考えるようになった。


「いいのか?お前たちがヒュドラを倒したと名乗り出れば、どんな事をしても探し出すと約束してくれるはずだぞ」


 ダニエルは護衛の二人に声を掛けるが、”消えたのは残念だった”と漏らすだけだった。確かに、ヒュドラの素材を使った剣と盾は素晴らしかった。でも、それだけだった。


「オレもダニエル師の作品が無くなったのは残念だったと思うけど、それだけですね」

「そうじゃな、どうせワシ等が持っていても使う奴はおらん。見つかれば良いがそれだけじゃな」


 ダニエルを問いただす事も、賠償を求める事も二人はしなかった。恐らく、他のメンバーも同じであろうと思っていたからだ。

 ただ、一つ、気になるのは、その行方である。エゼルバルドが本気を出せばヒュドラの盾などただの盾と同じに切り裂く事も出来るかもしれないし、魔法のかかっていない剣も無理をすれば折る事も出来るだろう。

 そこまでしないと破壊できない剣と盾を誰が、何のために持ち去ったのか、その目的が知りたいのだ。

 金目当てであれば、闇オークションに出品されたり、密かに貴族が手に入れたりするだろう。それだけなら良いが、戦争目的に持ち去られたのであれば、何としても破壊しておきたいと思った。


「でも、誰が何のために奪ったのでしょうね?」

「わからんな。それを売って金儲けをするってんなら、リスクが大きすぎるな。コレクションにするだけなら許容できるんだがな」


 礼拝堂横の控室として使っている別室で雑談をしている三人に声を掛ける人影が現れた。

 この自由商業都市ノルエガで警吏官の長を務めている人物だ。


「この度は我らの街でご迷惑をおかけし申し訳ない。全力で探し出すように努力をするのでご容赦ください」


 警吏官の長が直接、謝罪に来るとはそれ程の事なのか?と頭を傾げる三人であった。先程もダニエルと話をしていたが、エゼルバルドやヴルフからしてみれば、ヒュドラの素材を使用しているが、そこまで重要な武具では無かったのだ。

 だが、警吏官の長やオークション事務局局長、司教達からすれば、青い顔をして今にも倒れそうな彼等を思いだせば、周りから見れば大事であったと思い出す。


 彼等の心労を考えれば、その謝罪を受けておく事にしたのだ。


「警吏官の長から直接謝罪をされるなど思いがけない事です。なるべく見つけてくれるとありがたいですが。それよりも殺人者の見当は付いているのですか?」


 ダニエル達が謝罪を受け入れた事にホッとした表情を見せた警吏官の長は、抱えていたファイルを取り出し、メモに目を通し始めた。


「う~ん、申し訳ないですが今のところは……。凶器は式典のパーティー会場で使っていた果物ナイフで、首を後ろから一突きで殺されています。あんなナイフ一突きで殺すなど普通の人では無理ですね。暴れてもいない様ですし。手練れの仕業と思わざるを得ないでしょう」


 手練れと聞き、ヴルフに一人だけ、あの場に居合わせた人物を思い出した。自らの動きを遮ったあの動きに、死角からの感知力。凄腕と称すにふさわしいと思わざるを得ない。

 それに、パーティー会場で話をしていた事も思い出した切っ掛けでもあった。あの身のこなしを見た後だったが、アーラス教の信徒の服を着ていた事がヴルフの思考を邪魔していた。だが、何の証拠も無しに疑うのもどうかと思っていたが、調べるだけならどうってことは無いと思い、その男を口に出すのであった。


「そう言えば、大司教は何処へ行ったじゃ?さっきから見当たらないのだが?」


 気になった男、大司教に金魚の糞のように付き従っていた信徒の男が何処に行ったのかをヴルフは気になり尋ねてみた。だが、警吏官の長の口から洩れたそれは、疑うに足る言葉であった。


「大司教は朝一番に出て行きましたよ。それがどうしました?」

「帰っただと?まだワシ等もこの場で待機しているのにか!」


 いくら大司教と言えども、まだ調査中の大聖堂から出て行かせるには甘すぎるのではないかと思った。この様な事件性のある現場では、すべての人が対象で、疑われるのは当然であろう。出品者はいざ知らず、その他は容疑者になるはずだ、と。出品者が剣と盾を手元に返して欲しいと言うなればキャンセル料を払い、元に戻せばよいだけだが、外部から招かれている大司教は容疑者たり得るだろうと。


「ええ、帰るとおっしゃったので、お使いの馬車も荷物もすべて検査して、何も隠していない事が確認できたので、出発を許可しましたが」

「大司教一人で?」

「いえ、お付きの方も一緒でしたよ」


 対応が一足遅れたと、ヴルフは臍を噛んだ。それが顔に出ていたのか、エゼルバルドが不思議そうにウルフを覗き込んできたが、この場では口を開かなかった。その後、一礼をして警吏官の長がその場から出て行ってからエゼルバルドが口を開いた。


「大司教についていた信徒の男が怪しいと睨んでいるんですね」

「ああ、そうだ。パーティー会場にいて、あの身のこなしを見てしまったからな。だが、大司教の荷物に剣と盾が無かったのは、考え違いだったかのぉ」


 怪しいと思っていた男達の持ち物に剣と盾が見えず、ノルエガから出て行った事を知ると、”振出しに戻る、じゃな”、と残念そうなヴルフの呟きが二人の耳に届くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 時刻はその日の早朝、夜が明ける時間に戻る。

 大聖堂のとある一室に大司教とその従者に化けたの男と司教のロモロ、そして副司教が顔をそろえていた。


「聖剣となったあれが何処かへ持ち去られましたね。私としても非常に残念ですが、これも神の思し召しおぼしめしなのでしょう」

「ですが、大司教に御祈祷いただいたのに、それに見合う働きが出来ずに残念です」


 ロモロは机に額を擦りつけんばかりに頭を下げる。当然、それに見習い副司教も頭を下げた。

 どんな責めを負わされても仕方がないと思っていた司教は思わぬ言葉に感動し、内心で泣いていた程であった。


「色々と残念な所はありますが、私の役目は終わりましたので帰ると致します」


 大司教とその従者は立ち上がり、一度礼をした後、部屋を出て行った。それを見ていた司教のロモロと副司教であるが……。


「はぁ~、大司教からのおとがめの言葉が無かったのが気になるがどう思う」

「本国に帰ってから決めるのではないでしょうか?」

「それは無いな。もしそうであったら、この場で大司教預かりにすると宣言されるはずだ」

「そう言えばそうですね。何も無いのが不思議ですね」


 二人は後ろめたい気持ちを感じつつも、何もない事をとりあえず享受する事にした。あとはなるようになれ、と。だが、ここアーラス教の大聖堂以外にもオークション事務局への賠償も発生したり、出品者のダニエルにもそれなりの賠償をしなければならないと思うと頭を抱えるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「はっはっは、上手く行ったな」


 すでにノルエガの街を出発して一時間余り。十キロほど進んだことになる、馬車の中で大司教と服を着替えた黒ずくめの男が高笑いをして話し込んでいた。

 計画としての一段階目は成功裏に終わり、次の第二段階で完了となるのだ。


「それで、”エス”よ。大聖堂に忍び込む下見やノルエガからの脱出路も見つけたのだろう?」


 大司教の服を脱ぎ棄て、ラフな姿になった大司教が黒ずくめの男に問いかける。”黒の霧殺士”にその身を置き、偵察や侵入、暗殺を得意としているこの男であれば、赤子の手を捻るように簡単だと語ったのだ。


「まったく、楽過ぎて欠伸が出そうだ。警備はざる、衛兵も弱すぎる、ノルエガの兵士も雑魚ばかり。こんなので失敗したら俺が逆に殺される。だが、お前も気になる事があったからさっさと街から出て来たのだろう」

「お見通しか。ま、その通りなんだがな」


 ”エス”はあれほど簡単に脱出路が見つかったり、衛兵の質が悪いと驚いたのだ。もし、事前に下見が出来ていれば、そのまま持ち出す事も可能であったと思う程にである。

 オークション事務局の地下に仕舞われていたら無理であっただろうが、地上に出てさえいれば恐ろしく簡単な仕事であった。

 ただ、その場合には懸念が無い訳では無かった。それは目の前の男が思っている通りの事が起こった時を想定した場合である。


「あと数日遅ければ、その心配も現実になるだろうからな。それまでに身を隠さなければならない。明日にはアジトに到着するのだろう、そうしたらこの馬車も処分する。足が付く可能性もあるからな。急いで事を仕損じては元も子もない」


 今乗っているのは、アーラス教の紋章の描かれた豪華な馬車である。何かに使えるかと思い、大司教がアーラス教の聖都で使われている馬車のレプリカを作っていたのだ。いつかは役に立つと思っていたが、こんな所でとは思っていなかった。

 それでも一度しか使わずに処分するのは少し勿体ないとも思っていたが、このレプリカを作る金は別の所から出ていたので、依頼主からの指示通り処分する事にしていた。


「しばらく寝ているから、何かあったら起こせよ」


 ラフな格好になった大司教は、瞼を瞑りガタゴトと揺れる馬車の中で深い眠りに入って行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 事件から三日後、ノルエガの街は上を下への大騒ぎとなっていた。

 その日の午前中に港にアーラス神聖教国の軍船が一隻、入港していたからである。普段であれば事前に連絡があり、入港日を指示してくるはずであった。だが、突然の入港となれば、何か緊急事態が起こったのではないかと思うだろう。

 特に数日前、アーラス教の大聖堂で、大司教が祈祷した聖剣が無くなるとの事件があったばかりである。それに紐付け無い人はいないだろう。だが、どう考えても事件があってから三日では日数が合わないのである。


 その軍船から現れたのは教国騎士団の団長とその部下五十名である。五十名程度であれば国を侵略する戦力にはならないが、神聖教皇付きの騎士団を送ってきたのである。神聖教皇自身が怒りに任せていたと考えても良かった。

 ただ、その対象が、ノルエガの街にあるのか、他にあるのかはこの時点では誰もわからなかった。


 そして、教国騎士団はノルエガの港湾責任者に対し、入国の許可を求めてきた。


「私は教国騎士団団長【ルイス=ベルサーニ】だ。大聖堂に向かうので入国の許可を頂きたい」

「大聖堂でございますね」

「ああ、今回はそこだけだ。早めに終われば街を見物しようかと思っていはいるが、今は大聖堂だ」

「これから審査後に入国の許可をお出しいたします。なお、街中での剣類の抜刀は禁止致します、それが守れませんとこの国への武力行使とみなし、罰せられる可能性がありますのでご注意ください」

「わかった。全員に封印を施すように伝える」


 通常、刀剣類を抜刀しても咎められることは無い。だが、隣接する友好国であったとしても、一応の軍隊が入国してきたのである。その行為を見逃せる訳もなく、注意をしたのであった。

 そして、二時間程で団長を含む五十一名の入国許可が下りると、大聖堂へと向かって行ったのである。




 大聖堂は港から徒歩で十五分ほどの距離にあり、騎士団は歩き易い石畳を何事も無いように整然と列を作り向かって歩いた。市民は何事かと騎士団を見送っていたが、それが大聖堂に向かっているとわかると、数日前の事件を調べに来たのだと思い、手を振ったりして温かく迎えていた。


「司教、司教のロモロはいるか!!」


 大聖堂の一般入口、即ち、礼拝堂から教国騎士団団長ルイスは信徒が祈りをささげているにもかかわらず、大声をあげて大聖堂を預かる司教を連呼した。司教も副司教も信徒の祈りをサポートしていたためその場にいたので、それ以上の騒ぎは起きなかったが、信徒の目に写る教国騎士団は眩しすぎた。


「はい、いかがしました。あれ、ルイス団長ではないですか?何時こちらに?」


 ロモロは驚きと戸惑いと不安な視線をルイスに送った。この大聖堂を預かる程の身分であり、教国騎士団団長とは顔見知りであるのは自然だ。その顔見知りが突然訪れたのだ、何事が起こったかと不安に思うは当然であろう。


「おお、いたか。重要な話がある、貴様の部屋へ通してくれ」

「はい、直ちに」


 騎士団を隣の控室に待機させ、その場を副司教に一任すると、騎士団団長を連れ自室へと案内するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る