第十五話 定番の出来事と思わぬ情報
※テンプレ定期ですかね?
クルトの鍛冶屋を出て外を見れば、夕方に差し掛かろうとしている。太陽もあと少しで地平線へ沈み込もうとしているが、ノルエガの城壁に遮られすでに人の目から消えている。空を見上げれば鳥たちも山へ帰る光景が見られる。
それなのにだ、突如、エゼルバルドとヒルダの二人の前に現れた、一人の女性と大勢の男性が行く手を遮る。彼等の手には鋭い刃をキラリと煌めかせたナイフや、硬い木を削った一メートル程の棍棒が握られ、獲物を求めてゆっくりと動いている。
「何が可笑しい、今から死にゆくのがよっぽど可笑しいのか?」
女性が叫ぶが、二人はツボに入ったのか、笑い声はちょっとやそっとで収ま理想にならず、いまだに笑いが漏れている。そして、口元を片手で押さえながら、手を顔の前に出しながらヒルダが口を開いた。
「ごめんなさい、いつもいつも同じ様に絡まれてね。あなたって、よっぽど不幸な星回りなんだって思ったら、つい」
二人が緊張せず、笑い声を漏らすのも、当然だった。男達が握るナイフや棍棒には、使った痕が無く新品同様だった。二人の持つナイフと比べれば一目瞭然であった。よく砥がれた刃、手垢や血のりのこびり付いた柄、そして手甲との擦れなど見るからに旅の相棒として使われていると一目で分かるだろう。
男達のナイフは、ただ数が揃っているだけで本当に新品同様だった。しかも男達もナイフを振り回す練習などしていない程にだ。
棍棒も同じだ。人や獣を殴り殺していれば、確実に血糊が付着し、汚れとして残るはずだ。それが見えない事で急遽、用意したと見られても仕方ない。
ここで不幸だったのは、立ちふさがる女性がヒルダの言葉を歪曲して聞き取ってしまった事だろう。絡まれて金を巻き上げられたり、常に男どもに回され、辱められていると勘違いして受け取ってしまったのだ。それもあり、女は高飛車に二人に告げる。
「フン、そこで地に頭を付けて謝れば許してあげるわ。だけど、あんたは男供の慰みものになるんだけどね」
話を勘違いしているのかとヒルダは思ったが、”慰みもの”と言われカチンと頭に血が上る。今まではにこやかに笑っていたが、鬼の表情で女を睨みつけ、いつでも首に刃を突き立てられるようにとナイフの抜け防止のボタンを外し柄を握る。
自分の体を求められて許せるのは、隣にいる愛する男だけ。それを慰みものにすると言うのだ、許すわけにはいかない。
「あいつ、殺っちゃっていい?」
豹変したヒルダを見て、これは止められないと腹をくくる。だが、一方的に殺してしまっては言い訳が立たない、何とか相手から先に手を出させ、手加減して貰おうと頭を
「ちょっと待てヒルダ。殺すのは拙い。腕の一本や二本ならまだしも命を取るのは駄目だ」
ナイフの抜け防止のボタンを外しながらヒルダの前に出て、行動を一旦制止する。エゼルバルドの行動を見て怒りに我を忘れかけた心を和らげ、冷静さを取り戻させる。
「さて、その女。襲って来るなら、こちらは手加減はしない。殺されても良いのなら相手をするが、出来ればその前に引き上げる事を提案する。弱い者いじめは趣味じゃないからな」
ヒルダの前に出てナイフの柄を握るエゼルバルドが、リーダー格の女性に向かって叫ぶ。大勢に囲まれて逆に降伏勧告を行う男に、この人数を相手に勝てる訳が無い、馬鹿にするのもいい加減にしろ、と冷静になったヒルダとは逆に、怒りに震える。
「ふ、巫山戯るのもいい加減にしろ!おい、こいつらを
女性の指示が飛び、半包囲している男共は手にした武器を振りかざして二人に襲い掛かる。相手との距離は約十メートル。その距離があればエゼルバルドと冷静になったヒルダの二人がコンビを組めば、素人など赤子の手を捻るように簡単である。
まず、ヒルダが得意の
戦いは如何に一対一、もしくは多数対一に持ち込むかだ重要だ。尤も、戦わずに制圧する事が最上であるだが。
次に戦闘を指揮する者をいかに早く撃ち倒すかだ。包囲の輪は狭まりつつあり、突破するのも難しい。ヒルダの目の前にはエゼルバルドがいる、そこが突破のポイントだ。
男共が何人同時に襲い来ようとも、戦闘を極めた達人が混ざっている訳では無い。それに相手は数に物を言わせた素人集団だ、同時に襲い来ようとも、多少のラグは発生する。それに後背からの攻撃を心配することなく、目の届く前方へ攻撃を向けられる。
まず最初に、前に出ていたエゼルバルドが左から襲い来る男のナイフを握った手首を掴み、足を掛けて正面から来る敵の前に転がす。正面の男はたまらず足を止めるが転がった味方を踏んでしまいバランスを崩す。そこへエゼルバルドは転がった男のすぐ手前に足を置き、ナイフを抜くと同時に男の腕を切り付け傷を負わせる。
返す刀で右から来る男の腕を切り付けながら体を回転させ、ヒルダと向かい合う姿勢を取った。それを待ってましたとばかりに、エゼルバルドの左手を足場に、体のバネとエゼルバルドの腕力を使い、彼の頭上を飛び越え三メートルも跳躍した。その勢いで戦闘の輪から抜け出し、無人の野を行くが如く中心の女性へと全力で駆け抜ける。
その時、ヒルダのスカートがひらひらとひるがえる姿へ目を向けた男達は、一瞬動きを止める者も出たほどの予測もしない行動であった。
エゼルバルドはヒルダが飛び越した事を確認するまでも無く左右から来る相手を一人ずつ制圧していく。ある者は掌底で鳩尾を抉られ、またある者は腿にナイフを突き垂れ垂れたりと獅子奮迅の働きを見せる。
誰もいない無人の石畳を真っ直ぐ女性に駆け寄る。逆手に握っていたきらりと光るナイフをヒルダの頭に振り下ろそうとするが、それよりも早く振り下ろされる腕を左手でつかみ、鋭い切っ先を女性の腕に突き立てて抉ると、次の瞬間にはすでに抜き去っていた。
ナイフが突き刺さった腕からは勢いよく赤い鮮血が漏れ出る。そしてヒルダは、血にまみれたナイフを女性の首に添わせ、この場の戦いを制圧する。
「武器を捨てろ!この女の命がどうなってもいいのか?」
女性の首筋にナイフが突き付けられる。冷たい刃が首筋にそっと触れると自らの鮮血で赤い筋が一本そこに現れる。
ナイフが首に触れただけだが、ここはそれだけで十分だった。女の腕からは鮮血がゴボゴボと溢れ、時折飛び散っては、買ったばかりのヒルダの空色のワンピースと黒いジャケットを赤い斑点が汚していく。
腕から流れ出る鮮血が石畳に赤い水玉模様を作る光景に、女性は顔を真っ白にしながら叫ぶのだ。
「は、早く武器を捨てろ。わ、私が、死ぬーー!!!」
武器を向けてエゼルバルドに向かっていた男達は、派手に騒ぐ女性を見て、天を仰ぎ握っていた武器を捨てる。そして、自分達が喧嘩を売った相手が、最悪な死神であったと嘆き悲しむ。一様に武器を捨て、戦意を失った男達を一瞥し、エゼルバルドはヒルダの下へと歩いて行く。
女性に
「で、わたし達を襲った理由はなんなの?」
「私の顔に見覚えはないのか?お前が憎いだけで襲った、それだけだ」
ヒルダは女の顔を思い出そうとするが記憶から出てこない。お昼に入った”リッチ&ゴージャス”で目にしたのだが、興味が無く頭の片隅にも残っていなかったのだ。
「アンタなんて知らないわよ。それに憎いだけって、そんなので襲うなんて馬鹿にしてるわよ。やっぱりアンタ、死んでみる?」
ナイフを握る手に力を入れ、刃を少しだけめり込ませ皮膚に傷を付ける。その傷から小さな血が丸く現れ、胸元へと鮮血が流れ出て行く。脅しではなく、本気だとわからせるために。
「待って待って!!殺さないでよ!お金ならパパに言えば用意できるから、殺さないで!」
女性は喚くが”知った事ではない”とこのまま命を奪ってしまおうかと考えたが、ノルエガに来たばかりで人を殺すのは都合が悪いだろうと考え、首筋からナイフを離し、鞘にナイフを収めた。その行為に女はホッと一息入れヒルダを睨むが、もう一人いた事に気付き睨んだ目を逸らすのであった。
「お金なんか要らないわよ、それに”パパ”って笑えるわね。アンタの力じゃなく、パパのお金の力なのね。虎の威を借りる狐って訳ね。それより、アンタ達はこの辺に住んでるの?」
「私は違うわよ。こいつらは知らないけど」
女性の言葉に、”自分だけきたねぇぞ”とか”往生際が悪いぞ”とか”性格最悪!!”など罵詈雑言が飛び出すが、そんな事は知らないと、そっぽを向く。
これ以上従う男達もいなくなれば、たった一人の女王様となるだろうと、男達の表情を見れば納得がいく。
「それじゃ、この女は置いといて、この辺に住んでるんなら少し前に火事になった鍛冶屋の店の事知ってるでしょ。その鍛冶師が何処へ行ったか知ってる?」
片足を前に出し、腕を組んで男達をぎょろりと見渡す。たった二人でこの場を制圧し、圧倒的な力をみせた相手が目の前にいる以上、目を向けられるだけで男達はすくみ上るのだが、その中で一人の男が手を上げて声を漏らす。
「あ、あの、オレ、耳にしたことがある。スラム街に行ったって」
恐る恐る漏らした言葉を聞いたとたん、飛び上がり小躍りをしてしまいそうになるがそれを抑える。だが、口元が釣りあがり”ニヤッ”と笑う事だけは抑えきれなかった。
ダニエルの近所でさえ知らない情報である、それをこんな街中にいる誰かに従うしか能のない男達が知っていたのだ。いや、こんな男達だからこそ知っていた情報なのであろう。
「それ本当なの?」
「た、確かだ。オレの知ってる奴が見たって。酒瓶を持ってふらふらとスラム街に入るのを見たって!」
出まかせを言って、この場を取り繕うだけの方便である可能性も、力で制圧した恐怖の場であるここでならありうる。だが、全ての男共が同じように、おどおどした姿を見せているこの場では、その可能性は低いだろうと結論付けた。
「それを信用していいのかしら?」
「行ってみないとわからんだろう、ヒルダ」
ヒルダに後ろから近づくと、エゼルバルドは呟きながら、懐からゴソゴソとコインを取り出し、情報を言った男へ投げ飛ばした。夕日の光を浴びキラキラと輝く二枚の大銀貨は放物線を描き、男の手の中へポトリと落ちた。
「情報料だ、少ないけど取っておいてくれ」
女がどれだけのお金を渡しているかわからないが、スラム街の情報を扱っているのだから生活は困っているだろうと思える。罠にはめようとしている可能性もあれば出せる情報料としては現状ではそれが精いっぱいだろう。
「こんなに沢山くれるのか?」
「ん?有用な情報に報酬を渡すのは当然だろう。間違った情報だったか」
「いや、間違っちゃいない。銅貨位と思ってたから」
「情報の価値は受け取る方が決めるんだ。お前が有用でないと思っても、こちらとしてはそれだけ価値がある。覚えておいて損は無いぞ。提供者が一方的に決めるときもあるがな。いっその事、お前は情報屋にでもなったらどうだ?」
エゼルバルドは情報を伝えてくれた男と軽く会話をして、女からの独立をする様にそれとなく薦める。それが正確に伝わっているかは不明だが、情報が金になるとわかればもっと努力するに違いない。
「お前たちもこんな女とつるんでないで自分のしたい事をするんだぞ。誰の人生でもない、お前達の人生なんだからな」
手を上げて挨拶をすると、二人は仲良くその場から去って行った。そこにいる男達と女性は見送る事しか出来なかったが、男達はその後ろ姿に憧れ、女性は自らの行為を後悔するのであった。
スラム街に行くとなると、ヒルダの格好では確実にカモにされるのは目に見えている。装備を整えて明日、出直す事になるがどうしてももう一人協力者が欲しい。大勢で動くには適さないその場所で最大限に動くその人の協力が。
幸いなことに最後の鍛冶屋が横に見えている。協力者の為に土産を揃えようと、その中に入って行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エゼルバルドとヒルダが女性と男達と大立ち回りをした直後に時間は戻る。
二人の後を付ける一つの影があった。その影の恰好は何処にでもいるような身長、顔立ち、そして雰囲気をしており、服に至っても街に溶け込み、つかみどころが無い。
そんな格好をした影であるからこそ、エゼルバルドやヒルダであっても付けられていると認識できずにいたのだ。
二人が男達を制圧し、鍛冶師のダニエルの行方をスラム街と情報を得た時も、付けていた影も、その情報を耳にしたのだ。
(あの鍛冶師がスラム街にいるのか。我が主の雇い主に誘われたにも関わらず拒否したヤツがそこにいるのか。力で連れ去り仕事をさせるには丁度良いな。あの二人には手を出すなとは言われたが、鍛冶師に手を出すなとは言われていない。手柄を上げる機会が来たと思うべきだろうか)
その影は付けている二人を見送りながら内心で考えを纏める。
(さて、私の手柄となり組織での地位を上げさせてもらいましょうか)
ニヤリと口元を上げながら嫌味な笑いを残すと、二人から離れて行くのであった。
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