第十四話 所在不明の鍛冶師の弟子

 エゼルバルドとヒルダが親方と呼ばれた鍛冶師に通されたのは、工房よりもさらに奥の住居スペースにある客間だった。殺風景だった店舗や工房と違い、女性らしい小物が置かれていたり、綺麗に掃除されていたりと、随所に女性らしい気遣いが見えてくる。

 その部屋には一つのテーブルが置かれていた。そして、入口より遠くの奥へと座るように促される。そのテーブルはこの部屋に置かれている小物や調度品と比べれば違和感を与えるほどに質素であり、女性らしい気配りの空間になぜ存在するのかと疑問に思う程であった。


 異様な雰囲気の部屋に二人は座る事を躊躇していたのだが、入口から殺気を感じて振り向けば、柄の長い棍棒を杖の代わりにし、鬼の形相で睨む男がそこにいた。これが先ほどまでと同じ鍛冶師なのかと疑ってしまう程にだ。


「師匠はどこだ。痛い目に合わないうちに話せ、そうすれば怪我だけで見逃してやる」


 殺気を孕むその目からは、確実に二人を殺す、そう語っている。男の持つ棍棒はこの部屋で振るうに丁度良い長さに作られ、絶対的なホームグランドを作り出している。この部屋に入った時に感じた違和感の正体だが、男がこの部屋で棍棒を振り回しテーブルを壊し続ける事が原因だったようだ。いつでも替えが効く安物のテーブルを使っていたのだ。


 また、二人の武器が腰のナイフだけしか見えない事も、男が有利だと思っている理由だろう。腕力だけなら毎日力仕事をしている鍛冶師に軍配が上がる事も踏まえてである。二の腕の筋肉、首から肩にかけての盛り上がる筋肉、そして胸板も分厚く、すべての筋肉は鍛冶師に必要な力を生み出すに違いない。

 だが、敵を切り裂き、打ち倒す力はこの男には備わっていないだろう。ただ、単に力で制圧するだけの力だ。

 エゼルバルドにしてみれば、男を制圧し、首にナイフを突き立てる事は容易い。向かって来れば殺す事もためらわないだろう。だが、何かがそれを躊躇われるのだ。


「その棍棒を以てしても、オレを打ち倒すのは無理だぞ。その前に理由を話して貰えないだろうか」


 腰のナイフの抜け防止のボタンを外し、ナイフの柄を順手で軽く握る。握るだけで抜く事はしない。もし抜いてしまえば、この男を傷つけるか、殺して仕舞うだろうとわかっていた。


「ふん!師匠はその鱗を持っていた、それを奪って火を着けたのであろう、それ位はわかるさ。あの黒ずくめの男達の仲間だとすぐにわかったわい。この手で師匠の行方を掴めるとは、今日はなんと良き日か」


 両手で柄の長い棍棒をいつでも振り抜けるようにと構える。あの筋骨隆々の体で質量のある棍棒を振り回せば、人を一撃で挽肉ミンチに変え、死神に迎えを寄こす事など造作もない事であろう。ただ、当たればであるが。


「言っとくが、この鱗はオレ達が装備を壊しながら仕留めたヤツだ。それを何処からか奪ったとは酷い言いがかりだ」


 ヒルダに目配せをして、壁際まで下がっているように指示し、油断なく男へ目を向けて再び問いかける。


「オレ達がその黒ずくめの男達の仲間だったら殺すのか?それが間違いだったらどうする?一人の、いや、ここに二人いるオレ達の人生を終わらせるんだ、それ相応の報いを受ける覚悟はあるんだろうな?」

「その減らず口を黙らせてやる!!」


 男は棍棒の間合いに入ったエゼルバルドに向かい横薙ぎに振り抜く。テーブルを壊していいと思っていても、そのテーブルには椅子も数脚配置されており、それだけで邪魔な障害物となっている。

 障害物があれば、向かい来る相手はテーブルを乗り越えるか、脇に回るか二者択一だ。テーブルをの上をなぞっても間合いの中の棍棒は、二通りのどちらを通っても対処できるため物だった。


(仕留めたな)


 男はいつも通りに棍棒を振るい、すでに勝った気でいた。

 だが、この日は相手が悪かった。テーブルを壊さない様にと気を付けていたエゼルバルドへ振られた棍棒を、後ろに一度跳躍して紙一重で避けると、その勢いを利用して膝のバネを縮ませる。棍棒が目の前を通り過ぎるのを感覚で知ると、ナイフを抜きながら膝のバネを勢い良く延ばし体を推し進める。

 ヒュドラとの対戦時は、重いバックパックを背負っていたので機動は無理であったが、今は何も身に着けていない、身軽な状態だ。ヒュドラとの戦い時以上の動きなどいくらでもできるのだ。

 そして、床を蹴飛ばし、低い姿勢で飛び出すと、男の目に写る事も無く後ろへと周り込み、体を支えていた膝を軽く蹴ってバランスを崩させ、力自慢の巨体を肩を掴んで引き倒す。そこへ馬乗りになるとナイフを首筋にピタリと這わせて男を制圧したのだ。


「どうしますか?大事な人がいるんでしょ。この部屋を見ればわかりますよ」


 その言葉に男は勝負にならないと参ったと声を上げた。殺気が消えた男の首からスッとナイフを離したその瞬間、エゼルバルドの後ろのドアが勢いよく開かれ、綺麗な女性がコップの乗ったトレイを抱えて入ってきた。


「あらあら、まぁまぁ。私の旦那様が負けるとは、今度の方はかなりの凄腕なのね」

「それが亭主に向かって言うセリフかよ」


 下から見上げる男が呟きを吐く。エゼルバルドが腹の上に乗られているので、それも仕方のない事である。エゼルバルドがナイフを腰の鞘に収めながら男から離れると、とんだ相手に喧嘩を売ったもんだと渋い顔をしながら立ち上がる。

 女性は男が無事だとわかり、ホッとした表情を見せると、テーブルにコップを並べた。

 エゼルバルドとヒルダはコップのある席に座り、これ以上何もない事を祈る。


「今日はピンクだったか……」


 男がボソッと、二人の分からない暗号を呟きながらテーブルに着いた。その呟きが何を示すのかわからなかったが、側にいた女性が男の後頭部を平手で”パシーン”と気持ちいい音が出るほどに叩き、顔を真っ赤にしていた。


「旦那様には見られても構いませんが、それをお客様の前で言うのは少しデリカシーがありませんね。これだから私以外からは嫌われるのですよ。いい加減にわかってくださいませんかね」


 その言葉から、暗号ではなく下から見上げた時に、女性のスカートの中が見えてしまったのだと理解が追い付いた。そんな事はわからなくても良かったが、男が漏らした呟きがどうしても耳に残ってしまったのだ。


「すみませんね。旦那がこんなで」


 女性は頭を下げると共に一言呟くと、トレイを胸に抱えて部屋から去って行った。


「すまねぇ、こんなに腕が立つとは思わなかった。俺も頭に血が上ってたんだな。俺の名前は【クルト】、この店で鍛冶師をしている。って、見ればわかるよな。さっきのは俺の自慢の妻の【ローゼ】だ」


 仕事の合間で手が空いたとは言え、直ぐ仕事へ戻れるようにと、耐火のエプロンを胸からぶら下げている。それにはススや飛び散った鉄で黒く焦げた痕など鍛冶師の仕事を真面目に向き合っているのだと一目でわかる。


「オレはエゼルバルド、そしてヒルダだ。よろしく頼む」

「ああ、こちらこそ。それにしても強いな、この部屋で負けるとは思わなかった」


 ガハハと笑いながらコップの飲み物をグイッと飲み干す。あっさりと負けた事に沈んでいるかと思ったが、逆に強い相手を前に、目をらんらんと光らせていた。ヒュドラの鱗を見せた時と同じで、自らの知識や力が及ばない相手には敬意を示すようだ。


「その鱗で鎧を作れる鍛冶師を探しているんだ。そのついでに、向かいの鍛冶師の事を聞いてたんだ、気になったからね」


 クルトがエプロンのポケットに仕舞ったヒュドラの鱗を指しながら話をした。その指の刺す先を見て、”おっといけねぇ”と、ポケットからヒュドラの鱗を取り出しエゼルバルドへ返す。


「とは言え、この鱗を師匠以外で持っているなんて信じられないな。本当に倒したのか?地上に現れれば人をいくらでも食らうとも言われている化け物を」

「ああ、倒した。ギリギリだったけどな。ここにいるヒルダも含めて六人で仕留めたんだ。三つ首含めてほぼ、全身から剥ぎ取った素材がある」


 エゼルバルドの話にクルトは驚いた表情を見せた。師匠の話と違う化け物の特徴にである。ヒュドラの首は一本から三本まで成長すると記録にある。一本首のヒュドラでさえ討伐するには多大な犠牲を払ったともされている。


「はぁ、三つ首だぁ?師匠が持ってたのは二つ首だってのに、それよりも一本多いのか?お前たちの方が化け物じゃねぇか!通りで俺の攻撃は躱すわ、動きが捉えきれないわ、納得いったぜ」


 師匠が帰ってきたら一つ話したいことが増えたな、と思いながらもどこか遠くにいる師匠を思い出さずにはいられなかった。その師匠を思い出しながら、そういえば聞かれた事があったと思い出す。


「で、師匠の話だったな。隣の店で聞いた通り、店が燃えちまって、それから何処かへ消えていなくなっちまった。店が燃えた日に口論があって、そいつらが店を燃やしたと噂されてるがな。本当かどうか知らんけど」


 ひょいとコップを持ち上げると、飲み物が終わってしまったと残念がり、ドアを開けてローゼに飲み物を催促する。クルトは師匠が消えて、いなくなった事を残念そうに話した。それだけに師匠を敬っているのだろう。いなくなって初めてわかる、師匠のありがたみを感じているのだろう。


「黒ずくめの男達と口論をしていたと聞いたが」

「ああ、それは事実だ。俺がそいつらを見ている。以前から師匠の店に出入りしていたらしい。何度か馬車で乗り付けては、作り終わった装備を乗せる姿を見ている者達もいたな。あ~、武器の目撃者はいなかったな」


 ダニエルの隣の店で聞いた情報をクルトに話すと、その時だけでなくもっと前、いつの頃からかダニエルに注文を出していたらしい。黒ずくめの男達の目撃情報を聞くだけでも半年から一年、いやそれよりも前からかもしれないと。そして、ダニエルが酒場へ行く回数が増えたのもその辺りからと聞けば、注文された品物の料金がかなりの高額で取引されていたのだろうと予想できた。


「あの鎧は師匠が色を塗っているだけあって綺麗な紺色をしていた。さすが師匠だと感心したけど、いびつな鎧だったのは何か腑に落ちなかったけどな」


 紺色と歪と、二つのキーワードがクルトの口から洩れた。紺色だけならエゼルバルド達も外套の色に使っている程ありふれた色だし、歪なだけであれば何かの実験に使って壊れただけかもしれない。そう、独立した言葉だけであればだ。

 それが二つも同時に同じ男の口から洩れたのだ、こんな出来過ぎた話を偶然で済ませる事は出来ないだろう。


 黒ずくめの男と紺色の鎧。エルワンの商隊の護衛で襲って来たあの鎧を着た騎士たちの事であろうと結び付ける事は出来る。それは脅威であり、十分に警戒すべき点でもある。だが、それとわかってこの男に伝えるべきがと考えれば、答えは”否”だ。


 この男には家庭があり愛する妻もいる。それにこの店に通うお客もいる。何より、この男程度の実力では、襲い掛かる火の粉を振り払うだけの力は無いだろう。

 巻き込まない為にも黙っているしかないだろう、それが結論であった。


 厳しい顔で悩んでいるエゼルバルドを、ヒルダは心配そうに覗き込む。それに気が付き、にこやかに、”何でもない”と返すと、クルトに話をしようかと顔を向ける。

 それと同時にドアが開き、ローゼが飲み物を入れたピッチャーを持ってこの場に現れた。


「おや、お客様はお飲みになってないじゃない。旦那様は一人で飲んで駄目でしょう。ちゃんとお客様に飲むように勧めないと」


 プンプンと可愛らしく怒りながらも、コップに飲み物を注いでゆく。ローゼに怒られながらも注がれた飲み物を一気に飲む姿は、先ほど殺気を放っていた人物と同じなのかと思う程であった。

 それを見て、ようやく二人は飲み物に口を付けるのであった。


「お飲み物は置いておきますから、ちゃんとお客様に入れるのですよ」

「わかってるよ。心配するな」


 ピッチャーをテーブルの上に置き、ローゼは部屋から出て行った。そして、ローゼが入って来て話が中断したのを良い事に、エゼルバルドは話題を替えようと別の話に切り替える。


「そうだ、ヒルダの盾を買おうと思っていたんだ。お店に戻りたいのだがどうかな?」

「それは構わんが、コップを空にしてくれないと、俺が怒られてしまうな」


 先程のローゼを見ていれば、クルトが怒られる光景が目に浮かぶと、部屋にいる三人はクスクスと笑い出した。鍛冶仕事をする筋骨隆々のクルトが、華奢で可愛らしいローゼに怒られる光景はちょっとだけ見てみたいと思ったエゼルバルドとヒルダであった。


 コップの中身を空にしてから、賑わう店に戻り、ヒルダの円形盾ラウンドシールドを購入してクルトの店を後にする。

 その帰り際には、クルトが心配する師匠思って二人に声を掛けて来た。


「もし時間がある様だったら師匠を探してくれ。まだ教わってない事が山ほどあるんだ。全てを教わるまで師匠には死なれたらかなわんのでな」


 全てを教わっておらずまだまだ半人前だと、悲し気な顔で見送るのが印象的であった。




「ねぇ、エゼル。クルトさんにの事を話さなくて良かったの?」

「あれは話せないな。黒ずくめの男が予想する相手なら、クルトでは太刀打ちできない。ローゼまで犠牲になるんだぞ。ヒルダだってそれは嫌だろ?」

「確かにそうね。仲の良いあの二人には話題の外にいて欲しいわね」

「そうだろ。誰が狙っているかわからないからな、こんな風に」


 鍛冶屋街から衣服を扱う衣装街に移り変わる、人通りが途切れる場所である。二人を囲う様に十人以上の男達と共に女が一人姿を現した。男達の手にはナイフや木の棒を握り締め、いつでも襲い掛かれる姿勢を取っていたのである。





※次回、やっとお約束の回になります。

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