第十三話 所在不明の鍛冶師

 お洒落なパスタの店、”リッチ&ゴージャス”を出てから、エゼルバルドとヒルダの二人は服飾街を後にし、鍛冶屋街に向かって歩いていた。ここから鍛冶屋街までは徒歩で十数分の距離だ。徐々に変わる街並みと同じように、歩く人の姿も徐々に変わり、先程まではお洒落に身を包んだ男女の二人組が多かったが、いつの間にか無骨な胸当てを身に付けたり、両手剣を背中に背負っている人達が多くなる。


 そんな中を空色のワンピースに黒のジャケット、そしてパンプスと街にそぐわないお洒落な格好をしたヒルダと共に歩いていれば、鋭い視線を向けられるのだ。何故、そんな格好で鍛冶屋街に来ているのだろうかと。


 その最たるものが二人の目の前に現れる。真新しい革鎧を身に付け剣を腰にぶら下げている二人の男だ。


「おいおい、こんな所に何の用だ?素人がこんな所に来て怪我しても知らないぜ」


 男達はニヤ付いた顔でヒルダを嫌らしい目で下から上へと舐める様に見て行く。絶世の美女とは言わないが、お洒落な服装に身を包んだヒルダは、一緒にいるエゼルバルドから見ても可愛いと認める程だ。その可愛い自分の連れを値踏みされて気分を害するのは当然であろう。


「素人?誰がですか。今日は折角だからお洒落して楽しんでいるんですよ。あなた達みたいな恰好で楽しく街を歩くなんて、無理!!」


 きっぱりと男達に言い切るエゼルバルドは素人はどちらなのかと溜息を吐く。腰にブロードソードをぶら下げていないとは言え、護身用にナイフを身に付けているのだ。ナイフの握りを見れば手垢や革の擦れ痕、そして獣の血で汚れており、使いこんでいるとわかるはずだ。

 タンカを切るエゼルバルドにちらちらと目を向けて素通りした人の中には、ナイフを一目見て、喧嘩を売る相手ではないと実力を見定めた眼力のある人もいた。だが、通せんぼをする二人は、それすらわかっていなかった。


「わかってないから行こうよ、時間が無くなっちゃうわ」


 その二人を無視して、手を繋いで鍛冶屋街に向かおうとするのだが、男達は手をつないで仲が良さそうにしているのが気にいらないらしい。当然ながら、”無視すんな”とか”その女を寄越せ”とかを口に出しながらエゼルバルドに殴り掛かる。

 やはり、こうなるのかと諦めつつ、振り上げた拳がエゼルバルドに届く前に、男達は吹き飛ばされ、石畳へと叩きつけられた。


 一人はエゼルバルドが右足で、もう一人をヒルダが左足で、同時に男達を蹴り飛ばした。ズボンを履いているエゼルバルドと違い、ひらひらのスカートをのヒルダは蹴った瞬間に、裾が舞い上がり、下着をチラリと周囲の目に披露してしまった。


「薄い青か」

「うん、青だった」

「眼福眼福!」

「あれで強いのか、羨ましい」


 周りの野次馬はヒルダのそれを見て、こそこそと感想を漏らしていた。大抵は下着をその目に焼き付けていたが、何組かの男女は連れの女性に頭をはたかれていたりもした。また、一部はエゼルバルドに羨ましいと嫉妬の目を向けてていた。その隣を奪うなど今の動きを見て不可能と思わざるを得ないのだが。


 蹴飛ばされた男達は背中を地面に打ち付け腹と背を痛め、ゴロゴロと通行人の迷惑も顧みれずにのた打ち回った。ある者は冷たい視線を送り、ある者は同情の目を向けるが、その中でも多いのは喧嘩を売るべき存在を間違ったと軽蔑する目であった。


 ヒルダはスカートの裾の乱れをサッと手でなぞって直し、女性の特有の仕草で周りの男共の心を無自覚のうちに鷲掴みにしていた。そして、エゼルバルドと二人で転がり続ける男達を一瞥し、鍛冶屋街の一軒目へと足を進ませるのであった。


 それからしばらくの間、スカートを翻し、男達を華麗に蹴散らすヒルダをもっと見たいと思う人達が多数現れたのだが、その希望が叶う事は無かった。




 ここは鍛冶屋街の端にある一軒目。店の入り口から見える品ぞろえは初心者用に値段の安い武器や防具が揃えられている。依頼したいヒュドラの素材を使用する鎧作りは、おそらく無理だろうと思うのだが、この街の鍛冶屋の事を全く知らないため、あえて入ってみたのだ。

 数人が物色している中、店の中を一回りした所で店員がヒルダをよこしまな目で見ながら近寄ってくる。


「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」


 邪な目で見られるヒルダの格好を何とかしないと交渉も無理だと思いながらも店員に用を告げる。


「手持ちの素材を使って鎧を作れる店があるか探しているんだが、鍛冶師の方、いるかな?」


 腰の鞄からそれとなくヒュドラの鱗を出し、手の中で遊ばせながら店員の答えを待つのだが、その口からはこの店の業務内容を示す答えが返ってきた。


「大変申し訳ございませんが、その様な希望は受けておりません。鎧の調整とかはしているのですが」

「そうか……。悪かったね」


 想像通りに客からの個別対応をしていないとわかりホッとして、片手を挙げて店を後にする。


 一軒目が想像通りに終わる。これでは全ての店に入っても時間を無駄にするだけだと悟り、情報収集目的で、道行く人に話を聞いてみる事にした。

 聞くべきは、特殊な装備をして手練れの雰囲気を持つ人だ。とは言え、そんな人は運良く通る事も無く、二人は道行く人の装備を眺めるしか出来ないのであった。


「う~ん、なかなか通らないな」

「この辺りにお店が無いんじゃない?端まで行ってみる」


 仕方ないかと、鍛冶屋街を進み行く事にした。二人はゆっくりと歩いて行くが、道の左右のお店は何処も同じような作りだし、ショーウィンドウに飾られている武器類も琴線に触れる程のものが無く、どうしたものかと時間だけが過ぎて行く。


 道を歩けばヒルダを邪な視線を向けられたり、”場違いな格好をしてふざけているのか”などの冷たい視線を痛い程感じる。それでも、店に入り情報収集をしているがヒュドラの革を加工できる店は無かった。


 半ば諦めて、今日は帰ろうかと鍛冶屋街の終わりまで来た時に、場違いな空間を見つけた。

 鍛冶屋一軒分の空き地が見え、基礎のみが残っている土地であった。基礎を見れば、店舗スペース、鍛冶場、住居スペースとわかれている。特に目立つのは店舗スペースの床となる石畳が一際黒く汚れていたのだ。鍛冶場は仕事をしていた分だけ汚れているが、店舗スペースよりも綺麗なくらいだった。

 それを見て、店舗スペースで火災が発生し、この建物全てが焼けてしまったのだと結論付けた。それが、いつ起こったのかはわからないが、一年以内ではないかと予想した。


 焼けてしまっても再建すれば鍛冶仕事は出来るはずだが、建て直しすらしないのは何かあると感じる。それを知るのは隣、近所だと思い、駄目で元々だと隣の鍛冶屋に事情を聴きに入って行く。


「すみませ~ん」

「少しお待ちを~」


 店内を数人の客が物色している中、カウンター越しに店員を呼んでみる。カウンターの奥で短剣をぼろ布で拭いている男が一見元気に、だが少し面倒そうに返事をして、手を止めて呼んだ声の主を見る。そして、二十代半ばとみられる店員がだるそうにこちらへとやってくる。


「何でしょうか?」

「隣の事で聞きたいんだが……」

「ああぁ、【ダニエル】さんの店か」


 その店員は、もう何度も聞かれて”飽き飽きしていますよ”とでも言いたげに口を開く。基礎になる程、ガレキを片付けられて綺麗にされているのだから、何が起こったのか、事情を知りたい人達に相当数声を掛けられたのだろう。


「火事かなんかあったんですか?」

「店舗スペースが爆発したらしいっすよ。夜中の事だったんで、自分は家に帰ってましたから。オーナーなら何か知っているかも知れないっすから、呼んできますよ」


 ぶっきら棒な言い方は、”商売にならない事を話すのは面倒だ、自分の手から離れるならオーナーでも利用してやれ”との魂胆がありありとわかるが、エゼルバルド達は話を聞けるのならやる気のない店員よりよっぽど良いと内心、喜ぶのだ。

 奥からオーナーを連れて店員が戻ってくると、対応を押し付けてさっさと自分の仕事へと戻っていった。


「あんたらか?隣のダニエルん事を聞きたいんは」


 ぶっきら棒に話す鍛冶師が現れ、客じゃないのかと残念に思いながらも口を開く。


「ええ、気になったものですから。それで、隣であるこちらのお店に聞きに来ました」

「客じゃないのかぁ、まぁいいや。丁度、一段落した所だ、付き合ってやんよ」


 店のオーナーは暇つぶしだと、隣の鍛冶屋について語り出した。




 それは五月に入ったばかりの事だった。夜には寒さが残るこの季節、家の暖炉にもまだ火が入る時もあった。その日の夜もそうであった。突然の寒さが街を襲い、皆が震える中、ダニエルの鍛冶屋から大声で言い争う声が聞こえた。

 ”これ以上装備を作る事は無い、二度と来るな”と、何処までも聞こえるような、ダニエルの叫びだった。あの温和なダニエルが近隣の家々まで聞こえるほどの大声を出したのだ。当然の事ながら、この店のオーナーも、そして向かいの鍛冶屋のオーナーや店員も、どうした事かと店を出てダニエルの店を見たのだ。

 そこにはダニエルの店から出る、黒ずくめの男と執事風の男の二人が見えた。二人の異様さに身が震えた、近隣の鍛冶師達はすぐに店内に引っ込み、表の入り口をしっかりと閉めた。

 そして、騒ぎが収まり、誰もが寝静まった深夜にダニエルの店から大きな音が響き渡り、店舗が吹っ飛んだのだ。その爆発により火災が生じ、瞬く間に鍛冶場や住居スペースにも燃え移り、一軒の鍛冶屋が丸々と焼けてしまったのだ。


 当のダニエルはと言えば、何処かの酒場で愚痴をこぼしながら酒を飲み、酔い潰れていたために火災の魔の手から運良く生き延びる事が出来た。だが翌朝、帰ってきたダニエルが自分の店を見て呟いたそうだ。もう、鍛冶はしないと。

 そこに何があったかは知らないが、鍛冶を諦める何かがあったのだろうと、皆は噂をしたのである。




「そんな感じでダニエルは何処かへ行っちまったのさ。あれだけの腕、残念だったな」


 そんな話をするここのオーナーは、鍛冶を辞めたダニエルに残念な気持ちを抱いていた。


「そうなんですね。凄腕の鍛冶師だったら一度会ってみたかったです」


 エゼルバルドがそう呟くと目の前のオーナーはキョトンとした顔をした。


「あれ、ダニエルのお客じゃなかったのか?」


 そう、話をしたのはダニエルが二人の装備を作った事があると思ったからである。このオーナーが注目したのは目の前の二人が腰の後ろに差しているナイフだ。使い込んだ柄の革がどことなくダニエルが加工したような気がしたからである。


「えぇ、この素材を加工してくれる鍛冶師を探していまして……」


 ヒュドラの革とは言わずに鱗を目の前に出した。鍛冶屋街のお店を数軒回ったが、何処にも加工を断られていた。ここのオーナーも恐らく断るだろうと考えていた。


「ふ~ん、珍しい素材だな。とは言え、この素材はオレでも加工は無理だな」


 手でいろいろと触っていたそれをエゼルバルドに返す。残念に思いながらそれを鞄に仕舞い、帰ろうとしたところだったが、男はさらに続けた。


「ノルエガじゃこれを加工できるのはダニエル一人だろうな、恐らく。もしかしたら向かいのが詳しいこと知ってるかも知れないから聞いてみるといいさ」


 店のオーナーは空き地になったダニエルの店の前にある鍛冶屋を指した。何か知っていると思わせぶりな事を匂わせながら。

 そして、首に巻いたタオルで額の汗を拭いながら、一言、”気を付けてな”と漏らすと奥の鍛冶場へと戻って行った。


「邪魔したね」


 カウンターの横で短剣を綺麗に並べている男に声を掛け、話すのが億劫な顔をしているのを確認しながら店を出る。

 そのままダニエルの店のあった向かいの鍛冶屋へと足を向ける。


「いらっしゃいませ!」


 エゼルバルドとヒルダが店に入ると、何かを言う前に店員が元気よく挨拶をしてきた。それ程客がいないのかと思っていたが、逆に他店よりも客が多かった。飾ってある剣を一目見ただけでも他の店とレベルが違う武器が置いてあった。それだけではない、型にはめた既製品とは言え、作りは他の店に無いアイデアを取り入れたりもしている。

 それだけの品質を実現しているのだ、価格は他店よりも高かった。ただ、エゼルバルド達にはそれほど高い金額とは思わなかったが。


「向かいの店に付いて聞きたいんだけど、わかる人いるかな?」


 元気よく声を掛けてきた店員に尋ねてみる。この店員もある程度の事はわかるだろうと思ったが、別の店員を連れてくるようだった。


「いいよ、手が空いてるか見てくる」


 奥の工房へと消えていくとそこから、


『親方~、親方~』

『聞こえ取るわい、お前はいちいちうるさいんじゃ』


 大きな声でのやり取りが聞こえて来る。それにはエゼルバルドとヒルダは、迷惑かけたかと顔を合わせて苦笑するしかなかった。


「おう、お前たちか。ダニエルの店を聞いてんのは」


 親方と呼ばれていた男がボロ布で手を拭きながら工房から現れ、カウンター越しに二人に声を掛けてきた。


「幾つかあるんですけど、まず、向かいのダニエルさんが何処へ行ったか、が一つ目ですかね」

「何処へか……。実は俺も探してるんだよ、師匠だからな」


 師匠、要するに話しをしている男に鍛冶のイロハを教えたのだのだろう。それを探しているとなれば、誰にも言わずに居なくなったのだろう事はすぐにわかる。たとえ、このノルエガの中でさえ、隠れる場所や人の手が入りにくい場所は沢山あるだろう。そこに入ってしまえば見つける事は難しい。


「そうですか、行方知れずですか。実は、こんなのを加工して貰いたかったんですが」


 鞄からヒュドラの鱗をだし、カウンターに置いた。赤黒い鱗はそれだけで存在を主張している。それを見た親方が、目を光らせて、鱗を食い入るように覗き込む。それだけではない、手に取って光にかざしたり、ナイフで刺して刃が通らない様子などを注意深く観察していた。

 そして、笑みの消えた顔で隣にいる店員に向かって話しをする。


「ちょっと奥にいるから呼ぶんじゃねえぞ。その二人、ちょっと奥まで来てくれるか?お嬢さんの服はちいとばかり汚れちまうかもしれんがな」


 親方は二人に向かって手招きをすると、エゼルバルドとヒルダを連れて工房を素通りし、奥の住居スペースへと向かうのであった。

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