第六話 ノルエガへの道 六 夜襲迎撃戦 その二

「やっぱり大した事無いな!」


 シモンは円形盾ラウンドシールドを巧みに使いながら、騎士の長剣ロングソードの攻撃を受け流しつつ、カウンター気味に鋭い突きを騎士に突き立てる。その都度、攻撃していた騎士は守勢に回る事になり、攻撃のリズムをかき乱される。

 徐々にシモンが攻撃の主導権を奪う事になり、騎士は防戦一方に陥る。攻勢に回ろうと必死に攻撃を仕掛けるが、巧みに受け流され、イライラとした気持ちが積み重なり攻撃も単調になり始める。


「どうした、威勢がいいのは言葉だけか?」


 ブロードソードを巧みに操りながら騎士を翻弄する。実際、シモンの剣の腕前はエゼルバルドどころか、オディロンにも及ばない。それはシモンの剣速が二人よりもずっと遅いからに過ぎない。では、騎士が防戦一方になるのは何故なのかは、着ている装備の違いによる所が大きいだろう。

 シモンは自分の技量を把握しており、敵と相対すれば剣速で遅くなると分かっている。その為、鎧は軽さを重視した革製の防具を好み、剣もなるべく軽くするように努めている。

 それに比べ目の前の騎士は、体格や声から女性と分かり、体力に難を抱えていると見ていた。動作の速度がオディロンや左右に別れた三体と比べ明らかに劣っていたのだ。そこから予想し、今のシモンで十分対応できると見ていた。そして、攻撃を受けてみればそれが正しいとわかり、口撃を混ぜる事で十分に押し返せている。


「貴様ぁ!この私に向かって言いたい放題、もう許せん」


 そう言うと、騎士は後ろへ飛び退きシモンから距離を取る。


「そうは、問屋が卸すかって!!」


 後ろに飛び退いた騎士を追い、シモンは地を蹴って騎士へと迫りブロードソードを突き出す。いったん距離を取り、その後に勢いを付け反撃を開始するはずであったが、それも出来なくなり、迫ったブロードソードの切っ先を何とか躱し切る事しか出来なかった。


「チイィッッ!」


 シモンのブロードソードが騎士に迫る。切っ先が騎士の目前に迫り、体を後ろへ反らし何とか逃れようとした。一瞬早く、騎士の兜に切っ先が届くと顔を守るの面のスリットへブロードソードの切っ先が刺さり、兜の面が吹っ飛ぶ。

 そこに見えたのは、顔半分が醜い女の顔であった。顔の左半分がただれて色が変わり、腐り始めている様であった。生きながらに腐るとはどんな病気なのかと思う程だ。女騎士は兜の面が無くなった事に気付き、顔を隠そうとカイトシールドを眼前にあてがう。


「それがお前の正体って訳か。そんなに顔を見られるのが嫌か?」

「好きでこんな顔になったと思っているのか!」


 女騎士は目の前に長剣を突き立てると、腰の鞄から細長い棒を取り出し口にくわえ息を吹き込んだ。


”ピィィィ~~~~!!”


 笛の音が辺りに鳴り響くと、女騎士は地面に刺した長剣を掴み、シモンを睨みながら後退りを始めた。その女騎士の横にソロンと対峙していた騎士がまず合流し、シモンを牽制する。こちらの騎士はシモンが対峙していた女騎士よりも身軽で動きが軽やかであった。もし、こっちの騎士を相手にしていたらと考えるとシモンは額に汗をかくのであった。


 それから三十秒ほどで二体の騎士が合流し、笛を吹いた女騎士の舌打ちが聞こえると、四体の騎士は女騎士を先頭にして闇の中へと消えて行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「引いてくれたのか?」


 盾を持ち、防戦一方のオディロンとほとんどダメージを与えていないフランツとジャメルはホッとした面持ちで敵の撤退を歓迎した。

 すべての攻撃はオディロンが防ぎ、隙を見ながらフランツとジャメルが攻撃するパターンを取っていた為、怪我をすることは無かった。尤も、敵に傷を負わせる事も出来なかったのであるが。


「二人は野営地の中心へ、オレは依頼主を見て来る」


 オディロンは箱馬車で寝ている依頼主のエルワンの元へ、フランツとジャメルは野営地の中心であるかまどの場所へと向かって行った。




”コンコン”


「エルワンさん、エルワンさん、無事ですか?」


 オディロンが箱馬車のドアをノックすると、窓からエルワンとクロディーヌが恐る恐る顔を出し、それがオディロンだとわかるとホッとした表情を見せドアを開けた。


「オディロンか。あれは何だったのだ?」


 ずっと箱馬車の中で頭を低くして隠れていたが、剣が打ち合う音や鎧のきしむ音、そして得体の知れない叫び声が聞こえ、生きた心地がしなかった様だ。その音が止み、オディロンが無事に顔を出した事でほっと息を吐きだし、エルワンとしてもその無事を喜ばずにいられなかった。


「わかりません。得体の知れない何か、としかわかりません」

「そうか、わかった。皆が無事なのかが心配だな」

「はい、これから皆に確認を取りますので、エルワンさん達は馬車でお休みになっていてください」


 オディロンはエルワンに一礼をして、皆の集まる方に向かって行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルドとエルザは困惑していた。エルザの火の魔法を頭に喰らった騎士は、二人による魔法の追撃で兜を吹っ飛ばされても何もせず、その場に立ち尽くしていたのだ。ほぼ真正面に立つエゼルバルドを認識しているだろうが、目を向けるだけで動きにも全く反応しなくなった。

 それにもう一つ、騎士の顔なのだが、額から頭頂部の皮膚と、顔面の皮膚で違う皮膚が覆っていたのだ。当然ながら頭髪は無く、全くの無毛状態であった。兜を被ると髪の毛が邪魔になるのだが、それが理由では無いだろう。

 目の前の騎士と似たものを何処かで見たと、記憶を呼び起こしてみれば、浮かんだのは狂気のマッド研究者サイエンティスト、Dr.ブルーノが作っていた実験体と呼ばれる人ならざる化け物であった。そして、エゼルバルドの脳裏に浮かんだのはDr.ブルーノの命令を無視し親に向かって死を与えた、開発者本人の最期であった。そうなれば当然ながら誰かが犠牲になる。そう思えば出来る事は一つしかなかった。


「エルザ、こいつの首を刎ねるから、失敗したらオレ毎こいつを燃やしてくれ」


 エルザに言うが早いか、騎士に向かって地を蹴り走り出す。エゼルバルドのブロードソードが冷たい雨の中で鈍く光り、一閃すると騎士の首にスッと一筋の線が引かれたかと思ったら、騎士が轟音と共に前に倒れ、首と胴は冷たい雨の中で別れて行った。


 そのすぐ後だった、辺りに笛の音が鳴り響いたのは。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ヒルダは困惑していた。面を弾き飛ばしたその下から現れた顔に見覚えがあったからだ。そう、Dr.ブルーノが何かの実験をしていたあの化け物だ。


 目の前の騎士の目は眼光が失われており、武器を振るう道具に成り果てていた。顔面の見える範囲では左右の皮膚の色が異なり、別の皮膚を合わせてある事がわかる。

 Dr.ブルーノが作り出した実験体と呼んでいたあの化け物がここにも現れたのだと、困惑するしかなかった。


 だが、Dr.ブルーノは、自ら生み出した実験体に殴り殺され挽肉ミンチになったはずだ。それはヒルダたちの目の前で行われたので間違いない。では、Dr.ブルーノが生きている?いや、そうではなく、誰かが実験を継続したのかもしれない、と。


「スイール。こいつ、やっぱり化け物だ」


 騎士を挟んだ向こうにいるスイールへと叫ぶ。ヒルダのフードが外れ、長く明るい茶髪が雨に濡れ、雨水を含んみ官能的に揺れ動く。目の前の騎士はヒルダの動きについてこれず、やみくもに長剣ロングソードを振るうだけにだった。


「申し訳ないがこちらからは見えない。援護が必要ならいつでも言ってくれ」


 そう言うだけがやっとであった。ヒルダの動きが早く騎士の攻撃もヒルダには届いていない。

 ヒルダは目の前の騎士が振るう長剣を軽棍ライトメイスで弾きながら、隙を見て鎧の薄いであろう膝関節に軽棍で殴りつける。幾ら化け物とは言え生物だ、体力の限界はすぐに来ると。

 だが、騎士に向かう攻撃はそこまでだった。


 ヒルダやスイールの耳にも届く笛の音が辺りに響くと、ヒルダと相対していた騎士はヒルダに目もくれず現れた方向へと駆け出した。


「逃がすか!風の刀ウィンドカッター!!」


 逃げる騎士を魔法で追撃するスイールであったが、全身鎧に弾かれダメージを与える事が出来ず、騎士の撤退を許してしまった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 笛の音が辺りに響いてから数分後、ヴルフとアイリーン、そして依頼人のエルワンと小間使いのクロディーヌを除く、護衛の全てがかまどの周りに集まっていた。


「夜襲の撃退に感謝する」


 オディロンは皆の前で頭を下げ、敵の撃退成功に礼を言った。オディロン自身も得体の知れない敵と交戦して、異常な状態であったと認識していた。その手に握っている小型の塔盾タワーシールドには敵とぶつかりあった傷が生々しく残り、激しい戦闘であった事を物語っていた。これはオディロンの戦闘スタイルの為なので他と比べる事は出来ないが、オディロンの実力から言えば守り一辺倒でようやく生き残れたのだから、敵は強かったと言わざるを得ないだろう。


「なぁに、気にするな。それが俺たちの仕事なんだからな。それよりもこれだ」


 シモンが対峙していた女騎士が付けていた兜の面を皆の前に投げる。目のスリットにはブロードソードが突き刺さった傷が付けられているが、それは紛れもなく皆がその目で見た兜の面であった。


「それなら、わたしもあるよ」


 ヒルダも軽棍で壊れた騎士の兜から、破壊した面をシモンが投げつけた面の横へ置く。目のスリットは壊れていないが、軽棍の衝撃を物語るようにひしゃげており、攻撃の鋭さを物語っている。


「どんな敵だったか説明できるか?」


 オディロンが二人に報告する様にと催促するが、そこにエゼルバルドが割って入る。


「それなら、オレが倒したあいつを見ながらでも良くないか?」


 エゼルバルドが馬車の向こう側を差す。本来なら、この場はタープが設営され、雨から身を守る事が出来る。だが、エゼルバルドが指した方向は、雨除けのタープが無く、どうしても外套を羽織る必要があり、さらに夜の冷たい雨に濡れ、体が冷える可能性もあった。だが、とエゼルバルドが言ったのだ。それを無下にするわけにはいかないと、皆で移動するのであったが、それは驚愕の事実を突きつけられる事になるのであった。


「これは、いったい……」


 兜をはがされた姿を始めてみたオディロン達は一様に言葉を無くし、驚愕の表情を見せていた。

 それは当然であろう。一見、人が首を刎ねられ横たわっているだけなのだ。

 だが、首から分かたれた頭部を見れは、本当に人なのかと疑いを持つには十分である。


「人……、なのか…?」


 オディロンは顔を見て呟く。人と言われれば確かに人の形をしているが、その皮膚はどうだろう、まるでパズルをはめ合わせた様に数枚の色の違う皮膚が隣り合い、顔や頭を構成している。やはり目立つのは頭頂部に頭髪がまったくない事だろう。これだけの力を持つ年齢なら一本も頭髪が無いなど、ありえなと思えた。よく見れば、眉も睫も、毛と言う毛が見えないのだ。


「恐らく……人だ。いや、人であった……と表現した方が良いかもしれない。人を繋ぎ合わせて強力な人を作り出す狂気のマッド研究者サイエンティストを見た事がある。その研究にそっくりなんだ。少し違うのは顔面にエルザが炎の魔法を当てた後から動かなくなった事だろうね」


 エゼルバルドは簡単に説明して行く。人を繋ぎ合わせるとはエゼルバルドも全てを理解している訳ではない。スイールの説明を聞いて覚えていただけの事だ。

 エゼルバルドがそうなのだ。それだけの説明でオディロン達が理解できる訳がない。


「でも、オレが戦った相手は顔の左がただれていたが、普通の女だったぞ。まぁ、体格はまったく違ったし、動く速度もそいつら程速くなかったがな」


 シモンの戦った相手はここで命を失っている大柄の騎士ではなく、適度にくびれを持つ女騎士だった。鎧を着ている枷もあったのだろうが、シモンと同等、それよりも若干腕が落ちる相手であった。筋力と装備のバランスが取れていなかった。盾を使わずに握っていた長剣ロングソードを両手で使っていれば結果は違ったかもしれない。

 また、周辺に響き渡った笛のを吹いたのもその女騎士であり、実質の指揮官だったと推測した。


「シモンと相手をしたのが指揮官だったのか?次からはその女を先に片付ければ良いだろう。まぁ、次があるとは思いたくは無いがな」


 今回の襲撃は何とか撃退したが、次に対峙した時に撃退できるかと言われれば自信が無いと言わざるを得ない。スイール達がいたからこそだとオディロンは自分達の実力がわかっていた。


「あと、この鎧の秘密を知りたい。俺の棒状万能武器ハルバードを幾らぶつけても手応え一つありゃしなかったからな」

「そういえば俺の短槍ショートスピアもそうだ。突いてもするっと力が逃げて突き刺さらんかった。何らかの仕掛けがあると思うが……」


 フランツとジャメルは自らの攻撃でダメージを与えられなかったその鎧。何らかの仕掛けがあるのだと思ったが、戦いの最中にそれが何かを見つける事は出来なかった。その為に化け物が身に着けている鎧から、仕掛けを探りたいと思ったのだ。


「それは興味深いですね。エゼル、それに皆、この鎧を脱がしましょう。手の空いてる人は手伝ってください」


 フランツとジャメルの言葉に興味を持ったスイールが、オディロンが発言する前に行動を起こした。この護衛のリーダーとして振る舞っているが、目の前にある不気味な騎士の死体にだけは関わりたくなかったので、渡りに船だと任せる事にした。


「そちらはスイールさんが音頭を取ってくださって結構です。護衛の皆が無事だとエルワンさんに伝えて……ん?」


 途中まで言い掛けたがオディロンはそう言えば、人が足りないなとこの時点で気が付いた。そして、辺りを見渡した時であった。


「おぉ、ここにいたのか。火のある所に集まっているかと思ったら、こんな所にいたのか」

「無事に帰ってきたわよ。うわっ!何よ、こいつは?って、どこかで似たようなのをみたわね」


 暗がりの中から、ぬっと姿を現したヴルフとアイリーンが声を掛けてきた。雨が降りしきる中なので雨音で足音が消され、直前まで気が付かなかったのだ。それに二人は、明かりを手にしていなかった事もある。


「ご無事でしたか。それでは私はエルワンさんに全員無事だと報告してきます」


 護衛に当たっていた全てが無事であるとホッと溜息を吐いてから、オディロンはその場からエルワンの箱馬車へと向かって行った。


「おや、遅かったですね。これからこいつの鎧をがすので手伝ってください」

「おお、いいぞ。今あった事を話しながらで良いか?」


 スイールの問いかけにヴルフとアイリーンは頷き返す。そして、遅れて来た二人は、何故、姿を現すのが遅れたかを話し始めた。

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