第五話 ノルエガへの道 五 夜襲迎撃戦 その一

 冷たい雨が降りしきる中、外套のフードを深く被ったオディロンの目の前に姿を現したのは紺色の全身鎧フルプレートを身に着けた五体の歪な騎士。長剣ロングソードとカイトシールドを手に持ち、攻撃態勢をすでに整えている。その騎士を睨み返すオディロンであるが、外套の中では足がブルブルと震え、今にも腰砕けになり腰を抜かすかと思った。

 だが、依頼主のエルワンを守るために威圧に負けぬ様にと勇気を絞り出していた。


「止まれ、それ以上進むのであれば敵対者とみなす。その場で引き返すのであれば、追撃はしない。当然、命の保証はする」


 小型の塔盾タワーシールドを握る手に力が入る。小型のため、高さが一メートルほどの塔盾は足もとまで覆うには小さすぎた。この時ばかりはもっと大きな盾にすればよかったと後悔していた。


 雨に濡れ放題の騎士達は、オディロンの言葉を聞いて理解したのか、オディロンから八メートル程で足を止めた。そこからは動こうともせず、ただ、オディロンを見ている様だった。

 実際、紺色の全身鎧フルプレートを着た騎士達は、顔全体が隠れる兜をかぶっており、視線の先をうかがい知る事は出来なかった。


 足の止まった騎士達を見て、オディロンは少しの間、ハーーッと肺から全ての空気を吐き出し、気を抜いていた。このまま帰ってくれればそれでよい。そして、二度と関わらないでくれと願いながら。だが、その思いは迫り来る騎士達には通じる事は無かった。


「そのまま帰ってくれればこちらは何もしない。そして……ん?なんだ」


 オディロンの見ている騎士達が振るえだし、全身鎧フルプレートのつなぎ目でギーギーとこすれる音がかすかに聞こえて来る。その振るえが限界に達すると、騎士達が人の声と思えない雄叫びを上げ始める。


「「「グウォォォォーーーーー!!」」」

「なんだ、こいつらはいったい?」


 叫びとも奇声とも分からぬ声が目の前の騎士、五体から反響するように耳に響く。オディロンは思わず空いている手で耳を塞ぎ、声の攻撃から逃れようとする。

 それとは別に馬車で眠っていたエルワンとクロディーヌにも騎士達が発した雄叫びが届き、目を覚ましてしまった。




「拙い!!エゼル達も急いで出てくれ!!」


 かまどの近くでオディロンと迫り来る騎士達を見つめていたスイールが、馬車に隠れていたエゼルバルド達に向かって力の限り叫ぶ。

 何が拙いか?騎士達の叫びだ。尋常ならざる叫び声にスイールの警戒感は最高潮に達した。

 そして、オディロンの前にいた騎士達、楔形に並んでいる五体の内の三体が、一斉に足を踏み出し駆け出す。雨水に濡れる地面をもろともせず、そして重い全身鎧を身に着けているとも思えない速さでである。

 先頭の一体はオディロンへ向け、カイトシールドを前に体当たりを慣行する。他の二体は左右に別れオディロンを無視して、後ろのがら空きになった馬車へと向かう。


「ちっ!馬車狙いか」


 オディロンは持ち前の打たれ強さを武器に騎士を迎え撃つ。


”ガアァーン!”


 騎士は盾ごと自らの質量と共にオディロンに鎧の重量を物ともしない速度で体当たりをかけた。剣も抜かず防御に徹したオディロンは、土の地面を引っかける為のスパイクの付いたブーツを履いており、強烈な体当たりを地面に引っ掻き傷を付けながら受け止めた。その傷跡は二メートルを超えており、どれだけ強烈な体当たりであったかを物語っていた。


「フランツ!ジャメル!援護を頼む」


 盾と盾がギリギリと耳障りな金属音を立て、一進一退の攻防をしている。鎧の重量や全体の質量は敵の騎士が有利だが、盾を扱う技量はオディロンに一日の長があった。その攻防の後ろから、オディロンに声を掛けられたフランツとジャメルが左右から騎士目がけて武器を振るうのであった。


”キーーーー!”

”ガッ!”


「何?」

「なんだ?」


 フランツの短槍ショートスピアが動きの止まった騎士の身に着ける全身鎧の隙間へ突き刺すが人の肉を刺す感触を拾えず、その切っ先を逸らされ鎧をこする。

 ジャメルの棒状万能武器ハルバードも遠心力を利用した攻撃を騎士の背中に打ち付けるが、鎧に阻まれ、いや、ハルバードの攻撃を鎧に吸収され打ち付けただけに終わった。


「コイツ、なんか変だ!」

「こんな感触の無い手応えは初めてだ!」


 フランツとジャメルは攻撃に手応えを拾えずに溜息交じりで呟く。フランツの短槍はともかく、ジャメルの持つ武器は棒状万能武器ハルバードだ。二メートルの柄の先に戦斧バトルアックス程ではないが重量を持つ斧が取り付けてあるのだ。遠心力とその重量が合わさった攻撃力は本来であれば馬鹿に出来ない程の破壊力を持ち確実に敵を穿っていただろう。それを多少凹ましただけで攻撃を吸収するなど本来であればありえないのだ。


 本能的に二人の攻撃が弾かれたと感じたオディロンは、このままでは体力の面で不利になると考えいったん離れ、体制を整える事にした。


「厄介な相手だな」


 騎士の力を少し斜めに受け流すと騎士はオディロンの横を通って数歩進んでオディロンへ向き直る。


「三対一だけど、勝てるとは感じられないな」


 汗なのか雨なのかわからない冷たい何かが背中を濡らし、強力な敵を前にした三人は不安を抱えながら歪な騎士と相対する事を続ける。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 馬車から勢いよく飛び出したエゼルバルド。彼の後ろにはヒルダとエルザの気配を感じる。向かって来る敵の気配は三体。一体はすぐ前で足止めをされ、もう二体はそれぞれ左右に分かれて商隊を包囲し、側面から挟撃をしてくると予想した。一体はすぐ向こうにその姿を確認できた。

 それであればとエゼルバルドの頭は応戦できる人を向けるだけだと考えすぐさま実行に移す。


「ヒルダはスイールと共に左の騎士を。オレはエルザと右に来る騎士を迎え撃つ。相手は重量級みたいだから組み付かれるなよ」

「わかったわ。盾が無いから無理はしないわ」

「援護ね、了解したわ」


 エゼルバルドの声を聞き、ヒルダはスイールが待つかまどへ、エルザはエゼルバルドと共に向かって来る騎士を迎え撃つためにその足で雨の中を駆け出す。




 雨の中を紺色の全身鎧を身に付けた騎士が走る。その速度は全身鎧を身に付けていないと思うほどに速かった。その動きに驚くエゼルバルドだったが、少し速いだけであり、動きを捉える事は容易かった。自らの動きやヴルフ程でないと感じているのだろう。


 オディロンに向けた攻撃と同じように、盾を構え走り抜ける騎士へ向かいエゼルバルドは駆ける。申し訳程度の盾しか持たないエゼルバルドは騎士を正面から受け止めるだけの装備はここには無い。それであればと騎士の死角を狙い、側面へと身を逸らすと同時に、ブロードソードを抜きながら騎士を切りつける。とは言いながらも、エゼルバルドの目的は騎士の攻撃を自らに向ける事であり、馬車を攻撃されない事であった。


 その目論見もくろみは見事に成功し、駆け抜ける騎士はエゼルバルドとすれ違うと自らが攻撃を受けたと認識し、数歩進んだ場所で速度を落とすとエゼルバルドへと向き直った。エゼルバルドとエルザのいる間に騎士が止まり、二人が騎士を前後から挟み込む、通常ではありえないと状態となった。

 一撃を入れたエゼルバルドは目の前の騎士に違和感を覚える。だが、その違和感の正体を予想する前に、歪な姿をした騎士が長剣ロングソードを振るい始めた。


「ちっ!面倒な相手だな」


 エゼルバルドの持つブロードソードよりも騎士の長剣は二十センチ程長い一メートルの刀身を持つ。大降りに上段から力任せに振り下ろされる長剣をブロードソードで受け流す。軌道を逸らされた長剣はそのままエゼルバルドの横を通り、地面へと切っ先が突き刺さる。


(えっ?)


 再び違和感を覚えたエゼルバルドは後ろへ飛び退き、騎士との距離を取った。エゼルバルドが違和感を感じたのは三つだ。

 一つ目は戦術的に不利な状況を作られたのに、あえてその状況を取っている事。

 二つ目は剣戟は鋭いが、ほとんど素人っぽい打ち下ろしの所だ。まるで力任せに振っているだけ。

 最後の三つ目は長剣の質が良くない事。これだけの全身鎧を身に付けているにもかかわらず、どういう訳が剣が安物の量産品を使っているとしか思えなかった。


 そこへエルザの援護の魔法が飛ぶ。雨の中、エゼルバルドへ当たらない様にと、苦手の炎の魔法が騎士へ襲い掛かかった。


火球ファイヤーボール!」


 騎士の兜へ魔法が命中し、炎が弾ける。爆発でもなく、ただ単に弾けただけでダメージは兜に遮られ殆ど入っていなかったが……。


「ギャァァァーー!!」

「何だ、これは?」


 騎士が突然叫び、手に持っていた剣を手放し、兜を、いや、顔を押さえながら体を捻り暴れ出した。違和感の正体をここで明らかに出来るかもしれないとエゼルバルドは唐突に感じた。


「エルザ、敵の兜に攻撃だ」

「任せて!」


 エルザの射線から少しばかりエゼルバルドは位置を変えると、エルザが魔力を練るのと同時にエゼルバルドも魔力を練り始める。狙いは敵騎士の兜、いや、頭部である。

 数秒、魔力を練り上げるのと同時に、暴れていた騎士が大人しくなり、命令を待つかのようにその場に両手をぶら下げて立ち姿になった。


氷の槍アイスランス!!」

風の弾ウィンドショット!!」


 二人が完成した魔法を、エルザは氷の魔法を、エゼルバルドは風の魔法を、動きが完全に止まった騎士への頭部へと襲い掛かった。兜の後ろから氷の槍が、前面右から空気の弾が狙い澄まして命中すると、兜が弾け飛び人と思えぬ顔があらわになった。


「何だよ、こいつは!」

「くっ!胸焼けがする!」


 二人は悪意に満ちたその顔に、嫌悪せざるを得なかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ヒルダが駆け抜ける、地面に構成された水たまりから水が弾け飛ぶ。それは目の前に迫った倒すべき騎士も同じである。ヒルダに比べて大きな躯体を持つ騎士に正面から当たるなどヒルダには出来ない。盾を構える死角から迫るヒルダはどう攻撃するか瞬間的に考え、そして体が自然と動く。


(間に合うか?)


 左のかまど付近には杖を構えたスイールが、今にも魔法を発動しようと向かい来る騎士を睨んでいる。そのスイールに、全身鎧の重さなど無い物と感じさせる騎士が速度を上げて迫り来る。

 騎士の持つカイトシールドの死角を利用して近づき、軽棍ライトメイスを一閃する。騎士からは死角になり、さらに雨が降りしきる音と鎧を打ち付ける雨の音にかき消され、ヒルダは気づかれる事なく、攻撃を叩き込んだのである。


”ガァン”


 足元が不安定ながら持ち前の運動神経を利用してヒルダは飛び上がり、カイトシールドの死角から飛び出る。そして軽棍を左から右へと思い切り振り抜くと、兜と軽棍が激しくぶつかりあった派手な音が辺りに響き渡った。その一撃を受けて、騎士の顔を覆っていた面の丁番部分から吹き飛ばした。


 駆けていた騎士は急に足を止め、自らの兜に攻撃をした敵を探すべく辺りを見渡す。そして、ヒルダの姿を見つけ向き直った。

 向き直った騎士に顔を向けたヒルダが見たものは、想像を絶する人ならざる者の顔であった。


「何よ、これ?」


 その顔を見たヒルダは思わず後退りし、驚く事しかできなかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あんたらはそこから前に行かせないぜ」


 動く気配の無い騎士に向かい声を掛ける、シモンとソロンの兄妹。シモンの持つブロードソードでは決定的なダメージを全身鎧フルプレートにダメージを与える事は出来ないだろうし、ソロンの向けているクロスボウも高ダメージは一回きりで攻撃力に欠ける。

 二人は援護の無いまま、動かない騎士に向かい合うしかなかった。動きの無い騎士を牽制できればそれで良いと考え、冷たい雨の降る中で武器を向けて雨に濡れるしかなかった。


 目の前の騎士も、暴れている騎士と同じ紺色の全身鎧を着ているが、その体格が全く異なる。大柄な三体に比べ、目の前にいる騎士はどちらかと言えば華奢で女が甲冑を着込んでいると思われるほどだ。背の高さも百七十センチに届くか届かないかであり、腰のくびれはソロンが羨むほどであった。


 騎士二体と二人のにらみ合いは続き、彼等の後ろではオディロンとフランツとジャメルが、そして奥の二体には協力パーティーのスイール達が殺り合う金属音が耳に届く。

 にらみ合いが長期化するかと、シモンの脳裏に嫌な予感が走った時であった。彼等の右の後方から、人とも思えない叫び声、--声の質から考えても騎士が発している声--、が空気を伝わり、耳に入ってきた。何かに追い詰められ、叫びまわっている、そんな叫びと感じるのであった。

 その叫び声を聞いたのか、右の騎士、シモンの前にいた騎士が動きだそうと足を進めようとした。


「おっと、何処へ行く気だい?ここは通行止めだ、そこで止まってもらおうか」


 サッと騎士の前にシモンが立ちふさがる。シモンはオディロン程盾の使い方が上手いわけでもなく、フランツやジャメル程に腕が立つのでもない。そこそこに攻撃も守りも出来る、いわば器用貧乏と言うやつであった。だが、その器用貧乏でも重い全身鎧を身に着けた敵に、速度で勝つことは出来るだろうと考えていた。

 シモンは外套の中に隠していたブロードソードと円形盾ラウンドシールドを表に出し、目の前の敵に牽制を掛ける。


「私を通さぬつもりか?それではお前に待つのは”死”だけであるぞ」

「そう簡単に死んでたまるかよ」


 叫び声以外で聞く敵の声。外見から思っていた通りの女性特有の高い声がシモンの耳に届く。そして、問答無用に長剣ロングソードをシモンに向かい振るい始めたのである。

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