第七話 ノルエガへの道 七 夜襲迎撃戦 その三

 時は、紺色の全身鎧フルプレートを着た騎士が、オディロンの前に現れた時にさかのぼる。


 アイリーンとヴルフはスイールの指示通りに馬車馬の後ろにある木に隠れ出番を待っていた。大木とまではいかないが、そこそこ大木の下である、雨粒から逃げるには丁度良い場所になっていた。

 そんな場所で、二人は戦闘に参加できないのがあまりにも暇であるかのように愚痴をこぼしていた。


 念のためとヴルフは外套の下でブロードソードを抜き、アイリーンは左手に弓を、右手に矢を二本持ち、二人は何時でも戦う準備を整え出番を待っていた。ヴルフはともかく、アイリーンの矢は握っている二本を除けば、矢筒に七本しか残っておらず、心許なかった。


「もっと矢を買っておくべきだったわね。それよりも弓と矢を強化すべきかしら?」


 ここしばらく、アイリーンは悩んでいた。地下迷宮で出会ったオーガーとヒュドラ。自慢の弓を持ってしてもダメージを与えるどころか足手纏いにしかならず、斥候の真似事しかしていなかった。地上で獣を追い払うのは出来るが、高い防御力を持つ敵に無力だとわかった時の虚しさは耐えきれるものでなかった。


「矢をずべて金属製にするとかか?」

「それもいいわね。そうすると弓の威力も足りないわね」

「どうせ鎧を作るのに時間はかかるさ。ちょうど弓を買い替えるか強化するか、時間はあるだろう」

「そうね。良いこと言うじゃん、アンタも」

「アンタ呼ばわりか」


 ”たまには”と言われたヴルフは不機嫌な顔を見せる。不機嫌って程ではないのだが、なんだかむず痒いと感じたのだ。


「それはともかく、ワシも戦闘パーティーに参加したかったなぁ」

「大丈夫よ。戦闘パーティーの招待状なんて、いくらでも届くから、ねっ!!」


 ヴルフと話しをしながらも、アイリーンは矢を一本番えて、暗闇の中へ無造作に打ち出す。目で見えないはずなのにその矢は何かに吸い込まれるように消えていく。

 そして……。


「ほら、戦闘パーティーの招待状を持って、執事とメイドさんが来たわよ」


 アイリーンが見つめる暗闇から、ピチャピチャと水たまりを踏む足音が聞こえ、しばらくして、二人の目の前に姿を現した。

 黒い外套にフードを被った、明らかに男とわかる者が一人。

 その後ろには濃いグレーの外套を羽織った女性が二人付き添っている。女性の一人は右の二の腕に矢が刺さり傷から血を流している。


「確かに招待状を持った執事とメイドだな。ワシ等を戦闘パーティーに呼んでくれるのか。それは嬉しいのぉ」


 目の前に現れた三人を睨み付けながら、ヴルフは嬉しそうに言葉を漏らす。街道から現れた敵との戦闘に参加出来そうも無かったので、そちらは残念がっていたが、それよりも面白そうな敵が目の前に現れた事でヴルフの気持ちは高ぶっていた。


「おや、珍しい組み合わせですな。”神速の悪魔”と”赤髪の狙撃者”が揃っているとは。おかげで従者の一人が戦闘パーティー戦えなく踊れなくなりましたが」


 黒い外套の男が雨音に辛うじて負けない声で話し掛ける。


「その言い方、ワシ等の呼び方、”黒の霧殺士”だな。こんな田舎くんだりに出没するとはご苦労なこったな」

「その田舎にいるのはお互い様だと思いますがね。折角ですから戦闘パーティー戦って踊っていただきましょうかね!」


 黒い外套の男、--黒の霧殺士の男--は、ヴルフ達の持つ直刀とは違った湾曲した剣を抜きヴルフに突き出す。片刃で鋭い刃の付いたシャムシールであった。

 後ろの女は曲刀ではなく何時も見ている直刀のショートソードを抜いた。右腕に矢の刺さった女は少し後ろに下がり、戦闘に参加する意思は無い様だ。


「シャムシールなんか持ってるとは、”黒の霧殺士”も面白い武器を扱うのがいるのだな」

「面白いとはこれ如何に。棒状戦斧ポールアックスを振り回す”神速の悪魔”に言われるとは殺りがいがありますね」

「ふん、楽しんでいられるのも……、ここまでだ、なっ!!」


 ヴルフは雨の降りしきる中、大木の影から出て黒の霧殺士へと駆け出し、ブロードソードを顔面に向け、鋭い切っ先を突き出す。黒の霧殺士はそれにそれを余裕を持って躱しシャムシールを軽くブロードソードに添わせるように触れると大きくブロードソードを逸らせる。

 そのまま、ヴルフの正面に小さく振り下ろす。さすがと言わせる攻撃にヴルフは腕に力を込めブロードソードを横に振ると共に、体を九十度回転させシャムシールの攻撃を躱す。

 二人は一瞬の攻撃の間にお互いが交差し、それぞれの背後に回り込むと敵へ向き直る。


「う~ん、私のカウンター攻撃をあのような手で躱すとはさすがですね」

「ふん、お前達”黒の霧殺士”と、何回戦っていると思っているんだ。あの位は何でもないさ」


 二人は言い合いをしながら、お互い剣を構えて牽制する。ある時は剣を正面に構えて、ある時は体を斜にして肩の高さで剣を突き出したりとお互いの隙を突こうとするが、決め手に欠けるのか牽制したままで攻撃を仕掛ける事はしなかった。


「どうした?攻めてこないとワシを倒せんぞ」

「別に倒す必要はないんですよ。私達の任務は暗殺ではなく護衛ですからね。あなた達を押さえておけば向こうは目的を達するでしょうからね」

「なるほど。それならワシはお前だけを全力で排除すれば良いのか。楽な仕事じゃ、なっ!」


 そこからヴルフはその身を低くし、濡れた地面を蹴って黒の霧殺士に迫る。そして、男の少し手前で右に軌道を修正し、敵の左側面からの攻撃に切り替える。ブロードソードを男の脚を目掛けて一閃する。


「ちっ!!」


 男は舌打ちをして、左から来る攻撃に咄嗟に横に躱そうと試みるが少し距離が足らない。シャムシールを地面に突き立て、迫りくる剣を受けようとする。だが、ヴルフの膂力が勝り、シャムシールは地面に刀身を半分残し、甲高い金属音と共に折れてしまった。

 そのシャムシールがヴルフのブロードソードと打ち合った抵抗分だけ軌道がずれ、切っ先は男の脚を切り裂く事も出来ずに空振るのであった。


「聞いていたよりも随分と腕を上げているな。ここで打ち倒すのは無理か……」

「なぁに、にはまだ負けん、と言う訳だ」


 ヴルフと黒の霧殺士はそのまま牽制し合い、決定的な隙を見出す事は出来ないまま時は過ぎるのであった




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふん、楽しんでいられるのも……、ここまでだ、なっ!!」


 ヴルフは雨の降りしきる中、大木の影から出て黒の霧殺士へと駆け出し、ブロードソードを顔面に向け、鋭い切っ先を突き出す。


 ヴルフが動くと同時にアイリーンは、もう一本持っていた矢を番え、即座にそれを放った。ベストなタイミングで放った矢は後ろから黒の霧殺士をカバーしようと動き始めていた女に吸い込まれ、踏み出した脚に刺さるはずだった。だが、放った矢は女の手前五十センチ程の地面に突き差さっただけで傷も追わせず、女の動きを一瞬だけ止めるのが精一杯だった。


「ヴルフの邪魔はさせないわよ」

「ふん、弓しか扱えない小者が接近戦で勝てると思っているのか?」


 後ろにいる女は無視しても良いが、手前の女は何を仕出かすのか分からない。今のアイリーンは、エゼルバルドやヒルダ相手に剣術の訓練もこなしている。黒の霧殺士ならいざ知らず、それとは装備が違う女だ、何とか撃退できるはず、と額から汗を流しながら女と向き合う。

 アイリーンは外套の中へ右腕を隠すと矢筒へ手を伸ばすのではなく、右腰に差しているショートソードへ逆手であるが手を伸ばした。


「弓を扱うしか能がない女はここで死ぬんだよ!!」


 目の前の女はアイリーンに叫ぶと同時に走り出し、ショートソードを上段へ振り被ると、肩口へ向けて振り下ろす。だが、冷静に女の行動を捉えようと目を凝らしていたが、そんな事をするまでも無く、女の動きが瞬時にわかった。

 剣を振るう事は少ないアイリーンは、エゼルバルドがヴルフやヒルダと打ち合っている訓練をよく見ている。もちろんアイリーンも打ち合っているのだが。彼女の目はだんだんとエゼルバルド等の素早い動きを捉えられるように鍛えられ、本気の打ち合い以外では十分捉えられるまでに至っていた。

 そして、目の前の女の動きであるが、ヒルダの動きの七割程度の速さであり、それを目で追うには簡単であった。

 それに加えてアイリーンの身体能力の高さがある。罠を開ける集中力、何処からか飛んでくる矢を瞬時に躱す瞬発力、そして、身軽な体を使い木に登る行動力、それら全てを使えば女の攻撃を受ける事など容易な事であった。


”キーーーン!!”


 逆手で抜いたアイリーンのショートソードが、女の攻撃を受け止めたのである。


「見え見えの攻撃なんだよ。ウチにそんな攻撃が通用すると思ってるの、かっ!!」


 アイリーンはショートソードにかかる力をずらして逃がすと、身軽な体を半分回転させ、女の鳩尾を狙って蹴りをはなった。女はショートソードから受けていた反力を逸らされるとバランスを崩してつんのめりそうになったが、危険を感じ体を捻った事で鳩尾に蹴りを喰らう事だけは免れた。だが、脇腹にアイリーンの強烈な蹴りを喰らい、雨の中を吹っ飛ぶとゴロゴロと濡れた地面を転がりドロドロになった。数回回転し止まった所で膝を付いてアイリーンに向き直るが、呼吸が苦しくなったのかゴホゴホと咳をしている。


 その隙にアイリーンは逆手に持っていたショートソードを順手に持ち替えて、女に向かい口を開く。


「言葉だけなのはどちらでしょうね~。いい気味だわ」


 エゼルバルド達に鍛えられた結果が目に見えた形で現れた事で余裕が出来たアイリーンは、女に向かい悪態をつく。

 転がった女の後ろには、右腕をアイリーンの矢で負傷したもう一人が鋭い目つきで見ており、何をするかわからない。もし、目の前の女のみを攻撃対象として考えていたら、思わぬしっぺ返しを食らう可能性も捨てきれない。アイリーンが出来るのは向かって来た女に対応するして返り討ちにするか、弓を使って攻撃するかの二択のみなで、積極的に攻撃に移る隙は無かった。


 そう考えていると、すぐそばで戦っているブルフは、黒の霧殺士の武器を破壊しているのが見えた。敵は三人であるが、こちらが優勢なのが見え始めた。後はヴルフと連携して敵を屠るだけと思っていた所であった。


”ピィィィ~~~~!!”


 雨の降りしきる中、辺りに甲高い笛の音が響き渡る。




「今回はこれで見逃してやる。あくまでも護衛が任務なのだからな」


 黒の霧殺士は膝を付いている女を肩に担ぎ、冷たい雨が降りしきる中、暗い森の中へと消えて行った。後に残ったのはヴルフが破壊したシャムシールとアイリーンが放って地面に突き刺さった矢が一本だけである。


「アイリーン、無事か?」


 ヴルフがブロードソードを鞘に収めながらアイリーンに向く。ヴルフも怪我は無く無事な様だ。


「ええ、無事よ。何時もの訓練に比べれば楽勝よ」


 ショートソードを鞘に収め、ヴルフに返答する。そして、地面に刺さった矢を回収しようと足を進ませる。刺さった矢は斜めに突き刺さり抜くのが困難と見られた。それにもかかわらず矢に手を掛けると、力を込めて矢を抜きにかかった。雨が降っていたことが幸いしたのか、矢はすんなりと抜けアイリーンの手元に戻った。

 鏃を水で綺麗にすれば欠けも無く、まだ使える状態であったのが嬉しかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「と、いう訳じゃ。黒の霧殺士が護衛とは何かの冗談かと思ったが、戦い方とあっさり引く所を見ればそれは間違っていないとわかったのじゃ」

「ふんふん。”黒の霧殺士”とは、また厄介な相手が出て来ましたね」


 エゼルバルドが倒した騎士の鎧を剥ぎ取りながらスイールが呟き返す。ヴルフやエゼルバルドであれば一対一で対処できる相手ではあるが、エルワンの報告から戻ってきたオディロンやそのパーティーメンバーは何人いても一人を打倒す事は出来ないだろう。それを普通に話をしている時点で雲の上の存在であるとオディロン達は思い知るのである。


「それではあいつ等はまた襲って来るのでしょうか?」


 オディロンは恐る恐る、話しをしている二人に聞いてみた。


「それは無いだろう。ワシ等が護衛をしていると知らなかったのじゃ。思い当たるのは街を出発した時の噂じゃな」

「それは怪物が出ると門番が話していた、あれですか?」

「おそらくな」


 なかなか外れない騎士の鎧に奮闘しているエゼルバルドを見ながらヴルフとオディロンの話は続く。人より大きな獣を怪物と間違えたのではなく、を見たの間違いであったと。


「怪物の様な何かとは、ほれ、目の前に転がっているこいつ等、人ならざるの事じゃろう、人の造り出した。そしてここから一番近い街と言えば……、はて、どこじゃろうな?」

「そこまでわかっていて街がわからないのですか?」

「まぁ、トルニア王国に住んでいるからの。ここら辺の地理はうといんじゃよ」


 わからないとは自慢するものでもないとヴルフに言うのであるが、気にする様子も無く諦めて話を進める。


「そこは私達の方でギルドや関係部署へと報告を上げておきます。それよりも、鎧が外れそうですよ」


 ヴルフとオディロンの目の前で奮闘していたエゼルバルド達がついに騎士の鎧を外す事に成功した。そして、一同の目に飛び込んできたのはやはり、作られた人である証拠であった。

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