第二十二話 未熟な覚醒【改訂版1】

2019・08・26 改訂


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ホテルを出たスイール達が見た光景は、守備隊の兵士や騎士が切られ無残な姿で倒れている悲惨な光景だった。だが、武装していない一般市民が倒れている姿は見えず、そこだけはホッとしていた。

 金属同士がぶつかる硬音はトルニア王国の門側から多く響き、そちらが激戦区だと認識出来るのだが、先程のホテル前で話していた兵士達の言葉を考えれば、大規模な陽動で守備隊の建物が主目的に思えた。


 エゼルバルドの悪い予想が当たり、五十メートル程離れた守備隊の建物から続々とトルニア王国で採用されて、揃いの鎧を着た者達がわらわらと出てくるのが見えた。

 その中にはみすぼらしい服に着替えさせられたテルフォード元公爵の姿も見える。彼の服は囚人などに着せられ、罪人となれば誰それかまわず着せられているものだ。

 この十一月の寒さであるため、側にいた男が何処からか持って来た外套を肩に掛けていた。


「スイール、あそこ!」


 エゼルバルドが指した方角に、一斉に顔を向ける。


「あれはテルフォード!あの集団が助け出したのか。あれでは逃げられる」

「五人であれだけの人数を相手にするには割に合わん。誰かギルバルドを呼んで来い」

「矢が無いから足手まといになる。だからウチが呼んでくるわ」

「それなら、わたしはこっちね」


 アイリーンは金属同士が激しく打ち合う音が聞こえる方へと駆けて行った。

 無事にギルバルドを連れて来てくれると信じて見送る。


「それじゃ、行こう!」


 スイール達は守備隊の建物へと急ぎ駆け出す。

 だが、地図を用い事前に裏通りも調べていた敵は、守備隊の建物から脇の細い路地へと入っていくのが見え、すでに撤退を開始していた。

 幾らホテルと守備隊の建物が目と鼻の先とは言え、逃げる敵に追い付こうとしても追いつける訳が無い。


「スイール!!」

「わかった」


 エゼルバルドとスイールは駆けるのを止めると、魔法を発動するべく魔力を練り始める。少し間を詰めたとはいえ、駆けていては間に合わないと結論付けたのだ。

 それに、敵の数が多く乱戦になれば、数の少ないスイール達が不利だと承知していた。

 だからこそ、魔法を使ってでも敵の数を削り、その最後尾に追いつきたかった。


 数秒の間集中し、エゼルバルドとスイールは同じタイミングで魔法は発動させた。


「「風の刀ウィンドカッター!!」」


 射程ギリギリの敵に二人の生み出した真空の刃が飛び出し牙をむく。


「ぎゃぁ!」

「何だ!うわ」

「グハッ!」


 殿を努めていた数人に二人の魔法が当たると、三人が体の何処かを切り裂かれ戦闘不能に陥った。

 残念な事に、胴体を切り裂くには力不足で、腕をスパッと切り裂く程度に止まっていたが、それでも敵の足を止める事に成功し、最後尾の列に追いつく事が出来た。

 先ほど魔法で怪我を負った敵はすでにいなくなり、別の兵士が立ちふさがっていた。

 その後ろでは外套を羽織り、逃げ行くテルフォード元公爵の姿も見えた。


「ここは通させんぞ」


 兵士達の揃いの鎧と同じ形状だが、意匠を施し豪華な黒い鎧の男が立ちはだかった。

 男の後ろには二名の一般兵士が剣を抜いていつでも反撃可能だとすでに構えを取っていた。


 スイール達で全ての敵を相手にせずに済み、まずは落ち着いて対処できるとホッと胸を撫で下ろす。二十人、いや、それ以上の敵に四人だけでは無理があり過ぎるだろうと。

 目の前に立ちはだかる男はエゼルバルドの見立てでは、ヴルフと同等かそれ以上の実力を持っているのではないかと思われた。


 そのまま対峙していても始まらぬと最初にヴルフが向かって行く。

 ヴルフのブロードソードと敵のブロードソードが火花を散らす。おそらくだが決着はすぐに付かぬだろう。


 実力も剣技も同等な熟練の技を身に着けている事はたった一合、剣を合わせただけでわかった。

 それならばと、エゼルバルドはその後ろの男達を相手にするべく、地を蹴り距離を詰めて切りつ様と剣を振るう。だが、その一撃は一人の敵に簡単に受けられてしまった。

 そう、その男もかなりの手練れと見られ、エゼルバルドと同等の実力を持ち合わせていると感じられた。

 その間にもテルフォード元公爵は、路地の奥へと走り小さくなって行った。


 このままでは追いつく事も出来ず逃げられてしまう。口惜しいがテルフォード元公爵は諦め、目の前の敵に全力で対峙しようとエゼルバルドは気持ちを切り替えた、スイールが魔法を撃つまでは……。


 ヴルフとエゼルバルドがそれぞれ敵に打っていった時、スイールは一つ、魔法を発動させようと魔力を集め出した。

 そして、逃げ行くテルフォード元公爵を逃がすまいと、射程ギリギリをスイールが発動した魔法が路地を疾走して行った。


風の弾ウィンドショット!!」


 スイールは魔力を変換し、直径三十センチ程の目に見えぬ空気の弾をテルフォード元公爵に向かって撃ち出した。

 予定であれば、テルフォード元公爵に直撃し、他の敵も巻き込んで吹き飛ばしたはずだったが、スイールにも、そしてエゼルバルドにも予想外の出来事が目の前で起こった。


 ヴルフとエゼルバルドが対処出来ずにいた三人目の敵が、魔法を撃たせまいと数本のナイフをスイールに向かって投擲していた。テルフォード元公爵へと向けられるはずだった風の弾ウィンドショットは、手元に迫ったナイフに気を取られ僅かに軌道を逸らし敵に当たる事は無かった。


 スイールは魔法をもう一射するだけの余裕は無く、角を曲がるテルフォード元公爵を逃がしてしまった。


「チッ!」


 目の前で逃げられ臍を噛むスイールだったがそれに気を取られ、自身に再び危機が迫っていると気付けずにいた。

 再び敵がナイフを数本取り出すと投擲していた。


 数本のナイフは腰より下に狙いを定め、前衛で戦うヴルフとエゼルバルドの間を抜けて後衛のスイールとヒルダに向けて放たれていた。

 魔法を放ってテルフォード元公爵に気を取られていたスイールと前衛で戦う二人の援護に回ろうとしたヒルダに狙いを付けられていたのだ。


「ぐっ!」

「きゃぁ!」


 後衛二人からくぐもった悲鳴が発せられた。

 敵が放ったナイフは低い軌道を進み、無防備な下半身に吸い込まれて行った。


 そのナイフは、スイールの左の太腿に一本が、そしてヒルダの右の太腿に二本が深々と突き刺さり、突然の痛みで二人は石畳へ転がった。

 その光景をちらっと視界に収めたヴルフとエゼルバルドの二人は、直ちに敵を牽制して後方に飛び退き、倒れた二人の前へその身を盾にするように立ち塞がる。


 エゼルバルドには十分わかっていた。

 敵と対峙する危険極まりない仕事をしていれば怪我もするし、最悪は命を失う事もあると。

 それでも世界を回り、この目で全てを見るまでは生きている思い込んでいた。


 それが、こんな所で敵に遅れを取り、終わりになるなど彼は許さぬと心から全ての感情を湧き立たせていた。

 喜び、怒り、哀しみ、楽しみの、全ての感情が一つになり、その、一つの感情が彼をどす黒く染め上げると、心の中で何かが弾けた。


「殺ス!全テヲコノ世カラ消シ去ル!!」


 エゼルバルドの全身の筋肉が盛り上がり、緩めの鎖帷子が筋肉に押され今にも千切れそうに腫れ上がる。押さえきれぬ力に抗えぬ場所はブチブチと金属の輪っかがはち切れていた。

 丈夫なズボンは破れ、盛り上がった太腿の筋肉が赤く染まる。革で作られたバンドは筋肉で伸ばされ綻びが見え始める。


 極めつけはブロードソードの柄にはまっている黒い魔石が青く輝きだし、ブロードソードの刀身が赤々と燃える色へと変わり、熱を持ち始めていた。


 エゼルバルドが体を屈め、ナイフを投げた敵に向かい石畳を蹴ると、誰の目に止まらぬ速さで敵に迫り、剣を横に一閃していた。

 敵は速さに付いて行けぬも体が反応し剣を受け流すように、剣の軌道へ滑り込ませる事に成功する。訓練の賜物だと、一瞬の出来事に対処でき”ホッ”と一息付こうとするが、そこに待っていたのは金属の剣をも切断し、胴体が二つに分かれた人の成れの果てを生み出しただけだった。


「な、何だ?何があったんだ」


 ヴルフと対峙していた敵は、部下の身に起こった出来事を捉えられずにいた。いや、その敵だけでは無く、エゼルバルドを視界に納めていたヴルフや痛みをこらえて石畳に座り込むスイールやヒルダも同じだった。

 目の前から忽然と消えたら、瞬刻の後に敵を一刀の下に胸元で両断していたのだ。しかも鋼の剣と軽量とは言え金属鎧も含めてだ。


 エゼルバルドの勢いは留まる事を知らず、もう一人、先程までエゼルバルドと対峙していた敵も一刀の下に、大上段から振り下ろした剣が縦に切り裂いた。

 石畳を蹴る力も異常で、既に数か所の石畳が砕けていた。


 一瞬のうちに二人が殺され、自らに刃が届けば同じく瞬殺されるだろうと額に汗を浮かべると同時に、この場から逃げ出そうと行動を始める。

 腰の鞄からいくつもの煙球を足元とエゼルバルドの足元に投げ付け、辺り一面を白い煙が覆いつくした。敵は視界を真っ白な煙に乗じてその場から逃走して行った。


 数十秒の後に白い煙が晴れると、そこには惨殺された二つの死体と、肉の焦げる匂いが残るだけで敵の姿は消え去っていた。


「グオォォォ!!」


 煙の向こうを見やり、敵を逃したとエゼルバルドが怒りの咆哮を上げる。

 何を思ったのか石畳に向かい剣を何度も何度も打ち付ける。

 その度に石畳が砕け、辺りを破壊していく。その威力は硬質な金属で作ったツルハシをも凌駕していた程だ。

 何度も何度も打ち付けるエゼルバルドは止まる事を知らず、石畳は壊れて砂利道へと変わり、幾つものクレーターが作られていた。


「「もう止めろエゼル!」」

「もう止めて!」


 スイールもヴルフも、そしてヒルダも叫ぶが止まらず。それならばとスイールが魔法で気絶させようと杖を向ける。それをヒルダがスイールの前に手を出し制止する。


「わたしが止めるわ……」


 ナイフが刺さったままの足を引きずり、エゼルバルドの後背にまで進み声を掛ける。


「もういいわ、終わったのよ」


 そして、エゼルバルドに軽く抱き着く。

 するとそれまで動き続けていたエゼルバルドが止まり、盛り上がった筋肉も赤く熱を持った刀身も元通りになって行った。

 そして、


「ごめん、守れなかった……。……許してくれるかい……」


 ”ぼそり”とエゼルバルドの口から懺悔の言葉が漏れ出た。


「いいのよ、頑張ったんだもの……」


 抱きしめているヒルダはそれに答えると、力を無くしてその場に崩れる様に倒れた。

 エゼルバルドが後ろを振り向くと、顔を真っ赤にし苦痛の表情を浮かべるヒルダが横たわっている。

 二本のナイフが深々と刺さり、その傷から血が滲みだしズボンを赤く染め始めていた。

 その赤い染みは痛々しく、エゼルバルドに後悔の念を頂かせるのには十分だった。


「エゼル、私も同じだ…。ナイフを抜いてくれないか?」

「……わかった」


 回復魔法が使える筈のスイールが自らを治療をせぬのは、苦痛の表情を見せている事からも明らかで、相当な痛みを伴っていた。この状況でナイフを抜くにはさすがに無理があった。


 ヒルダをスイールの横へ寝かせ、ナイフが刺さる二人のズボンを切り裂くが、ナイフによる痛みが続いているらしく、くぐもった苦痛の声を上げた。

 そして、ゆっくりとスイールに刺さるナイフを一気に抜き去る。


「ググゥッ!!」


 大きな苦痛の声を上げるスイール。

 その傷跡から血が溢れ出て来るとエゼルバルドは回復魔法ヒーリングを掛けて傷を塞ぎ止める。

 傷口が開かない様にと鞄からタオルを取り出すと細く裂いて包帯の様にぐるぐると巻き付ける。


 ヒルダも同じようにナイフが刺さっているが、その数は二本とスイールより多い。一本ずつ抜いて行くが、気を失っているヒルダは苦痛の声も出さずにいた。

 だが、苦悶の表情を露わにしているとわかり、申し訳ない気持ちになる。


 そして、ヒルダも回復魔法ヒーリングを掛けて傷口をが塞ぐと、包帯代わりのタオルでぐるぐる巻きにする。


「スイール、ヴルフ、そして、ヒルダ、ゴメン。ヴルフは……スイールをお願い」


 エゼルバルドはぼそりと謝る様に呟き、ヒルダを抱き抱えてふらふらとホテルへと歩き出す。

 その後ろ姿は、疲れの為だけでなく、精神的にも何か参っているような、傍から見てもそう感じざるを得ない。あの時、エゼルバルドに何が起こったのか、すぐには聞くことが出来ないだろう。

 もしかしたら、聞かないでエゼルバルド自身が答えを出すのを待つ方がいいのかもしれない。

 スイールはそんな事を思っていると、視界にヴルフが入ってきて声を掛けて来た。


「ホテルまでは抱き上げた方がいいか?」

「それは遠慮します。肩を貸してもらえれば十分です」


 スイールが痛みのある足を庇いながら立ち上がり、ヴルフの肩に掴まりホテルへと足を向けた。




「ヴルフ殿、怪我されましたか?」


 それからしばらくして、アイリーンと共に戻ってきたギルバルドがスイールの太腿を見て心配そうに尋ねてきた。痛々しく包帯を巻いた太腿、表面の傷は魔法で塞がれ血が流れ出るなど無いが大事を取って巻いてあった。


「もしかしてウチがいない間、大変だった?それにエゼルとヒルダは」


 ギルバルドが尋ねた直後、アイリーンはこの場に見えない二人エゼルバルドとヒルダについて聞いてきた。


「ええ、不覚を取りまして……。敵のナイフに後れを取りこのザマです。お恥ずかしい限りです。エゼルとヒルダは先にホテルに戻った筈です。ヒルダを抱き抱えてましたが、すれ違いませんでしたか?」


 二人の質問にスイールが答える。


「いや、私は気が付きませんでしたが。それにしても大変でしたな。私は守備隊詰所へ戻ります。では、お体を大事にしてください」


 ギルバルドは敬礼をして守備隊詰所へと部下達を連れ入って行った。

 切り殺された守備兵が転がり、無人になった守備隊詰所を見て、ギルバルドが苦痛の表情を浮かべるだろうと思うと、気の毒に思えてくる。

 そして、アイリーンは先ほど見た光景を思い出し話すのだ。


「ああ、さっきすれ違ったのがそうなんだ。うつむいて寂しそうにしてたからわからなかった」


 そして、怪我を負ったスイールも疲れたと、ヴルフとアイリーンにホテルに戻る様に促すのであった。




 ここはエゼルバルド達、男性用に借りている部屋でベッドが三台置かれている。

 エゼルバルドが使おうとしたベッドにヒルダをそっと寝かせる。

 顔を覗き込むと、先ほどの赤い顔からいつもの血色に戻り息の乱れも見えず平常通りだと見て、ホッと息を吐いた。

 そっと、ヒルダの頬に手を添え、今日の事を内心で謝る。


(オレが不甲斐ないばかりに怪我を負わせてしまった。ゴメンよ……)


 ヒルダの顔を見て安心したのか、エゼルバルドは立ち上がろうとして、足の力が抜け糸の切れた操り人形マリオネットの様に、その場へドサッと倒れ込んでしまった。

 今日、自分の身に何が起こったのかわからぬまま、意識が遠くなるのを感じそのまま瞼を閉じて行った。

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