第二十一話 ブラーク騒乱

 捕縛したテルフォード元公爵を乗せた馬車群がブラークの街に入ったのはその日のお昼過ぎであった。

 無事護送され、テルフォード元公爵を地下の牢に繋ぎ入れたギルバルドは依頼を達成した二つのチームにお礼をしていた。お礼と言っても簡単な食事なのだが。それでも一般市民には馴染みのない食材がふんだんに使われ、王国も通うような場所での最上級のお礼だと分かった。


 本来であれば王宮にて表彰をするべきなのだが、貴族が反乱を起こしたとすれば王の威厳が地に落ちる可能性もありそれは出来なかった。ただ、依頼を受けた十人すべてが堅苦しいのは御免だと思っていたので逆に好意的に取られることになったのは幸いだろう。


 その後は雑談などして午後三時頃に解放され、少し良いホテルへと案内された。この時間から王都へ帰るのは疲れているだろうから一泊休んで行って欲しいとされたからだ。

 その案内されたホテルは守備隊の建物から五十メートル程しか離れていない守備隊御用達でもあった。王都からの視察などによく利用されている様で少し値引が出来るらしい。


 そのホテル【ボーダーライン】には貴族が泊まっても良い様に、一階部分に一般浴場と時間貸しの占有浴場の二種類が設置されている。一般浴場はホテルの利用者なら誰でも使う事が出来るが、占有浴場は事前予約をした爵位持ち貴族のみで使用できる仕組みとなっている。


 そして、二つのチームは部屋に通された後、その一般浴場へと汗を流しに来ていた。

 その中で誇りにまみれていたのはエゼルバルド、アイリーンそしてバーンハードだ。これは最上階に上がる床がどうやっても開かず、エゼルバルドの火球ファイヤーボールが炸裂し、埃を被ってしまった為だ。

 ミシェールとアンジュは寝首を掻く時に返り血を浴び、顔は拭いたのだが、首回りや腕に付いた血が服を脱いだ時にそこかしこに残っていた。

 もう一人酷かったのはルチア。モーニングスターで倒した敵兵士から噴き出した返り血を浴びている。髪にかかって凝固しており、綺麗な髪に戻すには手間がかかっていた。


 貴族などが泊まるホテルであったため、浴室に備え付けの石鹸が効力を発揮し皆が風呂から出た時には汚れが落ちたのもあるが、皆からいい匂いがしていたのが少し微笑ましかった。


 夕食時になると一階にホテル宿泊者のみが利用できるレストランでチームに分かれて夕食を食べる。この料金はホテル代に含まれているので別に料金は取られない。これだけのホテルである、コース料理になるが出てくる料理も豪華であった。


 その食事の最中に事件は起こった。


「お食事中失礼いたします。ただいま、外で大規模な戦闘が発生しております。守備隊が対応中ですのでホテルからお出にならない様にお願いいたします」


 ホテルの責任者と思われる、黒い執事風なホテルの制服を着た男が大声で叫ぶ。

 レストランにいた宿泊客は動揺で立ち上がる者、テーブルに突っ伏して頭を抱えて怖がる者、動じないと見せかけ淡々と食事を取る者など、様々な反応を取っていた。だが、次の一言が決定的で宿泊者に安心をもたらしたのだ。


「なお、このホテルは入り口を守備隊の方で守備していますので安全でございます」


 その一言でざわついていたレストランに安堵のため息が流れ無事であることを皆が喜んだ。


「戦闘か。何が起こったのでしょう?」


 スイールは食べなれないコース料理の最後の一品、冷たいデザートを口にしながらぼそっと呟く。この国境の街はトルニア、スフミ両王国の兵士が少数ではあるが詰めている。しかも今は王都からの騎士団の五十名程が詰所にまだ残っている。

 そこで戦闘となればすぐに鎮圧されてしまうだろう。それがスイールの予想であった。その為、これ以上関わると無料タダ働きになってしまうとそれ以上の事を話さなかった。


「何か盗賊が入ったんじゃないのか?」


 すでに食べ終わっているヴルフは大事にならないだろうと適当に答える。それにしてもよく事件が起こるものだなと感心せざるを得ない様だ。


「ウチ等の仕事じゃないから首突っ込まない方が良いよ」


 他人事の様に、と言うか他人事であるとアイリーンが口にする。それが正解だろう。


「私達には今の所関係ありませんから食事が終わったら部屋でゆっくりしましょう」


 スイールはそう結論付ける。

 そして、二十分後、食後の紅茶を飲み終わったスイール達はレストランを出て部屋に戻るのだった。




 レストランからホテルの通路に出たその時である、ホテルの入り口で守備に就いていた兵士達が叫ぶ声がスイール達の耳にまで届くため、聞きたくない事情まで分かってしまった。


「詰所に侵入されたらしいぞ」

「はぁ?なんで俺達の所に入り込むんだ。賊だったら、金持ってる所に入るんだろ」

「何でかわからん。見えてるのに助けに行けないこのもどかしさ。命令さえなかったら今すぐ行くのに!!」


 守備隊詰所が襲われ、侵入を許した所だったらしい。そして、


「そういえば騎士団団長が来てただろ、何処へ行ったんだ?」

「街の門へ行ったらしい。一か所の門から侵入されて敵に守備されているとかで奪い返しにだと」

「俺達も一緒に戦いたいぜ」


 入り口を守る兵士はやる気をみなぎらせていたが、命令を無視する訳にもいかず、悶々としている様子であった。




「守備隊詰所が襲われているのが気になる……」


 髭も無い顎を手で触りながらスイールが呟く。それに答えるようにヴルフが肩に手を乗せながら如何するのかと聞くのだ。


「気になってるのなら見に行くか?」


 スイールもそうだが、ヴルフも兵士たちの話が気になったのだ。半日前に一緒に行動していた--馬車に乗っていただけだが--、兵士たちがどうなったかと。それに今の時点で、この人が歩き回る時間帯に守備隊詰所に押し入る理由が何かだろう。


「悩んでないで行ってみようよ。ウチ等が行っても焼け石に水かもしれないけどね」


 その言葉に押されたようで、


「そうだな、この場所に十分後に集合だ。しっかりと装備を付けてくる事」

「「「「了解!!」」」」


 各々は部屋へと戦闘準備を整えに戻って行った。




 部屋は男性部屋と女性部屋の二部屋をあてがわれていた。そして、ここは男性部屋、スイール、ヴルフ、そしてエゼルバルドの部屋だ。

 鎖帷子に厚手のシャツ、そして金属片を内包し強化された革の胸当てを身に付けながらスイールに問う。


「ねえ、スイール。守備隊詰所を狙うってそれほど重要な何かがあるって事だよね?もしかして、人?」

「書類なんか盗んでも価値は無い、貴金属などは置いてあっても微々たるもの。商人を襲った方が効率的だろう。とすれば、人だろうな」


 エゼルバルドの問いかけにヴルフも同じように答える。”人だろうな”と口にした途端、三人の脳裏には同じ人物が浮かびだされていた。


「やはり、捕まえてきたテルフォード元公爵か」

「そう思います」


 ヴルフが頭に浮かんだ名前を口にするとスイールが答える。そして、もう一声、


「ゴルドバの塔の守備って杜撰ずさんでしたよね」

「確かにそうだったのぉ」

「あれは足手纏いを塔に置いて行っただけでは無いでしょうか?」

「何だと!」


 あくまでも予想ですがと伝えた上で、


「主力本体は別行動をしていて、それが奪い返しに来た。……そう考えたらどうでしょうか」

「守備隊を襲っているのはその本体って事か」

「ええ、この場所はトルニア、スフミ王国の国境の町でお互いの国を刺激したくないために兵士の数は最低限、いえ、それよりも少ない、両国二百名ずつが常駐しているだけです。治安維持の為の兵士を置いているだけとも言えます。戦いになれた百名がここになだれ込んでいたら、守備隊詰所などあっという間に占拠されます。それが現実に起きたと考えた方がいいでしょう」


 スイールのそれは当たっていた。この時点では予想であったが外で戦闘をしていたのはテルフォード元公爵を奪え返しに来た雇われ兵士達であった。そして、この仕事が無事に終わった暁には、別に活躍の場が設けられているのだ。


「悠長に話をしても始まりませんね。それでは行きましょう」


 戦闘準備を整えた三人は部屋から出て一階の集合場所へと急いだ。

 廊下の途中で女性二人、ヒルダとアイリーンと合流し五人となると、兵士達の制止も聞かずにホテルから出て行くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 少し時間を遡って、エゼルバルド達がゴルドバの塔でテルフォード公爵を縛り上げ、引き上げる頃、それを見守る集団があった。


「斥候からの報告ではテルフォードは捕まったようです。護衛は十人」


 それに答えるように口を開く男。


「十人か。一隊を向ければ奪い返せるな」

「それは良い案かと」


 それに決まりかけた時である。先程とは別の斥候に出ていた兵士が戻り報告を上げる。


「申し上げます。テルフォードを捕まえている集団にヴルフを見つけました。さらに弓を持った赤髪もいるようです」


 その報告に顔を曇らせながら、


「”神速の悪魔”か。それに”赤髪の狙撃者”。一隊を向けてどれだけ生き残れるかだな。無理は止めよう。あれが離れた時に奪還を行う。少し無理な戦いかもしれんが、帝国の為だ」


 この男達はテルフォード元公爵につかえる私兵集団となっているが、実の所ディスポラ帝国から派遣されている兵士集団。内訳は大隊長一人、隊長五人、その下に副隊長か一人ずつ、隊長の下に十八人の兵士、合計百一人だ。

 その内の一隊、隊長一人、副隊長一人、兵士十八人、合計二十人がテルフォード元公爵を取り戻す行動に出ようとしたが、先程の二人がいる事で生還率が低くなると見越して取りやめたのだ。


「何処に向かうかその後を付けるぞ。その前にゴルドバの塔の始末を五番隊に任せる。生き残った奴は全て殺してこい。火をつける必要はない。年代物は残ってても良いからな。合流は何時もの場所だ」

「は、お任せを」

「その他は斥候が戻り次第出立する。いつでも出られる準備をしておけ」


 大隊長の言葉に、五番隊は準備を整えゴルドバの塔へと向かい、残りの兵士達は休憩を止め、準備を整えると整然と並び次の命令を待った。




 第五隊を除いた四隊群が密かにブラークの街を目指す。街道から少し外れた草原、森林を抜ける為多少の時間損失はやむを得ないが、訓練された軍隊、しかも軽量鎧の集団は馬に迫る速度をたたき出してた。


 テルフォード元公爵を乗せた馬車がお昼頃に到着してから三時間程で、四隊全てがトルニア王国側のブラークの街が見下ろせる丘の上に集まっていた。


「作戦を伝える。敵に捕まったテルフォードを救出する。第四隊はこれから潜入。無益な戦いを防ぐために剣と簡易装備だけで街へ向かえ。バラバラにだぞ。第一隊から第三隊は夕刻、門が閉まると同時に門から突入。第三隊はそこを守れ。決して門を閉めさせるな。

 第二隊は陽動作戦だ。敵の守備隊を誘い出し戦わずに町中を彷徨え。そして、第一隊は私と共に敵の拠点を強襲しテルフォードを助け出す。第四隊はその時合流し第一隊をサポートだ。場所はそれぞれの隊長に地図を渡す。行動開始だ!!」


 隊長の言葉を合図に第四隊はさらに軽装となりブラークの街へと向かって行き、他の隊も作戦時間まで休息と装備の手入れ、作戦の目的地を確認して行った。


 日が沈みかけ、門を守る兵士が気を緩める時間である。ひそかに迫った六十人程の鎧を着た者達は一つの門へと殺到した。そして、気を緩めた守備兵をあっという間に切り捨てると二十人程の一つの隊を残し街の中へと入っていった。


 地図を頼りに第一隊は裏通りを疾走する。なるべく人の目に触れない様に気を使いながら。一般市民に見られたとしても敵対しなければ見逃すなどの措置もとられている。

 要の第二隊は表通りをまっすぐ守備隊の詰所へと雪崩れ込もうとしていた。あくまでも陽動でそこから敵を引き離す事が目的だ。先ず、入り口に立つ警備に敵と認識してもらい、兵士一人をあっと言う間に切り伏せる。数人単位で入り口にいたが、その内の二名が詰所へと応援を呼びに入っていく。


「よし、作戦は成功だ。徐々に下がりながら街中を動き回るぞ」


 第二隊隊長は詰所入り口で兵士達の戦いを見ながら悦に入っていた。入口を入らず、中から出て来た敵にわざと苦戦して見せる事で追いかけてこさせようとするのだ。

 元々、ブラークの街は狭く、さらにトルニア、スフミ両国で半分を受け持っている為通常の街のさらに半分ほどなのだ。その為、街並みがそこまで綺麗ではなく、ごちゃごちゃした細い路地も多く、少人数でもそれほど苦にならないのだった。


 この時、誰かが敵襲と叫んだこともあり、街中にいる人々や別の場所で守りにいた兵士が戦いに参加し始め、さらに混乱を呼び込むことになる。


 それからほどなく第一隊が到着すると守備隊詰所へと入って行くのであった。

 目的はテルフォード元公爵。おそらく地下に牢があると睨んでいた大隊長は詰所に残っている兵士を一刀の下に切り捨てながら地下へと急ぎ、十数人を倒した所で地下牢へとたどり着いた。


 部下に命じ、牢からテルフォード元公爵を助け出すと、急いで守備隊詰所から逃げ出そうと走り回る。

 だが、テルフォード元公爵の動きが遅い。手を引いて走っているがすぐに息が上がるようで碌に駆ける事も出来ない。それでもこの建物内に残っている兵士を排除している事から、少しの時間を足しただけで外に出る事が出来た。


 だが、計画通りなのはそこまでであり、計画外の出来事が起ころうとしていたのだ。

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