第二十三話 騒乱の後で【改訂版1】

2019/08/26 改訂


 ここはアミーリア大山脈のふもと、スフミ王国でも人が滅多に立ち入らず獣が我が物顔で闊歩する危険な領域である。二十人程の黒い甲冑に身を包んだ兵士達が微かに踏み慣らされた獣道を南に向かっている。


 その中でも数人は馬上にあるが、豪華な意匠を与えれた鎧を身に着けた一人が、この一隊を率いていると一目でわかるだろう。

 それとは別に、防寒用の外套を羽織っている一人は、ちらちらと見えるみすぼらしく特徴のある収監服に身を包んでおり、誰の目から見ても牢から逃げ出してきた犯罪者だとわかってしまうだろう。その男にとってみれば、こんなみすぼらしい服を何時まで着せておくのかと、そればかり口にしていた。馬上にあり優遇されているにも関わらず文句を言うその男に、兵士達は威圧を孕んだ鋭い視線を向けていた。


「いつまでこんな移動が続くのだ。説明したらどうだ」


 屈辱的な服を着せられ、休憩も着替えも出来ずに馬に乗せられていると横柄な態度を取る。この男、テルフォード元公爵は自分の置かれている立場、現状を全く理解していなかった。


「五月蠅い、黙ってろ」


 手綱を引く兵士にキツイ言葉を浴びせられる。

 テルフォード元公爵にとって罵られた記憶など遠い昔の事で、反抗的な態度を取る兵士を睨みながら”こいつはどうしてくれようか?”と、無駄に考えを巡らせていた。


「貴族である私にそのような言葉使いをして、生きていられると思うなよ」


 彼から発したその言葉は、こんな所で通じる筈もなかった。

 トルニア王国では貴族、しかも公爵を授かっていたが、そのトルニア王国でさえ罪人としての扱いになり爵位を剥奪されたも同然の身、ましてやトルニア王国からの逃避行中である。トルニア王国の法の下にいたからこそ、公爵としての地位を与えられ権力をも欲しいままに振るっていたのだと、それすらわからない世間知らずなのである。


「よろしいか?貴殿は我々に助けられ、ここにいるのだ。今まで帝国に利益をもたらしたから救出したまでの事。我々に与えられた命令は、”生きていれば迎え、亡骸であれば手を出すな”だ。いっその事、ここで亡骸になって、放置しても良いのだぞ」


 先頭を行く豪華な意匠の鎧を纏った男が振り向きざまにテルフォード元公爵に向かって現実を語る。

 この男、一隊を、いや、この五つの隊を任された【エイブライム】と言う。帝国の中での位は高く無いが少数の兵士を手足のように扱う事で帝国内では有名な男である。その為、今回のような百名規模の兵士を使って後方攪乱や救出に良く駆り出されている実戦経験豊富な男である。


「これからは貴族とは無縁の生活を送るのだ。生きているだけでもありがたいと思え」


 馬上にあるだけでも有難く思えと告げると、テルフォード元公爵は黙り込んでしまい、これ以上何も話さなくなってしまった。


(やれやれ、面倒な男を拾ってしまったものだ)


 エイブライムの心は面倒な事に首を突っ込んでしまったと後悔しかなかった。




 牢から救い出されたテルフォード元公爵であるが、この後、帝国領の片田舎で寿命が尽きるまで暮らし、忘れ去られたように歴史の表舞台から消えてゆくのである。

 さらに、彼の家族はトルニア王国で爵位を剥奪され一市民として国の管理下で生活する事になる。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 騎士団団長のギルバルドは、国境の街ブラークにある守備隊詰所の一室で渋い顔をして頭を抱えていた。

 理由は幾つもあるが、テルフォード元公爵を奪われてしまった事と守備隊の半数以上と騎士が十数名も犠牲になってしまった事にである。


 陽動に引っかかり大多数の兵士を守備隊詰所から引き離してしまった為に防衛作戦の不備が重くのしかかってきた。あれだけ派手に動き回られれば仕方ないと自らを元気づけるが不手際だった事は隠せないだろう。

 降格も致し方ないとも思えるが、将軍から下知されればそれに従うまでと気持ちを切り替える。


 テルフォード元公爵を奪い去った後、何処へ向かったのかは分かっていない。

 だが、国内に留まる可能性は低いと考え、この件は別の部隊に任せ手を引くことにした。


 これにより、テルフォード元公爵に端を発したトルニア王国内の関連事件は幕を下ろしたと考えていた。後はゴルドバの塔へ向かって貰った彼らが報酬を受け取れば、この件は残務処理を残してすべて終わる事になるだろう。


 先ほど、方途に早馬を出し、事の次第を書いた書状を送った。カルロ将軍が指示を出すまでこの地で守備隊の再編を行ってそれで終わりだろうと。


「さて、私の出世街道もここで終わりかな~?降格か何処かへ飛ばされるか……」


 ギルバルドは天井へ視線を向けながら、今後の身の振り方を考え、一人呟くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スイール達はまだ目覚めぬエゼルバルドを幌馬車の荷台に乗せ、王都に向け街道を走らせていた。行きに使った高速馬車ではなく、一般的な馬車である。

 この馬車はギルバルドが手配をしてくれたチャーター馬車であり、エゼルバルドを寝かせたまま移動するのに使ってくれと、少しばかり気を使ってくれたらしい。


 ブラークを出発してすでに三日。二日でナバラに到着し一泊。そこから王都を目指し一日程走る場所に差し掛かっていた。

 スイールとヒルダの足の怪我は内部まで治っており、全力で走っても違和感が無い程であった。

 気になるのは怪我もないエゼルバルドが目を覚まさぬ事であった。

 とてつもない力を発揮した後気を失い、それからずっと呼吸も安定し何処にも異常は見られない。


「ねぇ、エゼルは何時になったら目を覚ますの?」


 暇を持て余して何処かで購入した本に視線を落としているスイールに、ヒルダが不満を露にしながら尋ねる。

 体の不調ならヒルダが一番わかるのだが、異常が見られぬのであれば、それ以外の原因であると思われる。彼女が気にしたのは、異常なまでの怪力を発揮した時に見られた魔石が輝いた事だろう。

 魔石の変色が魔法の発動の証だと、子供の頃スイールから教わった事だ。だが、エゼルバルドが異常な怪力を見せた時に発現した魔石の異常発光を思い出せば、誰が一番詳しいかと考え、尋ねてみた。


「そろそろ、目を覚ましても良いと思うのですが……。あれだけ負担のかかる魔法を初めて使ったのですから、もうしばらく見ておいた方がよろしいですね」


 スイールは目を覚ますから気長に待っていようと、ヒルダに伝えた。


「そうなんだ。あれって魔法なの?わたしも知らないんだけど」

「ええ、魔法です。私は教えてませんので自力で身に付けた、いえ、無意識に発動してしまったのでしょう。感情に任せて発動したので制御は出来ていませんでしたが……。筋力を強化する魔法と剣に炎のを纏わせる魔法ですね。私は出来ませんが、知識だけは持っていますよ」


 ヒルダも知らず、スイールも使えないのであれば、この地上で使える者はいない事になるだろう。スイールとしても体に負担のかかる魔法を一度に二つも使った事の反動を心配している。


「見たはずです、筋肉が膨れ上がっているのを。あそこまで筋肉量を増やせば身体能力は三倍、いや四倍に膨れ上がっているはずです。力が四倍になれば駆ける速度も剣に乗せる力も相当になります。ですが、体の中にある心臓や肺などの内臓はそのまま、つまり体の内部が筋力の増強に追いつけないのです。その為に今は体の内部で整合性を取るために修復している所だと思います。もうしばらくの辛抱ですよ、側にいてあげてください。私達を守ってくれたのですから」


 にっこりと笑いながら告げると、再び本に視線を落とした。

 ヒルダもそれは理解していた。エゼルバルドが見るからに変わったのはヒルダとスイールがナイフによる攻撃を受けたすぐ後からだ。それを思うと強い事は言えなかった。


「それにしても、その時のエゼルをウチは見たかったなぁ~」


 そこへ口を挟んで来たのは戦闘に参加できなかったアイリーンだ。矢さえあれば戦闘に参加していたのにと臍をかんでいた。


「怖かったわよ、あの時のエゼルは。あんなエゼルは二度と見たくないわよ」

「違いない。あそこまで圧倒的な力を持った人はワシも敵わないだろうな。よく考えろ、鋼の剣で防いでいるのに、その剣と金属の鎧ごと人を切断するんだぞ。しかも血をふき出さないでだ。切断面は焦げたように黒く炭化していた。あの時は人で無くなったかと思った程だ」


 ヒルダもヴルフもそれ以上の話はしたくないとすぐに口を噤んだ。二人の顔色が青白くなるのを見たアイリーンはそれ以上の話を聞くことを躊躇ためらった。今の言葉を聞き奥底に恐怖を感じたからに他ならない。


 その会話から二日半後、馬車は王都アールストへ到着するが、エゼルバルドが目を覚ましたのはさらに一日後の夕方であった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 テルフォード元公爵を捕まえる依頼を受けていたもう一つのチーム、ミシェール達一行はスイール達より一日早く王都アールストへと帰着していた。ブラークの街での騒動に首を突っ込まなかった為、事情聴取が無かった為だ。


 それによりワークギルドへ依頼完了の報告を先に行い、大金を手に入れていた。一人当たり大金貨二枚、日本円にして百万円だ。この世界では宝石類も手に入る程の金額で、贅沢をしなければ数年、いや、十年は遊んで暮らせるだけの金額である。


 当然受け取りはカウンターではなくワークギルド支部長の部屋である。


「おめでとう。国から出た依頼達成の報酬だ」


 王都のワークギルド、南の支部長、ゲルティが一人ずつに皮袋に入った金貨を渡している。二枚しか入っていない為大きな音せず、重さも感じないが大金であることは確かだ。

 一度に受け取る報酬で最高の金額でもあった。


「こちらは依頼をこなしただけです。そこまで言われることは無いですよ」


 ミシェールは謙遜してそういうのだが、


「いや、これだけの報酬を個人で受けるのだ。羨ましい限りだし、国からの依頼をやり遂げてくれてこちらとしてもありがたいのだ。そのお礼も兼ねてだよ」


 ゲルティの顔は笑顔で一杯だった。


「また国からの依頼があったらよろしく頼むね」

「考慮しておきましょう」


 ミシェールはニコッと笑いながら笑顔のゲルティの質問をやんわりと受け流し、ワークギルドを後にするのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 王城で報告を受けていたカルロ将軍は悩んでいた。


 一つは折角捕縛し、王都へ護送する手前まで行ったテルフォード元公爵を奪われてしまった事。そしてもう一つは国は口を出してはいない、ワークギルドに関する事であった。


 テルフォード元公爵の件は、出元の分からぬ噂話から調査が始まった。国庫から出ていた金が何処かへ流れている。それがテルフォード元公爵ではないか、と。

 その調査をヴルフに依頼をした後、調査は暗礁に乗り上げる。


 それとは別に城下に麻薬の蔓延が起きつつある現状があった。その後、城に出入りしていたアーラス教の大司教が元締めとして、下水口を輸送ルートに使っていたと判明した。

 その出口は売人を雇っていたマクドネル商会の倉庫につながり、その拠点を潰した事で麻薬の蔓延を阻止できた。

 そして、帳簿を調べて、最後の最後にテルフォード元公爵にたどり着く事が出来た。


 さらにアーラス教の大司教が元締めと判明するのも、”黒の霧殺士”を追っていた偶然であった。追う前にエゼルバルドが串刺しになったが、治療費を払ったとしてもお釣りがくるくらいありがたかった。


 事件の調査を水面下で進めていたが、それが表に出て国家を揺るがす大事件に発展する可能性を潰せた事は大きい。テルフォード元公爵を逃がしてしまったのは残念だったが……。


 国外に亡命をしているだろうが、テルフォード元公爵本人の能力はそれほど高くないのが救いだ。内政面にしろ軍事面にしろ、目立った功績を上げた事は無いのだ。その位の人物ならいなくなって丁度良い。

 おまけにテルフォード公爵家が無くなる事で国家の財政面も少しであるが余裕が生まれる。国庫からの給金の他、接収したテルフォード元公爵の屋敷や残されていた貴金属、美術品の売却でかなりの販売益を得る事が出来よう。


 最後にテルフォード元公爵を逃がしてしまった騎士団は降格処分の予定であったが、被害を出してしまった関係もあり、現状維持に決まった。

 ここまで考えて、テルフォード元公爵に関する一連の事件は一応の終わりと見て良いだろう。


 もう一つ、ワークギルドに関してだ。


 ワークギルドには各国から支援をしている。

 これは他の商業ギルドに代表されるギルドと違い、利益追求ではなく地域や国の安定を目指しているからに他ならない。その為、資金の支援と共に制度上の改変を求むることが出来る。それが採用されるかはワークギルド内部の話し合いを待つ必要があるのだが……。


 今回のゴルドバの塔へはワークギルドから人を派遣出来たから良かったが、もし短期間で人を派遣出来ずにいたら如何なっていたかと考えた。

 そうなれば誰の派遣も出来ずに、テルフォード元公爵を追う事も出来ず、みすみす逃してしまっていただろう。

 運良く二チームが揃ったが、これを制度化できないかと考えた。


 例えば、”級なし”、”中級”、”上級”、そして”特級”の創設だ。


 ”級なし”であれば一人でも受ける事の出来る、例えば草むしり、収獲の手伝い、薬草取り、ペットの捜索など大多数の人が受けている依頼だ。季節労働者などこれに当たると思ってよい。


 そして、”中級”。近隣の山林等で獣類を駆除できる依頼だ。二番目に多い、獣類を捕り食料や毛皮などの素材を採取する事を目的としている。


 三番目の”上級”は商人の護衛や盗賊の討伐など、対人を相手にする依頼だ。これには信用を必要とし、なおかつコミュニケーション能力を要する。


 最後の”特級”は国家からの依頼を受けて達成できる程の能力を持つチームに与えられる。先ほどのゴルドバの塔への派遣はこれに相当するだろう。

 この級のみ、街を移動する場合に報告を義務づける。


 ここまでの考察を纏め書類に起こすと執務室を出て何処かへと出かけて行った。

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