第二十話 ゴルドバの塔攻略 その五【改訂版1】

2019・08・26 改訂


「誰かと思えばオレに串刺しにされた兄ちゃんじゃないか。背中のその大きな武器ですぐわかったぜ。で、武器を変えてリベンジか?」


 挑発じみた言葉にエゼルバルドはピクリと反応する。だが、それを受け入れ反省の材料としている為か、激昂などする事もせず、逆に冷静に言い返す。


「武器を変えてと?いやいや、こちらが主武器なんですがねぇ。この両手剣は予備ですよ。でも、予備の剣でそこまで習熟も進んでなかったオレに苦戦する貴方こそ、そこまでって事ですよね?」


 エゼルバルドはブロードソードを敵に向けたまま、挑発返しをしてみせたる。


「高い金を払ってるんだ、さっさと始末しないか!!」

「五月蠅い!気が散るだろ!」


 黒ずくめの男の後からテルフォード公爵が無駄話をするなと口汚く言葉を飛ばして来た。この劣勢の状態で、まだ有利な状況と勘違いしている公爵に辟易しだすが、請け負った料金分は仕事をしなければならぬと、ブロードソードを向ける男に目を向ける。


「仕方ない、また串刺しにしてやる」

「それは楽しみだな」


 お互いに挑発し合うと、同時に床を蹴り間合いを詰めて剣を振るい始めた。




「災難だったな、アイリーン」


 スイール達の側へ、トボトボと歩み寄って来たアイリーンにヴルフが声をかけた。そして、頭や体の埃を落としながら、ここまでの行動を思い出して嘆きながら話し始める。


「大変だったわよ。地下に落とされて、でっかい蜥蜴に襲われるわ、矢筒を失うわでここまででも大赤字よ。最後はエゼルの火球ファイヤーボールで天井をぶち抜いて埃まみれ。お風呂に入りたいわ~」


 矢を落として赤字なのはともかく、別ルートに進んでしまったのは運が悪いとしか言いようがないだろう。だが、ここに全てのチーム員が集合した事は幸運であったが、アイリーンの話に興味を持ったスイールが神妙な面持ちで尋ねる。


「その、巨大な蜥蜴とはどのようなものでしたか?詳しく話を聞かせてくれますか」


 アイリーンの話にあったでっかい蜥蜴--スイールは言い直して巨大な蜥蜴とした--にスイールは興味を持ったらしい。

 過去に何回か巨大な蜥蜴、蜥蜴人リザードマンと全く違う知能の無い食欲と破壊だけを持ち合わせた生物に襲われた村々があったと記憶から蘇って来たのであった。


「かなりでかくて、動きは遅かったんだけど、首と尻尾の攻撃は強烈だったかな?胸元が白っぽい色で、全身はピンクっぽい赤。持ち上げた首は三メートル位だった気がする。それがどうしたの?」

「ヒュドラ……」

「え、今なんと?」

「なんだと!」


 スイールがボソッと口から出した呟きに二人、アイリーンとヴルフが反応した。


「話を聞く限りその特徴を持つ蜥蜴と言えばヒュドラしかいません。アイリーンが見たのはまだ進化途中の個体。どうやって進化するのかは不明ですが、これから首が生え、多頭のヒュドラに成長するのでしょう。過去に二つ首や三つ首のヒュドラは見た人がいるらしいですけどね。ちなみに倒し方は、口から火球ファイヤーボールを放つとか、内部からしか倒せませんよ」


 博識のスイールがヒュドラの解説を行い、それを聞いているアイリーン達はなるほどと感心しながら聞き、それを頭の片隅に記憶していく。


 その一方で”黒の霧殺士”と刃を交わしているエゼルバルドは……。




 ”キンキン!””キキン!”


 ブロードソードを高速で振るうゼルバルドが優勢に戦いを進めていた。


 黒ずくめの男の刺突をすべて剣で受け流し、そして、斬撃には斬撃で対処していく。今はエゼルバルドが攻撃に転ずるのを警戒し、一方的に攻撃している。それを全て予測や視認により攻撃を防ぎ全く寄せ付けずにいた。


「ば、馬鹿な!!」


 高速で繰り出している刺突や斬撃の全てを防がれ焦り出していた。

 そして、戦っている本人達にしかわからぬ心の揺らぎを一瞬見せた。

 エゼルバルドはそれも計算の内でそろそろ頃合いだと見抜いており、守り一辺倒から攻守を入れ替え攻撃に転じるのであった。


 繰り出された刺突をブロードソードを振り上げて剣戟で大きく弾き反らすと、すぐさま切っ先を黒ずくめの男へと繰り出しバランスを崩させる。

 男の懐に瞬時に潜り込むと細身剣レイピアの斬撃をブロードソードで防ぐと、左手で鳩尾に掌底の重い一撃を放った。


 エゼルバルドが上手だとは言え、相手は”黒の霧殺士”に所属する剣士である、鳩尾への一撃を体を咄嗟に捻り受けることなく躱す姿に感心するのであった。


 だが、それで攻撃が終わりになるはずも無くエゼルバルドは追撃を行った。

 右に大きく開いたブロードソードを一閃させると、そこには黒ずくめの男の右手があった。並の剣士であれば、そのまま手首を切り裂かれ剣士としての一生を終えるのだが、やはり”黒の霧殺士”に属する男にはそれで終わりになるほど甘くなかった。


 手首をくるりと回転させて細身剣レイピアで受け流し手首を切り落とされずに済ませた。その代償として無理な態勢で剣戟を受けた為に細身剣レイピアを手放してしまったのだ。


 武器を失い、徒手空拳では勝ち目は全く見えぬと感じると後背へと飛び退き間合いを取るのだった。


「ふんふん、これが刺さればと痛いよな~。オレ、良く生きてたなって自分でも感心するよ」


 男の手から投げ出された黒い刀身の細身剣レイピアを左手で拾い、エゼルバルドは呟いた。

 黒ずくめの男は敵に拾われる細身剣を見つめながら、痛みの残った右手で予備の細身剣を一本抜き目の前に構える。

 先程の攻撃を受けて右手の握力が弱くなっているためか、十分に扱える力が残っておらず勝ち目は薄いと思い始める。

 だが、自分も”黒の霧殺士”の一員だと思い直し、逃げ場のないこの場所で最後まであがく事に決める。


 ”黒の霧殺士”の男は、降伏勧告を受けて生き残ったとしても、組織は許さずいつかは命を奪われるだろうと感じていた。

 それでは何処かへ逃亡するかと考えるが、準備も無く飛び降りれば確実に死が待っているだろう。それに唯一の逃げ場には憎らしいヴルフが控えておりそれも無理がある。

 依頼主を盾にする事も考えたが、躊躇せず自分を狙って来たと思えば生死問わずとされている可能性が高い。


 逃げ場を失い、如何する事も出来ぬまま、最後の選択を迫られる。


 左手に細身剣レイピアを持ち替えると切っ先をエゼルバルドに向け、そのまま床を蹴り自らを勢いを付けて駆け出し一気に間合いを詰める。

 そして、最後の一撃だと渾身の力を込めてエゼルバルドの心臓に向け切っ先を繰り出した。


 エゼルバルドは冷静に敵が向かい来る姿を見極めると、右手のブロードソードを前に、左手の黒い細身剣レイピアを引いて変則的な構えを取った。

 そして、突き出してきた細身剣レイピアをブロードソードで受け流し、がら空きになった体へ左手で握った細身剣レイピアを突き刺した。


 これで全てが終わった。

 エゼルバルドが突き刺した細身剣レイピアは黒ずくめの男の心臓を正確に貫いた。

 そして、突進の勢いのままエゼルバルドへともたれ掛かると、口から大量のどす黒い血を吐くと、かっと見開いた目で恨めしそうな形相をしながらその場へ崩れ落ちた。


 さすがに目を開けたまま死にゆくのは忍びないであろうと、エゼルバルドは黒ずくめの男の傍らに片膝を付くと瞼を降ろし祈りを捧げるのであった。




「テルフォード公爵ですね。国王から捕縛命令が出ております。大人しく一緒に来てもらいましょう」


 ロープを手にしたミシェールがテルフォード公爵を捕まえようと近づくも、彼はベッドに座り、放心状態のままピクリとも動く気配がない。


 その、テルフォード公爵に手を伸ばそうとした、その時であった。


「公爵からぁ、離れろーー!!」


 ベッドの横に屋上へ続く梯子が設置され、そこを上ると天井には出入口の穴が開けられていたのだ。

 天井までの高さが三メートルもあり怪我をする可能性があるにもかかわらず、公爵に手を伸ばそうとしたミシェール目掛けて飛び掛かって来たのである。

 とは言え、兵士が襲い掛かった相手はベテランの域に達しているミシェールだった。白いメッシュの入った頭髪から初老に片足を入れているかと思われがちだが、彼はまだ現役で働けるだけの身体能力を持ち合わせ瞬時に体を捻るなど、出来ぬ事も無い。


 だが、公爵を縛り上げようと油断していた事もあり、敵の斬撃を躱したは良いが無理な体勢を取らざるを得ず足首を捻ってしまった。


 足首を捻ってしまった事で咄嗟の動作が封じられたミシェールは襲い掛かる敵を目の当たりにし死を意識してしまう。すぐ前に怒りに満ちた敵が今にも切っ先を突き立てようとすればそう考えてしまっても不思議ではない。


(こんな最後か……。まぁ妥当かな)


 自らの死が迫っているにもかかわらず笑みを浮かべていたが、その直後に訪れたのは彼の”死”ではなかった。


 ”ヒュンッ!”


 彼に届いたのは風を切り裂く高音だった。


「ハアアァァァ!!」


 そして、一瞬早く兵士の気配を察知していたキルリアが隠し武器のナイフを投げ付け、その後、自らその兵士に体当たりを掛けると、同時にナイフを首筋に突き立てていた。


 敵将を討ち取ると息巻いてミシェールに襲い掛かったのだが、寒風にさらされ寒さに凍えた体では十分な能力も発揮出来ず、キルリアのナイフにも体当たりにも体が反応出来なかったのだ。


「走馬燈が目の前を走った気がしたよ、助かった」


 敵の首筋からナイフを抜き取り血糊を拭き取っていたキルリアにお礼を言うと、足を痛めたと告げ公爵の捕縛を頼んだ。


「いい様にやられてたから俺が受けるぜ」


 先程、黒ずくめの男に軽くあしらわれたレスターが、汚名返上だとロープを受け取り、ぐったりと頭を垂れるテルフォード公爵を後ろ手に縛る。

 その最中に、ルチアがミシェールに近づき、回復魔法ヒーリングで捻った個所を治療し歩けるまでにしていた。


 これで依頼はすべて終わりだと、皆がホッと息を吐いた。

 それぞれが緊張の糸が切れたようにその場に座り込み、水を飲んだり、携帯食料をかじったりと気分を紛らわし始める。

 それも、五分ほどで気を引き締め直し、持ち物の確認をして帰りの準備を終える。


「それでは帰りましょうかね」


 スイールが全員に声を掛けると彼を先頭に、その後にテルフォード公爵を据えゴルドバの塔を降り外へと出て行くのであった。

 テルフォード公爵は歩く速度を遅くしたり、座り込んだりと軽く抵抗していた。だが、”死んでても良い、首があれば”と生死を問わずと依頼にあったと彼の耳元で囁くと、それからは従順な家畜の様に歩くのであった。


 ゴルドバの塔を出て、送り迎えの騎士達が待つ合流場所まで固く踏みしめられた道を悠々と一時間ほど歩くと、予定通りその場所に馬車が待機していた。


「テルフォード公爵の捕縛、お疲れ様です。公爵はこちらに乗せてください」

「それじゃ、引き渡すからよろしく頼むよ」


 トルニア王国騎士団団長のギルバルド自らが馬車の前で出迎え、そして、彼自身が捕縛されたテルフォード公爵を引き受ける。それから、公爵に幾つかの拘束具で手足の自由を奪うと強引に馬車に乗せた。


「テルフォート公爵以外はどうした?」


 テルフォード公爵は捕縛命令--ただし生死は問わない--を依頼されたが、他の兵士についてを正直に二人のリーダーは答えるのであった。


「戦闘で倒した兵士以外は、後ろ手に縛って転がっている筈です」

「戦闘で倒した兵士以外は、寝首を掻いて始末してある」


 二人からの報告にギルバルドは頭を押さえ、がっくりと肩を落とした。

 多少でも逃がして事件後の処理が簡単になったかと思えば、その逆で仕事を増やされていたのだ。

 そして、五名の騎士を馬車ごとゴルドバの塔の清掃と犯罪者の捕縛へと指示を出し終えると、スイール達を連れて国境の町ブラークへと引き上げるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 明け方の四時頃にテルフォード元公爵を回収したギルバルドは、一台の馬車と食料、そして一部の騎士達をゴルドバの塔へ向かわせ、三台の馬車を連ねてブラークへと走らせていた。

 十一月も半ばを過ぎ、冬の足音が聞こえて来る季節。星が瞬く夜にはそれが顕著になり、馬車馬達の息が白くはっきりと見える。

 すでに休憩を一回挟んで二時間半が経とうとしている。馬車の向かう方向の地平線から徐々に太陽が昇ってくる。空は青く晴れ、昨日の曇天が嘘のようだ。

 当然ながら太陽が昇る時間は気温が一気に下がる、放射冷却現象が感じられる時だ。馬車の中でゆっくりと眠るゴルドバの塔を攻略した十人の勇士にも当然の様に寒さが襲い掛かるのである。


 外套を上に掛けているとは言え、冷えた空気に纏わり着かれ、眩しい太陽の光に照らされたエゼルバルドはゆっくりと目を覚ました。

 寒いのは季節がら防ぐ事は出来ないとしても、太陽の眩しい光は馬車のブラインドを下ろしておけば防げたと少しだけ後悔した。

 それでも眩しさを取り払い、もう少し寝ておこうと体を動かそうとするのだが、肩にもたれ掛かるヒルダを視界の隅に収めると、起こすには忍びないとそのまま瞼を閉じた。


 夜通し働いたのは皆も同じで誰もが寝入っているが、その中でも疲れてもたれ掛るヒルダが可愛く思え始める。そして、フードを深く被り直すと眠りに就こうとした。


 目を瞑るエゼルバルドは一つの不思議を感じていた。肩にもたれ掛かるヒルダを妹のように感じた事はあったが、可愛いと思った事が一度も無く何故そのように思ったのかと。

 だが、その結論が出る前に、再び眠りの途に就くのであった。




 エゼルバルドが一度目を覚ましてからおおよそ一時間半後、時間は太陽が元気に顔を出して朝食の時間になる。三台の馬車は街道の脇に止まり休憩を取っていた。


 馬車馬達の体からは白い水蒸気が立ち上り、体が熱を持っていたと良くわかる。用意された桶に生活魔法で水を貯めると、馬車馬達は一気にそれを飲んでいた。

 この休憩が終わり、数時間もすれば国境の街ブラークへ到着するだろう。そうすればテルフォード元公爵を守備隊の牢へ放り込み依頼は終了する。

 王都まで帰る必要はあるが、それは枝葉の事だ。護送に付き添えとは契約にも無かったはずだ。


「よ~し、出発するぞ」


 騎士団団長ギルバルドが大声で叫ぶと、エゼルバルド達も手伝いながら屋外のテーブルセットを馬車に積み込み、ブラークへ向けて出発するのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「隊長、ゴルドバの塔に到着しました」


 騎士団団長のギルバルドから別行動を指示された五名の騎士はゴルドバの塔を見上げていた。

 この最小人数で、塔に残され身動き取れぬ敵の搬送と殺された敵の後始末で来たものの、どうするかと頭を掻き思案に暮れていた。

 だが、考えていても仕方ないと塔に入り仕事を始める事にした。


 玄関口からホールに入ると、そこに待っていたのは壁に一直線に残る赤い血液、そして、無残な姿で殺され転がされている敵の骸であった。

 赤く鋭利に切断された断面や、頭部を串刺しにされている姿を目にすれば、実践を経験しておらぬ騎士達に多大なショックを受けていた。


 指示を受けた隊長も気丈に振舞っているが、胃からこみ上げてくる物を堪えるので精いっぱいだった。その部下たちは殺された敵を見て、自分の足元に胃の内容物を吐き散らかしていた。

 どうせ掃除をしなければならぬと考えていたので、撒き散らかした吐瀉物には目を瞑るのであった。

 ただ、一言”作業を開始せよ”とだけ告げたのである。


 五人は先ず一階からと、玄関ホールにある敵兵士の遺体を丁寧に布にくるみ出し、無言のまま作業を始める。

 その後、塔全体の処理が終わると、そのまま応援が来るのを待つのであった。




 その後、ゴルドバの塔で作業に向かった五人を、否、その五人を含め生きていた者達を遺体で発見するのは、それから十日も経ってからであった。

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