第十九話 ゴルドバの塔攻略 その四【改訂版1】
2019/08/26 改訂
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アイリーンが見つけた人工構造物の内側には上へ伸びる螺旋階段が作られていた。
壁に穴を開け角材、--踏みしろを広く取った木材--が刺さった構造をしている。バーンハードが数メートルを無事に上り下り出来た事を考え、この場からの脱出に使う事にした。
閉じたドアが破られ、巨大な蜥蜴の化け物を襲い掛かってくる危険もあると、早々にその場を去ろうと考え螺旋階段を上り始める。
本来であれば人工構造物など無視して出口を探すべきなのだが、蜥蜴に追いつかれ逃げ場を無くすよりはマシだろうと考えたのだ。
「さすがにこれは怖いんですけど、アイリーンさ~ん」
珍しくエゼルバルドが弱音を吐いた。
右手を壁に付けながら一歩一歩、踏みしめて階段を上がる。
「下向かなきゃいいんだよ。まぁ、ウチなんかこの手の階段や壁登りに慣れちゃったから何も感じないけどね」
暗い遺跡の壁を上り下りしていると自慢げに胸を張って話すのだが、前を行くエゼルバルドとバーンハードは後ろを見る余裕もなく、アイリーンの話にただ頷くだけであった。
「ドアで絞められた空間だから埃っぽいけど、襲って来る動物がいないのは楽だね」
「暗がりなら蝙蝠くらい見えるはずだが。それが見えないとはよっぽど密閉した空間だったのだろう。おそらくこの角材もその影響で朽ちるのが遅いのだろうな」
ドアが閉り密封されていたおかげだとエゼルバルドとバーンハードは感謝をするのであった。それでも踏みしめている螺旋階段の角材が朽ちかけており、踏み抜いて落下する一歩手前を経験をするのであった。
「危ないなぁ!落ちたらどうすんだよ」
エゼルバルドが落下していく足場だった木材を見つめながら叫んだ。
それから登る事二十分程で、螺旋階段の素材が木製からしっかりとした石材へと代わる。最後の五メートル、段数で言えば二十五段分が劣化の少ない特殊な石材を使用しており傷一つ付いていない。
「これ、魔法でも壊れない気がするな……」
エゼルバルドが
「あそこ、出口じゃないか?」
足元に注意を向けていると、バーンハードがふと何かを見つけたらしく、彼が指す先には天井付近まで螺旋階段が続き、黒っぽい天井の中に白く色分けされた四角い領域が見えた。
「開くのか?」
「押してみようか?」
バーンハードとエゼルバルドが色違いの天井を押し上げてみようとするが、二人の力をもってしてもびくともしなかった。それに苛立ったエゼルバルドが最終手段ですがとアイリーンとバーンハードに提案を持ちかけてみた。
「ちょっと危険かもしれないけど、
バーンハードもアイリーンも爆風がこちらまで襲って来るのでは無いかとの心配をするのだが、今さら戻るにも面倒でもあるし、巨大な蜥蜴と再び見まえるなど御免だと、エゼルバルドの案に渋々と頷くのだった。
「それじゃ、撃つからね」
螺旋階段を
「行け、
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「皆、寝ててあっと言う間だった」
キルリアと共に敵の寝首
「ここも九人ですか。どれだけ舐めているんでしょう」
「ぶっ潰す奴が少なくなって楽になっただろう。あ~あ~、モーニングスターは血を求めるって?シスターも血が好きだね~」
「ちょッと待て、レスター!」
ほぼ敵兵士を潰したと予測し、ルチアを茶化すレスター。ミシェールとしてはあまり楽観的になって欲しくはないが、既に敵の人数を上回っており、甘く見るなと言われてもそれは難しいだろう。
「もう手練れの敵もいないはずです。行きますよ、レスター!ルチア!」
「う、うっす!」
「仕方ない」
軽くじゃれ合う二人を余所に次へと進むことにする。休憩室のドアを出て暗い廊下を少し進むと最期の多目的スペースへ続くドアがある。
キルリアに任せても良いがミシェールが先頭を進むために自らがその先を確かめるとドアを開け、暗闇の中へとゆっくりと進み入る。
「この部屋を抜ければ最上階へ続く階段だ。引き締めて行こう!
多目的スペースから最後の廊下へ通ずるドアから聞き耳を立てた時であった。
「チッ!誰か来る」
ミシェールは壁際に一列に沿う様に指示を出し、
それが、たった数秒だが、一時間にも二時間にも、とても長く感じた。
ミシェールは今も握っているショートソードがやけに重く感じていた。普段使いのショートソードを重いなど微塵に感じたことが無かったがこの時ばかりは違っていた。
ミシェールや後ろに連なるメンバーの命だけでなく、もう一つの協力メンバーの魔術師スイール達の命をもこの手に握っているとなれば、その肩に掛かる
ドアを挟んでかすかに聞こえてくる足音。コツコツと徐々に音が大きくなり、ドアの前で止まる。
ミシェールはショートソードを握りしめ、敵が姿を現すのを待つ。息を止め肩の高さに構えるそれに力を込める。
それから、わずか一秒待っただろうか。
”ガチャリ”と小さな音が耳に届いたが、ドアは開かずに足音も徐々に小さく遠のいて行く。
それを聞き、”ふぅ”と溜息を吐きながらショートソードを下ろすと、
「どうやらあっちへ行ったらしいな。これに乗じて一気に最上階へ上がるか?」
ここは思案のしどころと振り向く。ミシェールはこのメンバーなら負ける事は無いと考え最上階へ行ってしまっても良いと考えてた。
「オレは賛成だ。一気に決めちまおうぜ」
「何とかって護衛を雇ってるんだよな。さすがに負けるとは思わないけどね」
「私はどちらでもいい。ミシェールさんの好きにして」
反対意見も無いと見ると一度頷いて見せる。
「すぐにあいつ等も追いつくだろうから先に行くか。一番手はレスター、二番手はオレ、三番手はキルリア、殿はルチアお前に任せるぞ。ドアを出て右へ進めば階段だ。一気に登りきるぞ。そうそう、このドアは開けっぱなしにして締めるなよ」
最上階へ向かう隊列を指示し、”さあ、行くぞ”と合図を出すとレスターを先頭にドアから飛び出して行った。
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ドアを潜り廊下を走り抜け、塔の最上階へと続く螺旋階段へとたどり着く。
ミシェールの予想では戦力の大半を潰しており、残りはテルフォード公爵と手練れの相手、そして見張りが数人残っているだけと予想していた。
その為に螺旋階段では迎え撃つ兵力をおけぬと考えていた。
心配は暗がりからナイフ等、飛び道具で怪我を負う事だが、レスターならそれも対処出来るだろうとの判断もあった。
四人は階段を一気に駆け上がり、最後のドアへとたどり着く。そして、筋肉自慢のレスターがドアに
そして、破壊した入口へ頭から飛び込み、一回転して
レスターがそこで目にしたのは、壁に掛かる幾つかのランタンにオレンジ色の火が灯り、明るく照らされた部屋の中央で黒ずくめの男が自信ありげに立っている姿だった。
そのさらに奥に、もうすぐ老齢になるであろう男が寝間着姿でベッドに腰掛けてやる気のない視線を向けていた。
「今宵はだいぶ静かだと思ったら、季節外れの夏の虫ですか。季節外れなのですから早めに死んでくれませんかねぇ」
レスターに続けとミシェール、キルリア、そしてルチアの三人がレスターの横へ集まった。直径十五メートルの塔の最上階は黒ずくめの男の後ろにあるテーブルとベッド以外、碌に家具も置かれておらず、広々として剣を振るうには申し分ない。レスターやルチアの大型の武器を振るっても余裕である。
「夏の虫とは誰の事だ?まぁ、嫌われて退治されるカサカサと動く
筋肉しか取り柄が無いと思われていたレスターの口から流暢に黒ずくめの男へ悪口が吐かれたのだ。
「その黒い虫に退治されるとは可哀そうに。すぐにあの世に送ってあげますから、祈りなど不要ですよ」
黒ずくめの男は左の腰に一本だけ帯びている
「あの男、異様だ!注意しろ」
ミシェールはその男を一目見て警戒を露わにした。
まず、抜き放った
さらに腰の後ろに平行に差してある三本の
今は右手一本で構えており、二刀流とは思えない。
剣速を生かした刺突と斬撃の組み合わせで敵を翻弄する戦いをすると予想すれば、
そして、ミシェールとキルリアは暗殺の類に特化しており、手練れとの戦いを苦手としている。バーンハードがここにいればと悔やんでも悔やみきれなかった。
「そうも言ってらんねぇ。ここは任せてもらうぜ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
ミシェールの制止も聞かず、レスターは黒ずくめの男との距離を一気に詰め、決着を付けようと
「とりゃぁ!!」
”ビュンッ!”と風切り音と共に
「当たれば痛いですが、太刀筋がわかる攻撃などにかすりもしませんよ。前に串刺しにした男には苦戦しましたが、貴方はそれ以下ですね。一本を無駄にしてでも貴方を無効化いたします」
言うが早いか、
それでも、幾度もの戦いを切り抜けてきたレスターは決定的な一撃を貰う事も無く、受け流す事に専念する。しかし、共に戦ってきた
「どうしましたか?防戦一方では私を殺せませんよ」
不気味に笑みを浮かべる黒ずくめの男の剣戟は止まる事を知らず、レスターは次第に後退させられズルズルと追い込まれていく。
敗戦を覚悟したレスターは何とか体勢を立て直そうと奮闘するがそれにも及ばず、壁際へと追いつめられてしまう。これなら小回りの利く武器を何本か用意するのだったと後悔すがすでに後の祭りであった。
「後はその首を刎ねればお終いです。さようなら、夏の虫さん」
黒ずくめの男が最後の一撃をレスターへと与えようと
実際飛んできたナイフは狙いも飛び方もいい加減で、あったが咄嗟の事に躱す羽目になってしまった。
「ちっ、何処から!」
黒ずくめの男が視線を向けた先には、この状況下で最悪の相手の存在を見つけてしまったのだ。
「”神速の悪魔”とはなっ!」
黒ずくめの男はヴルフがこの場に姿を現した事に毒付いた。
彼からすればトルニア王国に派遣された中で最強最悪の相手であり、傷一つ与えられずに地に伏される相手だ。
先に姿を現した筋骨隆々の戦斧男、棘棘のモーニングスターを振るうシスター崩れ、同じ暗殺者の二人。それだけであれば勝てなくとも負ける気はしなかった。
だが、そこに三人、魔術師とシスター、そして最悪な相手”神速の悪魔”のヴルフが現れたのだ、谷底へ一気に落とされた気分だった。
「さて、エゼルの仇を討たせてもらおうか」
左の腰に帯びているブロードソードに手を添える鞘から引き抜き、レスターの前に出る。
「”神速の悪魔”が仇討ちか、泣かせるね~。で、奴は死んだのか、残念だったな!」
「何を言ってる、死んでないぞ。ここにいないから代理に相手をするだけだ」
馬鹿にしたような笑いを向けて黒ずくめの男を挑発て行った。
「まぁ、仇討ちは本来はどうでもいいんだがな。お前の後ろにいる奴さえ拘束出来れば依頼は完了するからな。その為に目の前にある障害を排除するだけだが、命が惜しかったら尻尾を巻いて逃げても誰も止めんのだがな。尤も、その暇はあると思えんがな!!」
レスターに”悪いが譲ってもらうぞ”と視線を向けると、黒ずくめの男との距離を詰め、ブロードソードを振るう。
まず初めにと牽制に横にブロードソードを軽く一閃してみる。
当然だが、黒ずくめの男は後方に軽く飛び退き躱した。
「その位して貰わんと意味がないからな」
「くそっ!舐めやがって!」
レスターと対峙していた時とは逆の劣勢になったと臍を噛んだ。
「色々使われては困るからな、さっさと終わらせてもらう」
煙球を使われ逃した経験から、次の一振りで決着をしようかと剣を構え、その一歩を踏み出そうとした時だった。部屋の隅がいきなり爆発し、埃と煙が上がった。さすがのヴルフも咄嗟に反応してしまい、その煙から離れる様に飛び退いた。
「敵か?罠か?」
黒ずくめの男を牽制しつつ、その煙をチラチラと見やると、そこに人の姿を見るのであった。
「けほっけほっ!死ぬかと思った」
「お、凄い所に出たぞ」
「二度とゴメンよ、まったくぅ~!」
もうもうと上がった煙が晴れると、そこから埃に
「お前達、何処から来たんだ」
「あ、ヴルフ。それに皆も。あれはオレに
「あぁ、いいぞ。思う存分やっていいぞ」
「ありがとう」
エゼルバルドの問い掛けに、鼻を鳴らして相手を譲る。
そして、使い慣れたブロードソードをすらりと抜き放ち、ヴルフを横目に黒ずくめの男へリベンジ果たすべく切っ先を向けた。
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