第十九話 ゴルドバの塔攻略 その四

 アイリーンが見つけた人工構造物の内側には上へ上る螺旋階段が作られていた。壁に穴を開け木の棒--と言っても踏みしろを広く取り加工した木材--が刺さった構造をしている。バーンハードが数メートル登ったが崩れ落ちる事なく上り下り出来た事を考え、登る事にした。


 何とか閉めたドアを破り、蜥蜴の化け物が襲い掛かってくる危険もあると、早々にその場を去ろうと考え螺旋階段を上りる事にした。

 本来であれば人工構造物など無視して出口を探すべきなのだが、蜥蜴に追いつかれ逃げ場を無くすよりはマシだろうと考えたのだ。


「さすがにこれは怖いんですけど、アイリーンさ~ん」


 珍しくエゼルバルドが弱音を吐く。右手を壁に付けながら一歩一歩踏みしめながら階段を上がっていく。ライトの魔法が届かない奈落の底が足元に広がると、落ちてしまいそうな感覚に陥りどうしても委縮してしまう。


「下向かなけりゃいいんだよ。ウチなんかこの手の階段や壁登りに慣れちゃったから何も感じないけどね」


 暗い遺跡の壁を上り下りしていると自慢げに胸を張って話すのだが、前を行くエゼルバルドとバーンハードは後ろを見る余裕もなく、アイリーンの話にただ頷くだけであった。


「ドアで絞められた空間だから埃っぽいけど、襲って来る動物がいないのは楽だね」

「暗がりなら蝙蝠くらい見えるはずだが。それが見えないとはよっぽど密閉した空間だったのだろう。おそらくこの木もその影響で朽ちるのが遅いのだろう」


 ドアがしっかりと閉まっていたおかげだとエゼルバルドとバーンハードは感謝をするのであった。それでも登っている途中、螺旋階段になっている木の数本が朽ちかけていたりして、踏み抜き落ちる一歩手前を経験をするのであった。


「危ないなぁ!!落ちたらどうすんだよ」


 エゼルバルドが落下していく足場だった木の棒を見ながら呟く。

 そして登る事二十分、螺旋階段の素材が木から石へと代わる。最後の五メートル、段数で言えば二十五段分だ。しかも劣化の少ない特殊な石を使っているようで傷一つ付いていない。


「これ、魔法を使っても壊れない気がする……」


 エゼルバルドは暗い中でも材質を見抜き、丈夫さを歓迎した。つまりはその上に乗っていれば落ちる心配が無いと。


「あそこ、出口じゃないか?」


 バーンハードが指す先には、天井付近まで螺旋階段が続き、黒っぽい天井の中に白く色分けされてている四角い領域が見える。


「開くのか?」

「押してみましょうか?」


 バーンハードとエゼルバルドが色違いの天井を押し上げてみるがびくともしない。二人がかりでも押し上げられないそれに、いら立ちを覚えるエゼルバルドが最終手段だと提案を行う。


「ちょっと危険かもしれないけど、火球ファイヤーボールを当ててみようかと思うんだけど」


 バーンハードもアイリーンも爆風がこちらまで襲って来るのでは無いかとの心配があった。だが、今さら下に降りる事など面倒であるし、蜥蜴と再び見まえるなど御免だと、エゼルバルドの案に乗る事にした。


「それじゃ、撃つからね」


 天井から火球があたるギリギリまで下がると、エゼルバルドは魔力を練り始める。少し強めに魔力を込めると色違いの天井に向かって魔法を放った。


「行け、火球ファイヤーボール!!」




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「皆、寝ててあっと言う間だった」


 アンジュと共に敵兵士の寝首きに行ったミシェールが戻ってきて、レスターとルチアに報告がてらに話す。アンジュも同じように寝首を掻けた様だ。


「ここも九人ですか。どれだけ舐めているんでしょう」

「ぶっ潰す奴が少なくなって楽だろう。あ~あ~、モーニングスターは血を求めるって?シスターも血が好きだね~」

「ちょッと待て、レスター!!」


 ほぼ敵兵士を潰したと予測し、楽勝モードになっているレスターとルチア。ミシェールとしてはあまり楽観的になって欲しくはないのだが、こちらの人数が敵を上回っているだろうと甘く見ていた。


「もう手練れの敵もいないはずです。行きますよ、レスター!ルチア!」

「う、うっす!」

「仕方ない」


 軽くじゃれ合う二人を余所に次の部屋へと進むことにする。休憩室のドアを出て暗い廊下を少し進むと最期の多目的スペースへ続くドアがある。

 アンジュに任せても良いがミシェールが先頭を進むために自らがドアの向こうを確かめドアを開け、暗闇の中へとゆっくりと進む。


「この部屋を抜ければ最上階へ続く階段だ。引き締めて行こう!


 多目的スペースの最後のドアから向こう側に聞き耳を立てた時であった。


「チッ!誰か来る」


 ミシェールは壁際に一列に沿う様に指示を出し、ライトの魔法を消し去る。四人がいた大きくも無い部屋に黒い闇と無言の空間が姿を現す。たった数秒だが、一時間にも二時間にも、とても長く感じた。

 さらに今まで持っていたショートソードが重く感じる。普段使っているため重いなどと微塵にも思うことは無いのにこの時ばかりは違ったのだ。


 ミシェールやメンバーの命だけでなく、もう一つの協力メンバー、魔術師スイール達の命をもこの手に握っているとなれば、その肩に掛かるプレッシャーはすさまじい事がわかるだろう。


 ドアの向こうからかすかに聞こえてくる足音。コツコツと徐々に音が大きくなり、ドアの前で止まる。

 ミシェールはショートソードを握りしめ、敵が姿を現すのを待つ。

 息を止め肩の高さに構えるそれをいつでも振るえる姿勢を取る。

 そして、わずかに一秒待っただろうか。


 ガチャリと小さな音が聞こえたが、ドアは開かず、足音も徐々に小さくなっていく。

 ”ふぅ”とため息を漏らしショートソードの構えを解き、ライトの魔法で辺りを明るくする。


「どうやら向こうのルートへ行ったらしいな。これに乗じて一気に最上階へ上がるか?」


 ここは思案のしどころと皆の意見を聞く。ミシェールはこのメンバーなら負ける事は無いと考え最上階へ行ってしまっても良いと考えている。


「オレは賛成だ。一気に決めちまおうぜ」

「何とかって護衛を雇ってるんだよな。さすがに負けるとは思わないけどね」

「私はどちらでもいい。ミシェールさんの好きにして」


 特に反対意見も出なかったため、


「すぐにあいつ等も追いつくだろうから先に行くか。一番手はレスター、二番手はオレ、三番手はアンジュ、殿はルチアお前に任せるぞ。ドアを出て右へ進めば階段だ。一気に登りきるぞ。そうそう、このドアは開けっぱなしで締めるなよ」


 階段を上る隊列を指示し、”さあ、行くぞ”と合図を出すとレスターを先頭にドアから飛び出していった。




 ドアをくぐり廊下を走り抜け塔の最上階へと向かう螺旋階段へとたどり着く。ミシェールの予想では戦力の大半を潰したため残りはテルフォード公爵ともう二人くらいだろうと予想していた。その為、塔の最上階へ続く螺旋階段で敵からの抵抗無いと考えていた。

 心配なのは暗がりからナイフなどが飛び出し怪我を負う事だが、レスターならそれも対処できるとの判断もあった。


 四人は階段を一気に駆け上がり、最後のドアの前にたどり着く。ここは思い切りいくだけだと、筋肉自慢のレスターはドアに向かい戦斧を振りおろし、一撃のもとにドアを破壊する。

 ドアのあった空間に頭から飛び込み一回転して戦斧を正面に構える。敵から予想された攻撃を躱すつもりだったが、攻撃を受けずただ派手な登場シーンとなってしまった。


 レスターがそこで見たのは、壁に掛かる幾つかのランタンにオレンジ色の火が灯り、明るく照らされた部屋の中央に黒ずくめの男が立っている姿だった。さらにその奥に、もうすぐ老齢になるであろう男が寝間着姿でベッドに腰掛けこちらを見ていた。


「今宵はだいぶ静かだと思ったら、季節外れの夏の虫ですか。夏の虫らしく、早めに死んでくれませんかねぇ」


 レスターに続けとミシェール、アンジュ、ルチアがレスターの横へ集まる。直径十五メートルの塔の最上階は黒ずくめの男の後ろにあるテーブルとベッド以外、碌に家具も置かれておらず広々としている。レスターやルチアが武器を振るっても余裕だ。


「夏の虫とは誰の事だ?まぁ、退治される嫌われ者の虫よりはマシだがな」


 筋肉しか取り柄が無いと思っていたレスターの口が黒ずくめの男へ悪口を吐く。


「その黒い虫に退治されるとは可哀そうに。すぐにあの世に行くのですから、後悔など不要ですよ」


 黒ずくめの男は左の腰にぶら下げていた武器に手を伸ばし、鞘から抜き放つ。


「あの男、異様だ!注意しろ」


 ミシェールはその男を見て警戒を露わにした。

 まず、抜き放った細身剣レイピアが異様だ。至極普通の形状であるが、刀身が黒く加工されており剣筋が見にくされている。暗がりであれば見にくい事は有利になる。

 さらに後ろの腰に差してある三本の同じ細身剣。折れ易い細身剣の予備であれば、考えられているなと感心せざるを得ない。全てが右腕方向に剣の柄が来ているのだ。

 一本しか抜いてないので二刀流ではないだろう。

 剣速を生かした刺突と斬撃の組み合わせで敵を翻弄する戦いをするのであろう。戦斧を用いて一撃必殺のレスター、重いモーニングスターを振り回すルチアでは相性が悪い。ミシェールとアンジュは暗殺の類に特化している。バーンハードと別れた事が悔やまれる。


「そうも言ってらんねぇ。ここは任せてもらうぜ!」

「ちょっと待て!!」


 ミシェールの制止も聞かず、レスターは黒ずくめの男との距離を詰め、一気に決着を付けようと戦斧を横に薙ぎ払う。


「とりゃぁ!!」


 ビュンと風切り音と共に戦斧が黒ずくめの男を襲うが踏み込みの速度より、回避の速度が優勢で余裕で躱される。


「当たれば痛いですが、剣筋がわかる攻撃などに当たりませんよ。前に串刺しにした男には苦戦しましたが貴方はそれ以下ですね。一本を無駄にしてでも貴方を無効化いたします」


 言うが早いか、細身剣を向けながら黒ずくめの男がレスターへ襲い掛かる。刺突を主とした攻撃に時折斬撃が挟まれる。戦斧を振るう筋肉をもってしても細身剣が振るわれる速度を上回ることが出来ず防戦一方となる。

 それでも幾度も戦いを切り抜けてきたレスターは決定的な一撃を貰う事も無く、受け流す事に専念する。しかし、共に戦ってきた戦斧でここまで劣勢になるなど今まで一度も無かった。


「どうしましたか?防戦一方では私を殺せませんよ」


 不気味に笑いながら黒ずくめの男の剣は止まる事を知らず、レスターは後ろへとズルズルと追い込まれていく。

 敗戦を覚悟したレスターは何とか体勢を立て直そうと奮闘するがそれにも及ばず、壁際へと追いつめられてしまった。これなら小回りの利く武器を何本か用意するのだったと後悔する。


「後はその首に一撃与えればお終いです。さようなら、夏の虫よ」


 黒ずくめの男が最後の一撃をレスターへと与えようと刃を振りかざした瞬間、何処からか飛んできたナイフに行く手を阻まれ、とっさに距離を取る破目になった。

 実際飛んできたナイフは狙いも飛び方もいい加減で当たったとしても殺傷能力は無かったであろうが。


「ちっ、何処から!」


 黒ずくめの男が目を向けた先には状況を最悪にする男が一人、仲間と共に姿を見せていた。


「”神速の悪魔”とはなっ!」


 黒ずくめの男は毒づく。おそらく今戦っても僅かに勝てない相手、いや、僅かではなく傷一つ与える事なく地に伏す事になるだろう相手だ。

 筋肉しか取り柄の無い戦斧男、棘棘のモーニングスターを振るうシスター、同じ暗殺者の二人、それであれば全てに勝てなくても負ける事は無かった。

 だが、そこに三人、魔術師とシスター、そして最悪なヴルフ=カーティスが現れたのだ。気分は谷底へ一気に落とされた気分だ。


「さて、エゼルの仇を討たせてもらおう」


 腰に差していたブロードソードを引き抜き、スッと前に出る。


「”神速の悪魔”が仇討ちか、泣かせるね。奴は死んだのか、残念だったな」

「何を言ってる、死んでないぞ。ここにいないから代わりに相手をするだけだ」


 さらに表情を硬くし、ヴルフは続ける。


「仇討ちは本来はどうでもいいんだ。お前の後ろにいる奴さえ縛り上げて拘束すれば依頼は完了するからな。その為に目の前にある障害を排除するだけだ。お前を牽制して仲間がアレを拘束すれば良い。少し楽しむとするか!!」


 レスターに”悪いが譲ってもらうぞ”と顔を向けると、黒ずくめの男との距離を詰め、ブロードソードを振るい出す。

 牽制として横にブロードソードを振ってみる。当然だが、黒ずくめの男は後ろに軽く飛び退き躱す。


「その位して貰わんと意味がないからな」

「くそっ!舐めやがって!」


 レスターと対峙していた時とは逆に劣勢になったと臍を噛む。


「色々使われては困るからな、さっさと終わらせてもらう」


 ヴルフが剣を構え、その一歩を踏み出そうとした時だった。部屋の隅がいきなり爆発し煙が上がる。さすがのヴルフもそれに反応し、敵が現れたのかと、その煙から離れる様に飛び退く。


「罠か?」


 黒ずくめの男を牽制しつつ、煙の上がった方をチラチラと見やる。


「けほっ!けほっ!死ぬかと思った」


 煙が落ち着くと埃まみれになった三人が姿を現す。


「お、凄い所に出たなぁ」


 エゼルバルド、アイリーン、そしてバーンハードだ。


「お前達、何処から来たんだ」

「あ、ヴルフ。それに皆も。あれはオレに細身剣レイピアを突き立てたヤツだな。どうやってここにたどり着いたかは後で説明するよ。それよりもオレに譲ってくれますよね?」

「あぁ、いいぞ。思う存分やってくれ」

「ありがとう」


 エゼルバルドは腰のブロードソードをすらりと抜き放ち、ヴルフを横目に黒ずくめの男へとリベンジするべく前に出て剣を向けるのであった。

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