第十八話 ゴルドバの塔攻略 その参【改訂版1】

2019/08/26 改訂


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ヴルフを先頭にヒルダ、そしてスイールが階段をゆっくりと上り、二階へ上がる。

 人の気配を全く感じなければ当然なのだが、ここが敵地の真っただ中と考えれば侵入者を排除するには絶好の場所だろう。しかも魔法の白い光がゆっくりと階段を上りくるのだからタイミングを計る事も容易いはず。

 そう考えると、警備担当者が無能であるか、わざと塔の内部深くに誘い込んでいるかの何方かと思われる。だが、戦闘の稚拙さや伝令の有無を見れば警備担当者の無能を疑うしかないだろう。


「警備があまりにも酷いのぉ。人っ子一人出て来やしない」


 ここまで敵からの抵抗が無いと、他の兵士は全て寝入っているのではないか思えてしまう。


 もう一度見取り図を確認すると、階段ホールの次が多目的スペースで、その先に二階の休憩室がある。

 そこで寝ているかで決まるだろう。そうしてくれると最上階に控えるテルフォード公爵を捕まえるにも楽になるだろう。


「それにしても、何処も殺風景だなぁ」

「それに関しては軍事拠点ですから致し方無いかと。最前線の城塞でしたから……」


 質実剛健を最上とする軍事拠点のむき出しの石壁を目にしてヴルフが溜息交じりに呟く。

 現在はそれほど重要な拠点でもないが、建設当時は最前線、しかも激戦地であったらしく作っては壊され、作っては壊されと何度も改築があったと資料に残っている。建設当時のまま残されているのは、このゴルドバの塔のみで、当時の資料として残してあるだけだ。

 堅牢な石造りはメンテナンスもあまり必要ではなく、崩れていないかを目視点検と清掃要員が少しだけいるのみ。

 観光名所でもない場所に来る人も少なく、忘れ去られた存在であった。


 忘れ去られた過去など、どうでも良いとヴルフは先を急ごうと次の多目的スペースへ続くドアへ聞き耳を立てるのであった。


「この先もいないようだ。開けて先に行くけどいいな」

「罠だけは気を付けてください」

「分かった」


 廊下に続くドアを開けるが暗闇が続くだけで敵の姿は無かった。

 スイールが罠に気を付けろと告げていたが、その罠があったとしても立て籠もる公爵に解除する手腕を持ち合わせている訳もなく、杞憂に終わるだけであった。


 暗がりに身を委ねていると、一階の玄関ホールだけに兵士を配備して、他には誰もいないのではとヴルフは思い始めていた。


「ドアを開けて暗がりじゃ、飽きてきたわい」


 敵も罠も無く、明かりも無い。ヴルフはこんな退屈な依頼は二度と御免だと辟易して来ていた。彼に続いて進むヒルダもスイールも口には出さないが、おおむねヴルフと同じような考えをしていた。


「でも見てください。この次は廊下で休憩室があります。兵士が寝ていれば多少は仕事が出来ますよ」


 広げた見取り図を覗き込み、休憩室を指でなぞる。

 見取り図には一階の休憩室と同様の四部屋が配置されて、敵が寝入ってる可能性を示唆した。

 ロープで縛るだけの簡単な仕事であるが、何せ声を立てられず単調な作業になんとも言えぬ表情を見せる。


「仕方ない、さっさと終わらせて公爵を捕まえに行くか。ここからは慎重に行く、目覚めたら面倒だからな」


 敵の警備計画が滅茶苦茶で見えぬ敵に退屈してきたが、それでも百戦錬磨のヴルフは要所要所は締める。ドアに耳を当て聞き耳を立てるが案の定何も聞こえない。

 ドアを開ければ暗闇に休憩室へ続くドア四枚うっすらと見えるだけだった。敵不在の場所へドアを開けて入り込む。ヴルフにヒルダとスイールも続き、ドアを閉める。


「やはり、敵の姿はないか……」

「これは戦うよりも疲れますね」

「地味な作業もうイヤよ~」


 言葉の節々から漏れ聞こえるように敵の見えぬ真っ暗闇を進む三人は集中力が限界を迎え始めていた。だが、四枚のドアが残されていると見ると、最後の気力を絞り出し始める。


「休憩室か。一階と同じようだな」

「見取り図を見るとこちらの方が少し広いようですね」

「上級士官用?」

「だな」

「最上階に公爵がいますから、彼は使わないでしょうが」

「そうなんだね」


 小声で地図を覗き込み打ち合わせをする三人。

 何処からも音が漏れ聞こえぬ為か、少し気を抜き精神を休ませる。


「それじゃ、行くとするか」


 四枚の休憩室のドアをに聞き耳を立てた後、ヴルフが一枚のドアをゆっくりと開け放つ。

スイールの持つ灯火ライトの魔法で部屋が照らされるが弱い光に誰も目を覚まさなかった。


「やっぱりだったな。ヒルダは見張りを、ワシとスイールで敵を縛り上げる。誰か通るようならお前の判断で倒して構わんからな」

「うん、わかったわ」


 ヒルダに見張りを任せるとロープとナイフを握りしめ、休憩室へ忍び込んで行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「すっきりしたわ~」

「敵の懐に入ってすっきりってのも、どうかと思いますが、ルチアさん」


 ミシェールとレスターが用を済ませた後にトイレに行った女性二人が出てきて会話をしていた。さすがに男性二人に聞こえぬようにと最低限の恥じらいは持ち合わせていた。


 これだけ警備に穴がある中で、集中力を落とさずにいるのも如何かと思い用をたして緊張をほぐしていた。

 とは言え、この四人で接敵しても、残りの人数であればどうにでもなるだろうとミシェールは考えていたが、油断だけはするべきでないと気を引き締めなおした。


「ここからはキルリアが先を行ってくれ。その方が楽だろう」

「わかったわ。さっさと終わらせてしまいましょう」


 ミシェールから先頭を譲られたキルリアが、二階への階段をゆっくりと上がる。他の三人もそれに倣い、キルリアの後を付いて行く。

 ミシェールとキルリアはおなじような役割を持つが、気配を察知する能力は若いキルリアに一日の長がある。過去にミシェールとキルリアは同じ敵に遭遇したことがあったが、その時にキルリアの能力に助けられたことがあり、彼女の能力を高く買っていた。

 それもあり、この緊急の依頼に間に合ってくれてホッとしていた。


 ミシェールは耳をドアに付けて探っていたが、キルリアはドアに手を当てそれだけで数センチあるドアで隔たれた空間を感知出来る。とは言え、その能力にも当然ながら限度があり、疲労が蓄積しやすいデメリットもある。


 彼女の能力により、二階の階段ホールを抜けた多目的スペース、そして休憩室のドアがある廊下に敵が存在していないと警戒することなく進んで行くのだった。


「いつ見ても凄いな」

「キルリアって、こんなに凄かったのね~」


 モーニングスターを担ぐシスター崩れのルチアはキルリアと昔からの知り合いであった。時折依頼を共にするが、キルリアが斥候として有能であると知っていたが、それを目の当たりにして驚きを隠せなかった。

 ルチアとキルリアは能力的に正反対であるが、何故か仲が良く昔から酒場に出没する姿を見られる事もある。


「休憩室……。ここに敵がいる」


 多目的スペースを抜け廊下の途中にある休憩室と記されたドアに手を当てたキルリアがぼそりと呟いた。


「なら一階と同じだな。俺とキルリアで潰してくるからレスターとルチアはドアを入って待機だ」

「うむ」

「わかった」


 キルリアとミシェールはナイフを手に休憩室のドアを空け、敵を屠る為に暗闇の奥へと進んで行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「暇だな」

「そうだな」


 直径十五メートルもある塔の屋上では、テルフォード公爵に雇われた私兵の二人が寒風の吹く中で周囲を警戒し、白い息を吐きながら呟きを漏らしていた。

 足元をわずかばかりオレンジ色に照らすランタンがそれぞれの足元に置かれている。

 煌々と光り輝くランタンでは周囲を照らし過ぎてしまい、逆に見え難く、さらに見張りがいるとの印となってしまう。


 今、屋上で見張る二人は、三交代で見張る二組目だった。日付の変わる前に交代したばかりで三組目との交代にはまだ時間があり、暇だと文句を口にしている。


 さらに言えば今は十一月も後半に突入して、ゴルドバの塔は標高も高く、塔の頂上は寒風が強く吹き、兵士達から体温を奪い去り彼等はブルブルといつも震えていた。


「暇だし、寒いし、何とかならんかなぁ」

「夜間の見張りはつらいな。夏だったらよかったのに」


 二人の口からは見張りに対しての愚痴しか出てこない。屋上から周りを見渡しても森と山しか見えずにいる。しかもこの日は分厚い雲が垂れ込め月も星も見えぬのだ。


「この生活って、いつまで続くのかな?オレ達ってこれからどうなるか知ってるか」


 一人の兵士が現状に悲観し愚痴を漏らした。


 テルフォード公爵に雇われ既に数か月も過ぎている。その中で王都アールストを追われ、ゴルドバの塔に入ってすでに十日、食糧も乏しくなり始め、配給も半分となり始めた。

 雇い主は毎日腹いっぱいに食い、高級なワインをガブガブと飲み、こんな状況でも贅沢三昧をしている。

 寒さを紛らわす酒を手配してくれてもバチは当たらないがと思うが、それなりの給料を貰っていると思えば文句を口に出来ぬのだった。


「オレ達はどうだ?食べる物も日に日に減り、飲み物も水だけ。何処かへ出かけたくても休みも無しに見張りと護衛。給料はそこそこだけどもっとくれてもいいと思う。傭兵だから帝国へ行くの問題ないけど、オレ達に安らぐ瞬間って来るのか?」

「そうだな、オレも同じことを考えていたんだ。ここで何時まで待っていればいいのか?帝国へ行った連中がそろそろ戻って来る頃だけど、雪が降ったら移動できないかもしれないしな」


 上司がいなければ何とやらではないが、雇い主のテルフォード公爵に不満を持っている二人。待遇の面もそうだが、特に食料をまともに口に出来ぬ現状に腹を立て始めていた。


「契約解除して帰りたいわ」

「オレもそう思ってたところだ」


 二人はお互いに愚痴を言い合い、冷たい風に冷やされ地の底に沈むような気持ちになっていくのであった。


「どうせ誰も来ないよな。ちょっと便所に行ってくるわ」

「おう、気を付けてな」


 ランタンを一つ持ち上げ、塔の屋上から石造りの梯子を下り、雇い主が寝息を立てている横を抜けて螺旋階段をゆっくりと下って行く。

 トイレは屋上や最上階に作られておらず、一階の階段下まで行かなければならない。その為、面倒ではあるが一度屋上から降りる必要がある。


 最上階にいる雇い主の公爵が如何しているかと言えば、いちいち階段を下りるなどするはずも無く、簡易トイレに用を足している。

 その後、部下が臭い匂いに辟易した表情を見せながら捨てに行くのである。

 要するに”おまる”にしているのだ。

 さすがに垂れ流しや窓から捨てる訳にもいかず、苦肉の策であるが。


 螺旋階段をぐるっと何周か回り降りるとやっと二階に下りることが出来る。あとはホールなどを通り階段下まで行くだけである。


「ランタンが照らしてくれるけど、暗がりを一人って得意じゃないんだよな~」


 その兵士はぼそりと呟きながら、ランタンのオレンジに輝く小さな灯りを頼りに暗い廊下を進むのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「全部で九人。見張りを除けば全員なのでしょうね」


 ヴルフとスイールの二人で、二階の休憩室四部屋を回り後ろ手に縛った人数がそれであった。

 玄関ホールで戦った相手十人、スイール達が一階で戦闘不能にした相手十人、そしてこの二階で戦闘不能となった九人。玄関ホールの人数を半分とすれば二十四人で五十人の内半分を相手にした計算だ。


「ワシ等だけで半分を戦闘不能にしたようだな。ミシェール達も同じだけ相手にしていたとすれば……、残りは屋上にいる見張りだけか。楽勝だな」


 ヴルフとスイールが敵戦力をほぼ無力化できたと鼻歌を奏でていた。ヒルダも、それなら戦闘が無く楽が出来ると思い始めるが、最後の大仕事が待っていたと思い出し憂鬱になる。


「後はテルフォード公爵と例の黒ずくめの男……ですか」


 そう、ヒルダがひっそりと思いを寄せるエゼルバルドに剣を突き立て、死を意識させられた難き相手が塔の頂上にいるのだ。見つけてこの手で殺してやりたい程に憎いが、自らの実力では手の届かぬ相手であるだけに、ヴルフに任せるしかないのが現状だ。

 ヴルフとスイールの会話に耳を傾けていたが、逆の耳に聞きなれぬ音が届き始めるとその二人に注意を促す。


「ごめん、静かに!」


 ヒルダは二人に話を止めるように声を掛けると、まだ話す事もあるだろうがピタリと口を噤んだ。


「足音が聞こえるの。少し離れてるけど、上から降りて来たみたいね」


 ヒルダの傍に様子を訪ねに来たヴルフの耳元でささやいた。

 額の汗を拭うヒルダの様子を気遣い、ポンと肩を叩くと緊張をほぐすように声を掛けた。


「まだ気が付いていないな。ドアを通り過ぎたら静かに出て行って、後ろから一発殴ってやれ」


 ヒルダにガツンと一発喰らわして殴り倒して来いと笑顔で指示を出してきた。ヴルフの笑顔を見て緊張がほぐれたのか、一つ頷くと軽棍ライトメイスを胸元で構え深呼吸をしてドアに身を寄せる。


 だが、ドアが内開きだと気付くと、いったん身を引きドアの開くスペースを開けて置く。もし、休憩室に入るのであれば無防備なその顔面に一発お見舞いすれば良いだけであると。


 飛び掛かれる機会は一度切りだと廊下を行く敵に耳を向ける。


『あ~、寒いよな……。でも、何で廊下に灯りを付けないのかな?それよりもトイレだトイレ!』


 敵の声を聴きヒルダは安堵の表情を浮かべた。そして、次に起こす行動を思い描く。


 足音がドアの前を通り過ぎると、ヒルダはゆっくりとドアを開ける。敵が持つランタンが赤い光を放ち、壁に敵のシルエットを描いている。

 腰に剣をぶら下げているが、完全に油断しきっているようだた。


 ヒルダは敵の視界の外から飛び出し、微かな音だけで敵の後背に近づくと、上段に構えた軽棍ライトメイスを力の限りで振り下ろした。

 その一撃は無防備に歩く敵の脳天に直撃し、頭蓋骨を砕き、脳漿を撒き散らして命を奪い去り、物言わぬ骸へと変えた。


「ごめんね。これも仕事だから」


 一撃を与え物言わぬ骸となった兵士に手を胸に当て無事に天に昇れるようにと祈る。

 赤く光を放っていたランタンは床に落ち、覆いのガラスが割れ火が消えてしまった。燃料がほぼなく火災に発展する事が無く、運も味方したと言えるだろう。


「上手く行ったみたいだな。それじゃ、進むとするか」


 ヒルダが打ち倒した敵をその場に残し、三人はテルフォード公爵を捕えるため先を急ぐのであった。




※糞尿を溜めておき、攻め寄せる敵兵にぶちまける方法もあるが、今は戦争ではないのでそれはしません。

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