第十七話 ゴルドバの塔攻略 その弐【改訂版1】

2019/08/26 改訂


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「開けるぞ」


 ヴルフが慎重にドアを開け、隙間からそっと覗き込む。隙間から見た先は真っ暗で一つの灯りすら無い。

 ゴルドバの塔には五十人程が詰めていると情報を貰っていたが、その内の十人はすでに打ち倒しており、残りは四十人程がいる筈だ。

 二つにルートが分かれているので、ヴルフ達のルートに配置されている人数は二十人程と予想している。

 総数には屋上の見張りが入っている筈であり、実際はそれ以下だろう。


「この廊下の途中には休憩室があると見取り図にはあったな」

「ええ、ありましたね」


 スイールが地図を確認しながら顔を向けて来たヴルフに答える。二番手のヒルダが後ろを振り向きスイールの持つ地図を覗き込むのだが、進行方向に背を向けている為か彼女にはわかり難く写っていた。


「どうするの?虱潰しに部屋を見ていくの」


 ヒルダから如何するかと聞かれたが、無言のままでドアを潜り列になって角まで進むと、そこからこっそりと覗き込み、敵の姿が見えぬと確認してから小声で返した。


「通り抜けた後に後ろから攻撃されてはたまらんからな。虱潰しにして敵を縛ってしまおう。ぐっすりと寝入っていると祈っててくれ」


 ホールで敵と戦った印象からすれば、敵の練度は低く殆どが寝入っていると予想した。一応、予想が外れぬようにとシスター見習いをしていたヒルダに神頼みをお願いするのだった。

 それから角を折れて進むと廊下の中程左側に”休憩室”と記されたドアを見つけた。


「見取り図には、この奥に四つの部屋があります。一部屋一部屋調べるしかありませんね」


 虱潰しに”はぁ~”と。溜息を吐いた。

 だが、考えようによっては抵抗してくる敵を叩きのめす必要が無いとすれば、寝込みを縛るだけであれば楽な作業だと思う事にした。

 スイールがそう考えている間に、ヴルフがドアに聞き耳を立てて、物音一つ耳に届かぬと確認していた。

 それからそっとドアを開け、真っ暗な闇の中へと滑り込んで行った。


「地味だな」

「地味だわ」

「地味としか思えませんね」


 普段の依頼ならば敵を切り捨てるだけで良かったが、寝入ってる敵を無暗に殺して目を覚ます危険を犯すよりは、後ろ手に縛り猿ぐつわで自由を奪おうとしたのだが、よくよく考えれば地味な作業を続けなければならず面倒だと提案したヴルフは少しだけ後悔していた。

 この作業はアイリーンの得意作業だったために、彼女の不在も悔やまれるのだ。


 廊下には灯が無く暗闇が続いていたが、灯火ライトの魔法で照らされれば最奥の壁が浮かび上がり、そこまでに左右二枚ずつ、計四枚のドアを視認した。

 部屋番号が記されているだけで、別段、変わった様に見えぬドアが見て取れただけだった。


「手分けして一部屋一部屋見て回る……いや、それでは拙いな。ヒルダは見張りでワシとスイールで回る」


 ヒルダが”うん!”と頷きで返すと、それを合図にロープとナイフを持ち、一つずつドアの中へと侵入していった。

 二人が幸運だったのは、部屋にいた兵士の殆どが深い睡眠状態だった事だろう。安心しているのか、防具も全て外し、寝間着かシャツの薄着をしていた。

 さすがに武器は咄嗟に手に取れる位置に立て掛けてあったが、それを使われる事なく四部屋全てを制圧完了したのである。


 ちなみにであるがこの四部屋には十人がベッドで休んでおり、九人を身動きの取れぬ状態してある。残りの一人は、残念な事に目を覚ましそうになったためにナイフで首を一突きにされ、鮮血でベッドを赤く染め天に召された。


「十人も寝ているって事は殆どが一階にいたって事?」


 十人も寝ていたと報告を受けたヒルダが口にした疑問も尤もだった。先の玄関ホールで十人を打ち取り、この休憩室でさらに十人を戦闘不能にしたとすればこの時点で合計が二十人となる。

 同じことがミシェールのチームに起こっていればこの階に三十人が配置された事になり、残りは二十人となるが、そこまで上手くは行くまいと考えた。


「ミシェールさんの方を同じ数と考えれば半分以上だからそうなるね」

「だが、それだけいるのかもわからんしな」


 色々と予想は立てられるが、時間を無駄にできぬと休憩室を後にして、多目的スペースへと続くドアへと向かった。


「それにしても、不気味だのぉ」


 ドアに耳を付けて、眉間にシワを寄せながらヴルフが呟くが、スイールもヒルダも何が不気味なのかと首を傾げる。


「気配がしないのだ」


 ヴルフの耳には人が生活する音が聞こえず、その気配も全く感じられなかった。

 己の感覚が鈍ったのかと勘違いする程にしんと静まり返っていた。

 そして、ホールに続くドアを視線が通るほんの少し開けてみても、真っ暗な暗闇が見えるだけであった。


「不気味だな。警備計画はおかしいのではないか?」

「それもありますが、剣や弓を扱えるだけで雇われたみたいですね。連携は余りにも素人然としてましたし、テルフォード公爵も無駄金を使った様ですね」


 ホールで戦ったにしては誰も起きて来ず、警備計画に不備が、いや、穴だらけと見られた。それに素人装備と訓練不足が明らかであれば雇われた私兵に同情せざるを得ない。


「考えても始まらん。次に進むぞ」


 多目的スペースを抜けると二階への階段を有したホールがある。

 守備的に考えれば、ここでの待ち伏せが可能性が高いだろうと、慎重にドアの先をうかがったが、それも杞憂に終わるのだった。


「何だろうな、この甘い守りは。追われてるのがわかっているはずなのだが……」


 何度、敵が待ち構えているのかと慎重に事を進めていただけに、裏切られた気分のまま階段ホールへとたとり着いた。

 そのホールへたどり着くなり、ヒルダが階段下に存在するドアを見つけ指を向けた。


「あれは何?」


 見取り図には二回に続く階段が描かれていたが、階段下のスペースは何も描かれておらず、ヒルダは不思議に思ったのだ。


「そうですね、何と言いましょうか……」

「トイレ、便所、化粧室、厠、雪隠、御手洗い。さぁ、どれが良い?」


 何と口にしようかとスイール迷っていたところを横からヴルフが割り込んで答えを口にするのであるが……。


「それって同じでしょ?」

「そうとも言う」


 ヴルフが暗い雰囲気を和ませようと口にした言葉により、スイールもヒルダも笑い声を漏らしそうになってしまった。

 声が出そうなった事はともかく、その笑いで緊張がほぐれて入れ過ぎていた力を適度に抜けて行った。


 もし、スイールが真っ先に答えていたら、真面目に”トイレです”と答えて、ただ調べに向かうだけだっただろう。


「あそこを調べたら二階へと移動するぞ」


 トイレを用心深く調べ、誰の姿も見えないと確認すると音を立てぬ様に階段を上り、二階へと進んで行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ドアに耳を当て、その先の気配を感知するミシェール。

 バーンハードが穴に落ち、戦力減となったが玄関ホールの戦闘を考慮しても直ちに大きな損失は無いと考え、ゴルドバの塔の探索を再開したのだった。


「それにしても敵が見えないな……」


 ドアを隔てて一人でも兵士を配置しておけば、侵入者に牽制となる筈だが、それが全く感じられないのだ。あまりにも酷い警備計画に、計画を立てた指揮官を小一時間、説教したいと思う程にイライラとしていた。

 そして、気配の感じられぬドアを開け放てば思った通りに真っ暗な廊下が続いているだけだった。


「奴らは馬鹿なのか?」

「神経が図太いだけでは?」

「侵入されると思って無いのでは?」

「玄関ホールに十人配置して終わりって事は無いよね?」


 玄関ホールでは待ち受けていた敵をあっという間に制圧したが、それに気づいた別の兵士が大慌てで掛けてくると思ったが、それすらなく肩透かしを食らっていた。


 それから廊下を進むと右に一度折れ、廊下の中程右手に”休憩室”と記されたドアが目に入ってきた。


「休憩室か。ここで寝てるって事か?」

「おそらく敵の寝所として利用しているのでしょうね」


 休憩室のドアに耳を当て一人呟く。ミシェールの呟きにルチアが見取り図をに目を落として、四部屋にかなりの人数が寝ているだろうとの推測を口にした。


「ドアの向こうで何人寝てるか知らんが、キルリアと二人で行って来る。寝首を掻けば終わりだからな」


 また、裏家業時代の癖が出たとレスターとルチアは苦笑するが、一向に気にせぬミシェールはキルリアと共にナイフを逆手に握ると、気配の薄いドアの先へと姿を溶け込ませて行った。


 魔法の灯火ライトを掛けたショートソードをレスターに預けた為、廊下は真っ暗で人が動いても見えない。だが、ミシェールもキルリアも真っ暗闇を動き回る訓練を十二分に積み体が覚え込んでいる為か、その中でも動きに迷いを生じさせていない。

 隠密行動に暗殺の技術を持てば、警戒せぬ敵を一方的に屠るなど、二人にとってはただの以外のなにものでも無かった。


 ドアを隔てて動く気配が無いとわかれば、即座に部屋へと進入し正確に人の首にナイフを突き立てて行く。あっという間にベッドが鮮血で染まり鉄の匂いを充満させた。


 実はミシェールもキルリアも裏家業から足を洗っていた為か、これだけの人数を暗闇で屠るのは久しぶりだった。調査報告が主な仕事内容になっていた為、殺められるか心配していたが、それは杞憂であった。


 ミシェールとキルリアは作業を終え、見張りで残っていたレスターとルチアに合流し、四つの部屋に十人もの敵が留まっていたと知るのである。

 そして、二人の返り血を浴びず、すました表情で”問題なかったと”報告する様を見れば、敵に回さずにホッとするのである。


「でもさ、なんか可笑しくない?十人も寝てるのよ。ホールで戦闘の音が聞こえても起きて来ないなんて……」


 五十人も敵が詰めていると聞かされたゴルドバの塔の守りが稚拙過ぎて、ルチアを始め誰もが腑に落ちぬと感じていた。

 この塔へ引き寄せるつもりでもあるのかと、勘ぐってしまう程にである。


「もしかして、魔術師殿の方でも同じだけ寝てるとか?それが十人とすれば一階だけで三十人を戦闘不能にした事になるぞ。守備してないのと同じだぞ?」


 敵の無策すぎる守備に不安を覚えるが、ゴルドバの塔制圧の時間が無いと先へ進む事に決める。さっさと件の公爵を捕まえれば全てが明らかになるだろうと。


 再び、ミシェールを先頭して次の部屋へと進もうとドアに耳を近づける。


「敵がいない……。もう打ち止めか?」


 多目的スペースへのドアをゆっくりと開けながらミシェールが呟いた。そこも真っ暗闇に支配され灯火ライトで照らしてみるも、人の痕跡すら残らぬその場所にミシェールは脱力感を覚える。


 そして、すんなりと次の階段ホールへ続くドアへと到達する。


「ここの警備担当は誰だ?テルフォード公爵が直々に計画してるんじゃないか。素人が口出しするのもいい加減にしろ、まったく!!」


 侵入していながら、あまりに甘い警備体制を修正したいとミシェールは思い始め、愚痴を吐き出した。

 五十名も自由になる人員がいるのだから、夜間を三交代で十五名ずつ、その中で連絡要員を置けば、これほど簡単に侵入されぬ事は明白だった。


「全く人を馬鹿にし過ぎだ」


 次の階段ホールへ続くドアに聞き耳を立てながらぼそりと呟く。


「このドアの向こうにも敵はいない様だ。でも用心だけはしてくれ」


 一階の最後の部屋、階段ホールのドアを開け入っていく。事前に聞き耳を立てた通り、そこには誰の姿も無かった。当然と言えば当然なのだが……。


「さて、休憩にしようか」


 そう告げるが、ミシェールは階段下に見えるドアへと向かう。


「あれ?どこへ行くんですか」

「トイレ」


 我慢の限界までは、まだまだ余裕があるが、時間があるうちに済ませてしまおうとしたのだ。ミシェールにとっては警備計画の不備を感じイライラした気持ちを落ち着かせようとしているのもあった。


「実は俺、限界だったんだ」


 ミシェールの後を追うのはレスターだった。女性がいるにも関わらず前を押さえながらの格好は、見て褒められるものではないだろう。


「男二人してねぇ……。まぁ、この場所でどうこうする事も無いし、あたし等もその後済ませておこうか」

「気分転換にそうするか」


 男達の後ろ姿を見て、鼻で笑いながら呟くのだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「これは何ですか……?」


 巨大な蜥蜴との戦闘に見切りをつけ、逃げ込んだ円筒形の人工構造物の内部を一目見たエゼルバルドが驚きの声を漏らした。

 蝶番が錆び付いたドアは、彼らが逃げ込んだ後に巨大な蜥蜴の攻撃を受けて完全に閉まり、脱出路としての機能を失っていた。それからも何度も攻撃を仕掛ける轟音が轟くが、今のところ破られる心配も無いと剣を納めると、不思議な内部構造に興味を引かれていた。


 円筒の壁に穴を開け、そこに太い角材を刺して螺旋階段にしていた。バーンハードが途中まで登っでも階段にしている角材は折れるそぶりも無かった。


「後ろはこんなんですから、登りましょうかね?


 エゼルバルドは二人に、階段を登る事を提案する。

 入ってきたドアはいまだに巨大な蜥蜴がまとわりついているらしく、引っかく音が聞こえて来る。


「ほら、ここって昔の要塞跡ですし、脱出路なのかもしれませんよ、ここが」

「なるほど!この大きさからすれば塔の最上階からの脱出路って事か。それはあり得る話だな」


 バーンハードはエゼルバルドからの話に納得し、脱出路を逆に登る事に賛成する。大きさからして塔の上部に繋がっていなくとも、どこかのフロアに出るだろうと踏んだのだ。


「古代遺跡は良く知ってるけど軍事拠点は勉強不足だったわ。エゼルは良く想像できるわね?」


 アイリーンはエゼルバルドの考えに感心していた。それと同時に現状を打開するためにも登る事に賛成する。


「ウチもエゼルの案に乗る事にするわ。このドアが何時破られるか分からないものね」


 引っかいたり、叩かれたりとすればドアが頑丈であっても何時までも耐えられる筈も無いと見たのだ。

 三人は頷き合うと、太い角材でできた螺旋階段をゆっくりと、そして慎重に登って行くのであった。

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