第十六話 ゴルドバの塔攻略 その壱

「御武運を!」


 スイールがミシェール達に一言伝えると、ドアを開けその向こうへと足を進める。

 少しだけ折れ曲がっているがほぼ真っ直ぐな廊下が続いているようだ。灯りが無く真っ暗であった。

 先ほどのホールは敵の兵士がいた事もあり、壁に掛かってたランタンに火が煌々と灯っていた。


 先頭を行くアイリーンがショートソードを抜き、生活魔法のライトを先端に灯す。


「誰もいない様ね。足もととかにも気を付けてね」


 ロープが張られて鳴子の様な侵入者を感知する罠に注意を払う様にとアイリーンが告げると、前を向きゆっくりと廊下を進む。足音をなるべく立てない様に慎重に、ゆっくりとだ。

 十五メートル程進むと左に進むためのドアが見える。だが、アイリーンには少し気になる場所があった。ドアの並びの壁際だが、何かありそうな気がすると調べ始める。トレジャーハンターの血が騒ぐのか、ドアの事を忘れている。


 何かを発見したらしく、一か所を念入りに調べ始めた。だが、


「アイリーン、それはいいから進もうよ」


 二番手を進んでいたエゼルバルドがアイリーンを止めようと肩に手を掛けた時だった。


「「えっ……」」


 エゼルバルドが肩に手を掛けた時にアイリーンが調べていた壁に置いた手に力がかかった。そして少しばかり壁が奥へと引っ込むとアイリーンとエゼルバルドの二人が乗っていた床が瞬時に無くなり、二人は暗い奈落の底へと落ちて行ったのである。

 一瞬の出来事であったため誰も反応できずただ灯りが落ちて行くのを見ているしかできなかった。


「「「……」」」


 残された三人は落ちた暗闇を見つめながらかび臭い匂いを嗅ぐ事しか出来ずにいた。そして、一時の硬直から解き放たれると、


「ちょ、ちょっとあれ何?なんで床が開くのよ」


 ライトの魔法が無くなり暗くなった周辺をきょろきょろとしながらヒルダの声が聴こえる。ライトの灯りは一秒しないうちに見えなくなったので床が閉じてしまったとわかったのだが。


「少し辛いですけど、三人で行くしかないですね。それにしても困りましたね、先頭を行くアイリーンがいなくなってしまったのは」


 ライトの魔法を杖の先端に点けながらスイールはうなだれるしかなかった。スイールもそうだが、皆、アイリーンの能力を高く評価しているし、その斥候がいなくなるのはここではきついと。


「しょうがない、ワシが先頭を行こう。アイリーン程では、いや、アイリーンの足元にも及ばないが少しは出来るのでな」


 アイリーンとエゼルバルドがいた場所を眺めながらヴルフが役割を引き継ぐと告げる。そして、次の廊下へ続くドアを、敵がいない事を祈りながら開けるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「御武運を!」


 もう一つのパーティーの魔術師、スイールがそう告げると左のドアを開け暗がりの中へと消えて行った。


「オレ達も行こうか」


 ミシェール達も進むドアを慎重に開け中へと進めて行く。こちらの廊下もドアを閉めたら完全な暗闇となった。


「灯りくらい置いておかないと非常時は拙いんじゃないか?」


 ミシェールは生活魔法のライトをショートソードの先端に灯しながら呟く。ミシェールの言う事も正しい。この建物は入り口が正面しかなく、先のホールへと繋がるこの廊下は誰が通っても良い様に明るくしておく方が良いだろう。

 今回みたいに入り口にホールがあり、そこで足止めをするのであれば絶対に明るくしておかなければならないだろう。そこから見ても敵の兵士の練度はたいしたことが無いと思えてしまう。


 そのままミシェールを先頭に廊下を進む。


 ゴルドバの塔は一、二階が左右対称で出来ており、スイール達と反対周りで進むことになっている。スイール達と同じように廊下の突き当りに右に進むドアが見える。


「ドアの向こうを調べるから離れて待機してくれ」


 そう伝えるとミシェールはドアの向こう側を調べ始めた。


「向こうは大丈夫そうだ。それでは行くぞ……えっ!」


 振り向いてドアの向こうに敵はいないと伝えた瞬間、ドア側の壁際で待機していたバーンハードの床が無くなり落下していった。一瞬の出来事に誰も成す術が無かった。


「おい、どうしたってんだ?」


 ミシェール達はバーンハードが落ちた床を見て唖然としていた。床はバーンハードが姿を消すとすぐに閉じてしまい、それ以降、叩いても、乗っても何も起こらないただの床と化してしまった。。

 実はこの床はアイリーンが押してしまった壁の仕掛けに連動しており、アイリーンとエゼルバルドと時を同じくして落ちたのだ。


「どうする?」

「進めない事も無いが……」

「両方を同時にする時間はないわ」

「そうですね、バーンハードさんには申し訳ないですが依頼を優先した方が……」


 ミシェールは依頼を優先し、テルフォード公爵を一発殴ってからバーンハードを探す事を決意したのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ちょっと待てー!」

「いや~、落ちる~~!!」


 エゼルバルドとアイリーンは先ほどの穴から落ちていた。少し落ちると石のスロープが徐々に迫り体に当たる。その後は滑り台の様に斜めに落ちたかと思えばスロープは水平に近い角度となり、二人の体はスロープから飛び出した。


「ぐぐっ!!」

「むぎゅ!」


 幸いな事に二人はある程度の速度が殺されていたため大怪我を負う程の事はなかった。だが、


「重い~!」


 なぜかエゼルバルドの上にアイリーンが乗るような格好で二人は重なっていた。アイリーンの方が先に落下したはずなのだが、先に着地したのはエゼルバルドであった。体重が重いエゼルバルドの方が初速が出ていた可能性がある為だろうと考えたのだが。

 その考えはすぐにかき消される事象が現れるのであった。


「うおぉ~~!」


 エゼルバルド達の少し横に一人飛び出してきた。


 ライトの魔法のかかったアイリーンのショートソードが傍らに転がっていたため何とかその人物を捉える事が出来た。

 アイリーンを何とか退けたエゼルバルドがその顔を見て驚く。


「あれ?バーンハードさんですか」


 目を回していたバーンハードは頭を振り、何とか正常な頭を取り戻そうとする。十数秒経った頃、周りを見渡せるだけの余裕が出来る。


「ご無事で何よりです、バーンハードさん」


 十数秒あれば立ち上がる時間もあり、エゼルバルドは立膝を付きバーンハードを見ていた。アイリーンも何とか立ち直っていたが、座って頭をどうなっているのかと上を見上げていた。


「君はえっと……」

「エゼルバルドです。エゼルと呼んでください。あっちはアイリーンです。どこか痛い所はありませんか?」


 バーンハードは体をあちこち眺めながら怪我でもしていないか確認していく。


「ありがとう。痛みは今のところないな」

「ゴメン。ウチ、足を捻ったかも。右の足首が痛い」


 目の前のバーンハードではなく、何故か後ろにいたアイリーンが訴える。怪我をしていない方が奇跡としか言いようがないあの仕組みは何だろうと考えながら、アイリーンの足首を回復魔法を使い治療していく。


「ありがとう、エゼル」


 痛みが消えた足を確かめる様に立ち上がり、軽く動いて大丈夫な事をアピールする。


「それにしても、すごい所に落ちてしまった様だが」


 立ち上がったバーンハードが辺りを見渡しながら呟く。


 後ろは行き止まりだが、スロープの向こう側には空間が広がっており、自然に出来た岩の柱が不規則に何本も立っている。古い洞窟に落ちる仕組みであり、もしかしたら脱出路に続いている可能性もあると考えてみた。


「皆と別れてしまいましたね。三人で纏まって探しに行きましょう。何が出てくるかわかりませんから十分注意する必要がありますね」

「オレは攻撃はあんまり得意じゃないから先頭は任せるよ」

「矢が無いからウチも役に立たないかも」


 弓矢を持っていたのだが、先ほどの落下で矢をどこかに落としてしまって申し訳ないと首を垂れるアイリーン。それでも斥候役や後方からの支援が出来るためありがたいと思い、アイリーンをなだめる。


 エゼルバルド、バーンハード、アイリーンの順でスロープの向こうへと歩み始める。


「それにしてもここは温かいな」


 周りを見渡しながらバーンハードが呟く。十一月の半ば、さらに山がすぐ側まで来ているこの場所は先ほどまでとても寒かった。しかし、落とし穴から落ちたこの場所は温かく、気温は十数度位になっていると感じる。


「恐らく一年を通して一定の温度なのでしょう」


 エゼルバルドが足を進めながらバーンハードに答える。エゼルバルドが何かを踏んだようで”パキッ”っと音がした。その足元を見ると白い棒状や湾曲した何かが散らばっている。


「これは何?」


 ライトの魔法が付いているショートソードをそれに近づけるアイリーン。風化していたり、新しかったりとあるが、小動物の骨が至る所に散乱しているのが見える。


「な、何これ?」


 アイリーンが声を上げるが、それ以上に嫌な予感がエゼルバルドの脳裏を過る。

 骨を見るだけでも小さな物から大きな物まで多岐にわたり種類は一様ではない。であれば捕食され、食い散らされたと考えるべきであろう。

 頭と胴体が離れていたり、頭だけ、足だけ、本当にいろいろだ。


「ちょっと予想が付かないな」


 エゼルバルドは腰のブロードソードではなく、背中の両手剣を抜くべく鞘の仕掛けに手を伸ばす。


「全くだ。何が出てきてもおかしくないな」


 バーンハードも一対二本のショートソードを抜ける様に手を伸ばす。


「矢の予備を持ってくればよかった」


 右腰のショートソードではなく、ポケットにしまってあった手持投石機スリングを取り出し手ごろな石をいくつか拾い集める。


 三人が目の前の暗闇に目を凝らし最上級の警戒へと気持ちを切り替え、何が来ても良い様に神経をとがらせる。

 それから数十秒間、沈黙が辺りを支配するが、ズン、ズンと響くような音が前から聞こえ始め、見た事の無い巨体が三人の目の前に姿を現した。


「と、蜥蜴?」

「蜥蜴にしては大きいな」


 エゼルバルドは両手剣を、バーンハードは一対二本のショートソードをを抜き放ち敵に備える。


 徐々に表れるそれはピンクに近い赤い鱗、胸の部分はベージュがかった白と言った所か。四つ足で歩き首は持ち上げられ三メートルほどの高さに頭がある。胴体はずんぐりむっくりだが硬そうな鱗に覆われ剣を入れる隙間もなさそうだ。おまけに二メートル以上もある尻尾が左右に揺れ強靭な筋肉を思わせる様な太さだった。


「何でこんなのがここにいるんだよ!」


”キシャァァァァ!!”


 目の前の蜥蜴が威嚇の声を上げる。


「バーンハードさんは牽制をお願いします。アイリーンは石にライトを掛けて何個かばらまいておいて。隙を見て首に一撃を見舞うから」

「任せてくれ!」

「了解!」


 三人はそれぞれの役目を早くべく、左右に散った。


「とは言え、こいつの鱗に刃は通るのか?」


 頭の動きは速いが胴体はもっさりと動くため、その胴体に向かってバーンハードは剣で切りつける。”バゴッ”と鈍い音がするだけで斬撃は弾かれてしまう。おまけに鍛えられた鋼でさえ刃毀れまで起こす始末だ。


「硬てぇなあ、何なんだこの鱗は。頭に石を投げてた方がよっぽどいいや」


 斬撃を見舞ったすぐ後にバックステップで距離を取るバーンハード。熟練の戦士でもあり、斬撃が効かないと見るや武器を一本仕舞い、落ちている石を拾い集める。


「切れるのか、こいつ」


 一撃必殺の重い両手剣を真っ直ぐに構え胴体に突きを見舞うがバーンハードと同じように弾かれてしまう。


「こいつでもか!」


 蜥蜴の頭がエゼルバルドに迫り来るが間一髪、後ろへ飛び退き難を逃れる。


「あの赤い鱗は駄目だ。白い所に一撃を当てないと」


 エゼルバルドの持つ魔法の両手剣でも赤い鱗には歯が立たなかった。それであればと胸元から腹へと続く白く少し柔らかそうな鱗を切り裂くしかないと覚悟を決める。


 蜥蜴の攻撃は単調で首か尻尾を振るうだけで避ける事は容易であった。だが、エゼルバルドもバーンハードも決定的な隙を見いだせず、時間だけが経過していくのだった。




 二人が巨大な蜥蜴と戦っているその頃、アイリーンはライトの魔法を幾つかの石に掛け少し向こうまで光源を確保していた。その中で見つけたのが人工構造物。石で組まれた円筒形でずっと上まで続いていた。一・五メートル程の鋼鉄製のドアが正面に見られ、何かの通路の様になっているのがわかる。


「何、これ?」


 人工構造物に困惑気味だ。だが、落ちてきた時のスロープを考えれば、人工構造物があってもおかしくないと頭を切り替える。


(このドア、開かないかしら?)


 メッキが剥げてきているドアを見れば頑丈な取っ手が見え、それを持って思い切り引いてみるが”ギギギ”と少しだけ開いてそれ以上は開く事はなかった。


「錆ついてるじゃない!!か弱い女の子の力じゃ無理よ」


 誰がか弱いのかはエゼルバルドが聞いていたら突っ込み所である。だが、聞いている者は無いと口に出してみたが、少しだけ心に傷を負う事になった。

 それ以上しても無駄と、戦闘をしているエゼルバルド達へと向かった。




「こんな場所じゃなかったら火球ファイヤーボールでもお見舞いするのにな」


 蜥蜴の攻撃を躱しながら呟く。どの位の大きさの洞窟か分からないのに炎の魔法で爆発などしたら崩落などに巻き込まれるのではないか。それに風魔法を使ったとしても白い鱗でさえ切り裂けるとも思えなかったのだ。


「頭に投げてるのに効いてないな、これは」


 バーンハードも決め手を欠いていた。時折目玉に直撃をしているがダメージを負う気配もない。


「エゼルよこのままじゃジリ貧だ。何とか逃げようぜ」

「それがいいな」


 と言うが、何処にその逃げ場があるのか?先に進んだ所で出口を発見できれば良いが、行き止まりで追い詰められれば命の保証は無くなる。

 蜥蜴の攻撃を避けながら色々と考えていると、


「向こうに建物みたいなのがあるからちょっと手伝って」

「何?何があるって」

「た・て・も・の・!!」


 アイリーンは急いでいるからか建物としか言わないが、それでも逃げ場所にもなるかと考える。それであれば、


「バーンハードさん、お願いできますか?」

「おう、任せとけ」


 エゼルバルドが蜥蜴の攻撃を一手に引き付け、バーンハードをアイリーンと共に行かせた。


「きつい……な!」


 巨大な蜥蜴の動きを一手に引き受けるエゼルバルドは毒づくしか出来ないでいた。




「このドアが開かなくて。」


 先ほどの場所から十数メートルしか離れていない所でアイリーンとバーンハードはそれを見上げていた。


「でかいな、何処まで続いているんだ?それに扉か。確かに人工構造物だな」


 バーンハードもそれを見て驚いている。自然の洞窟に不自然な人口構造物が二人の目の前に存在している事から、脱出経路か何かと考えるのが妥当であろう。


「それじゃ、少し引いてみるか。手伝ってくれ」

「了解!」


 バーンハードとアイリーンが息を合わせてドアを引いて行く、


「「いち、にのさーん!!」」


 丁番が錆付いているらしく二人の力を合わせても一度に数センチ引くだけにとどまっていた。だが、それを数回繰り返すと何とか人ひとりが通れるだけの隙間が出来、埃っぽい空気が二人の鼻孔を刺激していく。

 そして中をライトの魔法がかかった石で照らすと空洞になっており、簡易的な階段が上にぐるりと伸びていた。


「螺旋階段か?」

「棒が壁に刺さってるだけって大丈夫なの?」

「この木が腐ってなければ大丈夫だろう?大丈夫なのか」


 バーンハードは中に入り壁に刺さっている木の棒を踏みしめ十数段登り、そして降りて来た。


「大丈夫そうだ。ただ、上は見えないからどこまで続いているか、だな」

「この中で休めそうじゃない?」

「そうだな、あれの攻撃を避け続けるのも限界があるしな。

 それじゃ、呼んでくる」

「お願いします」


 バーンハードはドアから飛び出し、エゼルバルドが苦戦をしている巨大な蜥蜴との戦いの場へと戻っていった。

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