第十六話 ゴルドバの塔攻略 その壱【改訂版1】
2019/08/26 改訂
「御武運を!」
スイールがミシェール達に一言伝えると、ドアを開けその先へと足を進める。
少しだけ折れ曲がっているがほぼ真っ直ぐな廊下が続いているようだ。
その廊下には灯りが無く、伸ばした腕の先が見えぬ程に真っ暗であった。
先程のホールは敵が待ち構えていた為に、ランタンが壁に掛かり赤々と明かりを放っていた。
先頭を行くアイリーンがショートソードを抜き、生活魔法の
「誰もいない様ね。足もと、頭上、注意してね」
ロープが張られて鳴子の様な侵入者を感知する罠に注意を払って、とアイリーンが告げると、前を向きゆっくりと廊下を進む。足音をなるべく立てぬ様に慎重に、ゆっくりとだ。
十五メートル程進むと左に進むためのドアが見える。だが、アイリーンには少し気になる場所があった。ドアの並びの壁際だが、何かありそうな気がすると調べ始める。
トレジャーハンターの血が騒ぐのか、ドアの事を忘れかけてしまうほどに……。
そして、何かを発見したらしく、壁の一か所を念入りに調べ始めた。だが……。
「アイリーン、それはいいから進もうよ」
二番手を進んでいたエゼルバルドがアイリーンを止めようと肩に手を掛けた時だった。
「「えっ……!!」」
エゼルバルドが肩に手を掛けたと同時に、アイリーンが調べていた壁に当てていた手に力が掛かった。そして壁の一部が奥へと押し込まれるとアイリーンとエゼルバルドの二人が乗っていた床が瞬時に無くなり、二人は暗い奈落の底へと落ちて行ったのである。
一瞬の出来事であったため、誰も反応できずただ灯りが落ちて行くのを見ているしか出来なかった。
「「「……」」」
残された三人は、奈落へ続く暗闇を見つめながら、かび臭い匂いを嗅ぐ事しか出来ずにいた。そして、一時の硬直から解き放たれると……。
「ちょ、ちょっとあれ何?なんで床が開くのよ」
白く輝く
「少し辛いですけど、三人で行くしかないですね。それにしても困りましたね、先頭を行くアイリーンがいなくなってしまったのは」
「しょうがない、ワシが先頭を行こう。アイリーン程では、いや、アイリーンの足元にも及ばないが少しは出来るのでな」
アイリーンとエゼルバルドが最後にいた場所を眺めながら、ヴルフが役割を引き継ぐと告げてきた。そして、次の廊下へ続くドアを、敵が待ち伏せていない様にと祈りながらゆっくりと開けるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「御武運を!」
もう一つのパーティーの魔術師、スイールがそう告げると左のドアを開け暗がりの中へと消えて行った。
「オレ達も行こうか」
ミシェール達もドアを慎重に開けて中へと進んで行く。彼らの行く先も灯火の類は無く、完全に暗闇であった。
「灯りくらい置いておかないと非常時は拙いんじゃないか?」
ミシェールは生活魔法の
ミシェールの言う事も正しい。この建物は入り口が正面しかなく、先のホールへと繋がるこの廊下は誰が通っても良い様に明るくしておく必要があるだろう。
このゴルドバの塔の様に入り口にホールがあり、そこで足止めをするのであれば絶対に明るくしておかなければならぬのだ。
そこから考えても敵の練度はたいしたことが無いと思えてしまう。
そして、そのままミシェールを先頭に廊下を進んで行く。
ゴルドバの塔は一、二階が左右対称で出来ており、スイール達と反対周りで進むことになっている。廊下の突き当りにはスイール達が進んだ廊下と同じ様に右に進むドアが見える。
「ドアの向こうを調べるから離れて待機してくれ」
そう告げると、ミシェールはドアの先に気配が無いか調べ始めた。
「向こうは大丈夫そうだ。それでは行くぞ……えっ!」
振り向き、ドアの先に敵がいないと告げた瞬間の出来事であった。ドア側の壁際で待機していたバーンハードの床が無くなり、奈落へと落下して行ったのだ。
一瞬の出来事に誰も成す術が無かった。
「おい、どうしたってんだ?」
ミシェール達はバーンハードが落ちた床を見て唖然としていた。床はバーンハードが姿を消すとすぐに閉じてしまい、それ以降、叩いても、乗っても何も起こらなぬ、ただの床と化してしまった。。
実はこの床はアイリーンが押してしまった壁の仕掛けに連動しており、アイリーンとエゼルバルドと時を同じくして落ちて行ったのだ。
「どうする?」
「進めない事も無いが……」
「両方を同時にする時間はないわ」
「そうですね、バーンハードには申し訳ないですが依頼を優先するしか……」
ミシェールは依頼を優先し、テルフォード公爵を一発殴ってからバーンハードを探す事を決意したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ちょっと待て!」
「いや~、落ちる~~!!」
エゼルバルドとアイリーンは暗闇を落ちていた。少し落ちると石のスロープが徐々に迫り体に当たる。その後は滑り台の様に斜めに落ちたかと思えばスロープは水平に近い角度となり、二人の体はスロープから飛び出した。
「ぐぐっ!!」
「むぎゅ!」
幸いな事に二人はある程度の速度が殺された為に怪我を負う程の事はなかった。
「重いよ~!退いて~」
滑り台から飛び出したエゼルバルドの上に、アイリーンが乗るような格好で二人は重なっていた。アイリーンの方が先に落下したはずなのだが、先に着地したのはエゼルバルドであった。体重が重いエゼルバルドの方が初速が出ていた可能性がある為だろうと考えたのだが。
その考えはすぐにかき消される事象が現れたのである。
「うおぉ~~!」
エゼルバルド達の横に、同じように人が飛び出してきたのだ。
アイリーンを何とか退けたエゼルバルドがその顔を見て驚いた。
「あれ?バーンハードさんですか」
目を回していたバーンハードは頭を振り、何とか正常な頭を取り戻そうとする。十数秒経った頃、周りを見渡せるだけの余裕が出来ると暗闇にボヤっと浮かぶ二人をみてホッと胸を撫で下ろした。
「ご無事で何よりです、バーンハードさん」
十数秒あれば立ち上がる時間もあり、エゼルバルドは立膝を付いてバーンハードを見ていた。アイリーンも何とか立ち直っていたが、地面に腰を下ろし、天井を見上げていた。
「君はえっと……」
「エゼルバルドです。エゼルと呼んでください。あっちはアイリーンです。どこか痛い所はありませんか?」
バーンハードは体をあちこち眺めながら怪我でもしていないか確認していく。
「ありがとう。痛みは今のところないな」
「ゴメン。ウチ、足を捻ったかも。右の足首が痛いわ」
前にいるバーンハードからでは無く、何故か後方で胡坐を掻いているアイリーンが訴えて来た。怪我をせぬ方が奇跡としか言いようがない、あの仕組みは何だったのだろうと考えながら、アイリーンの足首を
「ありがとう、エゼル」
痛みが消えた足を確かめる様に立ち上がり、軽く動いて大丈夫だと告げて来た。
「それにしても、すごい所に落ちてしまった様だが……」
立ち上がったバーンハードが左右や天井を見渡しながら呟いた。
後方は行き止まりとなっているが、スロープの先には光の届かぬ真っ暗な空間が広がっていて、見える範囲にも自然に出来た石柱が不規則に何本も並んでいた。
先程の仕掛けは、古い洞窟に落ちるように仕組まれており、もしかしたら脱出路に続いている可能性もあると予想してみるのであった。
「皆と別れてしまいましたね。三人で纏まって探しに行きましょう。何が出てくるかわかりませんから十分注意する必要がありますね」
「オレは攻撃はあんまり得意じゃないから先頭は任せるよ」
「矢が無いからウチも役に立たないかも」
弓矢を持っていたのだが、先程の落下で矢筒をどこかに落としてしまって申し訳ないとアイリーンが首を垂れる。それでも斥候役や後方からの支援が出来ると、アイリーンをなだめる。
話し合った結果、エゼルバルド、バーンハード、アイリーンの順でスロープの先へと進む事になった。
「それにしても、ここは温かいな」
周囲を見渡しながらバーンハードが呟いた。十一月の半ば、さらに山がすぐ側まで来ているこの場所は、先程まではとても寒く外套をしっかりと羽織っていなければ凍死してしまうかと感じていた。しかし、落とし穴から落ちたこの場所は温かく、気温は十数度ほどになっていると感じていた。
「恐らく一年を通して一定の温度なのでしょう」
エゼルバルドが足を進めながらバーンハードに答える。それから数歩進むと何かを踏みつけたらしく、”パキッ”と音が聞こえた。
ゆっくりと足を退けると、そこに白い棒状や湾曲した何かが散らばっていた。
「これは何だ?」
すると、小動物の骨が至る所に散乱しているのが見えた。それも肉が付き真新しい骨だったり、風化が進みボロボロに崩れ始めていたりと様々だった。
「な、何よ、これ?」
アイリーンが声を上げるが、それ以上に嫌な予感がエゼルバルドの脳裏を過る。
骨を見るだけでも小動物から狼クラスの骨まで多岐にわたり、種類は一様ではなかった。それであれば捕食され、食い散らされたと考えるべきであろう。
全てが一か所に纏まっておらず、頭と胴体が離れていたり、頭だけ、足だけ、本当にいろいろだった。
「ちょっと予想が付かないな……」
エゼルバルドは腰のブロードソードではなく、背中の両手剣を抜くべく鞘の仕掛けに手を伸ばす。
「全くだ。何が出てきてもおかしくない……か」
バーンハードも一対二本のショートソードを抜ける様に手を伸ばす。
「矢の予備を持ってくればよかったわ」
三人が暗闇に目を凝らし、最上級の警戒へと気持ちを切り替え、何が来ても良い様に神経をとがらせる。
それから数十秒の間、沈黙が三人を支配するが、”ズン!ズン!”と響くような音が前方から聞こえ始め、見た事の無い巨体が三人の目の前に姿を現した。
「と、蜥蜴?」
「蜥蜴にしてはでかいな!」
エゼルバルドは両手剣を、バーンハードは一対二本のショートソードを抜き放ち相対する敵に備える。
徐々に表れるそれはピンクに近い赤い鱗、胸の部分はベージュがかった白と言った所か。
四つ足で歩き、首は持ち上げられ三メートルほどの高さに頭がある。胴体はずんぐりむっくりだが全身を鱗に覆われ、剣を入れる隙間もなさそうだ。おまけに二メートル以上もある尻尾が左右に揺れ、強靭な力を発揮すると思わせる様な太さだった。
「何でこんなのがここにいるんだよ!」
”キシャァァァァ!!”
赤い蜥蜴が三人を見つけ、威嚇の声を上げた。
「バーンハードさんは牽制をお願いします。アイリーンは石にライトを掛けて何個かばらまいておいて。隙を見て首に一撃を見舞うから」
「任せてくれ!」
「了解!」
エゼルバルドが攻撃すべく二人に役割を振ると、それぞれの役目を果たすべく左右に散った。
「とは言え、こいつの鱗に刃は通るのか?」
首の動作は速いが胴体の動きはもっさりとしており、その胴体にバーンハードは剣で切りつけるのであるが……。
”バゴッ!”と、鈍い音が聞こえるだけで斬撃が弾かれてしまった。おまけに鍛えられた鋼でさえ刃毀れまで起こす始末だ。
「硬てぇなあ、何なんだこの鱗は。頭に石を投げてた方がよっぽどいいや」
斬撃を見舞ったすぐ後にバックステップで距離を取るバーンハード。熟練の戦士でもあり、斬撃が効かないと見るや武器を一本仕舞い、落ちている石を拾い集める。
「切れるのか、こいつ」
一撃必殺の重量のある両手剣を真っ直ぐに構え、胴体に突きを見舞うがバーンハードと同じように弾かれてしまった。
「こいつでもか!」
蜥蜴の頭がエゼルバルドに迫り来るが間一髪、後方へ飛び退き難を逃れる。
「あの赤い鱗は駄目だ。白い所に一撃を当てないと!」
エゼルバルドが振るう魔法の両手剣でも、赤い鱗には歯が立たなかった。それであればと胸元から腹へと続く白い柔らかそうな鱗を切り裂くしかないと覚悟を決める。
蜥蜴の攻撃は単調で首か尻尾を振るうだけで避ける事は容易であった。だが、エゼルバルドもバーンハードも決定的な隙を見いだせず、時間だけが経過していくのであった。
二人が巨大な蜥蜴と戦っているその頃、アイリーンは
その途中で目にした人工構造物があった。石で組まれ、円筒形で天井まで続いていた。
そこに高さ一・五メートル程の鋼鉄製のドアが正面に見られ、何かの通路の様になっていると予想された。
「何なの、これ?」
その人工構造物にアイリーンは困惑気味だった。だが、落ちてきた時のスロープを考えれば、人工構造物があっても不思議ではないと頭を切り替える。
(このドア、開かないかしら?)
メッキが剥げてきているドアには頑丈な取っ手が見えた。それを思い切り引いてみるが”ギギギ!”と少し開いて止まり、それ以上はアイリーンの力では無理だった。
「錆ついてるじゃない!!か弱い女の子の力じゃ無理よ」
誰が
それ以上しても無駄であると今も先頭を継続しているエゼルバルド達の下へと急いだ。
「こんな場所じゃなかったら
蜥蜴の攻撃を躱しながらエゼルバルドが呟く。どの位の大きさの洞窟か分からないのに炎の魔法で爆発などしたら崩落などに巻き込まれるのではないか、と。それに風魔法を使ったとしても白い鱗でさえ切り裂けるとも思えなかったのだ。
「頭に当てているのに効いてないな、これは」
バーンハードも決め手を欠いていた。時折目玉に直撃をしているがダメージを負う気配もない。
「エゼルよ、このままじゃジリ貧だ。何とか逃げようぜ」
「それがいいな」
と言うが、何処にその逃げ場があるのか?先に進んだ所で出口を発見できれば良いが、行き止まりで追い詰められれば命の保証は無くなる。
蜥蜴の攻撃を避けながら色々と考えていると、暗闇からアイリーンが急いで戻って来た。
「向こうに建物みたいなのがあるから、手伝ってよ」
「何?何があるって」
「た・て・も・の・よ!!」
アイリーンは急いでいた為に建物としか告げなかったが、それでも逃げ場所にもなるかも知れぬと考える。
「バーンハードさん、お願いできますか?」
「おう、任せとけ」
エゼルバルドが蜥蜴の攻撃を一手に引き付け、バーンハードをアイリーンと共に行かせた。
「一人だと少しきつい……な!」
巨大な蜥蜴の動きを一手に引き受けるエゼルバルドは毒づくしか無かった。
「このドアが開かなくて」
先程の場所から十数メートルしか離れていない場所でアイリーンとバーンハードはそれを見上げていた。
「でかいな、何処まで続いているんだ?それに扉か。確かに人工構造物だな」
バーンハードもそれを見て驚いていた。自然の洞窟に不自然な人口構造物が二人の目の前に存在している事から、脱出経路か何かと考えるのが妥当であろう。
「それじゃ、少し引いてみるか。手伝ってくれ」
「了解!」
バーンハードとアイリーンが息を合わせてドアを引いて行く、
「「いち、にの、さーん!!」」
丁番が錆付いていたらしく、二人の力を合わせても一度に数センチ開くだけに留まっていた。だが、それを数回繰り返すと人一人が通れるだけの隙間が出来、埃っぽい空気が二人の鼻孔を刺激して行った。
そして中をライトの魔法がかかった石で照らすと、円筒形の空洞に簡易的な螺旋階段が上に向かって伸びていた。
「螺旋階段か?」
「角材が壁に刺さってるだけって大丈夫なの?」
「この木が腐ってなければ大丈夫だろう?大丈夫なのか」
バーンハードはかび臭いその中に入り、壁に刺さっている角材を踏みしめ十数段登って降りて来た。
「大丈夫そうだ。ただ、上は見えないからどこまで続いているか、だな」
「この中で休めそうじゃない?」
「そうだな、あれの攻撃を避け続けるのも限界があるしな。それじゃ、呼んでくるよ」
「お願いします」
バーンハードはそこから飛び出し、エゼルバルドが苦戦をしている巨大な蜥蜴との戦いの場へと戻って行った。
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