第十四話 二つのパーティー【改訂版1】

2019/08/26 改訂 ※アンジュからベテランのキルリアに変更


 高速馬車での酷い揺れから来る体調不良が治り、食欲が戻った頃にはすでに夜となっていた。十一月も半ばになり冷たい空気が体に纏わりつく夜遅くに、殺風景な部屋で依頼主、--と言ってもカルロ将軍であるが--、とテーブルを挟み向かい合っていた。

 簡単に説明を受けているとは言え、彼の口から説明を聞くべく集まっているのだが、皆の顔は呆れていたり、怒っていたりと不満の表情を見せていた。


「お疲れ様。体の調子は戻ったかね?ヴルフがそんなに体調を崩すとは思わなかったが、それほど高速馬車は酷かったのか」


 ヴルフ達五人が揃って、”それならば一度は経験してみろ”、とばかりにさらに不満を孕んだ顔を向ける。夜間に休憩はあったがそれ以外は四日間、揺られっ放しであれば誰もが気分を悪くすると本気で訴えたいと思った程だ。


「一度乗ってみるといい。あれは地獄だ」


 溜息を吐きながらカルロ将軍へ言い放つと、部屋に集まった皆はそれに同意する様に頷いた。


「一度乗ってみてから一考するさ。それでは、こちらの男だが何度か城で会っているだろうしエゼルと打ち合ってるギルバルド。騎士団団長だな、腕前はわかっての通りだ」


 カルロ将軍の右隣に座っているギルバルドは軽く一礼をする。


「そしてもう一人、斥候などの部隊を統括する【ルキアノス】だ。情報収集の任に当たる部隊長でそちら方面に長けている。トルニア王国では五指に入る程に情報収集をこなす。こっちの腕前はそこそこだけどな」


 カルロ将軍が剣を振るそぶりを見せながら軽く笑いながら、左隣の男を紹介する。その紹介は無いだろうと怪訝な表情を見せるも、とりあえずは任務だと表情を作り直してルキアノスも軽く一礼をした。


「一方的に話して申し訳ないが依頼の話をしよう、あまり時間もないのでな。依頼内容はここから南西にあるゴルドバの塔に赴き、占拠する者たちを排除する事だ。そこには首謀者のテルフォード公爵がいるが、我々の前に引きずってでも連れてくる事。死んでいても良いが、生きている方がなお良い。ゴルドバの塔は国境沿いにある為、トルニア王国の軍では国境を越えて追跡する事は不可能だ。そこで国境を越えて活動できる軍以外の一市民に頼むことにした。一応、スフミ王国へは連絡の使節は送っている。同盟の文言にも書かれていることだしな」


 ゴルドバの塔へ軍を向けるには相手国の了承が必要となり、王家の承認が必要となる。いくら、この場所が故郷の街で二つの国が管理する街であったとしても、街の責任者が許可を出すことは不可能なのである。


 それからカルロ将軍は一応の依頼内容を説明する。ゴルドバの塔が目的地とは聞いていたが、追加の依頼、テルフォード公爵の身柄を要求されるとは無茶もいい所だ。だが、依頼されるからには首だけでなく、生かしてカルロ将軍の前へと連れて来たいと思ったのだ。


「そしてだ、ルキアノスが新しい情報を仕入れてきた。エゼル、偶然だがお前に関係する事らしい」

「オレにですか?」


 エゼルバルドは何が関係しているのかと首を傾げる。心当たりがあるだけに、ルキアノスからの情報を大人しく聞こうと身を乗り出した。


「では、情報の統括を」

「はい、テルフォード公爵はここより南西、約七十キロにあるゴルドバの塔を占拠しています。占拠している私兵の数は五十名程。塔の屋上に見張りがいます。そして、テルフォード公爵は”黒の霧殺士”を雇い入れております。その者の武器は細身剣レイピアを所持している、とか……」

「…!!」


 エゼルバルドだけでなく、カルロ将軍の前に座る誰もが驚いら。それは、まさかとの思いの方が強かった。

 特にエゼルバルドは怪我を受けた相手に再戦が出来るとあって、他に人がいなければ狂喜乱舞していた事であろう。


「おそらく、エゼルに怪我を負わせた奴だろう。以前に話を聞いた事を思い出したよ。どうするかはお前の自由だが、今のお前なら負ける事は無いと信じているぞ」

「ええ、その話を聞くと傷がうずきます。そうですか、あいつがあそこに……」


 カルロ将軍の問いかけに、エゼルバルドは顔を曇らせ考えたように黙りこくる。彼の表情とは裏腹に、内心では再戦の機会がこんなにも早く訪れるとは思わず、この巡り会わせに感謝をしていた。


「移動は途中まで馬車でその後は徒歩だ。我々のサポートがあるから期待していてくれ。おっと、一つ言い忘れた。明日の朝にはもう一チーム合流するから、それを待って出発する」


 カルロ将軍がとても重要な事を”さらっ”と口にするのだが、それは初めに説明する事ではないのかとスイール達は冷たい視線を向けるのであった。

 ヴルフは”そう言えばこんな奴だった”と苦笑いをしながら、昔から変わらないなと思い出していたのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「皆さん、大丈夫ですか?うっ」

「全くひでぇ目にあったぜ」

「ありゃ、のりもんじゃねぇ」

「全くですわ、あり得ません」

「……うっぷ…失礼する」


 スイール達が到着した翌日の朝早く、国境の町ブラークに一台の高速馬車が到着した。そこから出て来た五人は”フラフラ”の体でなんとか目の前のトルニア王国守備隊事務所へと入って行った。


 それから数時間後、その五人は何とか体調を戻し、依頼主のカルロ将軍等と依頼の説明を受けていた。それはスイール達が説明を受けた同じ部屋である。

 そして、説明が終わりになる頃、彼らと同一の依頼を受けるパーティーが紹介されようとしていた。


「それでは今回合同で当たってもらうチームを紹介しよう。そろそろ来るはずなのだが……」


 そろそろ腹の虫が鳴き始める時間になり、ドアをノックする音が響いた。その五人と依頼を同じくするチームが来た合図であった。


「おう、入れ!」


 ガチャリとドアが開き、案内の兵士を先頭に同じ依頼を受けた人達がそこへ現れる。彼らが目の前の空いた椅子へ腰掛けると、その瞬間に口から驚く声が漏れたのだ。


「あれ?魔術師のスイール殿じゃありませんか!」


 男の口から魔術師の名前が出て来た。この男の過去に、--と言っても今年の話なのだが--仕事を変えざるを得ない原因を作った魔術師が目の前にいるのだ。


「ん、あれ?ミシェールさん。今回の協力するチームってあなた達だったのですね」

「お前たちは知り合いだったか?」


 スイールの言葉にカルロ将軍が反応した。カルロ将軍が良く知るヴルフ達とワークギルドから派遣された命知らず達が知り合いだとは思う筈も無いだろう。

 特にヴルフ達はカルロ将軍の依頼を受けている為に、顔見知りと事を構える事は無いと見ていた。


「ええ、ミシェールさんはお会いしたことがありますね」


 うんうんと、縦に首を振るヴルフ達。少しだけ話した事があるのでその通りだが、知り合いかと言われればそこまででは無い。さらに言えば、スイールを除く四人は知り合いでは無く、単に顔を知っている程度であった。


「スイール殿とは何度か仕事の依頼を貰いましたね。そうそう、メンバーを紹介しますわ。自分はミシェール=モンクティエ。今はしがない探偵事務所の所長です。まず、ちびっこいの(こらっ!)が【バーンハード】、ショートソードを二本使う二刀流だ。そっちのが【レスター】で戦斧バトルアクスを使う元傭兵。【ルチア】は凶悪なモーニングスターを使う。これでシスターをしているって笑っちゃう(可笑しくない!)だろ。最後に隠密行動に長けた【キルリア】。何故かルチアと同郷だったりする(それは余計よ)」


 ミシェールは自分達のメンバーを簡潔に紹介した。厚着をしているが動きや首の筋肉である程度の実力は分かるだろうし、手の内は同一の依頼を受けるにしても隠しておきたいと思うのも当然であろう。だが、相手が名の通ったヴルフや過去にミシェールですら恐怖を覚えたスイールでは、それも無駄だろうと思える。


「それでは私たちも。私は魔術師のスイールです。そして、”速鬼のヴルフ”……と言えばお分かりですよね。エゼルバルドは剣と魔法を使えます。ヒルダは軽棍ライトメイスを振り回しますが回復魔法が使えます。そして、自称トレジャーハンター(自称じゃない!!)のアイリーンです。”黒の霧殺士”を撃退する程の腕は持っていますので足を引っ張る事は無いと思いますよ」


 局地的に名の知れたスイールはともかく、トルニア王国に名が轟いているヴルフが紹介されると相手の四人は驚いたような表情をした。

 さらにアイリーンの存在である。スイール達にとっては後衛から中衛に位置する、もしくは腕の立つ斥候の存在なのだが、他から見れば弓の名手で名が通っている。ヴルフとアイリーンだけでも過剰戦力と思える程だった。

 それに加え、”黒の霧殺士”を撃退とは、と思ってしまうのだ。


「ちょっと、それって私等が足手まといにならないか?」

「過剰戦力じゃないか?俺達、必要か?」


 ミシェールたちのメンバーが卒倒するかと思う程に体が揺れている。


「過剰戦力かどうかはどうでも良いが、二チームは欲しいのだよ。ゴルドバの塔は内部が二ルートに分かれている為、どうしても別れざるを得ないのだ」


 カルロ将軍がそういうと、ゴルドバの塔の見取り図を取り出して開いて見せた。


「ゴルドバの塔は小高い丘を上がって直ぐの入り口に、両開きの巨大な扉がある。高さは三メートル程。幅も三メートルだ。そこを入るとホールになっているが、そこから先は左右に分かれる。その奥に階段があり二階に上がる。二階の奥で一つに合流して塔の頂上まで続く幅二メートルの螺旋階段で地上から四十メートルの最上階へ向かう。おそらくそこにテルフォード公爵がいるはずだ、”黒の霧殺士”を従えて。厳しい戦いが予想されるがそのつもりでいて欲しい」


 カルロ将軍は椅子から立ち上がり、一同に軽く礼をし、一言だけ言葉を口にした。


「よろしく頼む」




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 国境の町ブラークを昼食を取り終えるとすぐに出発した。四台の馬車に分乗しゴルドバの塔へ向かう。

 二台の馬車には騎士団団長ギルバルドと彼の率いる騎士七名、そして諜報員二名の計十名。もう一台ずつにはスイール達のメンバーとミシェール達のメンバーが分かれて乗車している。


 この時間に出発したのは作戦行動時間が深夜を予定しているからである。到着はおそらく夕食後、午後八時前に少し離れた森林へ到着する。休憩と腹ごしらえ、そして仮眠を取り深夜に行動を開始し、日付が変わる頃にゴルドバの塔へと到着予定だ。


 ゴルドバの塔には正面以外に入り口が無く、そこを見つからずに登れるかが第一の関門だ。次にすべての私兵が起きていない深夜を狙う事により戦力の各個撃破を狙い、兵力の削減を達成できるかが第二の関門だ。

 最後にテルフォード公爵が逃げ出さぬ様に捕える事が出来るかだ。


 それはすでに作戦を考えてあるので時間になれば実行に移すだけとなっている。




 日が暮れ、かすかな灯りを頼りに街道を進み、ゴルドバの塔までもう少しとなった所で馬車を止める。かすかではあるが、木々が茂る先に灯りが見える。肉眼ではほぼ見えないのだが、ギルバルドが持つ望遠鏡で確認ができる。

 最上階の窓から漏れるランタンか蝋燭の赤い炎の光がゆらゆらと揺れている。そこに人影を確認するまでの能力は持っていない為もう少し近づく必要がある。だが、


「よし、ここで休憩だ。食事なり、仮眠なり、自由に取ってくれ」




 ギルドバルドが率いる騎士達が見張るその中では、二つのチームは作戦の最終確認を取りながら食事をしている。


「もし可能であれば屋上の見張りを仕留めたい、と?」


 ミシェールとしては見つからずに進むために何とか見張りを倒しておきたいらしい。だが、


「下から放って矢が届く、ってレベルね。正確な射撃は無理よ。そもそも、敵の体が手すりから乗り出した所を射るから、落ちて大きな音を立てて襲撃と察知されると思うわ。そうすれば寝首を掻く前に五十人の敵を相手にする事になるけど、良いのかしら?」


 弓の名手アイリーンでも厳しいらしい。飛距離は取れるが、角度が取れない、そして屋上から敵が落ちた時のデメリットの方が大きいのだと。


「それなら仕方ない、当初の予定通りか……」


 徐々に寒さが身に染みる中、温かい飲み物が入ったコップを手で包み暖を取りながらミシェールはしょうがないと諦めた。


「強力な魔法を使えば出来ますが、破壊力と距離が厳しいです」

「大丈夫だよ、もうしばらくすればあそこにいる奴らは寝てしまうだろう。そうすれば侵入も簡単だろうよ」


 ミシェールのメンバー、レスターが軽く酒を煽って楽観的に答えを出そうとしている。


「起きた所で寝起きの私兵を叩き潰せばいいんだから簡単だろう」

「そんな事言ってると、怪我するぜ。何時もお前は思考が足らないんだからな」


 二本の剣を手入れしながらバーンハードが注意をする。バーンハードにしてみれば筋力が全てのレスターを少しだが嫌ってる。直線的ではなくもっとからめ手から攻めれば体に怪我を負う事も無いのにと思う事がしばしばあるのだ。

 レスターは筋力を頼りに戦斧を振るっているが、直線的な性格からフェイントに弱く、良く体に傷を貰っている。それを止めさせたいのだがなかなか上手くはいかなかった。


「少しくらいの怪我ならわたしとヒルダちゃんで治せるから大丈夫よ。でも、少しは私達の事も考えて怪我しない様に戦ってよね」


 いつの間にかヒルダと仲良しになっていた回復仲間のルチアがレスターに向かって言う。


「少しくらいは大丈夫です。わたし達に任せてください」

「期待してるぜ。と、アレはいいのか?」


 と、ヒルダに返事を返したレスターが離れたところで剣を打ち合っているエゼルバルドとヴルフに視線を向ける。音が出ぬ様にと布をぐるぐると剣に巻き付けて打ち合いをしている。

 ヒルダからしてみれば五割くらいの準備運動程度でしかなく、心配するほどでもないと思っているが、ミシェール達には危険な行動であると映ったらしい。


「準備運動みたいなものですから、気にしないでください。エゼルも全開で動くのは久しぶりですから楽しみなのでしょう。あれで五割くらいですから怪我もしませんよ」

「あれで五割とはヴルフってのもバケモンなんだな。それに付いて行くのもバケモンか……。嬢ちゃん、あの二人に期待してるって伝えてくれや」


 ヒルダにそう告げると、レスターは酒に少し酔ったのか毛布を被って眠りについた。


 その他の面々も一通り腹ごしらえと装備の点検をすると、毛布を手に横になり始める。

 気温が下がり、寒さも一段と厳しくなってきたが、体を休めるべく強引に眠りにつくのであった。

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