第十五話 ゴルドバの塔【改訂版1】

2019/08/26 改訂


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 直径十五メートル弱の円形の部屋で男は何かを待っていた。石造りの床に安物の薄い絨毯を敷いた部屋の中を歩き回りながら。薄い絨毯は軽い衝撃さえも受け止める事ができず、コツコツと足音を部屋に響かせている。


「まだか?まだ連絡は来んのか!」


 籠り始めてからすでに十日、間もなく来るはずと自らに言い聞かせているのだが、それもそろそろ限界が来てイライラと表情に現れている。


「何でワシがこんな目に遭わんと行けないのだ。それもこれもお前たちのせいだからな」


 部屋の壁際のテーブルで酒瓶を、それも高級なワインを瓶ごとラッパ飲みしている黒ずくめの男を指で指しつつ暴言を放った。


「お前たちが暗殺に失敗しなければこんな無様に逃げ隠れする事も無かったし、金もまだまだ手にできたはずだ。どうしてくれ……うっ!!」


 黒ずくめの男に言い寄ろうとしたときに男の首に銀色に光る長い刃が突き付けられる。


「テルフォード公よ。それ以上我等のせいにするのであればこの場でその首を刎ねても良いのだぞ。パトロンは沢山いるのだから、お前だけではないのだよ」


 そう言うと長い刃をゆっくりと鞘に仕舞い込み、目の前の男が口を付けていた酒瓶を奪い口へと運ぶ。


「わかっておる、だからお前達”黒の霧殺士”にワシの用心棒を頼んだのではないか。ワシの身柄を帝国まで無事に送り届けられれば倍払うとの契約をたがたがえる訳が無い」


 テルフォード公、即ち、カルロ将軍が追っているテルフォード公爵は先ほど首に突き付けられた銀色の刃を恐れ、取り繕う事だけで精一杯になっていた。

 テルフォード公爵は帝国への亡命を是とし行動しているが、連絡に出した兵士と自分の息子がまだ戻って来ぬ為に、今だにトルニア王国を抜ける事が出来ないでいた。


 実はこのテルフォード公爵、武勲を立てる事が出来ないのだ。馬に乗る事が出来ずに戦場へ向かうにしても馬車を用立てねばならぬのであった。もし騎乗出来ていれば、こんな所で油を売らずに身一つになってでも、帝国へ向かっていた事であろう。


「まぁいい、寒くなったから寝る。見張りは厳とせよ」


 そう言い放つと毛布を何枚も重ねてベッドへと潜って行くのであった。




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「もう、そろそろか?」


 森林を進み行く十人の男女。先頭を行くキルリアに向かってミシェールが声をかける。歩き出してからそろそろ一時間、方角が間違っていなければ、いや、キルリアにとって方角を間違えることなどあり得ぬから、そろそろゴルドバの塔に到着しても良い頃だった。


 ゴルドバの塔まで続く道を通らず森林の中を進んでいるのは、道沿いは当然ながら見張りがいる為に見つかるだろうと考えたからだ。寡兵をもって多数の敵を相手にするのであれば隠密行動が必然となる。

 時折、獣達が現れるが、この人数を前にしてすぐに逃げ出してくれて今回は助かっている。


「見えました」


 キルリアが止まれの合図と共に声を出す。目の前には高台に建つ高さ四十メートルのゴルドバの塔が視界に入ってきた。日付も変わってる事から下部の兵士詰所の窓からは明かりは見えず、眠りについたと見られた。

 屋上には動く灯りがかすかに見え、四方を見渡しているのがわかる。それも複数の人数でである。だが、一度に動く灯りの動きから、二人であろうと予想をするのであった。


 ゴルドバの塔の正面には階段が続いているが、その横は切り立った壁のため死角となっている。守りを重視した結果、正面の階段以外から登る事を困難にさせているためであろうが、今はそれが仇となり奇襲する攻め手が有利な状況である。


「ほんじゃ、ちょっくら行って来るね」


 軽く手を上げて挨拶をしたのはアイリーンだ。トレジャーハンターとして崖を上り下りする事は多々あり、十メートルも無い崖を上る事など朝飯前である。この時間は深夜ではあるので夜食前と言った所だろうか?

 風化の進んだ崖を危なげなく”あっ”という間に登り切り、何処かの柵に黒いロープを縛るとがけ下へと投げ落とす。


ましらの如くとはアレを指すのかのぉ」


 アイリーンが耳にしたら”嫌味かしら?”と毒を吐く様が目に浮かんでくる言葉を誰かが呟いていた。


 とりあえず、アイリーンの仕事は一先ず終わりであるが、見つからない様に壁を背に弓を用意する。何処に見張りの兵士がいないとも限らないからだ。

 だが、それは杞憂に終わった。ゴルドバの塔は正面の階段を上り切った所にスペースがあるだけで、左右は崖と壁が一直線となり兵士の歩くスペースすら無かった。


 それから十分程を掛けて残りの九人も崖を登り切り、入り口脇へと集まった。


「この扉の向こうには十五メートル四方のホールがある。入り口はここ一つだけで窓はない。気配的に複数人がいる様だがどうする?」


 斥候の能力も持ち合わせるミシェールが小声で相談を持ち掛ける。戦闘能力についてはチームの中で一番低いらしく、戦闘の可能性が高いときはいつもメンバーに相談をしているそうだ。


「いいんじゃないか?突破で」

「向こうにいるならそれしかないのでは?」


 ほとんどが突入を支持していたのは、回りくどいやり方は面倒だと思っていたからである。


「弓を撃ってくる可能性もあるから注意だな。ドアを開けて即防御魔法。二重展開すれば大丈夫だろう。アイリーンとスイール殿、それとキルリアとオレは待機。その他は突撃でいいな」


 ミシェールが全員に役割を説明すると、それぞれの武器を手に突入の準備を整える。

 そして、ヴルフとレスターの力自慢二人が重厚なドアを開けるべく取っ手に手を掛けゆっくりと引く。なるべく音を立てぬ様にと注意をするが、建ててからもう百五十年以上経過していれば音を出すなと言う方が無理がある。

 少しの隙間が空いた時に、”ヒュン”と風を切る音がして何本もの矢がその隙間から飛び出してきた。だが、扉の正面に姿をさらす筈も無く、誰にも被害は無かった。


「拙い、早く防御魔法を!!」


 スイールとヒルダの二人が防御魔法を展開する。


「「物理防御シールド!!」」


 扉の前に二重の防御魔法が展開され、透明な壁に止められた矢が何本も地面に落ちる。扉が二人ほど並んで通れるほど開かれると、盾を前に構えたルチアを先頭に、エゼルバルド、ヒルダ、バーンハードがホールの中へと流れ込んで行く。

 扉を開けた二人、ヴルフはブロードソードを、レスターは戦斧を手にワンテンポ遅れてホールへと突入していく。


 先頭で入ったルチアが見たのは弓を構える五人の兵士と、その前で屈んで剣を構える五人の兵士だった。


「ちぃっ!!」


 弓隊からルチアに向かって矢が放たれる。突進中のルチアに瞬時に避ける事は不可能であったが、それならばと盾を構えながら突進を続け、敵の真っただ中へと躍り込む。所詮は金で雇われた私兵だ。ワークギルドの依頼に自ら志願したルチア達とは覚悟が違う。

 気迫の違いが彼我の戦力に圧倒的な開きを見せていたのだ。


「うりゃぁぁ!!」


 ルチアの叫びがホールにこだまし、それを耳に受けた敵の精神を揺さぶる。三本はルチアの盾に当たり、一本は左肩をかすめ、一本は大きく外れ壁に当たった。弓隊はルチアが接敵するまでにもう一射する余裕は無かった。

 弓隊の前に剣を持った兵士が屈んでいたが、ルチアの気力に押され反応が遅れ、立ち上がりに時間がかかってしまった。ルチアのモーニングスター上段から振り下ろされると後方で剣に持ち替えようとしていた弓兵の一人を棘と質量が襲い、血祭りにあげ命を奪い去った。


 敵の兵士達が見たのはルチアだけではない。次々と向かい来る命知らずの敵に恐怖を感じずにいられなかった。


 次に襲い掛かったのはエゼルバルドだ。盾を構えたルチアより足は速く、モーニングスターを振った時にエゼルバルドも横に剣を払っていた。

 ルチアが正面に躍り込んだのを横目で確認していた為に、左端の弓兵を目掛けて駆けていた。弓兵とすれ違いざまに一閃すると、鳩尾あたりで二つに分かれ、鮮血を噴出させて転がって行った。


 そして、ヒルダもエゼルバルドに続けと左の剣士目掛けて軽棍ライトメイスを振るう。

 剣士は咄嗟に剣を出し、それを防ごうとするが無駄であった。無理な体勢から剣で受けるしかなかった剣士は自らが構えた剣ごと体に刻み込まれた。

 刃が顔面の中心に力任せに刻まれれば、鋳造の鈍ら刃と言えども力頭蓋骨を割り、脳漿を散らして行った。

 ヒルダの、いや、女性の力では無理かと言われるかも知れぬが、ヒルダの全速力と全体重を乗せた軽棍の一撃である、反応の遅れた剣ではたとえ男の腕力とは言え、金目当ての私兵ごときでは防ぐことは不可能であった。


 最後にバーンハードが右の兵士に突っ込む。剣速はそこまで無いがショートソードを二本振り回す事で斬撃の回数を増やしている。そして、この男が凄いのは斬撃の軌道が緻密である事だ。

 弓兵へ近づくとショートソードを一回ずつ振るう。すると弓を持っていた指が根元から切られそこから血を吹き出した。それでも手を止めずもう一度剣を振るうと一回は腕を切り付け、もう一回は首を後ろから突き刺し止めを刺のであった。


 四人が一人ずつをあっという間に倒すと、そこからは蹂躙が始まった。


 ルチアは刺さったままのモーニングスターを敵を蹴って抜き去ると側にいた弓兵へもう一度振るい、二人目を血祭りに上げた。

 エゼルバルドは弓兵の最後の一人を振り向きざまに袈裟切りに切り捨てた。背負っている両手剣の重さも何のその、と言った所だろう。


 反応が戻った剣士に少し苦戦するヒルダだが、何故か敵がもう一人が合流し、二人と相対する事になってしまった。それでも華麗なステップを踏み剣を躱していく。

 そこへヴルフが横から割り込むように剣を振るうと、突然の剣戟を対処出来ぬ剣士は左腕を切り落とされ、そして壁へと蹴り飛ばされ気を失う。


 すかさずヒルダの強烈な一撃が剣士を襲うが、剣に受けられてしまった。だが、強烈な軽棍ライトメイスの一撃は剣を根元からポッキリと折っていたのである。

 鋳造製の安価な剣は、鍛造で鍛えられた剣と違い焼き入れも焼きなましもされておらず、脆い部分に荷重が集中してすぐに使い物にならなくなる。

 そして、ヒルダが軽棍ライトメイスに次いで振った左腕の盾を顔面に受け、鼻血を盛大にまき散らして倒れて行った。


 二刀流のショートソードで優位に戦闘を進めるバーンハードだが、それは一人の相手に対してだ。最後の剣士二人がバーンハードに襲い掛かる。

 剣士二人の数回の攻撃をすべて受けきる事が出来ず、斬撃を負ってしまう。内側に着ている鎖帷子のおかげで致命傷は免れるが、このままであれば押されて負けてしまうだろう。

 だが、その時である。


「オレにも戦わせろ!!」


 戦斧バトルアックスを振り上げたレスターが声を上げながら剣士に迫る。大きな戦斧バトルアックスもそうだが、筋骨隆々の体格は威嚇も十分で、バーンハードに向かっていた二人の剣士の一人が一瞬だけレスターを見やった。その直後、彼の視線は天井を向きながら視界が暗くなって行った。

 レスターへ視線を移した一瞬で、その剣士の首を刎ねたのである。


「なっ……ぐっ!!」


 最後に残った剣士は、仲間の首が飛ぶ瞬間をその目で見てしまい、一瞬の出来事に体を硬直させ隙を作ってしまう。その隙にバーンハードのショートソードが剣士の頸動脈を切断し、盛大に鮮血を吹き出しながら命を終えたのである。




 次の部屋へ続くドアを確認だけして、全員がホールへと集まる。敵に回ったとは言え、そのままにしておくのも忍びないと死体をホールの片隅へと並べ祈りを捧げる。

 それと同時に怪我を負ったバーンハードをルチアが回復魔法を掛けて傷を塞いでいた。


「この敵って弱すぎなかった?装備も量産品を与えられただけみたいだし。見てよ、剣なんて型に金属を流しただけの安物よ。鍛えてもいない」


 ヒルダが怒り気味に、叩き折った敵の武器を手にして毒を吐いていた。


「確かに私兵を雇ったとは言え、呆気なさすぎる。何があるんだ?」


 戦いの行方を眺めていただけとは言え、ミシェールも裏があるのではと感じたようだ。まさか装備や人に回すお金が足りない等考えられなかった。幾ら”黒の霧殺士”を雇ったとは言え、それで金欠になるほどとは思えない。

 別の理由があるのかもしれない、と注意する事だけは共通事項として認識するようにした。


「この部屋の左右のドアから分かれる事になる。右ルートと左ルートだ。初めの予定通り俺等は右に、スイール殿達は左で良いか?」


 ミシェールの言葉に皆が一様に頷く。そして、受け取った見取り図を取り出しこの先のルートを確認する。

 一本、二本と廊下が繋がり、ぐるっと回っている。その後、大きなホールが一か所、そして階段のあるホールへと繋がっている。


「二本目の廊下からは寝室のある部屋へ続いている。寝ているのならロープで縛り、戦闘不能にしておこう。それからホールへ続く、か。ここも待ち伏せがいるだろうな」


 待ち伏せを想像すると、ヴルフは不機嫌な表情をした。

 先程は突入して相手を打ち倒したが、それで上手く行くとは限らないだろう。ここからは慎重にならざるを得ない事は確かだ。

 それに、壁が厚く音が漏れにくいとは言え何時残りの兵士達が目を覚まして攻撃してくるかもわからない。

 正面のホールに敵が配置されていた事を考えても、これ以上のんびりとする時間もないだろうと、すぐに行動を始めるのであった。


「ホール以外は狭い通路ですから兵士を配置する事は無いでしょう。ホールと途中のドアを注意して進む事にしましょう。それでは上で会いましょう」

「おう!」


 スイールとミッシェルは互いの手を目の高さで交わし、それぞれの検討を誓い合い、向かうルートのドアへと向かって行った。

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