第十三話 カルロからの呼び出しと依頼

 十一月十一日、王都アールストに冷たい雨がしとしとと降り続ける。もう少し気温が低ければ雪になり、子供たちが走り回る光景が見られるのだが、雨であればその様な事も無く、屋敷の周りはひっそりとしている。


 数日、ワークギルドの簡単な依頼を受けて過ごしているが、あれ以来盗賊騒ぎも無く街の噂もそこそこに終息しつつあることがわかる。ワークギルドにも盗賊討伐の依頼も無く平和な日常が続いている。

 特に冬は農閑期であり、小さな依頼は農夫達が請け負ってしまってエゼルバルド達が受ける依頼も少ない。


 エゼルバルドが負った怪我は冷たい雨が降るとズキズキと痛むのだとかで、この日は大人しく本を読んで過ごしていた。


”コンコン”


 不意に玄関のドアをノックする音が響く。


「は~い、どちらですか?」


 手持無沙汰だったヒルダが突然の来客を向かい入れるために玄関へと向かった。ドアを開け対応する事数秒後、ドアを閉めてヒルダがリビングへと戻ってくる。


「はい、お城からなんかお届け物よ」


 ヒルダからヴルフへ、先ほどの来客がもたらした封書を手渡す。ヴルフ宛で封印はされていたが差し出し人は書かれていないが、封印の印からあの人からの手紙だとすぐにわかった。。


「また厄介ごとでも発生したか?」


 封印を破りながら封書を開け、中の手紙に目を通し始める。ヴルフの柔らかな表情が徐々に厳しい顔へと移り変わる。ヴルフの厳しい顔などそんなに見る事も無い事を考えると厄介な出来事が起こった事は簡単に予測できる。


「全く何をしているのやら。討伐に行くぞ、みんな、準備を」


 有無を言わさずヴルフは自室へと入って行く。


「後で理由を聞きましょう。急いでいるみたいですからね。エゼルにヒルダ、一応、雪対策の準備を忘れないで。アイリーンは寒く無い服装を心がけて」

「わかったよ」

「は~い」

「ん、了解!」


 十分後、リビングに用意の整った五人が揃った。ギリギリだったのは冬支度をしていなかったアイリーンだったが、一、二分の為問題はなかった。


「移動しながら話すが、南のワークギルドへ向かうぞ」


 冷たい雨が降りしきる中、王都アールストの南のワークギルドへと五人は向かうのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そのワークギルドでは、突然の依頼、しかもとんでもない内容にギルド職員は右往左往していた。


「支部長!お城からの依頼は何ですか!討伐対象の騎士と戦える人を寄こせとは。そんな人すぐに集まる訳無いですよ」


 受付の一人、【ブリジット】が手に取った依頼書を見て無理だと支部長、【ゲルティ】に吠えている。農閑期で依頼を受ける人数は多くなっているが、騎士と戦える人など居ないだろうと。


「そうですよ。どれだけ無茶か分かりませんか?しかも緊急と来ているのですよ。今日明日で十人程集めろとか、無茶が過ぎます」


 もう一人の受付、【シェリー】も同じように支部長に食って掛かる。


「オレもそう思ったんだよ。断る事も出来無いのにどうしろってんだよ。とりあえず、掲示だけしておいてくれ、頼むよ~」


 支部長のゲルティも無理難題を押し付けられて難儀している様だ。もともと気の弱さもあり、事が起こると”胃に穴が開く”とお腹を押さえつける程だ。二人の部下からの突き上げを食らえば当然の事ながらストレスでお腹を押さえる事になる。


「一応掲示しますけど、どうなっても知りませんからね」


 ブリジットが依頼書を張るべく、掲示板へと向かって行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 雨の中を頭まですっぽりと外套で隠した五人の集団が街を急ぎ歩いて行く。


「スマンな、急いでいたのでな」


 早歩きのヴルフが他の四人へ謝る。


「別にいいよ。暇してたし」

「そうそう、寒いけど別にいいよ」

「それで、どうしたのでしょう?急いでいたようですが」




「先程の手紙な、カルロ将軍からだった」


 やっぱりと残念そうな顔をする四人。その表情は予想してたヴルフはそのまま話をつづけた。


「テルフォード公爵が逃げた場所がわかって討伐に来て欲しいとさ」

「でも、その位ならカルロ将軍の部隊で余裕じゃないの?エゼルと打ち合えるくらいの騎士隊が出動しているんでしょ」


 寒い寒いとアイリーンが指先に息を当てながらヴルフに返す。多少犠牲が出てもカルロ将軍が育てた騎士隊が動けばその位あっという間に制圧できるはずだ。アイリーンに指摘されるまでも無く、皆はそれ位わかっている。


「だがな場所が場所で困っているらしい。下手をすると外交問題に発展する可能性がある場所に逃げ込んだらしい。そこが問題だそうだ」

「外交問題に発生する場所?」

「軍隊が不用意に動くと国境を超えるかもしれない場所だ」

「そんな場所に逃げたの?」

「そうだ。ゴルドバ城塞って知ってるか?」

「なるほど、国境に位置するゴルドバの塔か。それなら納得だな」

「「何それ?」」


 ヒルダとアイリーンが同時に口にした。この二人はどんどんシンクロしていくのではないかと思い始める。いつも一緒に行動をしているのだ、何時かは同じ考えを持っても可笑しくはないと思い始める。


 スイールは知っていたがアイリーンとヒルダは知らないらしい。ヒルダはともかく、アイリーンが知らない事は皆、驚愕の表情をした。それもアイリーンとしては当然でトレジャーハンターとして向かう場所の候補にゴルドバの城塞は無かったのだ。人の手で作り出されたその建物は、当然の事ながらアイリーンが所望するようなお宝は全く無く、候補にも挙がる事は無かった。


 その中でも異色だったのは、エゼルバルドが知りえていた事だろう。彼の趣味でもある戦史研究に度々出てくる事から存在は知っているのだ。


 それよりも今はゴルドバの塔についてだ。


「ゴルドバの塔は国境の上に位置しているんだ。トルニア、スフミの両国で共同管理をしていて、軍隊が入れない、もしくは軍事行動をしてはいけない場所になってるんだ。軍隊が入ってしまえば協定違反で賠償金が発生したり、最悪は同盟が崩れる事がある」


 ヴルフがそこにもう一つ、情報を加する。


「活動してよいのは軍隊以外。国に所属しない個人、または組織。簡単言うとワークギルド等の組織からの依頼者、って事になる。今回は国が依頼元だが、入るのはワークギルドで依頼を受けた国に所属していない我々となるわけだ」

「ふ~ん。でも、管理人が現地にいるんじゃないの」


 ヒルダの疑問はもっともだ。


「今回はその管理人を排除し、ゴルドバの塔を乗っ取ったらしい。だが、あんな内陸の動きにくい場所に拠点とするなど何を考えているのやら……」

「さて、着きましたよ。おしゃべりはそこまでにしましょう」


 スイールが南のワークギルドに到着した事を皆に告げる。その建物はやはり、西や北のワークギルドと同じ規模、形をしている。その為、パッと見ただけではどの方角のワークギルドにいるのか錯覚してしまう。入り口の脇に大きく方角が書かれた看板がかかっているので間違える事は無いのだが。


 重そうな木のドアを開けワークギルドの中へと五人は入っていく。冷たい雨が滴る外套を入り口で脱ぎ、バッと水滴を払う。薄暗い部屋の中で水滴が舞うが入り口付近には人は少なく迷惑がかかる事は少ない。ワークギルド入った時に見た床が盛大に濡れており入った者達がここで水を払っているのがわかる。

 壁際にモップが立てかけてあるのを見れば、ワークギルド職員が清掃に明け暮れているのが目に見えるようだ。


「ふ~ん、広さは北も西も変わらないんだね」


 エゼルバルドが部屋を見渡しながら呟く。その通りで作りも大きさもほぼ同じである。違うのは職員位だろう。

 その職員は、とカウンターを見れば普段とは違いせわしなく動き回っている。何やら大きな依頼が飛び込んできたらしい。それはともかく、こちらも話をしなければ、とカウンターの職員に王城から届いた手紙を手にヴルフが、


「すまぬが支部長はいるか?」


 忙しく動き回る職員、いつもながらの白いシャツに黒いズボン姿の受付嬢に向かって話し掛ける。寒い季節に向かう時期の為、シャツの上には黒い上着を羽織っている。

 こちらに気が付いた様で「何の御用でしょうか」と寄ってきた。


「支部長に会いに来たのだがいるのかと聞いたのだが」

「この忙しいのに支部長にですか?」

「忙しいはそちらの都合だろう。こちらにはこちらの都合がある。こちらも急ぎだ」


 ヴルフは受付嬢に少しムッとした表情を見せる。ヴルフが顔をしかめると少し怖く威圧的になるのでこんな場面は効果的だ。だが、たまに高圧的と反感を買う場合もあるので注意が必要なのだと笑いながら話していた時もあった。


「わかりました。して~んちょ~~~、お客さ~~~~ん!!」


 受付嬢が何処いずこかに向かって大声を上げると、周りにいる人達が一斉にその声に反応し”何事か?”と顔を向ける。その声には当然目的の人、支部長もこちらを向く。


「大声出さなくても聞こえてますよ。私にお客様?」


 受付嬢の呼び出しにバタバタと動き回っていた男がこちらへと向かってきて受付嬢に向かって呟く。


「支店長か?王城からの依頼で来た」


 ヴルフは貰った手紙を支店長へ見るようにと机の上に置く。


「ええ、支店長のゲルティと言います、バタバタしてすいませんね。これですか……!!」


 一礼をして置かれた紙を手に取ると、疲れ気味で青白かったゲルティの顔が見る見るうちに血色が良くなり赤身がかる。


「これ、本物ですか?」


 ゲルティはヴルフから渡された手紙を見ながら疑う様に尋ねる。

 先ほどまで忙しかった件が半分でも解決するのだ。疑う訳では無いがタイミングが良すぎるというか何と言うか、白昼夢を見ている気分になった。


「本物とはどういう事だ?王城からの手紙では間違いないが、封筒もあるぞ」


 蝋の封印が残る封筒もゲルティへと見せるようにカウンターへと置く。蝋が壊れて紋章が半分ほどになっているが、間違いなく城からの封筒であった。


「失礼しました。まさかこんなにも早く依頼を受けてくれる方が現れるとは思いもよらなかったもので」


 ゲルティは救世主が現れたと涙目になっている。感情の起伏が激しい男の様だ。

 ヴルフ達は特別依頼の為、カウンター裏にある個室に案内され、依頼についての説明を受ける。


 依頼については先ほどヴルフが説明した事がほとんどだったが、その他に集合場所、移動手段、依頼の報酬について等、細かい説明が増えていた。そして、ゴルドバの塔の内部地図を渡された。

 移動手段は高速馬車がすぐに手配され、この後すぐに移動を始めた。。


「それで、籠っている人数は五十名程で、テルフォード公爵の関係者はなるべく生け捕りが望ましいとか、かなり厳しいな。まぁ、私兵の生死は問わないが少しは楽なのか?」

「ある程度広いとされてますが、室内では魔法も使いにくく援護は厳しいですね」

「弓でも援護は難しいのね。得意な武器が使えないのは厳しいわ」


 ヴルフがゴルドバの塔の内部地図を見ながら呟く。いくつかの部屋に分かれていたり、二ルートに分かれていたりと内部は嫌らしい構造になっている。


「考えてても仕方あるまい、カルロの元へ行くとしよう」


 ワークギルドが用意した高速馬車に乗り、集合場所へと雨の中を急ぐのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 トルニア王国の王都アールストを高速馬車で出発して四日後、ナバラを経由しスフミ王国との国境にある街ブラークへと到着した。

 馬車の車軸にはバネが組み込まれ、地面からの突き上げから守ってくれるのであるが、揺れを抑えるダンパー機構が無いため、馬車の内部は揺れが収まらずにゆらゆらと車体が不規則に揺れ、普通の馬車で酔わない者達でさえ車酔いを起こす程に、高速馬車は辛い乗り物であった。

 速度は通常の馬車より四割程速いが、車酔いを収める時間を考えれば近距離であれば行動するのに同じ時間となり割に合わない。距離が四百キロから遠くなればメリットは大きいのだが……。


「ううぅ~、ぎぼち気持ちわるい~~」

「もう乗りたくな~~い!」


 馬車から降りた一言目がこれである。需要があるので残っているが、乗客からはとても不評であった。車体が揺れない仕組みがあれば乗っても良いのだが、と考える人も多い。


「おう、お疲れさん。無理言ってすまんね」


 エゼルバルド達の乗った馬車はブラークのトルニア王国側の守備隊事務所前で停車していた。そこにカルロ将軍が迎え出ての初めの一言は慰労の言葉であった。。


「あれは乗り物じゃない、何とかしてくれ」


 さすがのヴルフも車酔いを止められず足がふらふらだ。いつも持ち歩いている棒状武器ポールウェポンを杖代わりにしてやっと立っている状態だ。杖と言えばスイールだが、そのスイールも辛そうで杖が支えになっている。

 エゼルバルドもヒルダも、そしてアイリーンまでが高速馬車は懲り懲りだと地面に座り込んでいる始末だ。


 呼び寄せたカルロ将軍でさえ、これはやり過ぎてしまったと、部下に命じて五人を救護室のベッドへと運び入れた。そして、数時間後に話せるようになると、やっと依頼の話へと入るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます