第三十一話 宗教と言う隠れ蓑の最後【改訂版1】

2019/07/27改訂


「これは、ウチが手に入れたヤツと一緒じゃない?」


 アイリーンが開口一番にカルロ将軍が取り出した紙袋を手に取って眺めると、驚いた表情を見せた。

 見覚えのある紙袋は、今もアイリーンが大事に仕舞い込んである。そう、スイールと一緒になって夜の王都で大暴れをした、あの時に手に入れた物と同じ紙袋だ。


「将軍、これを何処で手に入れたのでしょうか?」

「何処だと思う?」


 アイリーンと同じく、見覚えのある紙袋に驚きスイールが尋ねてみるが、質問を受けたカルロ将軍は逆に、”何処で手に入れたか当ててみろ”とニヤケた顔で意地悪そうに返して来た。

 王都で手に入れたとは承知の上だが、大量に出てくる場所など見当も付かず手を上げて降参するのだった。


「聞いて驚くなよ。アーラス教の教会からだ!しかも王都のど真ん中にある、な」

「「「「「ええぇ!!!」」」」」


 カルロ将軍の口から出た衝撃的な発言がその場にいた者の思考を止めるのであった。


 アーラス教、それはこの大陸の東に位置する国家を主体とする宗教である。

 教義には人柄などを求めると共に麻薬などを摂取する自らを堕落させる行為が禁止され、教義に反すると手酷い罰を受けると言われている。

 その、アーラス教の教会から出てきたと言割れれば驚かずにいられないだろう。


「これは”黒の霧殺士”を追っていた副産物、と言った方が良いだろうな。それでは、経緯を説明するとしよう」


 そう言うと、カルロ将軍は椅子に座り直り、話を始めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 先日の朝、カルロ将軍が執務室でいつも通りに机に向かった時であった。


「失礼いたします」


 机の向こうにはよく知る格好をした男が静かに立っていた。誰にも気付かれぬ様に行動する術を身に付けている為に、何時、立たれたかもわからない程だ。


「わ!なんだお前か。心臓に悪いからこの部屋に入るときは分かるようにしてくれと、いつも言っているだろうに」

「申し訳ございません」


 文句を口にするカルロ将軍に深く頭を下げ謝罪の言葉を述べた。


「それで、何かわかったのか?」


 カルロ将軍の前にこの男が現れるときは、命令を受けるか報告をするかの二つに一つでしかない。先日の命令からすでに二日、王都でのことは大抵調べ終わっているだろうとの予想から、その報告をするために姿を現したのだろうとわかる。


「はい、例の黒ずくめの男達ですが、厄介な場所に出入りしている事がわかりました」

「厄介な場所だと?」


 そう呟くと、男は懐から出した王都の地図をカルロ将軍の執務机に広げる。その地図には王都の第三の城壁までかなり詳細に書かれている。その厄介な場所には赤いインクで印が書き込まれ、出入り口や出入りする人の詳細までもが追加で書かれていた。


「アーラス教の教会か……。確かに、厄介な場所だな」

「はい、その通りです」


 印の付いた場所を見るに、溜息を漏らすしか無かったのだ。


 一宗教の出先機関との意味合いが強い場所であるが、そこへ調査をするのであれば後ろに見え隠れするアーラス神聖教国との国際問題に発展する可能性がある。下手をすれば当然ながら国と国とがぶつかり合う戦争にならざるを得ないのだが、カルロ将軍には一つ、打開策が頭の中に浮かんでいた。


「ふん!あのタヌキ司教にはそろそろ退場して貰うかな」


 カルロ将軍は悪戯いたずらを楽しむ子供の様な顔を見せ、すぐ事態解決のため手を打つことにした。

 執務机の上に並べてある幾つかのベルの内、銀色のベルを鳴らすと、ドアの先から”コツコツ”と足音が聞こえ、ノックをして来た。カルロ将軍は”入れ”と許可を出すと軽鎧ライトアーマーを着込んだ騎士が入って来た。


「お呼びでしょうか?」


 ”カチッ!”と踵を鳴らし姿勢も正しく敬礼して、その姿のままで指示を待つ。


「騎士団から手練れ二十人を集めろ。五人を一班、合計四班で手打ちを行う。敵は強いが軽量装備で対処させる。装備を整えたら夜九時に出発する為に午後から仮眠を取らせろ。細かい指示は出発時に伝える。以上だ」

「了解しました」


 その男は命令を復唱するとカルロ将軍の部屋から騎士団の詰所へと足音を鳴らして向かって行った。


「さぁ、忙しくなるぞ。お主も出発まで休んでおれ」

「承知しました」


 深々とカルロ将軍に頭を下げ、壁際のカーテンの裏へと入って行った。




 そして、月が高々と上がり王都の市民が眠りに入る頃、王城では慌ただしく黒い外套と暗い鼠色の鎧を着込んだ二十人の騎士と、黒いフォーマルスーツに身を包んだ四人の男が用意を整え、整列していた。

 指揮はカルロ将軍ともう一人、紺色のフォーマルスーツの男だ。


「我々はこれからアーラス教の教会に対し、手打ちを行うが、当然許可は無い。”黒の霧殺士”と呼ばれる暗殺者が隠れている可能性が高い。非常に困難を極める作戦だが心してかかってくれ。調査により出入り口は表と裏の二か所。一、二班は表から、三、四班は裏から入る。確保する最重要人物は当然”黒の霧殺士”だ。抵抗されるだろうが、なるべく捕えるのだ。皆の検討を祈る。出発!!」


 カルロ将軍の掛け声と共に男達は敬礼を見せると、一言も発さずに王城を出発して行く。


 騎士達が身に着けている革製の鎧は音が出にくい。ブーツの底にも工夫がしてあり足音が立ち難い。カルロ将軍も騎士達と同じ装備品を身に着けている。

 黒いフォーマルスーツの男達も同じで、音が出ない様になっているが、こちらはもっと徹底的に対処してあった。


 そして、王城を出発して、十分程でアーラス教の教会へ到着した。


 予め決めておいた手信号ハンドサインにより、一、二班の表担当、三、四班の裏担当が一斉に自分達の持ち場へと移動を開始する。さすが、国家が鍛えた精鋭部隊である。その行動は一縷の迷いも無く整然としている。

 そして、タイミングを見計らい、表と裏の入り口から一斉に建物へと侵入して行く。


 教会を包囲した際に明かりの点いている場所はすでに確認している。表からは見えないが、裏のから見える部屋には煌々と灯りが漏れているのが確認できた。

 一般的なアーラス教信徒は寝ている時間のはずなので、起きているのは訳ありの者だけの筈だ。


 フォーマルスーツの男達、すなわち国の諜報部隊がドアの前にしゃがみ込み解錠道具ピッキングツールで鍵を開ける。そして、ゆっくりと慎重にドアを開ける。

 当然、月明りで僅かに見えるその部屋の中に信徒の姿は一人も見られない。

 それは表、裏の両方から侵入した部隊に共通であった。


 表から侵入部隊は順調に主だった場所の制圧を完了した。尤も、無人の部屋を確認するだけであり、制圧したとは語弊があるかもしれないのだが。


 裏からの侵入部隊は、当初の目的の黒ずくめの男二人を、明かりが漏れる部屋で視認し、その存在が確認出来た。それと同時に、アーラス教の司教の姿も見ることが出来た。

 一方は暗殺を目的とする集団で、もう一方は人助けを教義に持つ宗教の司教。その相反する二つが顔を合わせているなど、通常では考えれぬ事は素人目でも不思議に思うだろう。


 すれ違うのがやっとのドアを勢いよく開け放ち騎士達が部屋へと突入して行く。

 それにいち早く気付いた黒ずくめの男の一人が、自らの体に刻まれるであろう怪我をもろともせず、灯りが漏れる窓を頭から破り外へと逃げ出した。

 この男はヴルフが左腕を切り落とした男であったとわかったのは、教会への手打ちが終わってだいぶ後の事だった。


 そして、もう一人の黒ずくめの男は狭い部屋にもかかわらず、ショートソードを両手に持ち果敢にも騎士達に襲い掛かって来た。

 そこは準備をしていた騎士達だ、黒く塗りつぶしたショートソードとくすんだ色に塗装した小型の盾を持ち左右から来るショートソードを受け止める。そして二人目の騎士が黒ずくめの男との戦いに参加すると、もう、結末は見え始めていた。


 両手にショートソードを握っていたとしても、一人を相手にするのと、二人を相手にするのでは大違いだった。それぞれの剣に半身で対応できるはずもなく、徐々に壁際へと追いやられ、ついには左手のショートソードを飛ばされてしまう。

 二対一で対処した騎士が勝利を上げた瞬間であった。


 その後、黒ずくめの男を確保しようと降伏を呼びかけるのだが、捕まるのを良しとせず、首に自らのショートソードを当てがうと勢いよくそれを引き抜いた。

 切り裂かれた首筋から鮮血が噴水の様に飛び出し部屋を赤く染めていくと、黒ずくめの男は力なく崩れ落ち、”ピクリ”とも動かなくなった。


 一人残ったアーラス教の司教であるが、騎士達が黒ずくめの男を排除し彼に視線を向けられるを見て恐怖を覚えたのか、椅子を伝って黄色い水がその下に溜まっていた。

 肝の小さい男だと騎士達は口々に漏らしていた。


 司教はは抵抗するそぶりも見せる事は無く、黒ずくめの男達の聴取で終わるだろうと、騎士達の誰もがそう考えていた。だが、部屋のテーブルに無数の小さな紙袋が置かれているのを発見すると、それは考えが甘かったと思わざるを得なかった。


 一つを開き、出て来た内容物は乾燥させた草だったのだが……。


「フム、麻薬ですな」


 騎士達の間を割って入って来たフォーマルスーツの男が、乾燥した草を一つ指で摘まみ取り、一目で結論を出した。


「なるほど……。王都にはびこる麻薬の出所はここが発端でしたか」


 紙袋を一つ一つ確認し、それぞれに同じ麻薬が同量、入っている事を確認した。どこかで一つ、入手しただけだと言い訳ができる量ではない。それはすなわち、麻薬の流通元を示しているのである。

 それにもう一つ、小分けにされる前の大量の麻薬が詰まった大袋も見つかってしまえば言い逃れは完全に出来ないだろう。


「さて……この後、全てを話していただきますが、何か私たちに申す事はありますか」


 その問いにただ一人残された司教は口を閉ざす。何も話すことはないのではなく、先ほどの黒ずくめの男が自決した事により、自分の身もこうなるのではと言う恐怖が支配していたからだった。


 全てを制圧し管理下に置いた教会のへ指揮者のカルロ将軍を呼び今後の指示を仰いだ。

 そして、黒ずくめの男と同じ場所、時間に存在を確認し、テーブルに広がる麻薬と言う動かぬ証拠を押さえられれば怪しいどころか犯罪者として処理すべきだろうと、その場で司教の逮捕拘禁が決まった。


 教会にいた信徒、--大きな教会であるが宿泊していたのは数人だった--、を起こし司教についての聞き取りを行う。先程の司教の部屋では狭いと、大人数が入れる聖堂に場を移してである。

 信徒達はこんな夜中に踏み込まれた事に動転し、何が起こっていたかも把握できずにいた。騎士達が説明して行くと教会で行われていた事を受け入れ、聞き取りに大人しく従い、知り得る事を話し始めた。


 それでも信徒から得られた情報は殆ど無かった。

 それでも、教会への貢物として運び込まれた箱の中に麻薬が隠しこまれていた事実が判明したのであった。信徒が知っていたのではなく、司教の部屋の中に積まれていた箱を運んで来た信徒の証言から最終的に判明した事なのであるが……。


「ほほう、信徒の荷物に……、それも教会の貢物として運んで来た訳か。それなら知られないのもわかるな」


 カルロ将軍はそれらを頭の中で整理しつつ、その次の疑問を頭に思い描いていた。その思考も飛び込んできた騎士の報告により一旦停止せざるを得なかった。だが、その報告が思い描いていた疑問の解答であるとは、この時点では知る由もなかった。


「将軍、司教の部屋へ急ぎお越しください。大変な事を発見しました」


 走るまでもない広さの教会で、報告を持ってきた騎士は息を切らせて興奮していた。


「そんなに息を切らせるほどの事はあるまい。まず落ち着け」

「いえ、落ち着いていられません。早くこちらへ」


 ”それ程なのか”と疑心暗鬼のまま、カルロ将軍は司教の部屋へと連れてこられた。

 部屋に入ると騎士が数人とフォーマルスーツの男が一人、本棚の前で軽く頭を下げて待っていた。


「こちらを見ていてください」


 騎士が目配せをすると、フォーマルスーツの男が本棚から一冊の本を引き抜こうとした。だが、本は抜けることはなく十センチほど本棚から引き出され、その状態で固定された。

 それから、本棚の左端を押し込むと”ギー!”と耳障りな低い音と共に本棚が動き、人の半分ほどの高さの暗い開口部が現れた。

 流れ込んできた空気は生臭く、下水に繋がっているのだと説明された。


「何だこれは。それに降りる階段だと?」

「はい、階段を降りてしばらく進むとカギのかかった扉があり、それを開けると下水溝へと繋がっております。詳細はこれからですが、麻薬をここから運び出すために使われたと予想します。また、”黒の霧殺士”が昼間に外出する際にも使われたとも見ています」


 カルロ将軍の問いに、現状で導き出せる予想であるがと答えた。


「なるほど、下水溝を使っていたのか……。それならば、ここを入り口として使われている出口を見つければ麻薬のルートは直ぐに分かりそうだな。よし、騎士達は教会を封鎖だ。諜報部はすぐさま騎士達と協力して下水溝を探れ。頼んだぞ」


 入手した手掛かりを元に今こそ解決の時だと、深夜の教会にカルロ将軍の檄が飛ぶのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「と、言うのが明け方までの経緯だ。おかげで寝不足でな、このザマだ」


 ”ははは”と、乾いた笑いで場を和ませようとするが、逆に疲れて可哀そうにと同情されてしまう。


「俺は城に帰って仮眠、起きたら、また仕事だ。馬車を待たせてあるから、これで失礼する」


 人目もはばからず、大きな口を開けて欠伸をしながら大きく体をのけ反らせ体を伸ばすと、立ち上がり部屋から出て行こうとドアを開ける。


「そうそう、一つ言い忘れた。そのうちに麻薬と姫様護衛の件で褒美が出るから楽しみに待っててくれ。ではっ!」


 カルロ将軍は片手を上げて目配せをすると、屋敷から出て待機している馬車へとそそくさと乗り込んで帰って行った。

 カルロ将軍の働き様を見ていると、ヴルフが未だにカルロ将軍の下で働いていたら、今頃は馬車馬のように働かされているであろうと思ってしまうのであった。


「王都に出回る麻薬の件も片付きそうですし、私達はしばらく休むとしましょう。懐もそこそこ温かいですからね。エゼルも二週間は静養が必要でしょうから、その後に活動を再開しましょう」


 エゼルバルドの休養に装備の修理。何より王都を巡っていた麻薬を異なる情報からではあるが流通を止められそうと知れば、今まで働いた分の休みを取ろうと決めたのであった。

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