第三十話 屋敷への訪問者【改訂版1】

2019/07/27改訂


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「その後はエゼルを皆で背負って帰ろうとしたのだが、街道に出た所で乗合馬車を捕まえて王都まで乗せて貰ったのだ」


 エゼルバルドが気を失っていた悲惨な状況が判明し、改めて申し訳ないと礼を言った。頭を下げたかったがベッドで横になり、自由の効かぬこの身では叶う筈もないとあきらめた。


「”黒の霧殺士”については帰ってきたその夜に、カルロ将軍に伝えたのでそろそろ結果が出るはずだ」


 気を失ってた四日間で結果が出た。そんな事がわかるのか、皆目見当が付かないが、昔の経験から来ているのだろうと、エゼルバルドは強引に納得する事にした。


「それで、エゼルには二つほど聞きたい事があります。一つ目は何故あの時にブロードソードを外したのかです。そして、もう一つは……」

「まだ、この両手剣を使うか?どうする」


 スイールが一つ目の質問を口にし、もう一つの質問を口に出そうとした所でヴルフが横から口を挟んだ。

 スイールからすれば怪奇な動きであった。屋敷を出る前に帯刀した後は些細な事では外す事など見たことがなかった。しかも、あのような何処から獣が飛び出してくるかわからぬ場所で外すなどあり得なかったのだ。


 そして、もう一つ。部屋の隅に布をぐるぐる巻きにされ立て掛けてある両手剣の処遇をヴルフ達は気にしていた。その長さと重量を生かした戦いが出来れば、有利に戦いを進められるだろう。だが、その両手剣が怪我の原因を作り出していたかと思えば、再び使うと言い出す筈も無いとヴルフは思っていたようだ。


「そうだ……あの時、剣から言われた気がしたんだ。”我を外せ”と。でも今思えば、なんで外したんだろう……」

「剣から外せ……ですか?」


 無機物の剣が意思を持つなど馬鹿げていると誰もが思っただろう。そう思い、エゼルバルドの表情を確かめるが、冗談を口にするような表情ではなく誰もが不思議な感覚に陥っていた。

 もしかしたら、強く頭を打ったのかもしれぬとそれ以上の答えを聞くことはしなかった。


 誰もが黙り込んでしばしの時が経過すると、二つ目の答えをエゼルバルドは口に出し始めた。


「……もう、使いたくないし見たくも無い……それが本音だけど……。でも、大怪我を負った戒めとして、これからも使う事にするよ。握り締めて一目見ただけでも痛みを思い出すかもしれない。もう、次は不覚を取るつもりは無いよ!」


 もう二度と、不覚を取る真似はしないと、エゼルバルドは新たな決意を皆の前で表明するのである。


「それなら良い。お前さんも手酷くやられて学んだようじゃな、ワシからは何も無いそ。それにしても成長したな、ワシはうれしいぞ」


 死に掛けた事で精神が成長したと、ヴルフは鼻をすすりながら嬉しそうに天井を見上げるのであった。




 ”ゴンゴンゴンッ!”


 部屋の中に、いや、屋敷中にドアを叩く音が響き渡った。


「どれ、ワシが見て来よう。来るのは”あいつ”しかいないだろうからな。それにしても、あの馬鹿力は何とか出来んのか?」


 文句を口にしながら玄関へとヴルフが向かう。屋敷はベッドを入れればもう二人三人が寝泊り出来るが、規模はそれほど大きくない。しかも、エゼルバルドが寝ている部屋は客間としての役目を担う玄関からすぐの場所である。

 尤も、リビングからの距離も変わらないので似たり寄ったりなのだが。


 玄関からはヴルフと来客の声が聞こえて来る。ヴルフが”あいつ”と表した、良く知った声の持ち主だった。


「やぁ、おはよう。目を覚ましたって?」


 朝の挨拶と同時に入ってきたのは、ヴルフの元上官であるカルロ将軍だった。外出用の紺色の礼服を”ビシッ”と着込んでいる。だが、目の下には黒く隈が見え寝不足と疲れが表情に現れている。


「おはようございます。動けないのでこれで失礼します」

「「「おはようございます」」」


 エゼルバルドが顔を向けて挨拶をしたのをみて、器用に動かすものだと感心するカルロ将軍。血色が良くなり、病人の顔でないと一目で分かるが、怪我を負っている体に無理はさせたくないと気を遣う。


「いやいや、エゼルが大怪我を負ったと聞いてビックリしてたんだ。串刺しにされたって聞いたのだが本当か?」

「お恥ずかしい事に不覚を取りまして、おかげでこのザマです。まだまだ未熟です」


 頭をかいて胡麻化したい衝動に駆られるのだが、動く事がままならず乾いた笑いを見せるに留まった。面と向かって言われると何とも恥ずかしい気持ちになる。


「はっはっはっ、お前が未熟だったら他はどうだって言うんだ。未熟どころか駆け出し剣士ってところだぞ。治ったらまた姫様に剣術を教えてくれ。心配してたから、元気だと伝えておこう」

「恐縮です」


 パトリシア姫とカルロ将軍は王城の中でも声をかけ合う程に仲が良い。師匠と弟子の様な関係なので誰もが認めるほどだ。二人の仲を悪く言う人は聞いたことが無い。


「お前達が持って来た情報で寝不足でいかん。それも今日までだがな」


 カルロ将軍は顎でヴルフとスイールを指した。お前達と名指しをされた二人は不機嫌な表情を見せるが、自分達が原因であると”ぐっ”と我慢をしている。

 そんな中、ふいに、カルロ将軍の腹が”ぐ~~~”と鳴り出した。


「そうだ、まだ何も食べてなかったな」

「口に合うか分かりませんが、簡単に何かご用意しましょうか?」


 エゼルの側で座っていたヒルダが立ち上がり、カルロ将軍に問い掛ける。


「すまないがお願い出来るかな?」


 カルロ将軍が”ちょこん”と頭を下げてお願いする。一国の将軍が持つ威厳は何処へ行ったのかと見間違うところであろう。だが、これも顔なじみであるからだ。

 そして、目を覚ましたばかりのエゼルバルドもヒルダに声をかける。


「オレも何か食べたいんだけど」

「はいはい、エゼルはまだ病人食よ」

「任せるよ。それよりもまだ体を動かせない?」

「食事の時に動かせるようにするから待ってて」

「わかった、待ってるよ」


 スイール達の話を聞いたところもう四日も食べていないのだ。先程から体が可笑しく感じるのは胃の中が空っぽだったからだと気づいた。

 ヒルダが部屋から台所へ食事の支度へ消えると、しばしの閑談の時間となった。


 十五分程が経ち、ヒルダがエプロン姿でトレイに食事を乗せて入ってきた。屋敷で食事を作っている時は皆がエプロンをしているが、こうして見るエプロン姿もなかなか可愛いとエゼルバルドは思うのであった。


 そして、エゼルバルドに影響していた魔法を解くと、彼はゆっくりと上体を起こすのだが、その表情は痛みの為に歪みっぱなしだった。

 傷口は塞がり血が流れ出る事は無いが、体内はまだ治癒が必要で動けば痛みを生じるのは当然だ。


「覚悟していた…とは言え、ものすごく痛いな……」


 何も着ていない上半身が布団から姿を現す。改めて体を眺めるが鎖骨下に付いた傷跡が一番酷い。その他にも二の腕に付いた切り傷も無数に見える。こんな傷が付けられたのは始めてであり、エゼルバルドは衝撃を受けた。


「勲章だな」

「そうですね」

「でも、ちょっと恰好良くなったんじゃない」

「傷モノ……」

「貰いたくない勲章だけどね」


 皆がその傷を見て感想を言い合っているが、今は生きている事に感謝する事にしてカルロ将軍の訪問目的に耳を傾ける。


「そうだ、お前たちの情報ので、幾つかの成果が上がったからその報告だ。先程まで後処理をして目処が付いたから来たのだよ」


 ヒルダの持って来たトレイからサンドイッチを掴み口に放り込むと、まだ飲み込んでもいないのに喋り始めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それはエゼルバルドが大怪我を負い、王都アールストへ戻ってきたその日の夜から始まった。夜遅くにパトリシア姫を王城へ送り届け、そのままカルロ将軍へと面会したのだった。


「申し訳ない、パトリシア姫を危険に晒してしまった」


 カルロ将軍の執務室で、その部屋の主にヴルフとスイールは頭を下げて謝罪する。

 目の前には狩りの許可を出してくれたカルロ将軍と、その横には先ほど帰ったばかりのパトリシア姫と侍女のナターシャ、そして護衛で同行していたアンブローズがいる。


「怒りたい気持ちもあるが、許可を出したのは私だし、こうして無事に帰ってきたのだ。礼こそ申しても罪に問う事はしないと約束しよう。それにしても二人だけか?エゼルやヒルダはどうした、アイリーンは?」


 パトリシア姫が申し訳なさそうな小さな声で言葉を選びゆっくりと答える。


「その……。エゼルは大怪我を負ってしまい……」

「えっ、大怪我だと?エゼルだけか」


 パトリシア姫の言葉を耳にして、”そんなことが起こるのか”と、カルロ将軍は驚き、声を荒げる。剣術の練習風景を見ていてもあれに匹敵する腕の持ち主など早々存在する筈が無いと思っていただけに驚きを隠せないでいた。


「エゼルはワシの屋敷に戻っておる。怪我を負ったのはその通りじゃが、命は無事じゃ」

「そうか……。だが、心配だな。それで何があったのだ」


 ヴルフのその一言にカルロ将軍はホッと胸を撫で下ろす。そしてヴルフとスイールが狩りであった経緯を話し出す。


 狩りが順調に進み二頭の狼を狩ると、パトリシア姫とナターシャへの意図していた計画、つまりは命がいかに大事かを教える事が出来たのだ。


 その後、”黒の霧殺士”の暗殺者集団に五人に襲われ、アイリーンの弓とヴルフとの戦いで二人が戦闘不能に、スイールの魔法で一人を仕留める事ができ、ヒルダとアンブローズのコンビで一人を追い返した。

 そして、エゼルバルドは戦った一人に大怪我を負わされた、と。


「エゼルも酷い土産を貰ったようだな。生きていれば仇も取れよう」


 黙って聞いていたカルロ将軍が重い口を開ける。


「それでお願いと言うか、力を貸して欲しいのですが」


 スイールが話すと同時にヴルフが腰のバッグから布に巻かれたを取り出しカルロ将軍の机へと乗せた。


「これは、ナイフか、短剣か?」


 置かれた物を手に取り、巻かれた白い布を解いて行くと、美しい文様の刀身を持ったナイフが現れた。


「ダマスカス鋼のナイフか……」

「そう、その通りだ」


 ”まじまじ”とナイフを観察していく。

 そして、紙を切ってみたり、光に当ててみたり、ランタンの火に当ててみたりとこの場で出来る事をすべて行って見るのだった。

 光が反射する様を見てダマスカス鋼の文様の上に紋章が彫ってある事に気づく。


「さすがに手入れしてあるな。切れ味は鋭いと表現するほかない。そしてこれは”黒の霧殺士”の紋章か?」


 蝙蝠の紋章を指でなぞりながら呟いて行く。

 硬いダマスカス鋼の刀身に見事な蝙蝠の紋章が彫られていたのだ。これだけ綺麗に彫る事ができる職人はそういない事は確かで、探し出す為の手掛かりになるだろう。


「お土産をもらった事だし、”黒の霧殺士”を探す事にしよう。いつ成果が出るかわからんから手出しは無用だ」

「あ、それともう一つ……」


 スイールへ向き直る。カルロ将軍は知っていた、そのもう一つの方が大変な事を。


「王都へ”黒の霧殺士”が来ているハズですので、調査を大至急お願いしたいのです。おそらくですが、夜に黒ずくめの格好をしていると思われます」

「あ~、わかったよ。大至急調べるとしよう」


 これだから、この男からのお願いは受けたくないのだ、と面倒だなと表情に出てしまう。それと反比例して体は面倒事と言えどもしっかりと仕事を始める。

 机の上に置かれた幾つかのベルのうち、黒いベルを手に取り鳴らした。


 入り口のドアからではなく、部屋にかけられた飾りのカーテンから、一人の男が音も立てずに入って来た。気配も無く完全に虚を突かれた。


「将軍閣下、及びでしょうか」

「おう、来たか」


 物腰は柔らかそうだが、彼の動きには無駄が全く見られない。気配も消しており、目で見て初めてそこに存在する事を確認出来るのだ。

 服装も真っ黒とまではいかないが、暗闇に溶け込む黒に近い服装をしている。


「これは国の諜報部隊だ。おっと、名前は無いから聞いても答えられないぞ」

「将軍閣下、よろしいのですか?私をこのような者の前で呼び出して」


 厳しい表情がさらに厳しくなり、低い声を響かせ威嚇する。

 男の忠誠は国へと向けられており、国に少しでも危害を加える、もしくは機密を漏らされる事を忌むのだ。


「気にするな。お前に”黒の霧殺士”の調査をして貰うのに必要な情報を持って来た者達だ。相当な猛者でお前でも苦戦、いや、返り討ちにあうだろう。黒の霧殺士五人を相手に退けるほどの知っからの持ち主だよ」

「それならば」

「これを持って”黒の霧殺士”の調査を依頼する。そして、最近王都で目撃があるのか、こちらは大至急探してくれ」

「閣下の御命令を拝命いたします。それでは」


 男はテーブルの上のナイフを受け取り懐に仕舞うと、先程と同じ様にカーテンの後ろへと音もたてずに消えて行った。


「あの男に任せておけば大丈夫だ。今日の所は疲れているだろうから帰って休むと良い。何かあったら知らせるから屋敷でしばらく待機しててくれ」

「ええ、そうさせて貰います」


 ヴルフとスイールは一礼をしてカルロ将軍の執務室、そして王城を後にし屋敷へと戻って行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「と、お前が倒れたその日の内に”黒の霧殺士”に関する調査を開始する羽目になったのだ。一国の将軍をで使うこいつらを如何どうにかしたいものだがな」


 経緯を説明しながら悪態をつくのである。


「宜しいでは無いですか。国への脅威が少しでも無くなるのですから。それに市民からの情報を受ける事は国の仕事でしょう」


 言い難い事をズバリと言うのがスイールだ。伊達に”変り者”と言われていた訳では無いのだ。


「それで今日、いや、昨日?まぁ、どちらでも良いか。先程までの事になるのだがな……」


 と、持って来た鞄の中を”ゴソゴソ”と探し始め、皆の前へとを取り出した。

 どこかで見た覚えのある小さな紙袋を幾つも、であった。

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