第五章 帝国の野望の終焉と一時の平穏の訪れ

第一話 収穫祭

 その日は朝から街が騒がしかった。


 十月一日。この日は王都では祝日となる。飲食店や屋台などはこの日に向け準備を進め、沢山のお客様が見える事を楽しみにしている。一年に一度、王都の市民が感謝をささげる祭りが催されるのだ。


 収穫祭である。


 今年は特に、スフミ王国へ出て出陣した援軍が活躍し勝利した事が、めでたい雰囲気を作り出し収穫祭が盛り上げている。

 スフミへ王国への援軍の勝利は十日程前に市民の耳に届いていおり、実際、勝利凱旋も行われ王都の市民のほとんどが浮かれていたのもある。




 秋の日差しが窓から差し込んでくる。涼しくなりつつある空気を感じ、ぎこちない動きで着替えをする。まだ左腕が上手く動かずシャツの袖を通すのが大変なのだ。そろそろ半袖のシャツでは肌寒くなるが、今日は日差しと人の熱気で熱くなるだろうと、夏の装いのシャツと袖の無いベストを着込むのであった。

 

 二十日前に大怪我を負い回復魔法で治りが早いとは言えリハビリはこれからであり、十分に動くにはあと一か月はかかる予定だ。着替えを終えリビングに向かうと想定外の人物がそこに見えたのだ。


「おはよう、ヒルダ」

「おはよう、エゼル」


 まずは同じ孤児院で育ち、怪我した体を献身的に開放してくれたヒルダへと挨拶をする。


「おはよう、エゼル」

「おはようございます、エゼルさん」


 金髪ショートカットの女性とお付きの侍女が挨拶を返してくる。


「おはよう。って、何でここにいるの?」


 本来なら王城で政務の一端を受けているはずのパトリシア姫、--この場合はパティだが--、が一市民の屋敷にいるなど考えられないのだ。


「実はな、二人で城を抜け出してきたのじゃ。前々から思ってたのだが収穫祭を楽しんでみたいと思っての。何時も上から目線でつまらんのじゃよ」


 また姫様の我儘が始まったと嫌な顔をするエゼルバルド。だが、この前の様な事が起こりかねないので王城へと送り返したいと考えるのだ、


「抜け出したと言ってもカルロには伝言を残してある。大丈夫じゃ」

「「それ、大丈夫じゃない!!」」

「ですよね」


 エゼルバルドとヒルダが同時に声をあげる。侍女のナターシャも二人の言葉にその通りだと一人呟く。それよりもだ、


「その格好はなんとかならんのですか?」


 パティの格好はあまりにも目立ち過ぎである。普通の街娘の姿で無ければ貴族などと言って取り囲まれるのは見えている。


「一番地味な服を着てきたのだが、まだおかしいか?」

「ヒルダと並んで比べたらわかるでしょう」


 ヒルダとパティが並ぶとあまりの落差にすぐにわかってしまう。まぁ、並ばなくてもわかるのだが。ヒルダと比べてしまうのは失礼なのだが比べないとパティの異常さはわからないだろう。


「確かに、姫様の格好は浮いてしまいますね。私とした事がうっかりしていました」


 侍女のナターシャは大失態を演じてしまったとがっくりと肩を落としている。だが、そこはナターシャ、


「背格好も同じですから、ヒルダさんの服を貸していただいたらどうでしょうか?」

「ん?」


 パティがヒルダに向き直ると目の前にヒルダの目が来ており、背丈が同じだとすぐに気が付く。


「そうじゃな。ヒルダのを借りれば良いのじゃな!!解決じゃないか」

「それでも連れて行けませんよ」


 せっかく解決策を見出したのだが、危険が伴うために街へ繰り出す事に反対する。エゼルバルドとしては今日起き上がったばかりで他人を護衛するなど無理がある。それに雑踏の中で見失わずに面倒を見る事は不可能であると考えていた。


「それなら私が引き受けよう」


 突然、バーンとドアが開き、男が入ってきて声を上げる。何事かとスイール達もリビングに集合し、その場は八人もの人で広々としていた部屋が狭く感じる程であった。


「何故、お主がいるのだ?」


 パティが驚きの声を上げる。エゼルバルド達も顔を知る、一緒に戦った仲間だった。


「このアンブローズ、カルロ将軍より姫様護衛の任を受け、こちらに参上いたしました。許可なく屋敷に入った事は申し訳ありませんが、ご容赦願います」


 パティの我儘で獣退治(という狩り)に出かけた時の護衛だった。ヒルダと共に”黒の霧殺士”を撃退した事で腕は確かで任せても安心でき、何より、顔見知りなのがうれしい。

 だが、ノックもせず屋敷に入ってくるのはどうなのだろう?と疑問は残るが。


「となると、妾は収穫祭に行っても良いのか?」

「その為の護衛です。条件は私の目の届かない所へ行かない事です。姫様はいつもいつもご自分で動き回られる。たまには護衛の苦労もわかって下され」


 王城でもパティの扱いに苦労している事がその一言で暴露されてしまった。その事で当事者の二人以外はクスクスと小さく笑ってしまったのだ。パティが不愉快だと頬を膨らませて怒るのは当然だ。


「それじゃ、ヒルダ、パティの着替えをお願い」

「了解~!!任せて」


 パティが着替える為、ヒルダの部屋へと仲良く向かった。出てくるまではしばしの閑談でエゼルバルドの怪我の状態をアンブローズがしつこい程聞いてくるのであった。




「お待たせ~!」

「待たせたの!」


 数分の後、ヒルダとパティがリビングへと戻ってきた。

 パティは先ほどの貴族っぽさから、何処にでも居そうでちょっと祭りに浮かれている街娘の装いだ。明るい茶色の半袖シャツと紺色のひざ丈のスカートを履いている。さらに紺色のロングソックス、そして黒のパンプスだ。黒のパンプスは履いていたそのままなのだがそれに合わせるようにコーディネートされている。


「どう、普通でしょ」

「姫様~、お似合いです」


 ヒルダの問にパティがくるりと一回りすると、ナターシャが泣きながら声を荒げる。ヒルダと並んでも甲乙つけがたく可愛く見える二人はレベルが高いのだが、泣きながら言う程ではないと思う。


「それじゃ、行ってきます。美味しいもの買ってきますよ。では、ナンパに注意して街へ行くぞ~」

「「「おおぉ~~~!!」」」

「ナンパとは何ぞや?」


 パティの不思議そうな問をその場は無視し、エゼルバルドとヒルダ、ナターシャとアンブローズは人々の騒ぎが待つ収穫祭へと繰り出すのであった。

 スイール達は「若い者同士で楽しんできな」と、一緒に行かず別に楽しむらしい。




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「ところでナンパとは何じゃ?」


 ヒルダを先頭に雑踏の中を進む。収穫祭中はメインの道の両脇に無数の屋台が立ち並び食欲をそそる匂いを立ち昇らせている。匂いに負けじと王城の見える広場へと進む中で先ほどからの疑問を口にするパティである。


 先頭のヒルダとパティ。この二人が並べば無数の男達の目がそれを見逃すはずはない。その後ろを歩くアンブローズとエゼルバルドの鋭い目に気づくと力では敵わないと諦めるのだが。

 そんな中でも眼力を持たず、顔のみで生きている男達が無謀にもヒルダとパティの前に現れるのだ。


「よう、お姉ちゃん、一緒に回ろうぜ」


 格好はどこかの貴族よろしく、少し華美なシャツでひらひらのフリルをふんだんに使った少し頭がアレな者達であろう。キラキラと光る黒いズボンもどこか間違ったチョイスであろう事は口を塞ぐとしよう。そこで先ほどの質問の答えをヒルダが口にする。


「ナンパってのは、自分の身の丈に合わない女の子と、どうしても友達になりたくて無駄な背伸びをしている勘違い男が声をかけてくる事よ」


 目の前の男達を見ればそうなのだが、それを当然のように口にするヒルダもどうかと思う。しかも、その答えをキラキラした目で納得するパティもパティであるが。


「なるほど、そうなのか。なら妾はどうすれば良いのじゃ?」


 無視されている男たちは「オイ」とか「無視すんなよ」とかいろいろと気を引こうと頑張っているが、


「無視しておけばいいのよ、興味が無ければね」


 ヒルダはパティに説明しながら、目の前の男達を無視してスタスタと歩いて行く。絡まれたとしても街にいるヒョロヒョロ男が何人来ようと、アンブローズと病み上がりとは言えエゼルバルドが一緒であればどうってことはない。むしろ、ヒルダだけでどうにかできる程であろう。


「はいはい、相手にされないんだから散った散った」


 パティの後ろを歩いていたアンブローズが男達の肩を馬鹿力でつかみ耳元で叫ぶ。「何だてめぇ!」と振り向こうとするも力の限り肩を押さえつけられている為振り向く事さえできない。そして、


「喧嘩は相手を見てからするのだぞ」


 アンブローズに諭され、掴まれていた肩の痛みを堪えながら男達は何処かへと消えていった。


「アンブローズ様、素敵ですわ」


 アンブローズの後ろを歩いていたナターシャがキラキラした目で眺めているのが見える。あの目は「妻子さえいなければ」と思っている目だ。無骨ではあるが真っ直ぐな性格は女性から好まれるであろう事はわかる気がする。




 変なアクシデントもあったがメイン会場のある広場へとたどり着く。

 収穫祭だけあり、メインは屋台ではあるが、王都の周りの農民が作ったジャンボカボチャ選手権や巨大ヘチマ選手権など、植物の巨大化選手権としていくつかの選手権が開催されている。

 賞金と副賞が出るため、農業のついでにと育てているらしい。年々巨大になる作物は市民の関心も高く、重量当てクイズなどもされている。


 それを眺めつつ、屋台に目をやる先頭の二人は花より団子の状態になっていた。


「美味しそうなものが沢山で目移りしてしまうなぁ」


 匂いだけでお腹がいっぱいになりそうなパティは口から涎が溢れそうになり、ズズズと啜っている。その姿は姫様っぽく無く、ちょっと綺麗な街娘そのものだ。


「買って食べていいのよ」

「そうか、ならこれを食べるぞ」


 パティの目の前の屋台には、草で作った使い捨ての皿に入ったいくつかの丸い食べ物だ。小麦粉で包み、肉や刻んだ野菜が入っている。地球の食べ物で言うとタコ焼きが近いだろう。屋台には”真ん丸焼き”と書かれている。

 甘いソースがかかり、何ともいい匂いが漂って来る。


「お、お姉ちゃん可愛いね。一個おまけしとくよ。銅貨三枚ね」

「おう、すまんの。これでお願いする」


 それを見た屋台のおじさんは


「ちょっとちょっと、さすがに屋台でそれは使えないよ。細かいの持ってないの?」


 肩から斜にかけた鞄から取り出したのは金貨であった。日本円に換算すると、銅貨三枚で三百円。そして金貨に至っては十万円だ。お釣りが九万九千七百円など用意してあるはずも無いし、使う方も細かい硬貨を持っているのは普通だ。

 パティは王城以外で買い物をした事も無く、当然小さなお金など見た事も無かった。最小単位は金貨なのだ。


「ごめんごめん、銅貨三枚ね。あと私も同じの貰うわ」


 慌ててヒルダが自分のバッグから銅貨六枚を取り出し屋台のおじさんに渡す。ヒルダは銅貨や銀貨をパティが持っていない事など思わなかった。もちろん、エゼルバルドもだ。

 無事に”真ん丸焼き”を手にしたヒルダとパティは、偶然空いていたベンチに座りそれを食べ始めた。


「パティ、細かいお金持ってないの?」


 ヒルダがパティに聞くのだが、それ以外の色は知らない様だ。首を振るパティに同情すら覚える。もしかしたら王城に住む王様などは小さい硬貨を、いや、街中で買い物などしないのではないかと。


「ナターシャさん、どういう事?説明してくださる」

「姫さ……お嬢様は街で買い物をいたしませんので、その……お金も王城、じゃなく、お屋敷で使える金貨以上しか見せませんので。つまり、私たちの教育ミスです。お嬢様、すみません」


 謝るナターシャだが舌鼓をうつパティには何処吹く風と気にする様子もない。




「それじゃ、ここで待ってて。オレ達も何か買ってくるから」


 ヒルダとパティを残してエゼルバルド達も広場の屋台に向かって行った。


「エゼルも無事に治ってよかったの」

「ええ、あの時はどうなるかと。死んじゃったらって思ったら何もできなくて」

「お主も幸せだな。それに引き換え妾はどうじゃ。お姫様に生まれ城に籠りっきり。自分の好きな事もできん。お主たちが羨ましい」


 最後の一個を口に頬りこみながらパティは語る。


「籠の中の鳥じゃ、妾は。周りは一人の女性として見てくれん。姫様姫様、もう気が狂いそうじゃ。じゃがお主達と知り合った事で少しは気が晴れた。礼を言う。いや、礼なんかおかしいな。友人としてではないな。これかも城に遊びに来てくれ。まぁ、また旅に出るだろうから、王都に寄った時で構わん。何時でも歓迎する、いや、いつでも遊びに来てくれ」


 パティの精一杯の言葉であった。


「「「ただいま~」」」


 出掛けた三人が揃って戻ってきた。それぞれが好きな食べ物を買ってきている。


「さて次は何処へ行こうか?」


 ヒルダもパティも皆が持つ食べ物を一口ずつ貰い、五人は人の溢れる街へと食べ物を持ちながら歩いて行くのであった。




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 一方、別行動をしてたスイール達であるが、こちらも同じように屋台の買い食いを楽しみながらあちらこちらへとふらふらしているのであった。

 流石に収穫祭だ、と舌鼓を打ちながら金に糸目も付けずに限界まで食べつくす気でいた。


「そのジョッキはなんですか?」


 ヴルフが少しだけ立ち止まり、木製のジョッキで何かを飲み干している。


「な~に、ただの果実酒だ。今年採れた、いや、今年出来た新酒だ」


 その微かに甘い匂いにひかれアイリーンも屋台に走る。


「まぁ、いつもの光景ですか?」


 微笑ましくもある。それ以上の思考は諦め、スイールも果実酒を手に入れるべく屋台へと向かった。




「もしもし、もしかしてシュテファンさんですか?」


 木製のジョッキで果実酒を呑んでいる三人に声をかける。誰だろうと振り向くと銀色の髪をなびかせる長身美人がそこにいた。胸元まである髪から見える耳が少しだけ尖っているのを見ればどの種族かは一目瞭然であった。


「申し訳ない、エルフの方。シュテファンとはどちらの方に似ているのか?」


 ジョッキが空になっているヴルフが見上げる様に話す。このエルフの女性はスイールよりも高く、十センチくらい高い百八十五センチ位ある。ヴルフの百六十センチから見れば高い山を見ているようだった。


「そちらの男性の方に似ていたのですが……」


 と、スイールを差す。しかし、シュテファンではなくスイールであると説明をすると、


「失礼いたしました。父からの伝文でお聞きしたお方の風貌にそっくりでしたので。その……シュテファンと言う方を探して各地を回っているのです。この大陸にいると噂を聞きまして」


 エルフの女性は申し訳なさそうに頭を軽く下げると収穫祭で騒がしい人混みの中へと消えて行った。


 不思議な出会いもあるな、とスイールは思うのだがこれ以上は迷惑をかけるだろうと何も言わず今日の収穫祭を楽しもうと二人の方へと向き直り、ジョッキの果実酒を飲み干した。




 そして、その夜、王都を震撼せしめる事件が起こるのであった。市民やエゼルバルド達の耳に届くのはさらに日数を必要とするのであったが。

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