第二十四話 狩りに向けての第一歩【改訂版1】

2019/07/27改訂


 パトリシア姫が獣退治への許可がカルロ将軍からおりてから数日が経った。


 ここは王都アールストの城壁でも一番外側の第四の城壁の北城門。ここまでが一般的に言われる王都の敷地内であり、ここから先は草原や畑の緑豊かな大地が広がっている。

 スイール達五人と、王女であるパトリシア姫と侍女のナターシャ、そして騎士団から護衛として派遣された【アンブローズ】の合計八人が集合している。


 パトリシア姫(これ以降はパティ)とナターシャは訓練中の剣士や旅慣れた旅人が身に着けているくすんだ革の装備品を身に着けてバックパックを背負い、日除けのフードが付いた外套を羽織っている。

 武器はブロードソードより細いが両手でも使えるミドルソードを二人ともが腰に帯びている。

 アンブローズは騎士然とした全身鎧フルプレートではなく、使い古した金属製の胸当てと揃いの籠手と脚甲で身を固め、小さいながらも円形盾ラウンドシールドを装備し、いつもの半分ほどに簡略化をしていた。

 武器は鋼鉄製の戦槌ウォーハンマーと補助武器としてショートソードを持っている。




 実は、ここまで来るのに紆余曲折があり、装備を整えるだけでも一苦労していた。


 まず、パティとナターシャの装備品だが、専用の鎧では王家の紋章が刻まれ、文様が美麗に飾り付けられ、王城の関係者、いや、お姫様だとすぐにばれてしまった。特にパティが専用の装備を身に着け郊外に出ようものなら、たちまち王都の住民に達囲まれてしまい、王城から一歩も外へと歩み出る事さえ出来なかったのだ。

 その為、サイズの合う一般の剣士などが使っている革鎧に光が当たったのだ。一応、金属片を要所要所に埋め込み防御力を高めた特別製となっている。


 さらに数泊分の食料や衣類、テント等を仕舞い込んだパックパックを担いで貰った。”何故、妾がこんな重い物を担がなければならんのだ”と、文句を口にしていた。

 だが、それを見かねたカルロ将軍からの辛辣な言葉が吐かれたのだ。


「道を急ぐ旅人に扮するには最低限必要ふぁ。従えなければ外出許可は取り消しとなるが……」


 散々説明した挙句に、その言葉を耳にしたところ、渋々とそれに従う事になった。当然ながら、侍女のナターシャも担くのであるが、彼女は文句の一つも口にしなかった。

 とは言え、バックパックの中身はスイール達が担ぐ半分程の重量なので、直ぐに疲れて音を上げるなど無いだろう。


 今回の獣退治の目的地は、王都アールストから北へ半日程歩いた【ヴァレリア山岳地帯】のふもとに広がる森林地帯だ。カルロ将軍にはパティの訓練をするとの名目で話しており、四日で戻らなければ捜索隊を出して貰うようにと伝えてある。

 元々、王都から近いヴァレリア山岳地帯は獣達が王都周辺まで出てくることが多々あり、定期的に狩りを行うことが奨励されている地域でもある。

 また、この時期に設定されたのはトルニア王国が派遣した援軍が帰着し、戦勝パーティーが開かれるまでの間を指定された事にもよる。

 その援軍が帰国するまで後十日の予定だ。




 そして、先程の八人が集まっている所へと戻るのだが……。


「エゼルさんにヒルダさん、それにスイールさん、皆さんも今日は宜しく頼お願いします。こちらはお嬢様の護衛で付いて来たアンブローズさんです」


 ナターシャが護衛の騎士を紹介すると、頭を軽く下げて挨拶をしてきた。

 身長はスイール程の長身であり、がっしりとした肉付きで頼もしい限りだ。

 アイリーンからすれば、顔は武骨でモテ顔ではないのが少し残念だと口に出していたが……。


「アンブローズだ、宜しく頼む。憧れのヴルフ殿と行動を共にできるのは楽しみで何時になく緊張している」


 見た目の頼もしさと同じように声も頼もしかった。いや、五月蠅いと言うべきだろうか?ただ、近くを通る人々の姿が見えず、声が届いていないのが救いであった。


「はい、よろしく。今日は最初に言い出した私が案内をしますので指示に従って下さい。パティは辛い事を目にする可能性があります、目を逸らさず頑張っていきましょう」


 年少学校で行く遠足の引率の様な挨拶で皆を和ませた。そのせいか、”くすくす”と笑い声が漏れているが、スイールとしては予定通りと、したり顔を見せていた。


「では、出発しましょう」


 衛兵に身分証を見せ城門を潜り郊外へと出る。パティのカードを見た兵士の顔が青くなり”バタン”と卒倒したのは悪い事をしたと皆が思ったのは内緒だ。気絶から立ち直った兵士がなぜ倒れたのかはその場に居合わせた当人達は知っているのだが、他の兵士達には”内密に”と言われていた事もあり、その後も知られる事はなかった。


 目的地のヴァレリア山岳地帯までは、広い街道が整備されて歩きやすいうえに景色も良く快適だった。それもその筈で、運搬用の馬車が通り易いように設計されていれば当然だと納得できるだろう。

 また、収穫が進む穀物畑や収穫を待つ野菜類などが街道の両脇を賑わし、旅人の目を楽しませる。


 太陽が真上近くになり、道行く人々を容赦なく照り付ける。九月になったがまだ暑く頭を防護しなければ日射病になりそうな気温が続いているが、あと半月もすれば涼しくなり始めるのだろう。

 そして、人の体は正直で数人のお腹の虫が合唱を始める。


「もう少しで目的地に到着するけど、一旦ここで休憩しましょう」


 出発時はあれほど元気で騒いでいたパティだったが、歩みを進めるに口数が少なくなり、”はぁはぁ”と肩で息をしていたのは当然の動きであった。ナターシャも表情には現れていないが、パティより体力があるとは言え、王城内を”うろうろ”としているだけなので、慣れぬ長距離移動は疲れをため込んでいる様だった。

 その横で掛け声を掛けている騎士のアンブローズは、さすがに訓練を積んでおり、何事も無かったような普段通りの表情をしていた。


「お主等、これを何時もやっているのか?」


 パティが街道脇の草むらに足を投げ出して座りながら尋ねる。見ればナターシャも同じように足を投げ出して座り、脹脛を揉んでいた。

 使い慣れぬ筋肉を酷使すれば当然の帰結であるが、旅人に扮していなければ散々に小言を言われていただろう。


「姫様……じゃなく、お嬢様。旅人はその足で何日も歩き続けるのですよ。今日はまだ半日も経っていません、まだまだです。それに街道に襲い来る獣達に対処しなければならなく、それは厳しいのです」


 アンブローズが馬車を使えぬ道中は危険が沢山襲い来るのだとパティ達に軽く説明する。


 馬車を乗り継げば疲れ知らずに目的地まで移動出来るのだが、わざわざ徒歩を選んだのは考えての事だ。市民の生活を知らぬパティにとっては衝撃的な事だっただろう。

 徒歩で旅をすると聞いてはいたがが、こんなにも疲れるとは考えが及ばなかった。それに移動に際して、護衛の兵士が側にいれば獣など追い払いパティ自身は目的地まで寝ていれば良かったのだ。


「妾は甘く見てたようじゃな。歩くのがこれほど大変だとは思わなかった。荷物を担ぐことが如何に大変か、身を守る事が大切か、身をもって知れたのは良い経験になった」


 ブーツを脱いだパティが、バックパックからお昼のために用意したサンドイッチを出し、頬張りながら語った。足をバタバタと動かしながら姫様らしからぬ行動を見ていると開放的になっていると感じるのだが、ナターシャは止めてほしそうな表情をして眺めていた。

 そのナターシャは”姫様が羽目を外している間は自分がしっかりしないと”と我慢して、ブーツを履いたまま”パンパン”に張れた脹脛をさすりもせず横座りをしている。


「あと二時間も歩けば到着しますから、頑張ってください」


 スイールが山の方向を指しながら伝えるが、”ウゲッ!”とうめき声で返すパティ。まだ歩くのかと、うんざりとして、背負って欲しそうな表情をしていた。


 それ以外にも、どの様にのかも知り、相当なショックを受けていた。ヒルダやアイリーンも慣れているとは言え、他から見えない様にするのはかなり骨を折っていた。それに加えて、それを処理するためにバックパックから折り畳み式のスコップを取り出し、使い方を教えていたりもした。


「やはり、同性がいるというのは有り難い事じゃ」

「ええ、勉強になります」


 パティと共にナターシャも、知らない事ばかりを教えてくれたヒルダとアイリーンにお礼を口にしていた。見ていて微笑ましいのだが、女性にしかわからぬ悩みを抱えていると思えば、たまには優しくしなければならぬのだと思うエゼルバルドであった。




 昼食と合わせて普段よりも多めの休憩をした後、目的地であるヴァレリア山岳地帯へと足を向ける。そして、整備された街道を進み、獣や盗賊などの襲撃もなく無事に目的地に到着した。


 早速、野営の場を設けようと辺りを見渡せば、格好の場所を見つけてそこに定めるのだった。そこは丁度、何処からか飛んできた大きな岩が鎮座する平らな場所で、整地しなくても寝床に十分だと見えた。それに、大きな岩に登ればヴァレリア山岳地帯の麓が遠くまで見渡せ、見張りにも適していた。

 何より、用を足す場所を岩の反対に作れば、目隠しにもなるのであった。


 テントやかまどを設置して準備を整えると、その周りに獣が苦手とする匂いを出すお香を置いた。だが、それは風向きや特定の獣には聞きにくく、使用者からの評判は良くなく、実際には夜間の見張りは必須だった。

 それでも無いよりはマシだと、スイールは気休め程度だと皆に説明をするのであった。


 日没までの短い時間、スイールとヴルフ、そしてエゼルバルドの三人は薪を入手する為に近くの森へと向かった。その他のヒルダやアイリーンを含めた女性とアンブローズは夕飯の支度へと入って行った。


 向かった森は薄暗いが、木々を伐採し建築資材に使われる資源としての森を兼ねているのか人の手が入り、低くにある枝が落とされ歩き易くなっていた。その落とされた枝が無造作に積まれたり、転がっていたりとしており、三人は三十分も経たずに抱え切れぬ程の枝を拾い集めた、残念ながら薪は手に入らなかったが。




「お、始めてますね」


 野営の場へ戻って来たスイール達三人が目にしたのは食材を不器用に刻んでいるパティの姿だった。パティは刃渡りの長いナイフを使っているのだが、横で教えているヒルダやナターシャが野菜に刃を入れるたびに顔を覆って、悲鳴に似た声を上げていた。

 それが滑稽に見えるのだが、鋭い刃物で指を怪我しないかとハラハラさせるのは止めて欲しいと切に思う。


 そして、三人が集めて来た枝を器用に組み上げ火を着けると、鍋に水を入れてスープを作り始める。既に切り終えた野菜の中からゴロゴロと切り分けた根野菜を鍋に入れておく。基本的に根野菜は水の時点で投入するのが望ましい。同時に味だし用の干し肉を少量入れておく事も忘れない。

 ぐつぐつと沸騰したら灰汁あくを取り、葉野菜と残りの干し肉を入れ、味を調えると完成だ。

 ちなみに途中で火を弱くしておくのがポイントで、沸騰させすぎると根野菜と言えども型崩れを起こし見た目が悪くなるのだ。


 この日は豪華に、もう一品、鶏肉のステーキを作る。

 これはエゼルバルド達が出かける前に、ソース類と香草に漬け込んで置いた鶏肉を焼くだけになっている。だが、一日バックパックに仕舞っておいたので、揺れにより良く味が染み込んでいると見え、否応にも期待が高まる。

 特に焼いている時の匂いが鼻腔を刺激し食欲をそそらせる。


 最後に出発前に下ごしらえをしてあった小麦粉類を水と卵で練り、薄く延ばしてパンケーキを作る。傷みやすいソースはこの場には無いが、この時期が旬の柑橘類のジャムを乗せて完成だ。


 ちなみに、トルニア王国では砂糖は高級品の部類に入らず、比較的簡単に手に入る。この大陸より南に位置する島国や大陸はサトウキビから砂糖を作っているが、ここトルニア王国ではカブのような作物、テンサイが栽培されてそれから砂糖が精製されるのである。

 それでも調味料の中では中間くらいの値段なのだが。


 そして、主食の長パンを切り分け軽く炙ったら、今日の夕飯が全て完成する。


 空に浮かぶ真っ白な雲が赤く染まり、暗闇が覆い被さって来ると本格的な夜が訪れる。赤々と燃え盛る焚火が出来上がったばかりに料理を赤く染めて、美味しそうな色合いを演出している。

 昼間の太陽の下で同じ食事をしたとしても、同じ感動は味わえないだろう。


「おおぉ、城で食べるのとは違い、美味しいのぉ。なぁ、ナターシャ」

「ええ、本当にそう思います、お嬢様」


 ステーキやスープを口に運んだパティとナターシャは一言漏らすと、それからはたがが外れた様に”ガツガツ”と一心不乱に夕食に向かっている。むさぼっていると表現しても良かったが、それはさすがにお姫様に失礼だろうとスイールは思ったようだ。


 それに、もう一つ不思議なことを見つけた。

 星空の下で自らが作った食事を口にしているとは言え、王宮料理人が腕を振るった料理の方が美味しいのではなかと思ったのである。それを質問してみると、思わぬ答えがパティの口から聞かされた。


「いや、こんな温かい食べ物が出てくる事は少ないからな」


 毒見役が食べたものしかテーブルに並ばぬ王族の食事は、テーブルに乗る頃にはすっかり冷めてしまっていると告げた。

 王族や貴族とは多分に拘束されるのだと思えば、責任ある貴族になどに成りたくないと思ってしまうのである。


 パンもスープも鶏ステーキも、そしてデザートのパンケーキもすべて平らげてしまい、すっかり空になった鍋やお皿がパティ達の前に重ねられた。


「いやぁ、すっかりこの食事の虜になってしまったみたいじゃ」

「パティに一つ言っておくけど、今日の料理は特別だからね」


 エゼルバルドが一言付け加える。パティの為に特別な料理を作ったのだと告げた。


「旅の最中はこんな美味しい料理を作っている訳で無いと?」


 パティの質問に”コクン”と頷いて返した。


「そう。特にデザートは作る事は滅多にないし、もっと食材が少なかったり、質が落ちたりする。今日は大丈夫だけど、雨の中でも作らなくちゃいけないから大変なんだ」


 がっかりと項垂れるパティを見るのは辛いが、これが現実なのだとわかって貰いたいと思うスイール達。この経験がパティを良い方向に導いてくれる事を信じて。


「でも、パティにこれと同じ事を毎日して欲しい訳じゃない。知って貰いたいのは事実だけど、こんな生活をしている人もいるんだって、わかって欲しかったんだ」


 エゼルバルドから告げられた言葉を耳にし、”ぱちぱち”と爆ぜる焚火を真剣な眼差しで眺めながら、パティは”ブツブツ”と独り言を口にしていた。

 この経験が彼女の将来の糧になったとだけ、この場では付け加えておくとする。


 辛気臭くなった夕飯から時は経ち、月が天高くに登り始める頃になると、そそくさとテントに向かう。パティ達の事を思い、彼女達だけで一つのテントをぐっすりと寝てもらうために、スイール達、男四人で見張りをするのだった。

 そのおかげか、パティ達のテントでは遅くまで楽しそうな話が漏れていたのだった。


 だんだんと彼女達の声が聞こえなくなり静かになると、本格的な見張りを始め、辺りの警戒を厳とするのであった。



※ミドルソード:ブロードソードの長さで少し細く、ロングソードほど長くない、造語

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