第二十五話 新人への洗礼【改訂版1】

2019/07/27改訂


 薄っすらと霧がかった天候の中で目を覚ましたスイール達は、王城のベッドと勘違いして”もう少し寝ている”と寝言を口にしたパティを起こすとすぐに朝食の準備に取り掛かった。

 そして、簡単な朝食を作りそれを腹に収めると直ぐに準備を済ませ、早速森の中へと分け入るのであった。


 朝食は簡単にサンドイッチだったが、挟んでいる具材がいつもより豪華であった。夕食での残りの鶏肉を厚めにスライスし、緑の葉野菜と即席で作った甘辛ソースを掛け、柑橘系の実を輪切りにして挟んだのだ。

 まず、鶏肉と”しゃきしゃき”の野菜が口の中でダンスを始める。そして、甘辛ソースと酸味の効いた柑橘系の汁が演奏を奏でるとそこはダンスホールに早変わり。華麗に踊る二人の男女が幾重にも重なって見えた……。


「何、妄想してるの!」


 朝のサンドイッチの食感を思い出していたエゼルバルドに浴びせられたアイリーンの言葉は辛辣だった。もうすぐ獣が出てくるポイントなのに、余計な事を頭に浮かべていたエゼルバルドも大概であった。

 だが、それに苦言を呈するアイリーンに、”その言葉はありがたい”と思うのだが、もう少し言い方があるのでは無いかと思うのだ。


 森に分け入り、早々に殺気をみなぎらせて視線が浴びせられる。だが、八人もの大所帯であるがために遠目に眺めているだけで、適わないと近寄りすらしないのは幸いだった。


「それではこれから獣を少し狩りに行くけど、危険だったらすぐに逃げる様に。熊系の獣はいないはずだから狼系の獣に注意してください。兎は沢山いるようだから、少し位は狩っても問題ないです。今回は狼系を各一頭狩れば十分です。では、狩り終わったら、ここへ集合してください」


 スイールは、ここは獣の縄張りの中に入っているので十分注意する様にと口を酸っぱくして告げていた。

 そして、事前に打ち合わせをした通り、二手に分かれて狼を狩りに向かう。


 エゼルバルドとヒルダ、そしてパティとアンブローズが一班。

 スイールとヴルフ、アイリーン、そして、ナターシャが二班。

 この二班で右と左にわかれて獲物を求めて森の中を彷徨って行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「なかなか出てこないのぉ」


 パティは握った剣を乱暴に振るい、背の高さまで伸びた雑草を切り付けながら足を進めるが、危ないし咄嗟に剣を振れなくなるとヒルダが注意する。

 だが、アンブローズはそれを見て、”姫様……じゃなくてお嬢様にも子供っぽい所もあるもんですな”と、子供を見守る親の気持ちになり微笑む。

 エゼルバルドは、その会話を耳にしながら注意深く先頭を進んで行く。


「妾を子ども扱いするな。失礼な奴め」


 子供扱いをするアンブローズにパティが毒を吐くが、びっくりする言葉を彼は返したのである。


「なんか、私の子供がそっくりな遊びをしたと思いだしたもので、つい……」

「「「ええぇ~~~!!」」」


 アンブローズの言葉に三人が驚いて声を上げる。父親らしき視線を向けているなと思えば、既婚者だったと皆が驚くのだ。

 騎士団に勤めていると業務は不規則で遠征も多い。そんな中で家庭を持つ者は少数であり、それをアンブローズに伝えると頭を掻きながら”腐れ縁なのですよ”と照れるのであった。


 ほのぼのとした雰囲気を醸し出していると、先程の声に反応した狼が数頭、彼らの前方に姿を現した。


「三頭か……。一頭でいいんだけどなぁ」


 現れたのは山岳狼マウンテンウルフの亜種と思われる狼だ。特徴を見れば山岳狼マウンテンウルフ草原狼グラスウルフの混血のだろう。


 エゼルバルドが”ギラリ”と光るブロードソードを真正面に構えながら呟く。両手剣も背負っているが木々が林立する森では振り辛いと、両手剣の使用を諦めていた。

 ヒルダは軽棍ライトメイスを握り直し、パティとアンブローズもそれぞれ武器を構える。

 全員の攻撃態勢を見たエゼルバルドが山岳狼マウンテンウルフ亜種に牽制を掛けながら三人に指示を出て行く。


「オレとヒルダは左右の狼を牽制、倒さなくていいからな。パティはアンブローズと協力して正面の狼を仕留める!」


 言い終わるとエゼルバルドとヒルダが狼を連携させぬようにと、狼達の間に割って入り込む。そして、狼の正面、空いた場所を埋める様にアンブローズが前衛で、パティが後衛に位置を取った。


 エゼルバルドとヒルダは狼を牽制し、アンブローズ達が相対する狼から引き離す上手く武器を向ける。三頭も狩る必要は無く、一頭を倒せればそれで良い、と。


 アンブローズは円形盾ラウンドシールドを真正面に構え、狼を牽制しながらじりじりと足を進める。それをうかがう様に狼は横へゆっくりと移動する。そして、パティはいつでも飛び出せる様にと剣を構える。

 勝負は一瞬で決まる……。


 アンブローズが”行く!”と声を出すと狼に向かって駆けだした。円形盾ラウンドシールドで狼の顔を殴りつけるが、それを読んでいたかのように後背へと跳躍し、易々と躱す。攻撃を躱されたが戦槌ウォーハンマーを瞬時に振るうが、狼はすでに跳躍した後で、アンブローズの攻撃は虚しく宙を掴んだだけだった。


 そして、アンブローズの合図を受けてパティも狼に向かって駆け出した。右肩の前に剣を突き出して構え、低い姿勢のまま狼に迫る。大きく踏み出して狼に突きをお見舞いするはずだったが、狼との距離が思った以上に離れてしまった為に、間合いを詰めただけで終わった。


 アンブローズとパティが”じりじり”と狼との間合いを詰めようと二人で回り込むように動くが、狼も戦い慣れているのか、パティを気にする事も無く、アンブローズに視線を向けたまま回り込まれまいと横へ移動する。


 このままでは埒が明かないと、多少汚い手であるが一つの手札を切る事にした。アンブローズは狼の隙を見て、地面を蹴り上げると狼の眼前に土をばらまき、目潰しを掛けた。

 それも読んでいたのか狼が横へ飛び退く。

 すかさず戦槌ウォーハンマーを水平に振るい頭部を強振しようとするが、わずかばかり狼が離れていたのか、鼻先をかすっただけに終わった。


 だが、その思い切った攻撃が狼の決定的な隙を生み出したのだ。


 鼻先をかすった事による違和感を感じた狼が顔を大きく振ったのだ。そこへ既に駆け出していたパティが狼に飛び込み、構えていた剣を胴体に深々と突き刺し、内臓に致命傷を与えながら貫いたのである。

 深々と突き刺さった剣は容易に抜けないと知ると、パティは剣を手放して狼から飛び退くと距離を取った。


 狼は生へ執着しようと懸命に手足を”バタバタ”と動かし続けるが、アンブローズの放った一撃を頭部に受けると”ギャン!”と一声出し、生命活動を終えるのであった。


 断末魔の一声を聞いた二頭の狼は、自分達の手に負えぬ相手と理解すると、じりじりと後退し始め、ある距離に達すると、サッと振り向いて森の奥へと去って行ったのである。


 狼へ致命傷を与えたパティは、自らの両手を見つめながら”ブルブル”と震えていた。彼女の傍らには、剣が突き刺さり命が消えたばかりの狼の死骸がある。

 戦槌ウォーハンマーで潰された頭部と剣に貫かれた胴体から血がとめどなく溢れ、血だまりを作っていた。


 パティの震えは、剣で肉を突き刺した感触と命を奪った事に対する衝撃を受けた為だろう。

 狼を貫いた剣から感じる肉の感触、流れ落ちる赤々とする血液、今まで生きていた狼の顔、どれを感じても、気分を害するのは不思議ではない。

 だが、パティは盗賊達が血を流す場面を何度もその目で見ているので、流血には慣れているはずだ。だとすれば、今は自らの手に残る感触に震えている事になる。


「妾はこの手で命を奪った、いや、奪ってしまった?」


 両手を眺めながら震えるパティの肩を、エゼルバルドが”ポンポン”と軽く叩くと、それを合図にして意識を現実に戻されたパティの顔から血の気が引き青白くなって行く。

 そして、急に頬を膨らませると、体を後ろに向け胃袋に入っていたものを吐き出して行った。顔は涙と嘔吐物で汚れ、ぐちゃぐちゃにしながら嗚咽を漏らしている。


 そんな、一人のになったパティをヒルダが背中を軽く叩きながら介抱するのであった。


 三人とも通ってきた道とは言え、掛ける言葉を探しているが見つからずに時間だけが過ぎて行った。自分達の時はどうだったかと思い出す事が精いっぱいだった。


 それから、十五分程するとパティは落ち着きを取り戻し、”もう平気だ”と告げて来た。

 普通の女の子だったらまだ泣きじゃくっていたかもしれないが、王女としての彼女が落ち着きを取り戻させたのである。

 そう、パティ、いや、パトリシア姫は強いのである。


「心配かけた……」


 そう、パティが告げるが、青白い顔を残していたし、足はまだふらついていた。

 それでも気丈に振舞う彼女には手助けは必要無かった。


 狼に致命傷を与えた剣をアンブローズが畏まりながら返すと、曇りの見える刀身を舐めるように眺めると腰へと戻した。


「それじゃ、休憩場所に戻ろうか」


 潰された頭部や傷口から、十分に血が抜けた狼をエゼルバルドが背負いながら皆に向かって告げると、揃って足を進める。

 この後、狼の解体もパティにとっては衝撃的に写るだろうなと思いながら。




 エゼルバルド達が集合場所へ戻ると、スイール達がすでに戻り、休憩をしていた。

 傍らには小さめの狼が既に横たわり、胴体には頭が無く赤い肉が見えていた。

 すでに血抜きの後で、一滴の血も流れてはいなかった。


 スイールの横には青い顔をしたナターシャが気丈にふるまっているが、見た目以上に調子は悪そうだった。パティとナターシャでどちらが顔が白いか、並んだら良い勝負になるだろう。


 そんな、ナターシャに気づいたパティが近づき、二人で会話をしていたが、それが終わる頃には、二人で離れた場所にしゃがみ、口に手を当てていたのが印象的だった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 少しだけ時間を戻して、スイール達の狩りの様子を見てみよう。


「そろそろ見えてきてもいい頃合だが……」


 先頭を行くヴルフがブロードソード片手に、草をかき分けながら足を進める。たまに顔の高さにある蜘蛛の巣が行く手を阻むが、その度に剣で排除して行く


「いたよ!二頭いるけどどうするの?」


 狼の気配をいち早く見つけたアイリーンが小声で指示を求める。


「一頭でいいんですけどね。矢で牽制しつつ仕留めるで良いでしょう。もう一頭はそれを見れば逃げると思いますが……」

「ん、了解~」

「それでいいぞ」


 三人それぞれの役割を確認しつつ、向かい来る狼へと”じりじり”と距離を詰める。


「あの~、私はどうすれば宜しいでしょうか?」


 ナターシャが役割が無いと処遇の改善を求める。ナターシャは剣を帯びているが訓練を行っておらず、飾りになっているだけだった。


「そうですね、最後の止めを刺していただきましょうか。ヴルフ、それで良いですか?」

「わかった。虫の息にしておく」


 ナターシャが頷くと、木々の間からアイリーンが指摘した通りの二頭の狼が現れた。エゼルバルド達が遭遇した山岳狼マウンテンウルフ草原狼グラスウルフの混血で山岳狼マウンテンウルフの亜種だった。体長は若干小さく、一メートル程だった。


「では先行する。ナターシャ殿ついて参れ」

「はい!」


 ヴルフとナターシャが剣を構えるとゆっくりと狼との間合いを詰め始める。ナターシャはヴルフの後方、二メートルに位置し、そこから狼の様子を窺う。


「さて、私も仕事をしますか。風の刀ウィンドカッター!!」


 スイールが魔法を発動させ、一頭の狼の足元へ軽く魔法を浴びせる。打ち込まれて発生した音に驚いた狼は、反射的に跳躍で後方へと下がった。

 それと同時にアイリーンが矢を番えてヴルフ達が狙う狼に射ると、矢は狙い通りに狼に吸い込まれて行く。


 アイリーンの腕であれば眉間を一撃で打ち抜き仕留めるには難しくも無い。だが、ナターシャが止めを刺させるにはそれでは拙いと、狼の機動力を削ごうと大腿部を狙った。

 狼が矢を受け怯んだ隙に間合いと詰めると、ヴルフは剣を一閃し前足を両断する。”ギャン!”と哀れな狼が一言発すると、その場にドスンと横倒しになった。


「今だ!!」


 ヴルフの声がナターシャに伝わると、逆手で握った剣を狼の心臓付近に力の限りで突き立てた。彼女の両手に、生き物を殺めた感触が伝わって来た。

 狼は恨めしそうな眼をヴルフ達に向けると、瞼を閉じて命を終わらせた。


 もう一頭はそれを見て、適わぬと一目散に森の奥へと大急ぎで逃げて行った。


「さて、あと一撃」


 血抜きの為とヴルフの剣が狼の首を一刀のもとに刎ねると、その断面からどす黒い血が吹き出し地面を鮮血で染める。


「ちょ、ちょっと!血の処理くらい考えてからやりなさいよ」


 例えば地面を掘るとか、流れ出る先を考慮するとか、もしくは血の流れる量を少なくするとか、工夫しなさいとアイリーンが文句を言う。

 ヴルフにしてみれば、そんな面倒なことをせずとも血の飛んだ場所を耕せば同じだろう、と思っている所がアイリーンには理解できないでいたのだ。


 ヴルフ達にとってはいつも通りの会話をしているだけなのだが、知識だけはあっても見た事も無い行動をその目に見たナターシャが、血の気が引いた真っ青な顔になった。パティの様に胃の中身を撒き散らすまではしなかったが、気分を悪くして座り込ん出しまった。


「ほらー、あんたの思いやりの無い行動がナターシャに迷惑を掛けてるって、わかってるの?」


 アイリーンから女性に対する配慮が無いと怒りを向けられ、頭を掻きながら”スマンかった”とヴルフが謝る。その表情は眉を下げて困惑している様だった。

 アイリーンがそれとなくナターシャを介抱し落ち着かせるのだが、それでも十数分の時間を要すのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ナターシャもあの感触を体験したのか」


 パティがその行為を思い出しながら尋ねた。


「ええ。お嬢様は大丈夫でしたか?」

「妾は胃の中は空っぽになったぞ」


 青白い顔をしながら胸を張って自慢するパティだが、表情はちっとも笑みを浮かべておらず、二人は思い出しただけでも気分が悪くなるとそれ以上の思考を止めるのだった。


「パティは命を奪うのがどれだけ大変か分かった?」

「あの感触は体験したくなかった。それだけに命の大切さは身に染みたぞ」


 エゼルバルドがパティ達へ声を掛けてみれば、二人共が命の大切さを身に染みたと返してきた。それがわかれば合格だと、腰の鞄から気分直しに飴玉を取り出して渡すのだった。


「そう、ただ殺す事と身を守るため、そして命をつなぐ為に殺す事には大きな開きがある事がわかって貰えたと思う」


 スイールがエゼルバルド達の下へと現れ、一言付け加えた。そして、飴玉を口に入れたパティとナターシャを見ながら”休憩しよう”と口に出す。それを聞き、エゼルバルドはブロードソードやバックパックを下し、切り株に腰掛けるのであった。


 スイールはエゼルバルドの行為に違和感を覚え口に出そうとしたのだが、アイリーンの一言に遮られ、指摘する事は叶わなかった。

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