第二十三話 暗殺の標的

 スフミ王国とディスポラ帝国の戦争が、スフミ王国の勝利で終わったとトルニア王国に伝わった翌日、エゼルバルド達五人はトルニア王国、王城のカルロ将軍の執務室へと来ていた。

 戦争終結の報告が高速鳥によりもたらされ、翌日に厳戒態勢が解かれる事、カルロ将軍がわざわざエゼルバルド達に王城に入れるようになると伝えた二点によるのだ。カルロ将軍からの連絡が無ければまだ屋敷でくすぶっていた事だろう。


「お前たちのおかげで戦争はすぐに終わったみたいだ。まだ残党狩りが残っているらしいがこれも時間の問題らしい。お前たちには感謝している」


 カルロ将軍はエゼルバルド達に向かって深々と頭を下げた。


「頭を上げてください。それはよろしいのですが、なぜここにパトリシア姫がいらっしゃるのですか?」


 カルロ将軍の執務室の壁際の椅子に、何故かちょこんと可愛らしく座っているのが見える。金髪縦ロールのかつら身に着け、夏らしい涼し気なノースリーブの薄青のドレスを身にまとい、城の姫様の雰囲気をしている。

 エゼルバルドが剣を教える時には金髪ショートカットでそれなりの練習用防具を身に着け姫様らしからぬ雰囲気をしているのとは大違いだ。


「お前たちが城に来ぬと暇だったようで、騎士隊長とかと訓練に明け暮れていたそうだ。久しぶりに来ることがわかったから嬉しくて急いできたんじゃないか?ドレスを着ているのが慌てている証拠だ」


 聞こえない様に小声で話すカルロ将軍。仲間外れの様に一人で座ってはいるが、何か楽しそうな顔をしているパトリシア姫であった。


「それはともかくだ。お前達、何か調べは進んだか?」


 と、話を変え依頼した内容の確認を取り始める。書類を机の引き出しから引っ張り出すと、羽ペンを持ち書く準備をする。


「いえ、これと言った情報が無く難儀している所です。入ってくるルートも分かりませんし、今のところお手上げ状態です」


 両手を上げながら報告をするスイールであった。


「やっぱりそうか、わからないか。追加で私が受けてる報告だと麻薬の流通量が少なくなったらしい。戦争が起こる前提だったから我が国の国境の警備を厳重にしていたからか、スフミ王国とディスポラ帝国の戦争に巻き込まれるのが怖かったからかわからないがな。

 人の行き来が少なくなったおかげで流通量が減った訳だ。それでも入ってくる量がゼロではないのでルートがいくつかあるのだろうと逆に分かった」


 戦争のために情報を得る事をしないのではなく、戦争を利用し情報を集めるのか、と感心する。さすがに情報収集に関しては国の機関は優秀であるな、と。


「あれ?という事は最後に話した事、気にしてくれてたんだ」


 エゼルバルドは思い出したように尋ねる。


「麻薬に関しては重大事項だからな。諜報機関を動かしている。それでもルートがはっきりしないのは何故なのか、繋がりを探すにはもう少し時間がかかりそうなのだ」


 八方塞がりの状態なのだとカルロ将軍も両手を上げてアピールをする。


「なので、先に依頼した件は一旦終了にする。引き続き調べてくれるのは有り難いが諜報機関を動かしているからこっちの方が早いかもしれん。しばらくは姫様相手をしてくれると助かる。そうそう、今までの報酬を用意したから後で受け取ってくれ」


 部屋の隅で借りてきた猫の様に大人しくしているパトリシア姫の方を向き、話は終わったと合図をする。パトリシア姫はその合図を見て嬉しそうにこちらへと小走りにやってくる。狭い部屋なのにだ。先ほどとは変わり、すり寄ってくる猫の様だった。

 エゼルバルド達の中ではパトリシア姫はネコ科の動物のイメージが定着した瞬間だった。


「終わったか?妾と剣の訓練をしてくれるのか?」


 ネコ科の動物のイメージが定着してしまったため、その仕草に微笑ましさを感じなぜか笑みを浮かべるのだ。


「良いですよ。どの位上達したかチェックしましょう」


 パトリシア姫は「ヤッタ~」と声を上げると、そのままカルロ将軍の執務室を出て行った。やはり気まぐれな猫だなと改めて思うのだった。


「まるで猫の様ですね。カルロ将軍、そろそろ、パトリシア姫を獣退治に連れて行きたいのですが、どうでしょうか?パトリシア姫との約束があるのですが」


 スイールがカルロ将軍へお伺いを出す。

 カルロ将軍としては危険な獣退治へと出したくないのが本音だ。いつ何時命を狙われるか分からない。最小限の護衛を付けるにしてもどこまで守れるか。

 だが、スイールにヴルフ、エゼルバルドなどの達人がいるのであれば何とかなりそうかもしれないと。一つ条件を付ける事にした。


「そうですね、時期的には戦争も集結しましたから良しとしましょう。一つだけ、今日のパトリシア姫を見てから決めてください。後は一人護衛を付けます」


 危険にさらすわけにはいかないので当然、最低限の条件を付けてだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 一時間程の後、訓練場にパトリシア姫とエゼルバルド達の姿があった。カルロ将軍は打ち合わせがあるからと執務室に籠ったままだ。

 そこは生憎と騎士たちが訓練の真っ最中であり邪魔にならないようにその端を少しだけ使わせてもらう様に話をした。


「ええ、構いませんよ。姫様のお姿を拝見するのも楽しみですから」


 騎士団団長から許可を貰った。パトリシア姫の人気は高いらしく許可もすぐ下り、その姿を見た騎士たちは皆笑顔になっていた。




「準備運動が終わったら打ち合いを始めよう」


 訓練場の端で軽い準備運動を終えたエゼルバルドがパトリシア姫へ話す。そして、エゼルバルドがいつもの調子で訓練用の木剣を構え準備を終える。目剣を目の前に構え、一つ大きく息を吸い込むとパトリシア姫が木剣を打ち込み始める。木剣がぶつかり合う毎にカン、カーンと心地よい音が訓練場に響き渡る。前に見た時よりも鋭くなっている事に驚くエゼルバルド達。


「凄いな、一か月ほどで剣の腕が上達している」


 傍らで見ているヴルフが思わず声を漏らす。この剣筋は初心者を脱し、中級者の入り口に達していると思われた。これを真剣に替えた時に振れるか、獣を切れるかが今後の課題だろうと思う程に。


 打ち合い続け、少し息の上がったパトリシア姫がエゼルバルドから少し離れ息を整え始める。息の上がり方も前よりずっと遅くなっている。剣が長く振れている証拠だ。


「じゃ、真剣でやってみよう」


 木剣を置き、両手剣を構えるエゼルバルド。普段はブロードソードと両手剣を交互に振るようにしており、この日は両手剣を振る日であった。大分振れるようになった両手剣をぶんぶんと振り回して肩の準備運動を行う。


 パトリシア姫は何時もの剣を取り出し、エゼルバルドに向かって構える。

 パトリシア姫の剣は先ほどの木剣より少しだけ重いが、その剣先はピタッと止まり重さを微塵も感じさせない。なるほど、筋肉が付いてきた証拠だな、と。

 パトリシア姫の剣は長さこそエゼルバルドのブロードソードと同じ長さながら、幅はそれよりも狭く、両手持ちができるミドルソードと言ったところだろうか?


 エゼルバルドが両手剣を構え終えると、パトリシア姫が距離を詰め剣を振るう。エゼルバルドはあえて剣で受けず躱す事に徹する。剣で受けられると思っていたパトリシア姫はバランスを少し崩すが想定内だったようで重心を少しだけずらし対応させる。

 それが何合か続いた時、ようやくエゼルバルドが両手剣でパトリシア姫の剣を受け止める。


 キーンと金属特有の甲高い音が響きわたる。質量が数倍離れている剣を打ち負かすのは容易ではない。パトリシア姫の動きが止まり、鍔釣り合いの様相になる。

 力の差では剣を勢いよくぶつけたパトリシア姫と言えども、両手剣とエゼルバルドの力には適うわけもなく、押し返す事は出来ない。パトリシア姫と同じ条件でアイリーンと戦っていたらアイリーンが飛ばされた可能性もあるほどだった。


「なるほど、良いですね。合格です」


 鍔釣り合いで動きが止まっているエゼルバルドが突然声を発した。驚いたパトリシア姫は一瞬力が抜け、押し返されると尻もちを付いた。


「いたたた、何が合格なのですか?」


 エゼルバルドが手を出し、それを握り返したパトリシア姫を引っ張り起こした。起き上がったパトリシア姫は、尻もちを着いたお尻をまた青痣が付いたかなと手でさする。


「獣退治に連れていける最低限の力を持っていたかを確認したのです」


 剣を振っていた二人の元に近づいて来たスイールがパトリシア姫に伝えた。


「え、何ですかそれ?」

「えって?海水浴の時にお話ししたと思いますが。姫様が獣退治に連れて行って欲しいと」


 キョトンとした顔をするパトリシア姫。

 その後、うんうん唸りながら、首を左右に振ったり、頭を抱えてみたり、神に祈ったりと色々な事を行う事数分、百面相パトリシア姫となった頃、


「あ~~、そんなこと言ったなぁ。忘れてた。あはははは」


 手をポンと打ち鳴らし、恥ずかしながらと笑い声を出した。本気で忘れていたらしい。

 周りで訓練している騎士たちも何か面白い事でもあったかなとパトリシア姫を見る。たまに見とれている騎士が頭にポカンと拳骨を貰っている姿もあり、和やかな雰囲気が辺りを包む。


「いや~、すまんすまん。妾は剣を振るのがたいそう楽しくて忘れておった。そういえばお主らに会ったのも獣退治に行きたいと我儘を言ってた時だったな」


 性格が変わったようにパトリシア姫は笑い喜んでいる。会った時のパトリシア姫はもっと尖った性格をしていた気がしたが、丸くなっている。何が変えたのか、不思議である。




「おや、もう訓練は終わりですか?」


 先程別れたカルロ将軍が訓練場へと足を運んできた。パトリシア姫の剣術の腕が眼鏡にかなうか気をもんでいたのだろう。にこやかな顔をしている。


 カルロ将軍の後ろに見慣れない三人のアーラス教の服に身を包んだ男達が見える。だが、何か違和感を感じざるを得ないのだが、それが何かは漠然としない。上から下まで、すべてアーラス教で支給されている服でが付いている。


「こちらの方々は?」


 パトリシア姫が見慣れぬ三人が気になったとカルロ将軍へ訪ねる。いつもならアーラス教のジェレミー司教が見えるのだが、その姿は何処にもない。


「アーラス教の信徒殿です。ジェレミー司教がご病気だそうで代理で城を回っています。今日は挨拶回りとの事で私が案内しております」


 カルロ将軍が三人を紹介した。


「そうですか。お仕事頑張ってください」

「「ありがとうございます」」


 アーラス教の三人は深々と礼をし、その場を去って行った。サッと来てサッと帰る、何をしに来たのかわからない三人だったと共通の認識だった。


「あ、カルロ将軍。合格です」


 エゼルバルドが両手剣を背中の鞘に収めながら暗号の様に報告する。他で聞いていた者達は何の事かさっぱりわからないだろう。


「わかった。日付と行先は任せるが、程々の場所で」


 カルロ将軍は一言発すると、うんうんと何処かへと歩いて行った。


「それじゃぁ、もう少し頑張りましょう」


 エゼルバルドが声をかけるとパトリシア姫の顔がぱぁっと明るくなり、剣を振り始めるのだった。まだ満足するまで振っていないとばかりに。

 それからしばらく、木剣に持ち替えたパトリシア姫と嫌々ながら木剣を握るアイリーンは、騎士達の何処か卑猥な視線の中をエゼルバルドにコテンパンに打ちのめされていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その日の夜の王都アールストのとある場所。


 でっぷりとした醜い腹回りを気にすることなく食事を貪り食う男の目の前に、三人の黒ずくめの男達は報告を兼ねてその場にいた。


「今日、王城へ行ってきたのだろう。どうであった?」


 太った、いや、肥満体の男が三人に尋ねる。

 手に持った食材を離すことなく、口に運ぶ。人に物を聞く態度ではないのだが、三人は諦めているのか淡々と話をするのだ。


「あれは相手が悪い。三人でも勝てるか分からない」


 黒ずくめの男達が口を開く。口調から戦ってみても分が悪いと正直に伝える。

 あれを相手にするにはこの人数では分が悪すぎると。

 それでも肥満体の男は自分の野心を押し殺すことは出来ずにさらに続ける。


「お前たちでも無理なのか?パトリシアだけでも良いのだが」

「そうだ。”神速の悪魔”と”赤髪の狙撃者”が同じ場所にいる。あの二人だけでも我ら三人で勝てるか分からない。たとえパトリシアを狙ってとしても防がれる可能性が高い」


 三人とも首を横に振り、成功する確率は低いと言う。


「お前たちで殺せないとすればどうするのだ?もっと人を集めるしかないか?それにその”神速の何とか”と”赤髪の何とか”とはなんなのじゃ?」

「殺せるかわからん。気を抜いたところに仕掛けてみるが保証は出来ない。それだけは覚えておいてくれ。一応、手は打って、あと二人程都合を付けて仕掛けてみる。それで無理ならば諦めてくれ。”神速の悪魔”と”赤髪の狙撃者”な。覚えて置け。俺達のような日陰者の天敵だ。あの二人だけでも規格外の戦力だからな」


 男達は声を荒げながら肥満体の男に食って掛かる。冷製だった男達が慌てるなど思いもよらなかったようで、肥満体の男はたじたじになっているが手に持った食糧を手放す事は無かった。


「受けた仕事だからやっては見るが、これ以上俺たちに指図をするな」


 男達は踵を返し、肥満体の男の前から去って部屋を出て行った。

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