第二十二話 それぞれの戦後処理
スフミ王国が帝国軍に勝利した夜は大々的な……とは言えないが、それなりの酒宴が開かれ、国王からの勝利宣言がなされた。
そして、翌日。朝から戦後処理として捕虜への尋問が始まった。
国家の重臣や国賓が通される謁見の間とは別に、貴族などを尋問するための部屋が設置されており、国王自らが尋問に当たっていた。当然の事ながら、国家の早々たる面々とトルニア王国からの援軍の総大将グラディスの姿もそこにあった。
その大勢に対するはたった一人の人間、ミムンが後ろ手に縛られ座らされていた。
「さて、硬い話は無しじゃ。ワシはスフミ王国、国王シメオン=セルヴェーである。これからそなたを尋問する正直に話せ。後は任せる」
国王シメオン=セルヴェーは宣言をすると、隣に控えているエルネスト将軍へと命令を下した。一国の王が、捉えた敵将を尋問する場にいること自体がありえないのだが、今回の生き残りで高位の将は目の前にいる者しかおらず、どうしても見たいとの国王から直々の下命があり、この場での尋問となったのである。
「さて、そなたはディスポラ帝国で位がある将と見受けられる。名前と地位を申せ」
手にしたバインダーには書類が数枚挟んである。それを見ながら話を始める。
傍らには背の高いテーブルが置いてあり、羽ペンとインク壺が置かれている。書類にメモをいつでも取れるようにしているのだ。
「私はミムン、先日まで帝国軍の副官であった」
ここで嘘を言ってもどうにもならない。しかも、帝国に戻っても裏切り者として殺されるか、最下層の奴隷に落とされるだけ。それなら、ここで生きてる方がよっぽどマシだと思ったのだ。
「なるほど。それでは帝国軍の動いた目的は何だ?」
「それは言えない」
帝国へ帰れば殺されるとは言え、一国の将軍を配した身分だ。おいそれと機密情報を話すことはできないと、キッパリと断った。
だが、
「言えない、か。まぁ、当然だろうな」
エルネスト将軍は心情を理解したうえで言い放つ。
「おおよその検討は付いている。我がスフミ王国の穀物畑からまだ刈り取っていない穀物を奪取する事であろう」
「!!……なぜそれを」
トルニア王国からの来たグラディス将軍からもたらされた作戦書に書かれていた目的の項目を思い出していた。
「簡単な事だ。お前たちが動いたその時にわかっていたのだ。その為にわざわざ深く誘い込み殲滅を計ったのだ。動いた理由も、すぐに退却する事も、これが成功していれば数年に渡って攻め込むつもりだった事もすべて判明している。すべて、戦う前にだ」
その言葉を聞いたミムンは愕然とした表情を浮かべた。
意気揚々と出兵をし事前に手に入れた情報から勝利は確実と言われていた事が嘘だったと。ここまで情報が漏れていたのは内通者がいたのだと、ミムンは思った。
しかもそれを漏らしたのは立案者しかいない、と。
「私の知らない事まで……。宰相は情報を売っていたのか?」
「なるほど、作戦立案者は宰相殿か」
「……!!情報を買っていたのではないのか?」
ミムンが今ここで結論付けた宰相が内通者では無かった。それは今の会話から分かった。それならなぜ、戦略が漏れていたのか?わからない。
いや、ミムンにはわからなかった。
「まさか、一国の宰相が国を売るなどする訳が無いだろう」
それは真実であった。
内通者はなく、情報も漏れていない。
と、すれば他人が行動を予測し、同じ事を考えていた、と。
いや、そんな事はありえない。人の深部を思う事など不可能ではないか。
ミムンの頭はグルグルと考えが回り、結論を出せずにいる。
尤もミムンでなくてもこの状況では結論を出せる人など少ないであろう。
「それで、お主はどうするのだ?帝国に戻す、などは出来もしないがな。帰って帝国の戦力になるにはこちらとしても願い下げなのでな」
エルネスト将軍は目の前にいる元ディスポラ帝国の将軍ミムンに向かって処遇についての希望を尋ねる。気位の高いこの男は帝国を裏切る事は出来ないだろうとは十分に予想できた。
「奴隷でも死刑でも好きにすれば良いだろう」
「奴隷は無いからな、わが国は。それに死刑にする程、何か残酷な事をしている訳でも無かろう。監視を付けて生活してもらう事になるだろうが、まぁ、それは私の仕事ではないのでな」
この男を殺すには惜しいと思う気持ちがエルネスト将軍の中に芽生える。何とかして味方に引き入れたいと。
それは難しいかもしれない。だが、諦めるエルネスト将軍では無かった。
「今日はここまでだ。また調べる事があるからその時に。この男を連れていけ!」
この日の取り調べは終わった。
王の目の前で時間を取らせる事は出来ない。それが一番の理由なのだが、この日に聞きたいことがあっさりと分かってしまったのも大きいのだ。
「後は好きなようにせよ」
スフミ王国、国王シメオン=セルヴェーは一言呟くとさっさと自室へと引き上げてしまった。
国王が不在になったその部屋で残っているスフミ王国の重臣と数人とトルニア王国の将軍グラディスが話を続けていた。
「これだけ帝国軍に打撃を与えれば”報復だ!”と再侵攻はあるまい。国元へ使いを出して報告するが良い。勝利したと」
スフミ王国宰相、【ラウール=ヴァンビエール】がその口を開き、グラディス将軍へと言葉を発した。この尋問が終われば報告用の高速鳥を放つ予定だっただけに余計な事を言うのだなと思いながらも、無難に言葉を返した。
「ありがとうございます。この話し合いが終わればその様にいたいます。我が主も首を長くして報告を待っているでしょうから」
目の前の男は満面の笑顔で”そうかそうか”と頷いている。攻め込まれながらも稀にみる大勝利に気を良くしている。それをわざわざ気分を悪くする事を言う事はしない。
それに続けて、
「大勝利は素晴らしいですが、戦利品も素晴らしいですね。十万人分の食糧に予備の装備品。穀物畑で収穫出来なかった分を補ってもまだ余るでしょう」
グラディス将軍はさらに続けた。
帝国軍を王都スレスコ近くまで誘い込むのに使った仕掛け上、多少の穀物が無駄になってしまった。その補填をトルニア王国が肩代わりをする予定だったが帝国軍が置いて行った軍需物資のおかげでその必要が無くなったのだ。穀物畑は炎で燃えたが、焼き畑農業を応用することで来年には種を植えることが出来るしで国土の被害は殆ど無いのだ。若干の収穫減は予想しているのだが。
「こちらの被害も少ないしホッとしている。だが、外で作業している兵士達には苦労をかけっぱなしだが」
先ほどまで国王の側で議長のような役を演じていたエルネスト将軍が書類に向かって動かしていた手を休めて呟く。
勝利を収めたが王都の目の前には帝国兵の亡骸が無数に転がっているのだ。朝から嫌な臭いの中、兵士たちが働いている。これも立派な戦後処理の一つだ。さらに、王都の眼前を流れる河の中には黒い甲冑に身を包んだ兵士の水死体が沈んでいる。これらの処理もスフミ軍を悩ませている問題なのだ。
「戦争は勝っても負けても、良い気がしませんね。無いのが一番です」
その言葉に皆頷き、”その通りだ”と意見に一致を見た所でこの話し合いは終わった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一連の戦闘が終わり数日が過ぎた頃、ディスポラ帝国の帝都ディスポラスで、皇帝の耳に敗戦の第一報が届いた。日は傾き始め、山の向こうに巨大な太陽が沈み込もうとしていた時間であった。
傍らにいつもいた宰相のゴードン=フォルトナーはまだバスハーケンから戻って来ていない。数日後には戻って来るはずなのだが。
だが、今は相談するべき者がいない、どうするかと考えるが皇帝自らが示せば良いと考えを改める。
報告だけを聞けば出陣した十万の軍勢が全滅したのだ。千人が生き残ったとしても軍としての損耗率を考えれば全滅と言うしかない。責任の所在を明確にしなければならない。細かいところは重臣に任せるとしても、おおよその案を示さなければならないと。
命令をしたのは皇帝自らだとしても、作戦立案者と実施の将軍には何らかの罪を問わなければならないのだ。
横を向くが、その目に映る人はいない。だが、ここは謁見の間で、大勢の家臣が控えている。いつもの宰相がこの場におらず、いつも強気の皇帝もさすがに弱腰になっている。
いない者は仕方ないと目の前にいる家臣に問う事にした。
「さて、皆の者。報告は聞いているはずだが意見を聞きたい。この度の敗戦、いかようにするべきか。これだけの被害をもたらした責任は、いくら信頼している宰相だと言え逃れようがないだろう」
皇帝は目の前にいる家臣団から強烈な言葉が出てくる事は予想が付かなかった。内政の手腕が並ぶ者がいないだけで出世したようなもので性格や言動から嫌われている。そのツケが回ってきたのだ。
「いくら宰相閣下と言えども敗戦の責任を取ってもらわなければなりません」
「内政の手腕は知っていますが、軍事の事については素人も同然です。軍事に口を挟んだことを重く見るべきです」
「皇帝陛下の軍を賜りながら、誤った将軍を任命するなど極刑に値します」
「さらに十万の軍を養うだけの食料とその予備装備を失っています。それについても弁解の余地はありません」
家臣団からは極刑にすべきとの声が大多数であった。
皇帝からすれば何処かにゴードンを思い、極刑を回避させるべく頭脳を働かせる人がいる事を期待していた。それはとてつもなく甘い考えだったと思わずにいられなかった。
「極刑か。その手腕を失うのは勿体ないな。今までの功績に免じて何か手は無いか?今、極刑と決まれば他国に走るかもしれん。そうなれば国の機密情報が漏れてしまう。それは何としても防がねばならん」
今、皇帝ができる精一杯の抵抗であった。
皇帝がこの場で罪を問わないと宣言してもよいのだが、目の前にいる家臣たちに反感を持たれ、さすがに皇帝と言えども権力を行使する暇もなく殺されるか、見限られるかのどちらかになるのは目に見えている。
「それならば意見が有りますが、よろしいでしょうか?」
皇帝の父の代からいる白髭を生やした老人が発言の許可を求めて一歩前に出る。皇帝は藁をも掴む思いでその話を聞く事にした。
「先ず条件ですが、宰相がこの帝都にいる事です。皇帝陛下の目の届く場所にいれば逃げ出す事も出来ないでしょう。そのようにしてからどのような刑を与えるかを言い渡せば良いのです」
皇帝はそれはわかっているが、その後はどうするのかと再度尋ねる。
「今までの功績とこの度の罪状は別に考えるのです。その積み重ねにより決めればよろしいのですが、何せ国家存亡の危機に成る程の敗戦です。これは考慮せねばなりません」
功績と罪状の重みを天秤にかけ釣り合うかどうかを見るべきだと。
国内が豊かになったのは宰相の手腕が大きいが年数をかければそれなりの事ができた事は事実だ。要するに時間を短縮した事だけなのだ。
だが、敗戦はどうだ?わずか数日の戦闘、他国への計略を考えれば数年かかった事を無に帰された。どう見ても敗戦の方が重いと感じる。釣り合わないかもしれないが絶対的な重さを持つまでにはいかないだろう。
「そして、今までの功績を考えれば死罪にする事などできません。宰相を辞めさせる事がふさわしいと考えます。そこで……」
「そこで、なんじゃ?」
白髭の老人が勿体ぶって言葉を続ける。
「そこで、帝国の臣下の位を一つ作るのです。古来より使われている手法ですが、名誉職を作り祭り上げるのです。地位は宰相より上ですが、その権力は無くすのです。まぁ、役職的には相談役と言った所でしょう」
地位を得た者がその地位を追われる事は良くあるが、功績を十分に上げてその地位を奪われ、反乱を起こす事は良くある。それを防止するために使われる手法なのだ。
「なるほど、内政に関しては相談役として活躍できる訳か。もし、その地位を辞退したらどうする?」」
「ゴードン宰相が受ければその地位に、受けなければ国家反逆罪として処断なさればよろしいかと。今回の出兵の責任を取らせるのには丁度良いかと考えます」
なるほどと、皇帝はその案を採用する事にした。
権力を取り上げ、その代わりに宰相より上級の位を与える。見た目は出世なのだが、実際には閑職に付かせ、事実上隠居の身とさせる、と。
この案を皇帝が渋々採用したのではなく、積極的に採用した。
今まではほぼゴードンに全てを任せていたが、ゴードンがいなくなればこの様に積極的に国の事を思い、発言をする事がわかった。それに加え、ゴードンと同じかそれ以上の知恵者もいる事がわかり安心した事もある。
ゴードン宰相をこのまま信頼し無罪として扱えば近いうちに国が崩壊していただろう。それを回避しただけでもこの場は丸く収めたのだが、それは近いうちに間違いだったと歴史は証明する事になる。
そしてこの後、帝都ディスポラスに到着したゴードン宰相は、皇帝の命によりその地位を奪われ隠居した身となるのであった。
時に、世界暦二三二二年十月十八日の出来事であった。
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