第二十一話 帝国の侵攻作戦 二日目

 ディスポラ帝国軍は朝から慌ただしく出撃の準備を始めていた。スフミ王国の王都スレスコを攻め落とすため、全軍に命令を出し、すべての軍を動員してでも落とすのだと。

 これは朝、前方の偵察に出ていた兵士からの報告が原因であった。




 フランツ将軍は優雅に朝食を取っていた。戦場とは言え、どの国も食事には気を使い、一兵卒まで満足いく食事を、との考えがありそれなりの食事が出てくる。質素な食事ではなく、ある程度豪華な食事が出る。このため、食事の心配が無くなる軍隊に入る者達も多いのだ。

 そのフランツ将軍など指揮官がいる天幕へ報告が入ったのが食事の最中であった。


「申し上げます。この先、穀物畑ですが、穀物の残っている畑は数少なく、大部分は刈り取られている模様です」


 この報告を聞いたフランツ将軍は、手に持っていた食器を落とした。一瞬、耳を疑いもう一度聞くもまったく同じ事が兵士の口より聞かされるのだ。


「この俺を馬鹿にしおってからに」


 一言、口から発すると天幕を飛び出し、護衛の事も忘れて馬に飛び乗り陣から走り出した。

 眼前に広がる穀物畑が見せかけの物であり、すでに刈り取られた後だと。馬鹿な、目の前の畑には穂が実り、こうべを垂れる穀物があるではないかと。馬を走らせ進ませても金色に輝く穀物畑が広がっているが、何かおかしい。

 馬を降りてそれをじっくりと見ると宝の様に実っていた穂の部分のみ刈り取られた状態であった。風が吹けば波の様に揺れるが、力弱くそれが違和感の元とわかった。


 もう少し前方には根元から全て刈り取られた穀物畑が見える。今穂が付いている畑だけ収穫してもスフミ王国での収穫量の一割にも満たないだろう。


 フランツ将軍に課せられた作戦ではこの後スフミ城下に広がる穀物畑から食料を奪うとされていた。だが、それもかなわぬ。さらに見た目を化かし、この俺を馬鹿にしたとの感情が沸々と湧いて、怒りが頂点に達した。


「ぬぬぬ!!俺が滅ぼしてやる!!」


 踵を返し急いで陣に戻る。途中で護衛の兵士とすれ違うがそれすら気付く事なくだ。怒りに我を忘れるほどに。そして、全軍に出陣の命令を下すのであった。

 後の世で”地上最大の誤命令”と比喩される戦闘の幕開けだった。




「フランツ将軍、出撃はお止めください」


 副官のミムン将軍を初めそれに連なる指揮官達もフランツ将軍に出撃の中止を求めている。天幕の中には怒号が飛び交い、それを聞いている天幕の周りの兵士達は不安を覚えていった。


「それは将軍を誘き寄せる罠です。のこのこと出て行けばどんな策が待っているかわかりません。お止め下さい」


 ミムン将軍が穀物畑の状態を知りフランツ将軍を諌める。それは怒りを更に燃え上げるための燃料を追加するだけだった。


「うるさい、昨日も我が軍勢の行く所敵なしではないか。何をいまさら敵を怖がると言うのか?」

「それが策と言う物です。お考え直し下さい」


 だが、それも長くは続かずフランツ将軍が剣を抜きミムン将軍の首を切ろうかとするまで事が運んだ。


「帝国を馬鹿にする奴は誰でも許してはおけん。それを止めるのなら、お前も帝国反逆罪としてこの場で首を切ってやる」


 フランツ将軍の怒りは留まる事を知らず、副官ですら手に負えない状態に陥る。天幕にいた者達はフランツ将軍を押さえ、何とかミムン将軍の首が繋がるようにするのがやっとだった。


「この者を繋いでおけ。この戦が終わった時にお前の首を刎ねてやる。それまでその命、預けてやる!!」


 ミムンは手枷を付けられ、動けない様に縛られて何処かへ遠ざけられてしまった。

 無謀な戦闘を回避する事も将たる者の義務であると自らに課しているミムンは己の力の無さに嘆いたという。




 帝国軍全軍が出陣し、それらが向かったのは王都スレスコの南門。前面に川が流れており、難攻不落を誇る。川の手前は穀物畑だったが、すでに根元から刈り取られ所々土が顔を見せていた。

 その土の上には収穫時に要らなくなった茎の部分、藁がそこかしこに捨てられており、全てを埋め尽くさんとするくらいに。


 重歩兵を前面に出し、後方から魔術師隊と弓隊が続く。騎馬隊は遊撃隊として待機。軽歩兵は城からの攻撃の牽制するため待機となった。

 作戦は単純に重歩兵隊で城門へ迫り、魔術師隊の一斉攻撃で城門を溶かし破壊する。これだけである。


 街道を進めば城門へと簡単にたどり着く。スフミ軍が陣を構えるでも、伏兵を置くでもなく、無人になったその道を淡々と進みゆく。河にかかった巨大な橋の向こうには威圧を感じる城門が見える。王都スレスコの南側には広い川幅を持つ堀の代わりをする河が流れており、跳ね橋を設置できないため、河に巨大な橋が架けられている。

 その向こう、王都スレスコの城壁から巨大兵器が狙っており、たどり着くのは難しいと見れた。

 だが、


「者どもかかれーーー!!」


 フランツ将軍は無謀にも前進を指示し、最悪な戦いになる攻撃が幕を上げた。


 前日の戦いの折、重歩兵は強力な防御力を誇った。それに気を良くしていたため、巨大兵器が配備されているのも忘れて前進をかける。圧倒的な防御力を誇る黒い甲冑だったが、この日は違った。


 次々に襲い掛かる雨の矢が次々と甲冑を突き破りその身を串刺しにしていく。

 簡単な事だ。前日の戦いにはスフミ軍はわざと威力の弱い矢を使っていた。三度の戦闘で重歩兵に敵う事なく撤退を繰り返し、スフミ軍は重歩兵隊が恐ろしい存在であると印象付けるためだった。

 その為、何も恐れる事はないと錯覚を起こしていた。


 次々に倒れる重歩兵隊。主力の重歩兵隊が足を止めると、魔術師隊にも被害が出始める。

 城門を魔術師隊の一斉魔撃で爆散させようとしていたフランツ将軍の作戦は瓦解し始めた。しかし、ここまで馬鹿にされ、撤退するなどできようも無いと、予備兵力だった騎馬隊と軽歩兵隊を前線に投入する。最悪の用兵であった。

 その代わりと魔術師隊を後方に下がらせる。


 この時点で初期の攻撃計画に綻びが生じる。怒りにまかせた直線的な作戦が誤りであったのだ。


 これから城門へ殺到させる命令を出した直後だった。帝国軍の右側、方角は東側より騎馬隊が現れ帝国軍へと襲い掛かろうとしていた。それと呼応するように城壁のスフミ軍から無数の陶器、--封を小さなした壺--が、帝国軍へと投げつけられた。壺は鎧などに当たると砕け、その中より粘度の高い液体が帝国兵士や地面を濡らしていった。

 右側から迫る騎馬隊。その手にも複数の壺が見られた。当然、その壺を帝国軍へと投げつけ、液体をまき散らすとサッと元来た方へと撤退していった。


「コケ脅しが。スフミ軍何するものぞ。敵は恐れをなして撤退していく。これに乗じ城門を落とすのだ!!」


 フランツ将軍が再度、檄を飛ばす。それに呼応して銅鑼が鼓舞するようにけたたましく鳴り響く。一斉に突撃を開始する帝国軍。城門へと殺到しようと錐の陣形で迫る。


 重歩兵が、軽歩兵が、弓隊が、魔術師隊が、そして騎馬隊が突っ込む。

 無謀に見える攻撃、一点突破さえすれば落とせるとの錯覚だ。


 朝から怒りの感情に支配されている指揮官に率いられる大軍には悪手だった。

 この状況こそスフミ軍が待っていた陣形だった。大軍が一か所に集まり、一点突破を狙う状況が。


 ここぞとばかりに城壁から一斉に矢が放たれる。長弓ロングボウクロスボウだけでなく、攻城用に用意された強弩からもだ。更には角度を調整された巨大兵器である巨大投石器カタパルトがうねりを上げる。空を埋め尽くさんとする矢が狙ったのは帝国兵士手はなかった。後方に広がる穀物畑と帝国軍が踏みつぶしている地面の藁だ。

 その矢には松明の様に布が巻かれ油がたっぷりと染み込み、ご丁寧に火も付けられていた。


 そう、帝国軍はスフミ軍の策略、火で敵陣を襲う火計に誘い込まれたのだ。


 気づいた時には後の祭りだ。後方や左右に上がる火の手。地面から発火する藁。先ほどかけられた液体が燃える。阿鼻叫喚が帝国軍を襲い、ある者は前面の河へと殺到し、ある者は炎から逃げ惑うために転げまわる。

 河に入った者達は炎を消すことが出来たが、甲冑の重みにより溺死していく。特に前方に位置していた重歩兵隊の殆どは河に飛び込んだ。

 地面を転がり火を消そうとした者達も、甲冑の重量により満足に転がることも出来ず、その重量に打ち勝つことが出来ず皮膚は焼かれ、口から入る炎でただれ、全身を焼かれ焼死していく。

 他にも炎を消そうとするが成功したのは極一部で大部分は炎に負けた


 無事なものは逃げ場所を探すが、東側より現れた大軍が行く手を阻むため西へと逃げ出す。

 こうなれば十万の大軍はそれを維持する事ができず、散り散りに逃げ出し、崩壊していった。




 炎が収まったスフミ城の正面には黒焦げになった帝国兵や騎馬が横たわっている。そこにいる者で生きているなど不可能であった。

 生きながら高温で焼かれ、魔法で消そうとした魔術師もよく燃える油の力には勝てずその力は無力であった。


 わずかに生き残った帝国軍は西の山岳地帯を目指し敗走していった。わざとスフミ軍が空けておいた逃げ道へと。


「これほどまでに綺麗に決まるとはカルロ将軍もすごい男だな。やはり敵に回したくない男だ」


 城門の上から戦果を確認したスフミ王国、国王シメオン=セルヴェーは驚きの声を上げていた。

 畑は焼けたが、藁が燃えた事により、焼き畑として再生できるため来年も同じように作物が育つ。畑の被害も少ない。


 初戦で多数の犠牲者が出たので戦後処理が残っているが、それもそう多くない。帝国が残した軍需物資がそっくりと残っていたので、それを売り払えば保証額も少なくて済む。

 おまけにだが、拘束されていた帝国軍の将軍を捕虜として保護した。

 

 スフミ王国としては勝利と言っていいだろう。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 こちらは敗走していく帝国軍。何とか生き残ったフランツ将軍が敗残兵をまとめている。

 散り散りになっていた兵士達が集まってきたが、何処かに怪我をしていた。無事だった兵士はいない。それに指揮官クラスが炎に飲まれ生き残った者が少ない。

 これにはフランツ将軍もどうしようもできず、帰国の途に就くしかなかった。


「十万いた兵士がわずかにこれだけとは。私の命をもってしても皇帝陛下の怒りが収まるとは思えん。しかし帰国しなければどうしようもあるまい」


 落ち伸びてきた兵士はわずかに一万程。前面に出ていた重歩兵は一人も見えない。軽歩兵と魔術師、そして弓兵がいる位だ。騎馬は炎に焼かれたようで生き残りはいない。散々な結果であった。


 わずかな兵をまとめ、フランツ将軍は山道を帝国国境へ向け足を進めるのだ。だが、帝国軍の悪夢はここで終わらなかったのだ。


 スフミ軍はどの道が歩きやすく、また兵を伏せて置く場所が良いか熟知していた。

 今から十五年前に起こった帝国軍のスフミ侵攻があった戦いで苦渋を舐めた事を受け、スフミ国内だけでなく帝国内の道や地形も詳細にまとめ上げていた。その為、進撃ルート、撤退ルートなど様々な道を数か月単位で更新し、日々研鑽していたのだ。


 帝国国境まであと五十キロとなった所、帝国の敗残兵はここでホッと一息できると気を抜いた所で伏兵に襲われた。

 山道の東側に森林、西側に切り立った壁がそびえ、絶好の伏兵ポイントであった。帝国兵は敗残兵との事もあり、帰る事しか頭になかった。その為、見張りや地形を見る事もおざなりであった。


 崖の上から、森林の中から、矢が雨の様に降り注ぐ。敗走で疲れ切った帝国兵はなすすべもなく傷つき、その場に倒れていく。伏兵の出現に戦う気力を無くした兵たちは降伏を申し出る。

 先頭を行くフランツ将軍は襲われた事実を知るもその場から急いで離れるように指示を出し、這う這うの体で帝国国境へと逃げ帰ったのだ。


 帝国国境へたどり着いたフランツ将軍の元へたどり着いたのは、たったの千であった。まれにみる大敗北だった。兵士たちを見れば魔術師が少し、軽歩兵と弓が半々程。なんとも寂しい陣容になってしまった。持っていた軍需物資の全てを無くし、将たる者も自らのほかに見当たらない。


「あぁ、皇帝陛下より賜った最強の軍団がわずかにこれだけ。将軍達も私一人を残して見当たらず、どのように罪を償えばよいのか?私にはできる事はない。天に逆らった我を先に軍神へとお送り罰をお与えください」


 わずかな兵士が見ている前で自らの首に刀を当てると、躊躇なくそれを引き、肉を切り裂く。


 ここに帝国軍のスフミ王国攻略の野望は潰えたのだ。

 本来なら数年、数度のスフミ侵攻を経て攻略する戦略であったが、国家が保有する戦力の二割に当たる十万の大軍を失い、しかもそれを指揮する将軍も戦死するなど、国力が大きく削がれ、国内を守る事がやっとになってしまった。

 失った軍の大部分は職業軍人が殆どで、軍を立て直すためには膨大な予算と時間がかかる事がここに決定した瞬間でもある。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「全滅だと?何を馬鹿な……」


 帝国の都市、バスハーケンで政務を行っていたゴードン=フォルトナー宰相の元へ報告が届いた時に発言した言葉だ。スフミ王国の防御時の行動、次期、作戦内容、その全てが合わさって進軍の時期と見ていたのだが、ことごとく打ち破られ、十万の大軍をわずか数日の戦闘で失ってしまった。


「誰が、私の計画を邪魔したのだ」


 事前に得ていた情報からも負ける事は予想していなかった。

 生き残りの兵士に尋ねたところで指揮官の行動がどのようであったか聞く事さえできず、原因が特定できずにいた。


 負けた原因が特定出来ず、敗軍の将もいない。かろうじてこの場にもたらされたフランツ将軍の亡骸に怒りの矛先を向けるしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます