第二十話 帝国の侵攻作戦 一日目

 エゼルバルド達の調査に進展が無いまま一か月ほどが経った八月二十六日、ディスポラ帝国軍の先陣がスフミ王国の王都スレスコまであと少しの場所へ到達した。

 そして、街道を進んでいた帝国軍は目の前の光景に動揺をあらわにしていた。


「おい、何で街道の真ん中にスフミ軍が陣取っているんだ?事前情報だと籠城するはずだろ」


 帝国軍最高指揮官を拝命したフランツ将軍は副官である【ミムン】将軍にその目を向けた。そのミムン将軍は手を左右に開き、わかるはずもないと首をぶんぶんと横に振る。

 宰相のゴードンから事前に情報がもたらされ、作戦はすぐに終わると言われていた。

 それなのにだ。

 穀物畑を背に三重の防御陣が築かれていたのだ。


 防御陣と言っても大げさな塀も堀も無く、木を組み柵にして封鎖しているだけなのだ。それが街道を中心にして左右一キロ程見える。


 見たところの戦力は五千から一万程度がそれぞれの陣に配置されているため蹴散らすのは容易いのだが、戦闘になれば作戦予定の時間が限られ、当初の目的を果たすことが出来ない可能性があった。

 攻めるにしても引くにしても迂回するにも疲れた兵士では何をする事も出来ないと考え、この場から少し引いた場所へ休憩の為、陣を作る事にした。


「どうするか、柵が邪魔で騎馬隊は使えん。重歩兵で蹴散らしたいが、弓を持って牽制しつつとなるか。その後、柵を壊して騎馬隊で攪乱する。魔術師隊はここでは危なくて使えんからこうなるか?」

「それしかありません。重歩兵を前面にだし、後方から弓隊で援護しつつ柵を壊す、と。その後の騎馬隊による突撃はタイミングが重要ですね」


 フランツ将軍とミムン将軍とその他指揮官クラスの作戦会議で難なく決まった。撤退や迂回も議論に上がったが、帝国軍が一合も矛を合わせる事なく撤退とは何事かとフランツ将軍に一蹴されている。

 また、迂回行動に関しては後背や中央分断狙われ各個撃破の憂いがあり却下された。前方の陣には一万の軍勢が三つの陣それぞれにいる。合わされば二万弱の軍勢となり、タイミングさえ合えば帝国軍が劣勢に立たされる。

 それならば、別れた敵の軍勢をこちらが各個撃破すれば良いので、と。


 そうと決まれば見張りを厳とし、早々に休息の為寝床へと潜り込んだ。




 夜襲も無く、安堵の表情を見せている帝国軍の朝は早い。当番兵が食事を作り、その他は装備を整える。重歩兵は長槍ロングスピア長剣ロングソードを、騎馬隊は馬上で使う長槍を、弓兵は長弓ロングボウクロスボウをそれぞれが手入れをしている。

 騎馬隊が馬上突撃槍ランスではなく長槍を装備しているのは、馬を降りて戦う必要がある時の為と装備品の輸送の関係である。


 朝食が終わり、帝国軍がの先陣が陣より出発した。暑い夏の日であるにもかかわらず汗も拭かずに足を進める。額から流れる汗が目に入るがそれすら気にする事は無い。

 スフミ軍が眼前に見える頃、帝国軍は重歩兵を前面に薄く横に広がる陣形を整えた。


「かかれー!!」


 帝国軍のフランツ将軍の掛け声の元、戦闘開始の銅鑼が響き渡り、黒い甲冑に身を包んだ重歩兵が歩み始める。重い甲冑は守りこそ素晴らしいが、動きが鈍重で進撃速度は遅い。

 帝国軍の進撃速度が遅い理由はこの重歩兵にあるのだが、守りを重視した基本的な戦略から外すことは出来ない。


 スフミ軍の矢が届く範囲、射程距離に入った所でスフミ軍の銅鑼が響く。そして、帝国軍の重歩兵に矢の雨がこれでもかと降り注ぐ。だが、スフミ軍の矢は重歩兵の黒い甲冑を貫くことが出来ず、矢の消費だけが増える。それでも甲冑の隙間に運悪く当たった帝国兵もいたが、それは極少数で被害と呼べるまでに至らない。

 帝国軍がスフミ軍の陣まで後五十メートルとなった所でスフミ軍の銅鑼が二回響き渡る。帝国軍の目の前の木の柵の向こうにいるスフミ軍が一斉に攻撃を止め第二の陣へと我先にと逃げ出した。

 後退ではなく”逃げ出した”との表現が正しい程だ。その行動は規律の行き届いた軍のする行動ではない。


 こうして帝国軍は開始早々第一の陣を突破する事に成功する。


「何だあっけない。あいつ等は何をしたいのだ?」

「さぁ、私にはさっぱりです。適わないとみて将、自らが撤退を指示し、逃げ出したように見えましたが」


 初戦であり、何か企んでいるとはいえ、勝利は勝利である。一兵の死者が出る事なく陣を進めた事をとりあえずは喜ぼうと。

 だが、まだ一時間も経っていない。それを考えればこのまま第二の陣、第三の陣も奪えるのではないか?と余計な考えを持ってしまうのが人間である。フランツ将軍は第二の陣を攻める事を決意し、前進を指示する。


 第一の陣を占領してから二時間ののち、第二の陣を攻めるべく帝国軍の重歩兵部隊が第一の陣を攻めた陣形を再び敷いた。その後方に弓隊だ。

 予備兵も含めてそれ以外は占領した第一の陣で待機をしている。


 またしても帝国軍の銅鑼が響き、重歩兵がその足を進める。第一陣の攻略に気を良くしている帝国軍はなめ切ったようにスフミ軍に迫る。その足は踏みしめるようにではなく、前へ前へと速度を上げ第二の陣へと迫る。

 そしてまた、帝国軍の重歩兵に向かい、スフミ軍の矢が雨の様に打ち込まれる。


 やはり帝国軍の重歩兵の黒い甲冑は防御力を如何なく発揮し矢を跳ね返す。帝国軍が足を進めるたびに矢が降り注ぐがそのほとんどが甲冑の前になすすべもなく地面に落ち辺りを覆う。


 スフミ軍の陣まで五十メートルと迫った帝国軍に動揺が起きた。今までは被害が無かった重歩兵隊に被害が出始めたのだ。雨の様に降り注ぐ矢には依然として被害は出ないが、距離が詰まった事により、真正面から矢を撃ち込まれるようになった。特に装甲の薄い顔面を狙ったクロスボウの正確な射撃である。

 射撃の腕もあるが、矢に威力の落ちない鏃を取り付けて甲冑を貫通させているのだ。

 それでも頭部以外は甲冑の曲面と厚みのおかげで貫通はせず、頭部にさえ気を付けていれば被害は抑えられた。


 重歩兵の後方から援護の矢が撃ち込まれる頃、またしてもスフミ軍の銅鑼が二回響く。スフミ軍が我先にと逃げ出す姿が重歩兵の眼前に見られるようになった。

 多少の被害はあったが、それほど労せずに第二の陣も占領したのだ。


「何かあっけないな。これほど逃げるのが速いと手ごたえが無いと言うか何と言うか」

「そうですね。何を考えているのかわかりませんが、こちらの作戦は順調と言えますが」

「戦い始めてまだ何時も経ってない。これなら籠城した敵と戦った方が手応えはある、そう思うくらいだ」

「全くですね」

「第三の陣も今日中に攻め落とす。兵たちに休息と食事を与えよ。しばしの休息の後に行動を起こす全軍に伝えよ」


 あっけなく第二の陣を落とした帝国軍司令フランツ将軍は休息と食事をとる事を命令し、目の前にあるスフミ軍の陣を眺める様に見つめる。この陣を突破し、スフミの王城まで迫る帝国軍を頭に描きながら。




「頃合かな?」


 時は暑い盛りを過ぎた頃、帝国兵はその姿を現す。

 第三の陣に向かう帝国兵は騎馬隊を先頭に重歩兵、弓隊、そして、軽歩兵も少数ながら列に加わっている。

 スフミ軍はおそらく二万程。それに対するのは帝国兵五万。騎馬隊で牽制しつつ重歩兵、軽歩兵で陣を柵を壊す。弓隊は援護だ。


 銅鑼の音共に帝国軍が動き出す。


 重歩兵が動き出す。まだ射程には程遠い。

 スフミ軍は木の柵にその姿が見えるが弓を手にしてるだけで動こうとはしない。軽量装備を持ったスフミ軍が動き出したのはその直後だ。

 帝国の騎馬隊が重歩兵の間から姿を現し、スフミ軍の陣へと殺到する。手に持つのは馬上で使うために改良された弓。その弓を構え、矢をスフミの陣営に狙う事をせずただ打ち込むのだ。それだけでスフミ軍の被害は増えるのだが、反撃しないわけはなく、帝国軍の騎馬隊も矢による被害が多数現れる。特に柵に近づいた騎馬隊の馬を狙い、弩による狙撃がその成果を上げる。倒れた馬に乗られた兵士は鎧のおかげで圧迫死を免れるが、動けない所をスフミ軍の矢が襲いかかり被害を増やしていく。


 騎馬隊の被害が増え始めた頃、重歩兵がスフミ軍の陣に迫る。騎馬隊の退却と時を同じくして重歩兵が突撃を開始する。鈍重な重歩兵の長槍が、その後ろに控える軽歩兵の長槍が柵の向こうのスフミ軍を駆逐し始める。

 弓による遠距離からの優位が接近戦となり、逆に劣勢に陥る。


 スフミ軍は軍をまとめると陣を捨て後方ではなく陣の左右に向かい移動し始めた。柵を壊さずに回り込むような行動を思い出してもらいたい。

 弓を主戦力としているスフミ軍は柵に迫った帝国軍を左右から挟み込むように挟撃を始めた。鈍重だが守りの厚い重歩兵は被害を最小限に歩みを進め、左右のスフミ軍に迫る。帝国軍の弓隊の牽制を貰いながらその足をすすめ、スフミ軍を捉える。


 長槍によるスフミ軍への攻撃が成功するとそのまま雪崩を打ってスフミ軍の中に分け入ると、スフミ軍は軍としての統制が取れなくなり、右往左往し始める。


 まさに阿鼻叫喚の敗軍と化している。


 もうしばらくしたら日が落ちる時間になり、スフミ軍の銅鑼が二度に渡ってあたりに響く。帝国軍も三度目の音がわかったようで追撃を開始する。

 敗走するスフミ軍、追撃をする帝国軍。スフミ軍は這う這うの体で蜘蛛の子を散らすように敗走していく。


 第三の陣の攻防は熾烈を極め、両軍共多数の死傷者を出しながらだが戦闘は終了した。

 一日で三つの陣を落とした帝国軍は三つ目の陣へ本陣を進め、そこでその日の疲れを取るのであった。


「その日のうちに三つも陣を落としたなど過去にも例がないだろう。スフミ軍など恐れずに足らんな。もしかしたら我ら十万で王都を攻め落とす事が出来るのではないか」


 上機嫌になるフランツ将軍だ。過去にも華麗に勝った事が少なく、戦果を挙げる事ができ鼻が高い。明日からの作戦の事を思うと楽勝ムードが漂うのは致し方ないというものだ。


「ですが、あまりにも勝ちすぎではありませんか?攻めるのは慎重を期した方が宜しいかと存じますが」


 と、ミムン将軍が安易な考えを改める様に促す。フランツ将軍は元々感情に流されやすいタイプで今回の勝ち戦もこのまま続くと楽観視をしている程だ。楽観視するくらいは大目に見るかと、それ以上は野暮だと、出かかった言葉を飲み込むのであった。


 感情に流されやすいとは言え一国の将軍職を拝しているだけあり、基本的な事、例えば夜襲に備えるなどは無難にこなすのだ。




 帝国軍が野営を開始する時間、スフミ王国の王城では国王や重臣たちと共に、トルニア王国から派遣されたグラディス将軍も混ざり作戦会議を行っていた。


「時にグラディス将軍よ。この度の戦の始まりはそなたの言うとおりに運んだが、これからもこの様になるのか?兵員数を考えれば落とされることは無いが、何かと不安でな」


 スフミ王国、国王である【シメオン=セルヴェー】王の発言で、この日の行った戦闘行為の結果の報告からこれからの作戦行動へと話題が移る。


「カルロ将軍から預かっております作戦計画ではこの次は城へ攻め入ってくるか、そのまま退却するかのどちらかになっております。

 敵将の性格から申せば、攻め入る事が八割方有力視されておりますから、その様に準備を進めるのが宜しいかと存じます」


 グラディス将軍は手に入れた情報により、帝国の指揮官が感情の起伏が激しいと掴んでいた。次のを見れば怒りの感情により攻めてくることは確実であると。

 それ故に次の作戦内容の説明へと話題が移るのであった。


「それでは次の作戦の概要を説明しますが、この作戦はほぼ決戦となり、勝敗が決まります。その為により一層の奮起する事を期待します」


 スフミ王国、シメオン王の横にいる軍事の責任者、【エルネスト】将軍が説明を開始する。

 投石機や強力な矢を放つ強弩、油の入った壺など、小道具も使い方と使い何処を説明していく。その説明の途中でスフミ王国の一軍と援軍であるトルニア王国軍の一軍が城を出発するために退席している。

 その軍勢は闇夜に乗じて城の西門からいずこかへひそかに出発していった。


 作戦はカルロ将軍の作戦案をスフミ王国のエルネスト将軍以下の戦術班が頭をひねって作り上げた物だ。そのベースはカルロ将軍へアドバイスを行ったエゼルバルドのアイデアがほとんどだった。


「さて、この度の戦いもあと数日で幕引きじゃな。あと一息、皆の力を私に貸してほしい。皆の奮戦を期待する」


 シメオン王の檄が飛び、謁見の間は決戦への決意に満ち溢れていた。

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