第十九話 太い依頼主と暗殺者
トルニア王国の重臣たちがスフミ王国へ同盟規約による出兵を決めたその次の日の夜、スイールとアイリーンは情報屋へと来ていた。七日後にまた来ると告げたその約束のためだ。とは言え、今いるのは情報屋のある酒場なのだが。
情報を得るためにも信頼されることもそうだが、信用が最も重要になる。接触して二回目だが、それすら守れない様では表に出ている生活もそうだが、裏の世界では信用がされないと広まり何も得ることが出来ない。
特に情報を得られないのであれば、目や耳を塞がれ生活しているのと同義と思っていい。それほど重要な事なのだ。
そして、スイール達もそうだが、この裏に生きている情報屋も信用を勝ち取ってこそなのだが。
「これは魔術師殿、約束通りに来ましたね」
先日は地下のカビ臭い部屋の中でひっそりと行われたが、この日は酒場のカウンターで面と向き合っていた。どんな心境か知る由もないが、それはスイールにとってはどうでも良い事であったが。
「おや、今日はこちらでよろしいのですか?明かりで顔がわかってしまいますよ」
バーテンダーの横でグラスを磨いている男に向かって言う。暗がりの中、この男の顔は知れなかったが雰囲気は知れた。今、目の前にいる男がそれと同じ雰囲気なのだ。
「もう隠す必要も無いからな。完全な裏稼業から半裏稼業になる、それは決定された事だから」
曇り一つないグラスを満足気に眺めながら男の話は続いた。
「アンタが持ってきた短剣の情報を教えた事を知られちまってな、この業界から締め出し
食らったんだよ。信用できないってな。だが、アンタの事を話したら同情してくれてよ。組織を潰すのだけは免れた。信用を失ったのはアンタのせいだが、組織が潰れなかったのもアンタのおかげ、どっちにしろアンタがいたからだって矛盾が発生するがな」
全てを無に帰す魔術師を敵に回すよりは繋がりを持つ方がよっぽど良いと情報屋連中は考えたのだろう。その窓口をこの男の組織にやらせればよい、そうも考えての事だろう。
その矛先が向けられるのが怖かったと言うのが本当の理由なのだが、誰もその事は話すことは無かった。
「そうですか、悪い事をしましたね」
「いや、そうでもねぇ。裏の繋がりはまだあるんだ。裏での活動は出来ない代わりに、表の仕事をやる事にしたんだ。表七割、裏三割って所だけどな。それで、これから表での仕事を始めるわけだ。それに、そろそろ裏の仕事も頃合いかなって思ってた所だった。タイミングが良かったと言えばその通りだがな」
先ほどまで暗かった表情が明るく感じられた。話す事で気持ちが楽になったのだろう。既に次の仕事は決まっているみたいで後で話すよ、とまで言われた。
「それで追加情報なんだが、実は全く無いんだ。面目ない」
「私は特に頼んでいないはずです」
確かに前回ここを出るときに次に来る日にちだけを指定し、その他は要求しなかった。それでも情報を探しているとは予想もしなかった事だ。
「まぁ、そうなんだが、チョイと気になってな。特に麻薬の事だ。出所はマクドネル商会何だが、そこまでのルートが無いんだ」
「それは王都に入るルートが不明で何処から来るのかわからない、と言う訳ですか」
「そうだ。末端の売人は出入りしているのが確認できているんだがなぁ」
麻薬については裏の組織全般で不快に考えているらしく、王都からの根絶を目指しているらしい。自分達の縄張りを荒らしている麻薬のルートを潰したいそうだ。
売人を多数捕まえているが、末端の売人であるために売り上げだけを課せられている事しかわからない。アイリーンが聞いた通り南方訛りがひどく、トルニア王国出身者ではないため、土地勘も無く販売組織の全容もまるでわからないらしい。
さらに、麻薬の入手ルートもわからず、売人を捕まえるだけしかできないモグラ叩き状態だとか。
「そうですか。南方訛りは共通する情報でもそれ以上は分かりませんか。不思議ですね、いったい何処から麻薬が入ってくるのでしょうか」
少しでも怪しい荷物になれば王都に入る段階で弾かれる。人が持っている荷物であっても他国から輸入される荷物であってもだ。特に輸入されるすべての荷物は開封時に国の役人が立ち会い中身のチェックを受ける為それでトルニア王国へ入ってくることは考えにくい。一度や二度、漏れるかもしれないが、長期に渡って何十回、何百回となれば無理であろう。
「それはともかくよ、これからは探偵業をやる事にしたから、よろしくな。一応、事務所も確保したから一度来てくれな」
話を変えて男は胸元より名刺を出し、スイールとアイリーンに示した。
【ミシェール=モンクティエ】
「これ、本名かい?」
「失礼な、本名だよ。それとも何か、オレの名前と顔が合わないって言うのか?」
スイールもアイリーンも顔と名前のイメージが一致しない。もっと顔や体からゴツイ名前を期待していたのだが、あまりにも貴族っぽい名前の為、何やら偽名ではと感じていた。
だが、それを口にする事はせず、
「いや、仕事の名前は別に作ったのかと思ったんだが」
と、誤魔化すのが精いっぱいだった。
「まぁいいや。見てろよ、そのうち美人秘書を雇って、迷宮入り事件を解決する敏腕探偵って言われるようになるからな」
夢は大きいが、そうはならない気がする二人であった。それよりも、トラブルメーカーとなる可能性が大きいのではないかと
「そろそろ帰るよ。麻薬の件は何かわかったら知らせて欲しい。私たちの屋敷ももう知っているのだろう。帝国が動いた関係でこっちも暇になってしまったからね」
「魔術師の屋敷は調べたので知ってますが、帝国とは?」
「あれ~、知らないの~?スフミ王国に帝国が侵攻を開始したんだって~」
ミシェールが知らないのをこれ見よがしにとアイリーンが得意げに口にする。
「これ、からかってはいけません。昨日の事ですがトルニア王城に至急の情報が飛び込んできました。ディスポラ帝国がスフミ王国へ進軍を開始したと。そのせいで王城は上を下への大騒ぎでした。おそらく、スフミ王国への援軍として出兵する事になるでしょう」
アイリーンの言動を一応注意し、簡単にだが帝国がスフミへの進攻と援軍を送る予想を説明した。
「なんと、そのような事態になってたのか」
ミシェールは自分たちの知らない所での起こった出来事を知り狼狽した。裏家業をそのまま続けていたら知りえる情報だったが、自らが得るよりも先に知られている事にショックを受けたからだ。尤も、スイール達はその情報を得た場所に居合わせたので情報の当事者とも言えるのだが。
「数日経てば兵士の出陣が見れますから早いか遅いかだけの違いですけどね」
スイールとアイリーンは立ち上がり、代金を支払い酒場を後にする。ミシェールの”またよろしく”との声を後ろに聞きながら。
独特の二つの月が天を支配する夜空に、一つの曇りもない満天の星が輝く。夏の星座が瞬く中を二人は歩み続ける。
いつもなら日付の変わる頃に屋敷に着きそのままベッドへと入り込むのだが、この日は日付が変わるまで大分あるので屋敷の近くにある酒場へと足を運んだ。
数回入った事のある酒場はお洒落な雰囲気も手伝い、愛を語らう恋人達がお互いにグラスを傾けていた。がぶ飲みするヴルフと違い、スイールもアイリーンも雰囲気を飲むのが好みであった。
そんな中、空いているカウンターへと揃って腰を掛け、バーテンダーの一押しのお酒をいただく。
王族だ、貴族だと言うのが来る場所ではないので料金は良心的である。つまみの料理も肉類、チーズのほかに野菜をふんだんに使った料理等、市民に人気のあるメニューが出てくるのだ。
「たまにはおじさんの他愛のない話に付き合ってくれると嬉しいんだけど」
スイールが話し出すのは珍しく、知らない話や行ったことの無い場所など、アイリーンの興味は尽きる事なく、日付が変わるまでそれは続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイールとアイリーンが情報屋の酒場から出た同時刻、王都のとある場所。
腹回りが異常なほど出て、
そんな物を使うよりも手づかみの方が早いと、人を捨てている
周りからはその様な食べ方はお止めくださいと諫められたが、男の権力でそれすら有無を言わさずに然るべき場所へ処される。その為、誰も口にする事無く男の醜い姿だけが出来上がっていくのだ。
夜更けにもかかわらず、この男の元へ数人の男たちが姿を現したのだ。
「遅いぞ、いったい連絡を取って何日になる!!」
この男が連絡員をやってから五日目の事だ。側にいない者が五日でこの場に来る事さえ早い事なのだが、その様な配慮はこの男には無い。
ここの最高権力者であり、財務担当であるこの男に怖いものは何もなかった……、はずだった。だが、その男に死という恐怖を与えられ、生きた心地がしなかった。安全であるこの場所、この地位が奪われるのではないかと。
心からの恐怖が男の睡魔すら近寄らせず、目の下に黒々と隈が現れていた。
「大変申し訳ございません。これでも全力を持って来たのですが、お気に召しませんでしたか?」
黒ずくめの鎧に深々と被ったフード、外套を着込んだその姿は明らかに裏で活躍する死神そのものの様だった。死神と違うのは大きな鎌を持ち合わせていない事だけだろう。
それぞれの腰には
「まぁ良い。お前たちは俺の護衛だ、先ずはな」
至高であり、究極な存在のこの俺の睡眠を取り戻すのだと。
「その様な事でお呼びなのですか?誰か傭兵でも頼めば宜しいでは無いですか」
黒ずくめの男たちはこんな男のどこがすごいのかは全く理解できない。一つだけわかる事は金払いが良い事だけだった。
上客である、それだけの存在。
「お前たちでなければ太刀打ち出来ん相手だ。そこら辺の傭兵など紙も同然。一刀のもとに切られるわ」
黒ずくめの男たちは、
(精神まで汚染されている。この男も長くは無い)
との一致した考えを持った。とは言え上客の頼みである、無下に扱えば稼ぎが無くなる。簡単な仕事で大金が転がり込むことを喜ぶべきと考えを改めたのだが。
「その後には消してもらいたい者たちがおる。そちらが本命じゃがな」
テーブルの上の料理を手で掴み、滴り落ちる汁を気にせず口に運ぶ。男の服にはすでに汁まみれになっている。子供でもまともに食事をできるのに、この男はそれすらも出来ないのかと軽蔑の目を向ける。
それでもこの男の発言を聞き漏らす事は無かった。
「殺しですか、良いですね。最近は温い依頼ばかりで辟易していた所です」
フードから見える口が斜めに吊り上がり、不敵な笑いが聞こえて来る。人を殺す事を楽しむ男達はその笑いが止まらなかった。
「それで相手はどのような奴ですか?」
しばらく続いた笑いが収まると、依頼相手について尋ねる。
「今、パトリシアに付いているヤツだ。あいつは俺を殺そうとした。許せん。どうせなら、パトリシアもついでに殺してくれるとありがたい。第二王子なら俺の言う事なら何でも聞くからな」
この男の権力欲はとめどなく溢れ出て、王族にさえその手を伸ばそうとしていた。この国の第二王子は権力欲がなく、政務などどこ吹く風と興味を持つ事さえしない。それよりもパトリシア姫の方が何かと優秀と言われている。
そして、王城に出入りしているため、自分のお気に入りを操り人形にしようと日夜画策をしている。集大成としては王国乗っ取りであり、世界の権力を握る事にある。
権力を握る第一弾が第二王子の元での行動となっていた。
「知っているか?帝国がスフミに攻め込んだのを」
「なんじゃ、そりゃ」
黒ずくめの男たちにの耳には届いていた。だが、王城に入らず、情報を遮断していたこの男の耳には何も入っていなかった様だ。
「知らんのか。王城に出入りしている主殿なら知っていると思ったのだが。王城が警戒態勢になりそれどころでは無いのだ。依頼はしばらく遂行できないと思ってくれ」
他国の戦争と言えども同盟国へが攻め込まれる事になり、王城は厳戒態勢を敷く事になっている。普段よりも警備が厳重になり、王族が王城より出る事も禁じられ、出入りする人も制限される。
「王城に入れないのなら仕方ない。パトリシアに付いているあいつを殺すのが先だな」
「で、主殿。その殺すあいつとは誰の事だ?」
「知らん。名前は忘れた」
この男、忘れっぽいのではなく、挨拶をした相手を話半分で聞いているためにいつもこうである。あの恐怖を味わった後で顔は強烈に覚えているのだが、その前に聞いた名前は何処にも記憶にない。
「それでは今は無理ですな。王城に入れないのであれば調べようがありません」
「なら、俺と共に入るか?いや、俺が嫌じゃ。王城に行きたくもない」
「しばらくは護衛だけ任務といたします」
この男は王城に入れるのだが、この場所から出るただけで恐怖の対象が襲って来るのでは無いかと思う程に精神を蝕まれているため、動く事さえままならない。
この男を憐れむように黒ずくめの男たちは、用意されたベッドへと向かうのであった。
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