第二十六話 素人尾行の正体【改訂版2】

2019/07/02改訂


 スイール達は一か月も足を止めていたベルヘンを出発してから街道沿いを淡々と進み続け、既に六日が過ぎようとしていた。

 間もなく見えてくる次の街に到着する頃には、日が西の地平線へ掛かる頃と予想していた。

 ここまでの道中は天候に恵まれ、雨に悩まされるなど無かったのは有難かったが、六月の暑さを吹き飛ばしてくれる雨に一度降られるのも悪くないと思うのだった。


 それより気になるのは、ベルヘンから続く素人グループが行っている尾行だろう。同じ時間に野営し、撤収し、そして出発と、あからさま過ぎる。バレていてもお構い無しとしか見えない。

 接触して来ぬのは不気味であったが、害を加える気は無さそうなので知らんぷりをしていたのだ。だが、その不気味な追跡者が何者なのか、させようとの意見は一致していた。


「街に入って油断したところを問い詰めようか?」


 スイールはそのように三人に告げて来た。同じように街に入れば問い詰め、そうでなければ無視を決め込むのだと。


 さらに街道を進み広々とした穀物畑に足を踏み入れると、次の目的地である【サイウン】の街がはっきりと見えて来て、足の運びも軽やかになる。

 サイウンは大河沿いにある街で、河沿いに防壁が設置された独特の外観を持っている。防壁は堤防と防御のための二つの役割を持っており、前面のベリル河を水掘として利用でき、天然の要害と化している。

 だが、その反対側は大きな防壁は無く、こじんまりとした領地の境を示す衝立ついたて状の壁が申し訳程度に設置されているだけだった。


 この街は南東からの侵略を防ぐ目的で作られた防壁を基に発展した歴史を持つため、このようないびつな構造をしているのだ。街への門は立派な防壁とこじんまりとした壁の境目に作られており、なんとも頼りない場所に見えてしまうのは仕方ないのだろう。


「入場には身分証を見せてください」


 日没まで一時間ほどになりスイール達はサイウンの街へ滑り込んだ。

 王都が近い事が関係しているのか、丁寧な対応をする門番が目に付いた。来る者達を威圧するよりも、住民を守る事が任務だとしっかりと言い含められているようだ。

 門番が帯びている装備品はトルニア王国標準らしく、今までの街と変わる所は無かった。


 さっと身分証とワークギルドのカードを見せただけで入場の許可が出るなど、一か月も滞在していたベルヘンとの対応の落差に肩透かしを食った気分になった。


「ところで、おすすめの宿ってありますか?」


 忙しそうに人を捌き続ける門番の一瞬をつき、スイールが観光客よろしく質問をしてみた。今まで通って来た街の門番であれば、”こんな忙しい時に”と一蹴されてしまうだろう。


「ん?ほら、その道をまっすぐ進むと十分ほどで宿屋が何件かあるから、そこで選ぶと良い」


 だが、予想と反して定型の文言ではあるが無下にせず教えてくれたのだ。それには門番を教育する上役の手腕に流石と感心するしかなかった。

 その門番に”ありがとう”と頭を下げると、彼が指した方へと足を向けて歩き出した。


「少し待ってください」


 門から凡そ五十メートル進み、スイールが立ち止まり、道の脇へと身を寄せた。

 何かあったかとスイールに顔を向けてみれば、”チラチラ”と入場の門を気にする素振りを見せていた。

 それを見れば、気にするのは一つしかないだろうとエゼルバルド達は振り向きもせずにスイールを注視するのであった。


「間違いないですね。その角を曲がってお待ちしていましょう」


 尾行するグループがサイウンへ入場してきたと見ると、二言三言打ち合わせをして再び宿屋街へと歩き始めた。

 そして、五十メートルほど進み角を曲がると二手に分かれた。

 エゼルバルドとスイールは百メートルほどを駆け、その場所で物陰に隠れ、ヒルダとアイリーンは曲がってすぐの細い路地へと身を隠した。前後から飛び出し挟み撃ちで囲ってしまおう、との作戦だ。


 何も知らぬ尾行のグループは一団はスイール達を追い掛け、角を急いで曲がった。

 その様子を物陰から見ていたが、焦る様は見ていて滑稽だった。”あれ、いなくなったぞ。どこだ?”など声を発し、”キョロキョロ”とあたりを見渡しながらゆっくりと道を進む。彼らがスイール達の中間に達したとき、”すうっ”と前後から姿を現した。


 驚愕の表情で震える彼らをよく見れば、色も大きさもまちまちの外套を羽織っていた。暗がりの中で薄っすらと見える顔は幼さが残り、エゼルバルドやヒルダと同じ歳頃だと予想した。

 今の行動でもわかる様に、明らかな素人のグループに溜息を吐くのであった。


「さて、尾行していたのは何故か?説明してもらおうかな」


 両手の籠手を”ガチン”と打ち鳴らしながら、そのグループへゆっくりと近づくエゼルバルド。顔は笑っているが、睨みを効かせる目は猛禽類と同じ獲物を狩る冷たい目そのものであろう。彼に睨まれて無事に済む訳がないと、悟るのに時間はいらないだろう。

 それをスイールが”お手柔らかにね”とさとすあたりは流石に年長者であろう。


 そして、彼らの後方から”ひたひた”と近づく気配を感じれば、生きた心地はしないであろう。


 スイール達の前で平伏すのは五人。両の膝を地面につけ、額を地面に付けるほどの状態で完全に降伏し、許しを請う格好を見せていた。

 腰に剣を帯びているが持ち手を見れば新品同様だと一目瞭然だ。借りはおろか、訓練自体もその剣を使うことが無かったのであろう。


「許してください、悪気があってじゃないんです。僕は一応リーダーの【アルギス】と言います。僕らは旅とかギルドで依頼を受けるとかした事がなくて、どのように旅をするとかを学んでいたんです。そこへお手本となる方々がいると聞いたのでどのようにされるのかチラッとでも見たかった。それだけなんです」


 呆れたとばかりに全身の力が抜けていくエゼルバルド達。

 経験が物を言うこの世界で、技術を盗めとは言われるが、尾行をしてまでする事なのかと。尾行すれば、何らかの意図があり、殺されてしまうかもしれないのがわかっていないのだろうか?


 それを見れば、”はぁ~”と溜息しか出て来ない。

 この場でとやかく言っても仕方無いと、どこか休める場所で説教をする事にした。


「まぁ、いいや。信用したわけではないからな。宿に泊まるくらいのお金は持っているんだろうな?」

「……ええ、持ってます」


 アルギスがおどおどした口調で返事を返しながら、五人が一斉に懐を”ゴソゴソ”とまさぐると小さな革袋、--硬貨の入った財布である--、を取出し”これです”と前に出して来た。


「宿に泊れるかの確認ですから、仕舞って下さい」


 五人がそれぞれ出した財布をスイールが仕舞わせると、立ち上がらせ宿屋街へと向かう。宿屋街は十分ほどなのですぐに到着するだろうが、その間に少しでも理由を聞きだそうといろいろと話し掛けた。


「旅をしたいとか、依頼受けたいとか、何か理由があるのでしょうか?」

「えぇ、まぁ。僕たちは皆、探検とかそういうのに憧れてまして、いろいろと仲間内で勉強しているのですが、なかなか上手く行かなくて……。誰に教えてもらえば良いかわからず途方に暮れていた時に現れたのが、噂になっていたあなた方だったのです。長期滞在しているので、その間に教わろうかとしていた矢先、出発されると聞いて急いで追いかけてきたのですが……」


 スイールの質問に恐る恐る答えるアルギス。

 それだけの理由でなのかとまた呆れてしまった。旅の道具はワークギルドに行けば教えてくれる人は沢山いるはずだし、受付に言えば親切に教えてくれるだろう。それに、親だってそれ相応の知識は持っていたはずだ。

 それが面倒だったのか、思いつかなかったのか、彼らは可哀そうに思えて来た。


「尾行しているのはバレてたって知ってたか?」

「あ、いえ。僕らはどのタイミングで野営をするのか、食事はどうするのかを見てましたので、それ以上はとても……。でも、獣を狩る腕前だけは見事だなと話してまして。あれは僕らには出来ないなと」

「あれは真似するなよ。一言、声をかけてくれれば邪険にする事は無かったんだぞ。そこまで鬼じゃないからな。それに、敵と判断された時点で、お前達の頭が胴体と”さよなら”する事になるから、気を付けろよ」


 手刀で自らの首筋へ”ポンッ”と当てながら脅しとも取れるエゼルバルドの一言を聞き、アルギスが”すいませんでした”と頭を下げた。

 そして、説教をしているうちに、ざわざわと人が溢れる宿屋街に到着していた。


 スイール達は、いつも通り併設されている酒場の入り具合を見て宿屋を決めた。部屋は同じ程度であろうと予想できるので、その中でも繁盛している場所を選ぶのだ。酒場が賑わっていれば美味しい料理に期待が出来る。


「ここでいいかな?」

「うん、いいんじゃないかな?」

「ウチはどこでもいいで」

「お任せします」


 一軒の宿に狙いを定めて明日を踏み入れる。”ロランのお店”と看板のあるの宿の入り口を潜ると、甘い肉汁がの匂いが漂って来た。フルーツと同時に肉を焼いた独特の匂いで食欲をそそられる。

 エゼルバルドは、その匂いの元を食べたいと思い酒場の方へ視線を向けると、人が沢山で空いているテーブルが見えない程だった。


「いらっしゃいませ。何名ですか?」


 宿のカウンターから受付嬢が声を掛けて来た。歳は二十台後半でぽっちゃり気味の体系で、声に張りがあり看板娘と見て良いだろう。声が色っぽくない所が宿の従業員として好印象を持たれるだろう。

 如何いかがわしい店で無いのだから、これくらいが丁度良いのだ。


「四人だけど、大丈夫かな」

「四人ですか?後ろの五人様とは違うグループですか」


 受付嬢は不思議な顔をして、スイール達の後ろに並ぶ人達とは無関係なのかと眺めていた。話しながら入って来たのを目撃していれば、そのように思われるのも仕方のない事だ。


「ええ、違うグループです。そうだな、男女に分かれるから二人部屋を二つ用意できるかな?」

「はい、ご用意できます。お食事は部屋代に含まれませんのでご了承ください。ですが、部屋のカギを見せればお食事一回に付き、お飲み物一杯サービスとなります」

「それは良い事を聞いた。酒場は人が沢山だけど、どの位で座れそうかな?」

「う~ん、そうですね。時間的にあと三十分くらいですかね」


 顎に人差し指を当てて考える姿を見れば、彼女目当ての常連客が多そうだと悟り、酒場からの視線を探してしまいそうになった。だが、それを探す前に殺気を孕んだ突き刺さるような視線を感じざるを得ず、怖い顔をしたお兄さん連中を視界に納める事になってしまた。


 それから、一泊分の代金を支払い鍵を渡されるのだが、その鍵には木の札と長い紐が結ばれていた。なくさぬようにと首からぶら下げる紐だと理解すれば納得出来る。その姿で酒場へと赴けば、自然と飲み物のサービスが受けられるのだろう。


 後から来た五人も同じように部屋を取っていたが、お金が勿体ないのか、複数人が雑魚寝で過ごす大部屋を取っていた。お金の節約をしようとして取ったのだが、不特定多数が出入りするので貴重品に注意が必要だと注意を受けていた。


「それじゃ、三十分後に酒場で」


 スイールとエゼルバルドの男二人と、ヒルダとアイリーンの女二人に分かれ部屋へ向かう。三十分後、つまりは酒場が空き出す時を見計らって食事にありつこうと言うのだ。




 それからきっかり三十分後、スイールとエゼルバルドが部屋から出ると、酒場前にはヒルダとアイリーンの二人に加え、例の五人の姿もあった。アルギス達とは座席の関係で一緒に食事をするなど考えてもいなかった。

 だが、酒場を見渡せば先程までの喧騒が嘘のように大人しくなって客も半分ほどになり、二つのテーブルを丸々独占する事も可能だった。


 そして、残った客に目を向ければ先程、殺気を孕んだ視線を送って来た怖い顔をしたお兄さん連中が仲良くジョッキを傾けていたが、カウンターの受付嬢と関りが無いと分かれば絡まれる事も無かった。


「いい匂いがするから、さっさと座ろう。お腹も空いたし」

「そうそう、お腹すいたわ~」

「久しぶりに椅子に座っての食事だわ。ウチもたのしみや」

「呑み過ぎないように。ヴルフがいないので大丈夫と思いますが……」


 四人掛けのテーブルにそれぞれが座るが、アルギス達五人は”あれ、僕らは一緒じゃないの?”と不思議そうな顔をしていた。”食事も当然別々ですよ”とスイールが告げると、隣のテーブルに腰を下ろし寂しそうな背中を見せていた。

 それ見て、少しだけ可哀そうと思ったのは内緒である。


 そして、鼻腔をくすぐる匂いの元、おススメ料理を頼む。

 しばらくしてテーブルに並んだのはチキンステーキと卵料理の盛り合わせ甘辛ソース掛けとジョッキになみなみと注がれたエール、スイールだけはワインが添えられていた。

 先ほどからする匂いは若鶏にかかるソースが鉄板の上で焦げる匂いだったようだ。ウェイターに尋ねたところ、若鶏と卵を使った料理がこの地方では有名で、今日の料理も料理人シェフが腕によりを掛けているのだと説明していた。


 ウェイターがいなくなると、テーブルの上に並んだ料理に手を付け始め、久しぶりのご馳走に舌鼓を打つのだった。




「それでだ」


 ワイングラスを掲げながらスイールが話を始めた。


「丁度、隣にいるから話をしてもいいだろう。明日街を出てもいいし、一週間ほど過ごしてもいいだろう。そっちの五人はどうする?私たちは王都まで行くのだが、ベルヘンに戻るか?」


 ワインを口に含み、舌で転がすようにその渋みを楽しむ。香りが鼻孔に抜けて、一層ワインが美味しく感じられ、”まだ若いな?”と一人で呟いていた。

 赤いワインも残りが少しとなり、同じものをと再度注文をする。


「僕たちは予定も決めてませんのでどちらでもいいですが、少しでも教えて貰えるのなら、これほど有難い事はありません。旅する事もギルドで依頼を受ける事もしてませんし、ベルヘンにいながら武器もそこまで使ったことはありません」


 今までの話を総合すると彼らは今まで学校で習う以外に殆ど何もして来なかったことが分かった。ワークギルドの存在は知っていても、そこで何をしてくれるのかの知識も無かったようだ。これでよくスイール達の後を付けて来たものだと逆に関心してしまった。

 今まで、どんな事を覚えてきたのか、根掘り葉掘り聞きだしたいとさえ思うのだが。


「「でも、ギルドカードは持ってるんでしょ?」」


 スイールが呆れて頭を押さえていると、横からヒルダとアイリーンが同時に声を掛けた。

 ギルドカードは、依頼をするにも受けるにも必要で十五歳になれば、必要な市民は殆どが手に入れていると記憶していた。

 何をするか知らなくても手に入れるのは難しい事ではなく、郊外に出るのであれば当然持っていると思っていた。

 だが、アルギス達の口から聞こえた言葉は想像を超えていたのである。


「いえ、まだ持ってないですけど」


 揃って声を出したヒルダとアイリーンも”がっくり”と肩を落とし、呆れてものも言えないと頭を抱えるのであった。

 しばらく、彼らに静寂の時間が訪れるのであるが、それから真っ先に気を取り直したヒルダがアルギス達に顔を向ける。


「持ってないの?十五歳を過ぎてれば何処のワークギルドでも登録は出来るはずだけど?」

「今は家の仕事を手伝ったり、別の仕事をしていて、必要な場面が無かったんです。それに親にも必要ないと言われて、後回しになっていました」


 中等学校を卒業し、十五歳を過ぎれば成人したとみなされギルドカードの取得は自由にできるはずだ。それを親に言われて取得していなかったと聞けば、どれだけ親に甘えているのかと声を荒げたくもなる。


 憧れを持っているのであれば親の目を盗んででも取得に動くのではないかと思えば、彼らを懐疑の目で見ざるを得なくなるだろう。

 それに、こんな所に来て大丈夫なのかとも心配にもなる。


 彼らの仕事は別にあるにしても、この機会を使ってワークギルドへ登録させないといつまでも前に進めないと思うのであった。

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