第二十五話 病み上がりと尾行と【改訂版1】

2019/07/02改訂


 ここはとある城の謁見の間である。

 玉座にはこの城の主がどっかりと座り、残虐そうな目を光らせている。

 数段高い場所から見える眺めは、この城の主と数人の側近しか見ることが出来ない特別な光景だ。

 傍らには気難しそうな一人の側近の姿が見える。眉間にしわを寄せ、難癖を付けたそうに来る者を見下ろす。大臣からは”何を考えているのかさっぱりわからぬ”、と胸の内を見せずにいるのだが、それを全く気にするそぶりも見せない。

 また、城の主から数段下がった場所の左右には主だった臣下数名ずつが等間隔に並んでいる。

 中央には最高級品の足を踏み入れても即座に足跡が消える赤い絨毯が、玉座の下から真っ直ぐ出口まで敷かれ、来る者に威圧を与えている。


 その城の主の前に、片膝を付き報告を行おうと声を掛けられるのを今か今かと待ち構えている一人の兵士が見える。体は小刻みに震え、寒さに震える子犬のような可哀そうな有様だった。

 ”オレの出世も無くなる、いや、命が無くなるかもしれない”と、絶望めいた考えが兵士の脳裏をよぎるのだが、その彼にはそのどちらも訪れる事は無かった。


 あらかじめ、その側近に報告をしており、”何とかするから気にするな”と言われていたのだが、信じる事は出来なかったのだ。

 主は傍若無人で人の話を聞かず、気に入らなければすぐに首を刎ねるなど、暗愚の極みにあったのだが、側近の言葉には耳を貸す不思議な人物であった。


「申し上げます。兵士派遣した案件ですが、失敗した模様です」


 全身に冷たい汗が流れるのを感じる。この場で裸になれば、真っ赤な高級な絨毯に水溜まりを作り出す事さえ出来てしまうだろうと思えた。

 主へ顔を向ける事さえままならぬ彼でも、主が怒りに震えているだろうと予測はできる。下を向いたままでは壇上の主の足すら見えず、ただ恐ろしさを感じるだけであった。

 だが……。


「わかった。下がってよいぞ」


 主の一言を告げられ、”これで自らの命も終わりだ”と、絶望に打ちひしがれる思いだと溜息を吐きそうになったが、耳に入って来た言葉を反芻するように思い出してみる。


「下がって休むがよい、二度も言わすな」


 二度目に告げられた言葉で何とか理解できた兵士は顔を真っ青にしながら一礼をすると赤い絨毯を踏みながらふらふらと退出して行った。

 その様は、高熱でうなされる病人が、自らの意思とは関係なくふらふらと歩く様にそっくりであったと通りかかった者達は口々にしていたと言う。


「さて……。どうしたものか?」


 ”ぼそり”と頭に浮かんだ言葉を呟くが、誰もそれに回答する者は皆無だった。下手に発言し、怒りを買うのは真っ平御免と思っているのだ。忠臣であっても容赦せず首を刎ねる、典型的な独裁者の主に心を開くなどありえない。数年前に先帝を継いだこの男を良く思う臣下は多くないのだ。


「御心配には及びません。元々、成功する確率は低く見積もっておりました。失敗しても計画に変更はございません」


 この男の”計画”とは、数年がかりで行う計画の事で、この男がすべてを仕切っていた。


「お前が言うのなら大丈夫だろう」


 その発言の後、玉座から立ち上がると視界に写る重臣達に目もくれず、その男専用に作られたドアより退出して行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「足はもう大丈夫か?」


 地下迷宮での出来事から一か月が過ぎようとしていた。


 黒髪の男は赤髪の女へ問い掛けた。

 顔はまだ”ふっくら”としているが、訓練を始めて体は”キュッ”と引き締まり、細っていた脹脛ふくらはぎにも筋肉が戻り始めていた。七部丈のシャツにホットパンツと軽装をしているため、体の線やおへそが露になり、彼女の体型に視線を奪われ易かった。他の男からの目が気になる程の豊満な胸も運動量の増加により引き締まり始めていた。


 二十日近くもベッドで横になっていた為に、下半身の筋力が無くなりかけていた。素足を見れば可哀そうなほどに痩せ細っていたが、それから十五日も訓練を続けた事でだいぶ回復していた。

 その事を、彼女に尋ねてみれば、まだ五割程の回復だと答えが返ってくるのだ。


「痛くは無いけどね。ウチの体が本調子に戻るのはまだ掛かりそうよ」


 ”ピョンピョン”と跳躍を見せながら”肉が無くなったなぁ”、と自分の足を恨めしそうに眺める。しかし、自慢の豊満な胸は予想以上に揺れ、満足そうではあった。訓練を続けて行けば元に戻るのだが……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルドはこの一か月の間、守備隊に組み込まれた蜥蜴人リザードマンとの訓練に明け暮れていた。

 初めの数日間は明らかに蜥蜴人が優勢であったが、それから後は徐々に互角に剣を合わせ始め、一か月もたつ今では、二割ほの勝ち星を拾える程に成長してきた。

 その動きも朝から晩まで、体力知らずの様に動き続け、兵士達からは”底無し”などと比喩され始める始末であった。


 そのエゼルバルドと蜥蜴人の訓練に、ヒルダが参加する姿がちらほらと見受けられる時もあった。二人が揃い蜥蜴人と模擬戦を行うと、手練れの蜥蜴人でも勝てない程の連携を確立していた。元々、連携が出来ていた二人だったが、そのレベルがさらに上がったと言っても過言ではない。

 ヒルダもエゼルバルド程ではないが、動き詰めでも音を上げる事なく動く様もまた、”底無し”の一人として見られていた。


 アイリーンは怪我から復帰すると、すぐさま城壁沿いを走り回り、息も絶え絶えだった体を呪いもした。それから現在のまで走り込みをしたかいがあり、半日程は走り回れるまでに回復するのだった。


 エゼルバルドもヒルダもそうだが、アイリーンも元々、山野を走り回る体力馬鹿だったのだ。

 ベルヘンではこの三人を”底無しトリオ”など、本人達にとっては不名誉なあだ名が付けられていたのだが、当の三人は全く関知していなかった、と付け加えておこう。




「今日も訓練ですか?よく、飽きませんね」


 薬草を採取して薬に作り替える依頼を毎日こなし続け、ワークギルドへ納品する日々を送っているスイールが、その報告から戻ってきた。資金に不足は無いのだが、稼げるうちにと、毎日、小金を稼いでくるのだ。


「相手が強いから楽しいよ。力もあるし、いつも負けてばかりだよ」

「動きも早いしね。手加減されてるけど楽しいわ」

「ウチは体力の回復をしているだけよ」


 ”体を動かすだけでなく、頭を働かせなさい”と言われそうだが、エゼルバルドとヒルダは比較的頭脳派に属するのだ。ヒルダは教会で覚えた魔法による治療を行い、エゼルバルドはスイールの知らぬ間に読書家に成長していた。


 その二人が、ヴルフ以上の訓練相手が存在するこの地でのらりくらりと無為に過ごすはずも無く、強敵を求めて彷徨うのは当然と言えよう。

 そして、怪我が治ったばかりのアイリーンは、体力を戻すだけと言いながらもその無茶ぶりが目に余った。


「アイリーンも治った事ですし、旅を再開しましょうか。向かう先は王都アールスト、出発は明日で大丈夫ですか?」


 アイリーンの無茶ぶりを眺めれば、足を止める必要も無く旅を続けようと告げるのだ。それを聞き、やっと出発出来るとエゼルバルドとヒルダは喜んでいた。


「いつでも出発できるけど、その前にお礼を言ってくる」

「同じく!」


 エゼルバルドとヒルダの二人はスイールに元気に挨拶をすると軍の訓練場にいるであろう蜥蜴人リザードマンへ明日にこの地を立つと言いに出掛けて行った。


「ウチはもう一周回って、武器を見に行くわ」


 街の外周を一周して汗をかいていたが、物足りないと再び外に出ると告げる。そのついでに失ってしまった腰の武装を見て来ようと考えたのだが……。


「アイリーン、お金は有るのですか?」

「あ……、無いや」


 アイリーンはバックパックに穴が開き、仕舞ってあったはずの路銀の袋が消えてしまっていた事を思い出した。生活費程度は腰の鞄に入れてあったので当面は大丈夫であったが、武器などの大きな買い物をすれば懐が寂しくなってしまう。それに、泊っている宿の代金も今は払えないでいたのだ。

 街を出てどこかで獣の素材でも手に入れてワークギルドに納めれば、懐も潤うと考えていたのだが、それ以前に獣を仕留める道具すら無いと途方に暮れようとしていた。


「そうだと思いました。金貨を渡しますから、出世払いで返してくださいね」


 スイールが”大事に使ってください”と金貨を五枚手渡した。

 ショートソードと矢を購入したり、他の目的の物を買えるはずだと。


「……う、か、借りたくないけど、仕方がない。借りるわ」


 深々と礼をするとその金貨をしっかりと握りしめて町の中へと出て行くのであった。


「やれやれ……。皆、騒がしいですね。もう少し落ち着いて話をしてくれてもいいのですがね……」


 宿から出て行った三人の背中を思い出し、”ぶつぶつ”と独り言を吐き続けた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そして、翌日。

 天高く青い空が見守る中、旅立とうするスイール達四人が北の城門に現れた。


 季節は六月。夏の走りで歩くだけでも汗が滝のように流れる季節だ。

 太陽からの光が人を容赦なく照り付け、肌を真っ赤に焼いて行く。それを防ごうと様々な手段を用いるのだが、その中でも旅人が手っ取り早く日除けに使うのが外套であろう。

 特にフードはを深く被れば、効果を体感する事が出来るだろう。


 ただ、厚手の外套では日除けには適しているのだが、その分風通りが悪くなる。それを補うために、本体とフードを別素材にして工夫している旅人もいる程であった。


「出発ですか?」


 この一か月で有名になってしまった四人に、門番の兵士達が”わらわら”と集まってきて声を掛けて来くる。

 そんなに名前も売っていないはずだと不思議に思うが、蜥蜴人リザードマンとやり合う体力馬鹿が”どんな顔をしているのか最後に拝んでおこう”、との魂胆が見え見えであった。

 そして、彼らの後ろから、”こんな子供達がそうなのか?”と、首を傾げながら感想を口々にしていた。だが、”こんな子供が出来るなら、自分達にも当然出来るだろう”と、言葉が聞こえて来ないのは不思議である。精鋭が守っているはずの街であるのだから……。


「ええ、そうです。一人は既に出発してますし、連れの怪我も治りましたからね」


 そう言いながらバックパックを開けて、出発前の荷物検査を受ける。持ち物と身分証を出し、危険物や特定秘密等の書類が無いと門番達はを確認して行く。


「そうですか。お気をつけてください」


 何処かさみしそうに門番達が告げてくるのが印象的だった。彼らにしてみれば、この一か月の間、話題を提供してくれた彼らがいなくなるとつまらなくなり、また別の話題を探さなければと残念がっただけなのだが。


「ありがとう」


 兵士達にお礼を言い、一か月過ごしたベルヘンを後にする。

 手の空いた兵士達が何時までも手を振っていたが、それで仕事になるのかと首を傾げるのであった。




 頬を撫でる南から吹く風は、山を抜けて熱を孕んだ乾燥した風へと移り変わり、春から変わり行く季節を感じさせる。

 街道を進むスイール達の右手には大河が流れ、水面には小魚を狙う渡り鳥が優雅に滑って、そのまま河の中へ顔を突っ込み、見事に獲物をくちばしに捉えた。

 その渡り鳥を狙い、水面を目と鼻だけ出してゆっくりと進む水生獣の姿も見ることが出来る。

 豊かな自然を感じられる場所だと説明するスイールの姿は何処か楽しそうだった。


「そう言えば、アイリーンは弓が得意らしいけど、腕前はどうなんだ?」


 大自然を生きる生物の話題から、思い出したかのようにアイリーンの弓の腕前に話を変えた。退屈そうに聞いていたアイリーンにとっては渡りに船とばかりに話に食い付き、バックパックに括り付けていた長弓ロングボウをここぞとばかりに取り出し、弦を引いて見せた。


「結構遠くまで飛ぶし、近くなら外れることは無いかな?まぁ、一か月ほど扱ってないから、慣れるまで少しかかるかなぁ~?」


 近くに撃てるまとは無いかと”キョロキョロ”と探すのだが、短い草しか生えぬ草原の真っただ中では狩る獲物すら見えない。

 そのうち兎でも飛び出して来たら腕を見せるからと、アイリーンが自信たっぷりに告げて来たので楽しみに待とうとスイールは思った様だ。


 弓の腕前はともかくエゼルバルドがふと気にしたのは、日除けの外套からチラリと覗くアイリーンが腰に差しているショートソードだ。

 そのショートソードはエゼルバルドやスイールとは違い右側に差している。弦を右手で引くので、彼女は右利きであると思ったのだ。


「それで、何で右に剣を差してるの?」


 エゼルバルドが質問をすると、それに同意したヒルダが”そうそう”と頷いていた。


「何で……って、左に差したら弓の邪魔でしょ。この長さなら右に差してもすぐに引き抜けるしね」


 弓が主な攻撃手段だが、どうしても剣を持ちたいと試行錯誤の末にこうなったのだと、躊躇せず右手で剣を抜いて見せた。普段は剣を逆手で引き抜き、腰の後ろの矢筒に手をやりすんなりと矢を引き抜く動作を見れば、”なるほど”と感心するしかなかった。




 それからしばらく歩くと、街道の左手側に深い森が見えて来た。

 一か月前に、トルニア王国の兵士が襲われた場所であるが、その痕跡はもう残っていない。


 通りかかるスイール達の前に、待ってましたとばかりに兎が飛び出して来た。何処にでもいる兎、少し凶暴なラビットアタッカーである。


 弓で狙うにはまだ距離もあり、エゼルバルドの経験上ではまだ射程にも入っていない距離であった。だが、アイリーンはと言えば、弓を構えると矢を引き絞り、躊躇なく兎に向けて射ったのである。

 南からの風を受け矢の軌道が右に逸れるはずだが、その軌道も正確に計算され放たれた矢は寸分の狂いも無く兎の頭部を射抜き、一瞬でその命を奪ったのである。


「あれを一発で当てるのか。すごいな」


 距離にして百メートル以上はあるはずだが、アイリーンは兎を一発で仕留める達人技を披露した。初めて見た三人は拍手をせざるを得ない程に見事な腕前であった。


「ウチの得意技やね。あれくらい朝飯前や!あ、今日は朝飯の後だけどな」


 面白い事を言ったと自画自賛だったが、ヒルダだけに”クスッ”と笑われ、恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。


「凄いな。これなら何があっても大丈夫だな」


 ヴルフがいなくなった事で、街道に巣くう盗賊共と接触した場合に不安を感じていたスイールであったが、見事なまでの弓の腕前を見た後では、それは杞憂であったと安堵した。

 尤も、エゼルバルドとヒルダがいる時点で本来は過剰戦力なのであるが。


「では兎を回収して先を急ぐとしましょう」

「りょうか~い!」


 アイリーンが兎を回収すると、射貫いた矢を抜き血抜きをしながら街道を進むのであるが……。




「ウチ等、尾行されてるよね?」


 違和感に気付いたアイリーンが小さな声で呟いた。

 兎を仕留めた後に一度立ち止まったのだが、離れた場所にいた数人のグループがスイール達と同じようにその場で立ち止まったのだ、しかも同じタイミングで。

 何が目的で尾行しているか不明であるが、あからさまな尾行は素人そのものであり、それほど気にする事でもないだろうと一応、結論付けた。


「あれなら気にする必要は無いでしょう。明らかに素人の動きですよ。そのうちに聞いてみましょう、本人達からね」


 ”フフフ”と笑みを浮かべながら、”気付かないフリをしておきましょう”、とスイールの言葉に頷き、足を速めて歩く事にした。


「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか、楽しみにしておきましょう」

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