第二十七話 新人教育【改訂版2】
※2019/07/02改訂
2019/07/04最後の文をちょい修正
僕の名前はアルギス。
出身はベルヘンの村だ。
そこに住んでいる人の半分は王国の兵士だ。
僕は、四人の友人と一緒になって色んな事をして来た。
今までも、これからもそうだ、多分……。それはきっと変わらないだろう……多分。
僕達五人の憧れは、人の役に立つ依頼をこなすワークギルドに出入りしている人達だ。
獣退治に各街へのお使い、護衛なんかもしている……そうだ。
そんな大人に成る事が憧れだった。
そう、憧れだったのだ。
現実を知るまでは……。
僕は今、草原に寝そべり、六月の空を見上げている。
真っ青な空にプカプカと白い雲が浮かび、それが北へと走って行く。
眩しく光を注ぐ太陽に雲がかかるたびに日光が遮られ、体どころか気持ちまで涼しくなる。
だが、手の平は真っ赤な血で染まり、握る事も困難になっている。
手の平を酷使しているので豆が出来、さらに使い続けているので全ての豆が潰れてしまったのだ。こんなに手を酷使した事なんて今までに無かった。
寝そべっていると言ったが、実は違うんだ。
起き上がれないのだ。
服に守られてはいるが、腕や足、それに体周りには青い痣が浮かんでいる事だろう。
その数は何十か所も見えるはずだ。
さらに、呼吸も激しく、起き上がれば肩で息をしなければならないだろう。
今だって、呼吸するたびに胸が激しく上下に動き、息が整えられていない。
腕は、使いすぎてパンパンに腫れているだろう。
限界を通り越して、痛いという感覚すら伝わって来ない。
このくらい出来て
そう、思うしかない。
「ほら、もう終わりか?」
木の棒で肩を”ポンポン”と叩きながら鬼が僕達を睨みつけて来る。
僕達は真剣で切り付けているのに、何故、木の棒すら切れないのか。
実力差とは非常だと再認識させられた。
何時間も剣を振り続けているのに、鬼の息は乱れる事すらない。
体力も常識から外れている。いつまで動き続ける事が出来るのか?
僕はこのまま意識を失いたいと思っているのに。
「まぁ、仕方ない、終わりにしよう。これ以上やっても体を壊すだけだからな」
あぁ、ありがたい。
でも、もう体が壊れてます。
遅いです。
何とかしてください。
僕はアルギス。
サイウンの郊外で仰向けに倒れています。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う~ん、さすがにやり過ぎたかな?」
「あのねぇ、素人相手にやりすぎだよ。見てみなよ、皆、起き上がって来れないじゃないの!」
エゼルバルドとヒルダが周りを見渡すと、仰向けやらうつ伏せやら、起き上がるそぶりすら見せぬ五人が草の上に転がっている。胸が激しく上下しているのでかろうじて生きているとわかるくらいか?
スイールから”剣術は教えられないから頼んだよ”と、エゼルバルドとヒルダに丸投げされてから小一時間の成果が、目の前で横たわっている被害者達である。
そのスイールはと言えば、薬草取りか簡単な依頼を探しに何処かへ消えてしまっていた。
「午後から動けるのかしら?ギルドに連れて行くんでしょ?」
「そうなんだよなぁ。ま、過ぎた事は言っても仕方ない。お昼にしようか」
草原の草を刈り取り地面を露にすると手ごろな石を積み上げかまどを作って行く。そして、郊外に出て早々に集めていた薪と小枝を使い火を起こした。
連れてきた五人が疲れ果てる事を見越して、干し肉やソーセージ、そして野菜などで簡単に作れる串焼きを作ると決めていた。
串に玉ねぎ、干し肉、ソーセージ等を適当に刺し、直火でゆっくりと焼いていく。時折、たれを塗ったり、塩コショウで味付けをしたりすれば、美味しそうな匂いが辺りに漂って来る。
じっくり焼いてるので十五分くらいかかったであろうか?その時になれば息も絶え絶えだった五人も上体を起こして、かまどの回りに陣取り、口から涎を流していた。
「そろそろ食べ頃かな。いっぱい食べてくれ」
二人と五人はじっくりと焼きあがった串焼きを取ると熱さも忘れて口に運び、おいしさに舌鼓を打つのだった。
時折、熱さを思い出したのか、”アチアチ”と舌の上で肉を転がして現実に引き戻されている。肉の旨味と野菜の甘味が口の中で合わさると、さらに旨味を引き上げ、口に運ぶ食材があっという間になくなり、追加の串焼きを焼かなくてはならぬ程であった。
そんな楽しい食事時であるが、時として予期せぬ招待客が現れるのだ。
”グルルルルゥゥゥーー!!”
串焼きの匂いを嗅ぎつけたのか、数匹の狼が彼らの下へ寄ってきてしまったようだ。草原に生息する肉食の獣で、人の食事に群がることもあるし、人を襲う事も当然ある。
人を襲うのは、作っている食事を狙っているためで人を食べる事はほとんどない。彼らは人の作った食べ物を欲するほどの美食家でもあったりする。
「あいつらは
「ん~、確かそうだった、かな?」
エゼルバルドは口に残っていた串を”ペッ”とかまどへ飛ばすと、重い腰を上げながら剣を引き抜いた。
抜身の刀身が”キラリ”と光り、鋭い切っ先を向けて
「一人で大丈夫なんですか?」
五人のリーダー格、アルギスが焦りながらヒルダに質問してくるが、”こんな相手は一人で大丈夫だよ”と笑顔で答えた。それでも心配になり、加勢しようと剣を抜こうとするが”その場で見ていろ”とエゼルバルドが指示を出して来た。
ヒルダに視線を向ければ、一瞥もせずに串焼きを口の中いっぱいに頬張っているところだった。
「それじゃ……行くか!!」
「いってらっしゃ~い」
右手で握った剣を下段脇に構え、一番近くの
弱い敵はいつもの如く、うまい食事を置いて逃げて行くだろう。そのような思考をしていたのだろう。
その思考に逆らい、エゼルバルドが一匹にあっという間に肉薄すると剣を振り上げ、見事一振りにて
下段脇から切り上げた剣が
仲間を一匹仕留められ、勝ち目のない戦いと知ると、残りの
これで当面の危険は去ったと、剣を一振りして血糊を飛ばすと、輝きを放つ綺麗な刀身をさっと鞘に納めた。
「終わった終わった。続きだっと」
地に濡れた
”ああ、疲れた疲れた”と呟いてみるが、辛辣な言葉がエゼルバルドに飛んで来た。
「あんなの運動に入らないでしょうが!」
何処からの言葉か出所は当然知っているが今は串焼きが大事とその言葉を聞き流した。
ふと違和感を覚えて視線を上げれば、呆然として口を”ポカン”と開けている五人が視界に入って来た。
驚く事など一つも無いだろうとエゼルバルドとヒルダは思が、二人の前にいる駆け出しの五人からすれば、参考にならぬと溜息を吐かれた。
「あの~、何されたんですか、あれ」
「剣を振り上げただけ……だけど?」
「一撃で仕留めるとか、達人クラスですよ」
「え、普通にできるよ。ヒルダだって一撃で殴り倒せるし……。普通普通」
串焼きを口に運ぶ合間に答えるエゼルバルド。自然体で串焼きにありつく姿と先ほどの剣を振るっている姿が違い過ぎて、全く参考にならないなとアルギスはお手本にするのを諦めた。
「それは普通とは言いませんよ。僕らに出来ると思いますか」
「んん?練習してたら出来るんじゃない。一年くらいで」
練習すれば出来る、毎日の練習が大事だとそれとなく匂わせる。
そして、朝からの練習風景を思い出しながら、彼らが満足に剣を振るための期限を算出したのだ。
「一年ですか?」
「そう、毎日練習してサボらなければ、かな」
「はぁ、そうですか」
「練習時間は今日の半分くらいでいいわよ。ただし、毎日する事が大切よ」
「わかりました。頑張ります」
串焼きを食べ終わり、木の串を火にくべて燃やしていたヒルダが口を挟み、話に付け加えてきた。
「でもね、初めに生き物を殺すって事を十分理解しないと。ただ殺す、それだけじゃないの。今、理解できなくても、いずれ理解できる事を願ってるわ」
七、八歳の時に狩りに連れられ、死ぬ様を目の前で見たヒルダ達は命の重みを誰よりも知っていた。一番の命は自分、二番目は大切な仲間。そして、見える範囲の救いたい人達。
その為には躊躇せずに自分の武器を振るうのだ、と。
そして、それらは命の糧になっている事。人は植物みたいに水だけで生きられない。他の命を奪って生きている。その事を忘れて、ただ虐殺だけをして良い訳では無いのだ。
「いい、自分の命を守るために、次に大事な人守るために、そして、自分達が生きるために相手を殺す事を良く考えて剣を振るうのよ」
哲学めいたヒルダの言葉に一同、深く頷く事しかできなかった。
その言葉を胸に刻み、アルギスは深く反省していた。
カッコいい、憧れ、それだけしか考えていなかった、と。
狼を一刀のもとに倒した。カッコいい。しかし、その本質はもっと違う所にあった。
ここにいる人達を守る、それが根底に流れているのだ。
力を持つことは他者を殺めるのではなく、守るのだ。
守るために人を殺める、獣を駆逐するのだと。
「何となく、わかった気がします」
アルギス達の疲れていた顔が、ヒルダの言葉に心を打たれたらしく、引き締まった表情に変わった。
だが、その決意も敵に相対した時に実力が出せるかは、心の持ち様なんだぞ、と思うのだが、言うのは野暮だなとそれ以上は口から出る事は無かった。
「十分休憩もしたし、これからワークギルドへ行ってみるか?」
休憩中に先ほど殺した
午後も剣の訓練かとげんなりしていたアルギス達であったが、ギルドに向かうと聞いて笑顔で喜んでいた。
疲れた表情に始まり、午後の訓練かと引き締まってみて、最後に笑顔だ。
百面相よろしく面白い顔にヒルダが”ほっこり”として、笑みを浮かべていた。
「そう言えば、ワークギルドの場所、知らないや」
サイウンの門へと向かう道すがら、思い出したように言葉を告げて笑って胡麻化そうとしたエゼルバルド。そんな事は”門番に聞けばすぐよ”と鋭いスナップを決めるヒルダ。
まるで息の合った夫婦漫才かと思う程にアルギス達は二人が羨ましく見えたのである。
城門を通り、ワークギルドへとたどり着いたエゼルバルド達はその建物を見て、凄い凄いと声を漏らしていた。
アルギス達の出身のベルヘンのワークギルドよりも大きな建物は木造であるが、金属の補強を施した頑丈な両開きの扉が”ドン”と主の様に鎮座していた。
だが、元が木製の扉なだけあり、強力な攻城兵器には耐えられるものではないだろう。
その扉を潜りワークギルドへと足を一歩踏み込んでみると、午後の早い時間だけあり、かなりの人が押しかけていた。
カウンターには規模に準じている様でこの時間は女性が二人、受付に見える。
三十代のベテラン受付と二十歳に満たない新人(?)の二人と予想してみる……が、年齢を聞くのは野暮であろう。
そして、人のいなくなった時を見計らい、ベテランの受付さんへと登録をして貰おうと話し掛けた。
「いらっしゃいませ。ワークギルドへようこそ。あら、七人さん?」
先ほどから漏れ聞こえていたベテランらしい落ち着いた話し方でエゼルバルド達を迎える。そして、ベテランらしい気遣いをしつつも素敵な笑顔をこぼしていた。
「いや、こっちの五人です。登録してないからカード作りたいんだ。街に住んでないけど大丈夫だったよね?」
「ええ、大丈夫よ。この国の出身なら身分証があればすぐに作れるわよ」
「それでは、お願いします」
では、とアルギス達五人をカウンターへ預けると、エゼルバルドは依頼のある掲示板へと足を運ぶ。そこにはいつの間にか移動していたヒルダが掲示板を見つめて”ブツブツ”と何か言いたげに口を動かしていた。
「適当な依頼、あるかな?」
「そうね、これなんかどうかな?」
ここサイウンからアルギス達の出身地ベルヘンへの届け物の依頼を見つけていた。完了はベルヘンで報告すれば良く、彼らの初仕事として丁度良いかと思われた。届ける物も壊れ物ではなさそうで、破損の心配も無い気楽な依頼だった。
それに、五人で乗合馬車を使ったとしても、報酬で賄える金額だった。
「登録終わって、誰も受けないのなら勧めてみるか?」
ヒルダと打ち合わせを終えると五人の登録が終わるまでしばらく彼らを見つめるのであった。
三十分ほどで登録を済ませたアルギス達五人は、”ニコニコ”した表情でギルドカードを眺めながら戻ってきた。やっと依頼が受けられる、と喜んでいる。
「見てくださいよ、カード貰ってきました」
「それがスタートだからな。これからなんだぞわかってるのか?」
よっぽど嬉しいのだなと”ホクホク”顔をしていたが、一言、釘を刺しておく。カードを貰っただけで鼻を伸ばし過ぎだ、と。
そういえばスイールにもカードを手にしたのは始まりに過ぎないからなとよく注意されたと思い出すエゼルバルドであった。
「えぇ、もちろん」
「ならいいんだけど」
これからは自分達の力で仕事を請け負わなければならないが、初めての事だからと背中を押してやろうと、掲示板から一枚の依頼票を取って彼らに渡してみた。
「早速だけど、この依頼なんかどうだ?」
先ほどエゼルバルドとヒルダが相談していた依頼だ。ある程度簡単な依頼で、十分な報酬だった。
「ベルヘンへの届け物ですか?初めてですし、受けてみます」
「それじゃ、受付にこの依頼を受けます、って届けてきて」
「はい」
たった今ギルドに登録したばかりで初めての仕事を受けるのだ。五人は緊張で顔が引きつっているように見える。初めてだとこんなものかと、笑顔で送り出した。
「オレ達に出来るのはこれまでだな。あとは彼らの努力次第……ってところか?」
「そうね。依頼主の所に行って、依頼を受けて、明日出発でお別れ。上手くやるといいね」
温かい目で見ていると、無事に依頼を受けてきたようだ。
”緊張した”とか、”出来るんでしょうか”とか、不安ばかりが口から漏れ出ている。
「それを見ると依頼人に会う事になってるから、早速会いに行ってみな。報酬は報告をするギルドで貰う事になってるから、この街では、依頼人に会うのが最後の仕事だ」
ギルドの扉を開けて表通りに出る。
そして、依頼人の下へと向かう最中に、依頼書の読み方や、内容、報酬の受け取り方、完了の方法等、エゼルバルド達が教わったように説明して行く。
頭の中で自然と読めていても、”他人に説明出来て初めて一人前だよ”と、スイールに酸っぱくなるほど言われた事が今はよくわかる。
だから、スイールはエゼルバルドとヒルダにアルギス達を任せたのだな、と。
”ワイワイ”とそれに耳を傾けていたアルギス達は、周囲に目を配る事を忘れていたのか、仲間の一人が通行人にぶつかり盛大に転んでしまった。
アルギス達はそう思っただろう。だが、実のところは余所見をしていた旅人を見つけワザと体を接触させ、強引に転ばせたのだ。
その相手が嫌らしい事に、自らの盛り上がった筋肉を見せつける様に、直接素肌に胸当てを着けている、百九十センチ程もある大男だった。
大男は貧弱そうなアルギス達を見て鴨が掛かったと、当たり前のように因縁を付けて来たのである。
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