第十四話 運命の剣【改訂版1】

※十歳になったので、エゼルの名前表記をエゼルバルドの表記にします。



「スイール~!!スイーーールーーーーーーー!!」


 ここはブールの街郊外にある、魔術師スイールの自宅だ。

 ブールの街中に薬の販売所を持っていないために、大人の足で十分程の彼の自宅に薬を求めて訪ねてくる人は多い。

 しかし、この日は大声で呼びかけても玄関から出てくる様子も無かった。


「あれ、家にもいない?どこへ行ったのかなぁ……」


 この屋敷の主であるスイールが後見人を務めているエゼルバルドが訪ねたのには理由があった。数日に一度、エゼルバルド達の様子を見に教会裏の孤児院に姿を見せないのでエゼルバルドを初めとした子供達が心配していたのだ。

 シスターには、”出掛ける”と一言、告げていたのだ。だが、何処へ行くかも、何日掛かるかも、告げなかった事で余計に心配をしてしまったのだ。。


 スイールの自宅の玄関には、”数日留守にします、またのお越しをお待ちしてます”と案内の札が出ていたが、スイールの事だから帰って寝ているのかと考え、声を掛けてみたのだ。

 その結果、まだ帰っていないとわかり、エゼルバルドは孤児院へ帰ろうと、しょんぼりとしながらスイールの自宅を後にした。


”ゴゴゴゴゴゴ……”


 街へと足を向けた時であった、足を止める程の体に感じる地震が起こったのは。

 ブールの街の周辺では、ここ最近体に感じる地震が多い。地震の規模は大きくないので家が壊れたり、道路が陥没するなどの被害は出ていないが、頻発するので街の住人は不安な心持であった。

 そのせいか、街の雰囲気もどことなく暗く、陰鬱な気分にさせられるのである。


 だが、街の領主は”地震が起こっても慌てずに、いつも通りに生活を送ってください”と声明文を出すにとどまっている。


 石造りのがっしりとした家々や店舗、公共施設は今のところ壊れる事も無く、とりあえずは大丈夫か、といつも通りの生活を住民は送っているのである。。




 そんな街中の空気を感じ取っていたのか、エゼルバルドは一か所だけ気になる場所があったのだ。


「最近、地震が多いんだよな~。ちょっと見回ってから帰ろう、っと」


 気になる場所は街の郊外にある、子供達だけでたまに遊びに来る小高い丘の広場だった。

 南の城門から歩いて五分ほどのその場所は、子供達が駆けまわるに丁度良い広さと起伏を持っていたのだ。その遊び場が地震で壊れてしまったら大変だと思ったのであろう。


 本来であれば、郊外に存在する小高い丘など、崩れるはずもなく心配する事も無いはずだった……。


 スイールの自宅から小高い丘へ到着するが、エゼルバルドの前にはいつも通り、緑の草が生えた丘が”どーん”と待っていた。

 見た限りでは変わった様子も無く、安心していつもの山登りコースで丘の頂上目指して歩いてゆく。


 そして、頂上まで来た時にエゼルバルドは声を上げるのであった。


「あれぇ~?何これ」


 小高い丘の頂上から眺めはエゼルバルドの覚えている光景と違い、頂上から向こう半分が崩れていたのだ。

 ここ何日か、子供たちが遊びに来ていなかったので、地震で崩れたのかと考えた。


 エゼルバルドは危ないと知りつつも、興味津々で崩れた裏手へ右側から丘を下って回り込む。降りてみれば、エゼルバルドの背丈の倍ほども岩肌が見えていた。おそらくだが、高さが二・五メートルから三メートルで幅は二十メートル以上だろう。


 だが、その岩肌と思われた所を見れば、明らかに自然にできた岩と違う人工物が目に入って来た。崩れた場所の二回りほど低い二メートルと幅が十メートルの人の手で作られた石積みである。

 エゼルバルドが何故、人の手で作られたと感じたかは、何時もブールの街の城壁を見ているからである。城壁のようにびっしりと、そしてきっちり隙間なく積み上げられていれば人の手が作り上げたと考えるのが普通だろう。


「あれ~?こんなの見たことないけど、いつできたの?」


 何とも不思議な光景が目に写る。

 左手で出現した石積みを触ると、冷たく、硬い石が紙の入る隙間も無く積まれているのがわかる。

 その石積みを端から手で触りながら歩き始める。遊び半分に触っているだけなのだが。


 石積みから終わりを告げられると、突然左手が空を切った。

 石済みの始まりは、土砂でしっかりと埋もれていたが、終わりは何故か大人が一人ぎりぎり入れるかどうかと言うほどの穴がぽっかりと開いていたのだ。

 とうぜん、エゼルバルドの体であったら、入り込めるだけの穴でもある。


”何で穴なんか空いてるの?”と、首を傾げて首を突っ込む。


 暗がりで光さえ漏らさないその穴倉の奥から、”ヒューヒュー”と風が吹いてくる。

 さらに目を凝らして見るが、やはりエゼルバルドの目には漆黒の闇が広がるだけで、何も写らなかった。


「この辺に落ちて無いかなぁ~。あ、あったあった」


 エゼルバルドが辺りを見渡すと、五十センチ程の木の棒を見つけ手に取った。そして、生活魔法の灯火ライトを棒の先端に掛ける。


 生活魔法の灯火ライトとは、物などに魔法の光源を与える魔法で、与えた魔力によって三時間から八時間程度、白く発光する魔法である。生活魔法である為に、暗がりで物を探す時や夜間の見回りなどで緊急時に良く用いられるが、持続性や発光範囲に個人差があり、安定しての運用はランタンや松明に劣る。


 エゼルバルドは魔法のかかった棒をその穴倉に入れ、再び中を見やった。

 偶然に出来た穴倉かと思ったが、予想とは違い人の手が作り出したトンネル状になって、光が届く範囲では行き止まりが見えてこなかった。

 トンネルの天井に目を向ければ、幾多の細い筋が奥に向かって伸びている。


 地震でも崩れてこなかった事を考え、エゼルバルドは興味をその穴倉に向けると、好奇心を抑えきれなくなった。


「よし、入ってみちゃおう!」


 魔法の光の点いた棒をしっかりと握り、穴倉の奥へと足を踏み入れる。子供が通れるとは言え、さすがのエゼルバルドでも中腰にならなければ頭を天井にぶつける。

 埃っぽいトンネルを一歩一歩、慎重に足を進めて行く。


 このトンネルに入ってわかった事が二つある。

 一つは埃が漂っていて服が汚れる事。そしてもう一つは徐々にであるが、トンネルが下っている事だ。


 進んでゆけば、エゼルバルドの顔を風が撫でて抜けて行く。カビ臭い嫌な匂いが鼻孔を刺激し思わずくしゃみをしそうになるが、鼻をつまんで何とかこらえる。

 大声は厳禁なのだ。


 来た道を振り返ると、小さくなった入り口の形に光が入り込んでいる。

 そこから見れば十メートルくらい進み、”だいぶ来たなぁ”と、感じるのであった。


 さらに五メートルほどトンネルを進むと、ようやくトンネルの行き止まりに当たり、左側に人が入れるだけの口が開いていた。

 小さな部屋の入口であった。


 入り口から光の点いた棒を部屋に入れると、光に照らされ左右の壁が浮かび上がる。幅は四メートル程であろうが、奥行きは光が届いていないので五メートル以上はあるだろう。

 その入り口で”どうしようか”とたたずんでいると、エゼルバルドの頬を風が抜ける感覚を覚えた。部屋の中から風が吹いていたのだ。


 それならばと、中腰のまま部屋をゆっくりと進み始める。先ほどのトンネルと違い、この部屋は左右の壁、床、天井その全てが石で組まれていた。

 なぜ、こんな所にこんな部屋を作ったのだろうかと疑問に思いながら進み、十歩ほど足を進めると、正面の壁が白く浮かび上がってきた。


 正面の壁に違和感を感じさらに進むと、エゼルバルドはびっくりして声を出してしまった。


「うわぁ、に、人間のほね?」


 彼の目に写ったのは壁にもたれる、白骨化した人であった。


 ミイラではなく、完全に白骨化した人の骨。

 身に着けていた服は風化で完全に消えてしまって骨だけになっている。動物の革や錆びた金具が辛うじて姿を保っているだけだった。


”ガラガラガラ~ン”

”ガシャ!”


 エゼルバルドが人の骨に近づいて魔法の光で照らしだそうとした時、人の骨が重力に負けてバラバラに崩れ落ちた。

 そして、頭の骨はエゼルバルドの足元に転がって来て、一瞬ビクッとして後ろへ飛び退いた。


「うわっ!びっくりした~」


 突然崩れて、頭骨が転がり来れば大人でもびっくりするだろう。まして、興味津々の十歳の子供であってもだ。


 床に散乱した骨の中から何かを見つけた様で、骨に手を合わせるとそれを手に取ってみた。金属で出来た棒状の何かだ。

 ボロボロのそれに光を当ててみれば、エゼルバルドが良く目にする形状、--剣--と一目でわかる。だが、風化して鞘はボロボロで役目を果たらず、柄の革は朽ちて地金が露出している。


 鍔も風化し始めている、それを手に取って見ると、鞘が崩れ落ち、エゼルバルドは目を大きく見開いて驚いた。

 ボロボロの剣が出てくるかと思ったら、白い光に反射する綺麗な刀身が目に写ったからである。


 刀身の幅は広く、四センチから五センチ程度、長さは八十センチ程で、今のエゼルが扱うには長く、まるで両手剣を握っている様であった。


 そして、握った剣を眺めていた時である、刀身からまばゆい光があふれ出し、石済みの部屋を光が飲み込み、エゼルバルドの目の前を真っ白に染めて行った。


(なに、今の?)


 一瞬で光が消え暗がりの部屋に戻ると、エゼルバルドは夢か何かを見たのではないかと不思議な気持ちになった。だが、鼻孔をくすぐるカビの匂いが現実を思い出させた。


(まあ、いいや。スイールが帰ってきたらこれを見せようっと)


 不可思議な現象に頭を傾げていたが、わからない事はわからないと素直にあきらめ、一番物を知っているスイールへ見せる事にして、部屋を後にする。

 剣を持っていた人の骨があったくらいで、そこから通ずる道も無いと、ゆっくりとトンネルを戻り、明るい地上へと這い出た。


”くしゅんっ!”


 新鮮な空気を鼻からいっぱいに吸い込んだおかげでかび臭い埃が鼻の中で暴れ、くしゃみをさせた様だ。そのくしゃみのおかげで鼻の中は綺麗になり、それ以降はくしゃみをする事も無かった。


 帰ろうかと体を見れば、服のあちこちが土や埃で汚れている。寒さ対策で腰に巻き付けていた外套に目を向ければ黒い汚れが目立っていた。

 汚れを見られればシスターから鬼の様に怒られるだろうと考えどう誤魔化すか頭を働かせようとするのだが、冒険してきたのだから仕方ないと素直に謝ろいと考えを改めた。


 足を街へ向けようとしたが、ズルズルと引きずる剣をどうしようかと考えた。そのままだと門番の兵士に取り上げられてしまうかもしれない。そうなっては全てが水の泡になると思ったが、一つだけ解決策を思い付き、実施する事にした。


(これを見たら、スイールは驚くかな?)


 刀身が見えない様に外套を巻き付けると、満足したように笑っていつも使っている城門へと歩き始めた。




「おう、エゼルじゃないか?ん、どうした?服汚れてるじゃないか。どっかで転んだか?」


 ブールの街の入り口で門番のオットーが声をかける。スイールもそうだが、彼と仲の良い相手には積極的に話しかける、ちょっと変わった兵士だ。


「あ、オットーさん。いや、ちょっと冒険しちゃってね。それで汚れちゃいました」

「ほう、それ、シスターが怒るんじゃないか?」


 早速、シスターの事を出されるが、先程考えたと正直に話す。


「多分、怒られるだろうね。でも、汚しちゃったから素直に謝るよ」

「しちまったもんはしょうがねぇか。大人しく怒られるか、はははっ!あまり気を落とすなよ、子供はその位の方が元気があって宜しい!」


 シスターの雷が落ちるかと肩をすくめていたが、オットーは子供が大人しくてどうするとエゼルを元気づけるのであった。




「ただいま~」


 孤児院に帰りつき、玄関のドアを開けて”ただいま”の挨拶をする。


「こら~、エゼル!!どこ行ってたのよ~!」

「え、え、ヒルダ、どうした?なに怒ってんだ?」


 玄関を入ると、突然ヒルダに怒声を浴びせられた。


「どうしたじゃないでしょ。スイールさんの様子を見に行くって出て行って、私も会いたいから追っかけたのに、スイールさんのウチにもいないし、途中ですれ違いもしないし。それに……よく見ると泥だらけじゃない」

「ちょ、ちょっと寄り道してたら、汚れちゃったんだよ。別にいいだろ~?」


 ヒルダに怒声に怯みながら、しどろもどろに言葉を返す。だが……。


「「良くない!!」」


 孤児院の奥から”ヌッ”と顔を出してきたシスターとヒルダの声が同時に耳に届き、思わず謝ってしまう。


「わあぁっ!!ご、ごめんなさい」


 ヒルダは自分が置いて行かれた事に”良くない”と言い、シスターは汚れた服に”良くない”と言ったのだ。


「まったくこの子は……。スイールは帰ってきたらここに寄るはずだから待っていれば、すぐ会えるはずなのに。なんで待てないのかねぇ……。とりあえず、その汚いの、着替えておいで」


 シスターの小言が続くかと思ったが、一言だけエゼルバルドに声を掛けるとぶつぶつと独り言を言い始めた。エゼルバルドの事であるとわかってはいるが、これ以上怒らせては拙いと素直に返事をして、服を着替えに自室へと向かおうとした、その時である。


「こんにちは。大声を出して、何かありましたか?」


 玄関にひょっこりと誰もが知る男が姿を現した。


「あ、スイール、帰ってきたんだ。おかえり!」

「スイールさん、お帰りなさい」

「おやおや、噂をすれば何とやらかね」


 エゼルバルド、ヒルダ、そして、シスターが三者三様の挨拶を掛ける。そして、落ち込みかけていたエゼルバルドの表情が一気に明るくなった。


「はい、ただいま。用事が済んでやっと帰って来れました。ちょっと長くなってごめんね。シスターも迷惑を掛けた様ですいませんでした」

「迷惑ねぇ。はぁ……」


 シスターは泥と埃で汚れたエゼルバルドに”ジトッ”と冷たい目を向けた。


「たまに出かけるのもいいもんだろ。無事に仕事は終わったんなら、ゆっくり休みなよ」

「はい、そうします」


 旅の疲れを癒そうと、自宅ではなく宿を取ろうかと孤児院を出ようと考えた時である。エゼルバルドがスイールに声を掛け、外套を取りながら、剣をスイールに見せたのである。


「ねぇ、これ見てくれる」

「おや、それは剣かい?」


 スイールに見せようとした所をシスターが身を乗り出してその剣を覗き込んだ。先程から不思議な長い物を持っているから、また拾ったのかと説教をしようと考えていた。

 だが、その剣から不思議な感覚を感じ取り、スイールに見せるのであればそのままにしようと思った。


「ん?これは!?」


 エゼルバルドの持つ剣をスイールは真剣な眼差しで見つめだした。そして、剣を手に取ると、指で弾いたり、叩いたりと手を添えて調べて行く。

 そして。


「エゼル、これ預かってもいいかい?」

「ん、いいけど。どうするの?」

「ちょっと時間かかるかもしれないけど、これを、使えるようにして見ようと思う」

「じゃ、楽しみにしてる~」


 ボロボロの剣が使えるようになると聞き、嬉しそうに答えるエゼルバルドと、得体の知れない未知の剣を不安な表情で見つめるスイールと、二人の対照的な姿が印象的だった。




 それは、生涯を共にする剣との初めての出来事であった。

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